事前の約束のおかげで、そんなルルーシュの様子はスザクの耳にも届いていた。
「まさか、生徒会室でまでルルーシュが不調を訴えるなんて……」
 それとも、とスザクは表情を引き締める。既に、校内に《敵》が入り込んでいる可能性がこれで強まったのではないか。もっとも、どうやってルルーシュに接触をしているのかまではわからないが。
「……スザク君、わかっていると思うけど……」
 このまま、すぐにでもルルーシュの所へ戻りたい。そう考えていたのがわかったのか。セシルが釘を刺すように彼の名を呼んだ。
「わかっています……」
 でも、とスザクは言い返そうとする。
「ルルーシュ君に迷惑はかけられないでしょ?」
 今の彼には……と続けられては引き下がらざるを得ない。今のルルーシュに、これ以上の負担をかけるわけにはいかないだろう。その位はスザクにもわかっている。
「いっそのこと、ここに呼んじゃえばぁ?」
 周囲に響いていたキーボードの音が止まった。そう思った次の瞬間、いきなりロイドがこう言ってくる。
「ロイドさん?」
 いったい何を、とセシルが怒りを表し始めた。
「戦場に、って事じゃないよぉ。この側にも彼にも出来ることはあるでしょ?」
 でなければ、ユーフェミアの付き添いでもいいのではないか。
 現在のルルーシュは、ユーフェミアの相談役、と言う認識を周囲にされている。それだけでも彼女が彼を同行する名目になるのではないか。
「護衛は、それこそ、ヴァインベルグ卿にお願いすればいいんだしぃ」
 何よりも、黒の騎士団のメンバーが絶対に近づけないよぉ。そうも彼は続けた。
「でも、ルルーシュ君は公的にはただの学生ですよ?」
 何よりも、コーネリアとダールトンが許可を出すはずがない。そうセシルは言い切る。
「僕も、反対です」
 スザクもまた、こう告げた。
「スザク君?」
 しかし、これは予想もしていないセリフだったのだろうか。ロイドが驚いたような視線を向けてくる。
「自分で守れないなら、同じ事ですから」
 自分の側にいてくれるのであれば、戦場だろうとどこだろうと守りきってみせる。しかし、たとえ側にナイト・オブ・スリーがいたとしても安心できない。
 自分は、一度、彼を守りきれなかったから。きっと、そのせいだろう。スザクはそう考えていた。
「……スザク君って、実は独占欲強かったんだねぇ」
 しかし、ロイドはこんなセリフを口にしてくれる。
「独占欲、ですか?」
 そんなことは考えたこともない。ただ、ルルーシュを守りたい。そして、できればもっと彼に頼って欲しい、とは考えていた。
「違うのぉ?」
 できれば、自分だけを頼って欲しい。そう思う気持ちが《独占欲》と言うのであれば、そうなのかもしれない。
 だが、彼に対してもっと違う感情を抱いている。そう告げたら、彼は何と言うだろうか。
 もっとも、それを口にする気はない。
「違いますよ」
 だから、曖昧な笑みと共にスザクはこう言い返した。

 ルルーシュの現状について報告を受けていた人物は、もう一人いた。
「そう、なのですか」
 ジノの言葉に、ユーフェミアが顔をしかめる。
「ユーフェミア殿下?」
 どうなさいましたか? とジノが声をかけてきた。しかし、それに真実を告げるわけにはいかない。彼はルルーシュが自分の異母兄だとは知らない、とそう聞いているのだ。
「ルルーシュはわたくしの大切なお友達ですから……それに、彼はわたくしの前では、決してそのようなことを悟らせてくれません」
 ルルーシュ本人も忘れていることを彼に告げることはない。だから、と言葉を選びながら口にする。
「でも、わたくしは彼のために何かをして差し上げたいのです」  ルルーシュがまた悲しむようなことがないように。心の中でそっと付け加える。
「そのためにはどうすればよろしいのでしょうか……」
 自分の経験からはその答えを見つけられない。だが、父の騎士である彼であれば、ひょっとしたら何かよい方法を教えてくれるのではないか。
 それが甘い考えだとは自分でもわかっている。
 皇族であり、このエリアの副総督である自分が配下の者達の前で迷うことは許されないのだ。もっとも、コーネリアやルルーシュの前だけでは別だが。あの二人の前では、まだ、自分は未熟な存在でもいいと思う。
 しかし、そのせいでルルーシュは自分を頼ってくれないのではないか。
「……とりあえず、一度、学園から先輩の身柄を切り離してはいかがでしょうか」
「切り離す、とは?」
「殿下であれば、理由をつけてルルーシュを連れ出すことが可能ではありませんか?」
 あの状態が、学園内でだけのものなのか。それとも別の場所でも同じような状況になるのか。まずは、それを確認したい。ジノはそう口にする。
「状況を的確に掴んでおかなければ、判断は出来ません」
 そのために、ルルーシュの周囲にいる者達を一度切り離してみたいのだ。そうも続けた。
「……そうですね」
 確かに、ルルーシュの不調が精神的なものかどうかを確認しなければいけない。
 そのために、彼の環境を替えるのは有効なことだとは思う。
「しかし、どのような口実をつければよいのでしょうか」
 普通の口実では、ルルーシュが納得してくれないのではないか。しかし、自分にはいい口実を見つけられない。
「……わたくしは、本当に無能ですね……」
 それとも、何も知らないといった方がいいのか。コーネリアであれば、いくらでもその方法を見つけられるだろうに。そう考えれば、少しだけ悔しい。
「ご自分が無能だと自覚なされたのであれば、大丈夫ですよ」
 それを解消するために努力をすることが出来るから。ジノはそう言って笑う。
「先輩も、そんな殿下のことが気に入ったからこそ、毎週、足を運んでいるのではありませんか?」
「だとよろしいのですけど」
 ユーフェミアは言葉とともに淡く微笑む。
「……ともかく、ルルーシュに政庁に止まって頂くよう、頼んでみましょう」
 このような状況だから、信頼できる相手に側にいて欲しい。そういえば、彼もとりあえずは納得してくれるのではないか。
「彼にはあきれられるかもしれませんけど」
 それでも、ルルーシュをまた失うよりはましだろう。
 もう二度と、あの時のような感情は抱きたくない。
 その位なら、自分があきれられる方が何百倍もましだ。そうも考える。
「大丈夫ですよ、ユーフェミア殿下」
 ジノがこう言って笑う。
「状況が状況ですからね。先輩も納得してくれます」
 不安になる気持ちも理解してくれるはずだ。だから、心配はいらない。
「問題なのは、先輩の方ですが……」
 こうなるのであれば、ダールトンに話を等しておいて貰うべきだったか。ジノはそういって顔をしかめる。
「しかたがありません。わたくしが頼むしかありませんわね」
 自分の責任でやるのだ。だから、とユーフェミアは決意を決めた。そんな彼女の様子をジノは満足そうな表情を向けてくる。
「ルルーシュに連絡を取って頂けますか?」
 そんな彼に向かって、ユーフェミアはこう命じた。
「Yes.Your Highness」
 即座にジノはこう言って頷いてみせる。
「いざとなれば、明日の学校帰りに拉致してきます」
 これは半分以上、冗談だろう。しかし、拉致されてくるルルーシュというのも可愛いかもしれない。そんなことを考えながら、ユーフェミアは頷き返した。

 小さなため息とともにルルーシュは食器を片づけ始めた。
「……一人で食べると、おいしくないな」
 いつもなら、最低でもスザクが一緒にいてくれる。だが、今は作戦のためにここにはいない。
 以前の状況に戻っただけのはずなのに、何故か室内が寒々と感じられる。
「スザク……」
 それだけ、再会してからの彼の存在がこの部屋に色濃く染みついてしまった……と言うことだろうか。
「それも、しかたがないのか」
 彼と再会してから、こんなに離れているのは初めてなのではないか。そして、自分の中にそれを許容している気持ちもある。
 いや、当然だと考えているのではないか。
「きっと、俺が失ってしまった時間の中でも、あいつとは今と同じような関係だったから、だろうな」
 だから、彼が側にいることが自然に感じられるのだろう。
 そんなことを考えているうちに全ての食器を洗い上げてしまった。
「……どう、するかな」
 これから、と言いながら手を拭く。
 その時だ。不意に携帯が自己主張を始めた。
「誰から、だ?」
 自分に連絡を入れてくるものなんて、義父や義兄達、そしてスザクぐらいしか思い浮かばない。しかし、今、彼等には連絡を入れてくるような時間はないのではないか。
「リヴァルか?」
 それとも、と思いながらも素速くリビングに戻る。そして、携帯を取り上げた。
「ジノ?」
 いったい、どうして彼が携帯の番号を知っているのだろう。自分は教えた記憶はない。
「ひょっとして、スザクか?」
 自分がいない間のことを彼に頼んでおく、と言っていた。だから、その一環で教えたのだろうか。そう思いながら、通話ボタンを押す。
『先輩?』
 即座に、彼の声が耳に届く。
「どうかしたのか?」
 こんな時間に、と聞き返す。
『ユーフェミア殿下からお呼びがかかったので……でも、私だけでは対処できそうにない内容なので』
 それに、と彼は言葉を重ねる。
『先輩、ユーフェミア殿下の相談役、だそうですね。なら、付き合ってください』
 この言葉に、ルルーシュは微かに眉を寄せた。
「そうだが、俺はあくまでもただの一学生だぞ?」
 そんな自分に出来ることなど、そうないのではないか。そう言い返す。
『先輩が側にいてくれるだけで安心できるそうですよ』
 しかし、こう言われては断るわけにもいかない。
「わかった……明日の朝、政庁に伺えばいいのか?」
『いえ。私が迎えに行きますので……それまで、部屋で待っていてくださいませんか? でなければ、私がスザクに文句を言われますからね』
 ルルーシュの言葉に、ジノは即座にこう言い返してくる。その内容は何なのか。そういいたい。
「わかった」
 だが、何かあればスザクだけではなくダールトン達にも心配をかけてしまう、そう判断をしてルルーシュは静かに頷く。
『ついでに、朝食をごちそうしてください!』
「……七時半までに来なければ、無視するぞ」
『やったぁ!』
 回線の向こうから響いてくる声に、ルルーシュはまたため息をつきたくなる。同時に、少しだけほっとしている自分がいることにも気付いていた。





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09.01.16 up