その報告は、中東にいたコーネリアの元にも届いていた。
「……クロヴィスが……」
まさか、と呟くと共に彼女は言葉を失う。敵からは《ブリタニアの魔女》と呼ばれ怖れられている彼女も、身内と認めたものには甘い。
それは七年前からより顕著になった。
もちろん、その理由はわかっている。
「まさか……あの地でルルーシュとナナリーの他に、クロヴィスまで失う事になるとは……」
あの地は、自分たちにとって鬼門なのだろうか。彼女はため息とともに言葉をはき出す。
「姫様……」
そうではない、と本当は告げたい。だが、それではあの子をまた危険にさらすことにはならないだろうか。そう考えれば、ためらわれる。
「……わかっている、ダールトン。私が嘆いたからといって、あの子達が戻ってくるわけではない」
しかし、今だけは嘆かせて欲しい。コーネリアはそう続けた。
「わかりました、姫様」
ダールトンがどうするべきか悩んでいれば、代わりにギルフォードが言葉を返している。
「すまないな……」
言葉とともに、コーネリアは顔を伏せた。艶やかな髪が彼女の表情を隠す。
「……ギルフォード」
あのこの事を彼女に告げるかどうか。自分だけで判断をすることが出来ない以上、あちらにも相談をするしかないのではないか。そのためにも、一度彼女から離れる必要がある。
そう判断をして、隣に立っていた青年に声をかけた。
「わかっております、ダールトン将軍」
言葉とともに、彼は静かに行動をかいする。音を立てずにドアを開けると視線をダールトンへと向けた。
「お先に、どうぞ」
こう言われて、彼は頷いてみせる。そして、そのまま大きな体でそのすきまをくぐり抜けた。その後を、ギルフォードが追いかけてくる。
「ギルフォード」
彼がドアを閉めたところでダールトンは呼びかけた。
「何でしょうか」
「すまないが……今しばらく、この場を離れる。エリア11には息子がいるからな。我々が知らない事も、あれならば知っているかもしれない」
コーネリアのためにも、少しでも多く情報を入手しておいた方がいいのではないか。そう続ければ、彼はわかったというように頷いてみせる。
「そちらに関しては、お願いします」
こちらは任されました。そう告げる彼に、ダールトンは頷き返す。そして、足早にその場を後にした。
あの日から、何故かルルーシュは家の中に閉じ込められていた。
「……足のケガなら、心配いらないのに……」
普段から過保護だ、過保護だと思っていたは、ここまでだったとは。思わず、そうため息をついてしまう。
「それはいいけど……そろそろ買い物に行かないと、本気で食べる物がないぞ」
義兄に頼んでもいいのだが、やはり、食材だけは自分の目で確認したい。
「……しかたがない……義兄さんが帰ってきたら、相談をするか……」
外から鍵をかけられている以上、出歩けないのは事実だし、と呟けば、またため息が出てしまう。
「スザクにも、連絡が取れていないしな、そう言えば」
特派の人々にもお礼を伝えられていない。
「……スザクは、名誉ブリタニア人だったな……」
なら、和食の方が好きだろう。しかし、今はそれを口にするのが難しいのではないか。
幸か不幸か、生徒会の行事でそれらを作らされた経験があるルルーシュは、しっかりとレシピを記憶していた。
「差し入れたら、喜んでくれるかな」
生徒会の面々はかなり喜んでくれるが、彼もそうなのかどうかはわからない。
「こういう時、記憶がないのが辛いか」
記憶があれば、きっと、彼が何が好きだったのか悩まなくてすんだに決まっている。それでも、食べ物ならば『いやだ』と言うものは少ないのではないか。
「軍人だしな」
特に、前線に配備されるような者達は体力勝負だとも聞いている。だから、多少口にあわなくても食べてくれるのではないか、と思う。
でなければ、周囲の人たちにわけて貰ってもいいだろうし。
「後は、義兄さん次第か」
彼に『ダメだ』と言われたら、当分、実行できないことになる。それでは、スザクにあきれられるのではないか。そう考えて小さなため息をついたときだ。いきなり、電話が鳴る。
「……誰、だ?」
生徒会をはじめとした学校の知り合いであれば、携帯の方に連絡を入れてくるはず。もちろん、スザクに教えたのも携帯の方の番号だ。
「義兄さん達の誰かか?」
それとも、と呟きながら、ルルーシュは出来る限りの早さで電話機へと歩み寄る。そして、そのまま、受話器を持ち上げた。
「……はい?」
どなたですか? とルルーシュは名乗らずに問いかける。それで言葉を詰まるようであれば、電話は切っても構わないのだ。そう教えられていた。
『ルルーシュか。元気そうだな』
しかし、受話器から聞こえてきたのはよく知っている相手の声だった。
「義父さん? どうかしたのですか?」
それは嬉しい。しかし、彼は今、コーネリアと共に中東にいたのではないだろうか。
『……クロヴィス殿下のことが、こちらにも伝わってきてな』
もっとも、本国経由だから情報が適当に操作されている可能性がある。だから、ルルーシュの知っていることを話して欲しい。そう思っただけだ。彼はそう続けた。
「俺が知っていること、ですか?」
義兄達ならばともかく、民間人である自分が知っていることは、そう多くはないが。そう前置きをしながらも、ルルーシュはとりあえず自分が知っている限りの事を口にする。
「……これは、あくまでも俺の推測ですが……」
こう前置きをしたものの、すぐに次の言葉を口にするようなことはない。義父がそれを望んでいるのかどうか、わからないのだ。
『何かな?』
しかし、彼は次の言葉を促してくる。どうやら、彼が今回、自分に連絡を取ってきた理由の一つにはそれもあるらしい。ルルーシュはそう判断をした。
「租界でテロ攻撃をした者達と、クロヴィス殿下を暗殺した者達は、別の組織ではないかと」
おそらくは、とさらに言葉を重ねる。
「連中は利用されたのでしょう。陽動として」
攻撃をしていた者達はその事実に気付いてもいないのではないか。そう考えればあの《ゼロ》と名乗ったものはかなりの策士だろう。そうも付け加えた。
『なるほど……それで、お前は、何故、この時間に自宅に?』
それがわかって連絡を入れてきたのではないのか、とルルーシュは思う。
「……テロに巻き込まれて、足をくじいてしまいましたので……完治するまで、アルフレッド義兄さんから外出禁止を言い渡されています」
このくらいは大丈夫なのに、と少しだけふてくされたように付け加えた。
『ルルーシュ?』
「大丈夫です。スザクが、助けてくれましたから」
この言葉に、今度は別の意味で義父が息をのむ。
「現在、特派……に属しているようです。って、ひょっとして、コーネリア殿下とは対立している部署でしょうか?」
だとするならば、せっかく再会――と言っても、ルルーシュにしてみれば初対面に等しいが――出来たが、距離をおかざるを得ないだろう。それは寂しい。
『いや……特派はシュナイゼル殿下の直属だからな。そう言うことはない』
だから、気にしなくていい……と付け加えられて、ルルーシュはほっとした。
『それよりも、混乱の方は?』
「俺たちの方には特に……もっとも、政庁と軍上層部では何やらごたごたしているようですが」
この機に乗じて、少しでも手柄をあげようとしている者達が、相手の足を引っ張り合っているらしい。言外にそう付け加えれば、義父がため息をついたのがわかった。
『ともかく、しばらくは周囲に気をつけるようにな。本当であれば、側にいてやれればいいのだが……』
「わかっています。俺のことよりもコーネリア殿下のことを優先してください」
自分のことは、とりあえず心配はいらない。現在はアルフレッドも側にいてくれるから。そう口にすれば、回線の向こうで「すまないな」と彼が呟いている声が聞こえた。
「……お願いがあるのですが……」
聞いてもらえるかどうかわからないが、と心の中で呟く。
『ルルーシュがおねだりとは珍しいな』
何か、と彼は問いかけてくる。
「スザク達にお礼に行きたいのですが……」
アルフレッドが許可をも出してくれるかわからない。だから、とルルーシュは続けた。
『そう言うことか。わかった。メールで伝えておこう』
ただし、誰かが一緒に行くと言い出すことまでは禁止できないぞ、と言うセリフは予想範囲内だ。
「もちろんです。むしろ、俺の方からそう言うべきか、と考えていました」
その方がきっと、スザクと受け入れて貰いやすくなるだろう。そう考えていることは伝えなくても義父ならわかるのではないか。
『あまり無理はしないようにな』
残念ながら、そろそろ時間切れだ……と義父が言う。
「義父さんこそ、気をつけてください」
また、無事にお会いできる日を楽しみにしています。心の底からそう告げれば、
『私も楽しみにしている』
と言葉を返してくれた。そのまま電話を切ったのだろう。受話器からは無機質な電子音だけが響いている。
「義父さんも、本当にお忙しいだろうに」
こんな風に、自分を気遣ってくれる。いや、自分だけではなく他のきょうだいたちにもそうなのではないか。
だが、少なくとも軍務に着いている義兄達は任務で義父に会えることもあるだろう。
「……やっぱり、士官学校に進学した方がいいのかな、俺も」
そうすれば、義父の役に立てるのではないか。そう思うが、自分の体力を考えると難しいような気もする。
「……となると、技術者か……」
それとも、と考えなくてもいいことを考えてしまう。
「……ともかく、ある材料で何を作れるか、考えるか」
でなければ、本気で餓死しそうだ。そう呟くと、受話器を置く。そのまま、キッチンへと向かって歩き出した。
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08.07.04 up
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