まさか、敵がこのような作戦を準備しているとは思わなかった。グロースターの操縦桿を握りしめながら、コーネリアは眉根を寄せる。
「地の利は、あちらにあった……と言うことか」
それも自分のミスと言うべきなのかもしれない。
指揮官でありながら、前線に出ていたのは自分の技量に自信があったから、だけではない。側に信頼できる騎士達がいたからだ。
しかし、突如起こった土石流のせいで、彼等と分断されてしまった。いや、孤立しているといった方が正しいのか。
「……皆と合流せねば、な」
忠実な騎士達が心配しているだろう。それに、指揮系統がどうなっているのか。そう考えれば不安だ。
「この様子では、土石流の進行方向ではどのような被害が起きていることか」
最悪、民間人に被害が出ているかもしれない。その者達にも救助の手を差し伸べなければ。
心の中でそう呟いたときだ。
いきなり、目の前にブリタニアのものではないナイトメアフレームが現れる。
それはためらうことなくコーネリアを攻撃してきた。
「日本解放戦線、ではないな?」
他に、これだけの機体を使っている組織と言えば、一つしかない。
「黒の騎士団か!」
と言うことは、日本解放戦線と手を組んでいたのか、とコーネリアは眉を寄せる。それとも、ただの偶然か。
「どちらにしても、負けるわけにはいかん!」
愛しい妹を守るため、そして、ようやく見つけ出した義母弟のためにも、自分は生き残らないわけにはいかないのだ。
相手の技量に自分のそれが劣っているとは思わない。
技量はともかく、経験値では自分の方が上だ。
だが、とコーネリアはさりげなく視線をメーターへと移す。そこに表示されているエナジーフィラーの残量が唯一の懸念だと言っていい。
「もっとも……」
だが、すぐにそれを振り払う。
「エナジーフィラーが尽きる前に、貴様を倒せばいいだけのことだ」
この言葉とともに、コーネリアはランスをかまえ直した。
いったい何があったのか、スザクはすぐに理解できなかった。
「……なんて事を……」
ルルーシュ以上に大切なものはいない。そういいきれる彼でも、土砂に飲み込まれた街にいた民間人の安否は気にかかる。それはきっと、ルルーシュに危害を加えていた者達ではないからだろう。
『スゥザクくぅん』
そんな彼の耳に、楽しげな声音が届く。
「何ですか?」
彼のその口調だけで、だいたい想像が付くが。
『出番だよぉ』
コーネリアの救出をしろ。そう彼は続ける。
ある意味、予想していたないようだと言っていい。しかし、いったい誰がその命令を自分たちに与えたのか。
「……どなたのご命令です?」
厄介なことにならなければいいが。そう思いながら問いかける。
『副総督閣下だよぉ』
現在、ナイト・オブ・スリーと共にこちらに向かっておいでだ。そう彼は教えてくれた。
「そうですか」
それは副総督としては正しい判断なのだろう。しかし、ルルーシュは……と心の中で呟く。
『ルルーシュ君も同行しているみたいだねぇ』
そんなスザクの内心を読み取ったのか。ロイドがさりげなくこう付け加える。
「ロイドさん?」
『理由は、後ででもいいんじゃないかなぁ』
今はゆっくりと確認している暇はないだろう。彼はそうも告げた。何よりも、コーネリアの命が失われれば、スザクに与えられた命令も無効になるのではないか。
「わかりました。データーをお願いします」
確かに、今優先すべきなのはコーネリアの方だ。
ジノが同行しているのであれば、ルルーシュに危険はないはず。
彼がユーフェミアを優先せざるを得ないとしても、ユーフェミアの方がルルーシュを側から離さないだろう。だから、ジノはルルーシュも守ってくれる。
自分に言い聞かせるようにスザクが心の中でこう呟いていたときだ。
『スザク君!』
スピーカーからセシルの声が響いてくる。
「確認しました! でます!!」
言葉とともにペダルを限界まで踏み込む。次の瞬間、矢が放たれたように、ランスロットの機体はトレーラーから飛び出していった。
アラームが鳴り響いている。
しかし、それすら気にしている余裕はない。そもそも、その原因が何であるのか、コーネリアにはわかっていたのだ。
「……せめて、後少し、エナジーフィラーが保てば……」
このような者達に後れをとらないものを……と唇を噛む。それでも、何とか最小限の動きで敵の攻撃をかわしていく。
「しまった!」
だが、逆に言えばその動きを阻むものがあれば、攻撃を避けきれないと言うことでもある。
気が付いたときには、そこに黒いナイトメアフレームが存在していた。
そして、まさしく一閃でグロースターの腕を切りとばされる。
「ちっ!」
だが、まだあきらめない。いや、諦めてはいけないのだ。
そう考えながら、残った片腕をランスへと伸ばす。もちろん、相手の動きに十分気をつけて、だ。
それなのに、その動きを読んでいたかのように、黒いナイトメアフレームが動く。
「何!」
そんな気配は感じられなかったのに。
自分の技量が落ちたわけではない。それなのに、まったく予測できなかったなんて……とコーネリアは驚きを隠せなかった。
「パイロットがマリアンヌ様でもあるまいし……」
自分をここまであっさりと翻弄できるとすれば、彼女だけだ。
しかし、その存在はとっくに失われている。
「世界は広い、と言うことだな」
マリアンヌと同じような存在がこの世界にいるとは……とそう呟く。
「だからといって、諦めるわけには……」
両腕を失ったとはいえ、まだ反撃の方法が失われたわけではない。だから、とコーネリアは呟く。
しかし、反撃のチャンスは、一度だけだろう。それをかわされたら、おそらく自分に勝ち目はない。
それでも、最後まであがくしかないのだ。
「私は、生きて帰らなければならぬ!」
たとえ、どれだけ無様な行動をとったとしても……と唇を噛む。そのまま、タイミングを計っていた。
『コーネリア皇女』
そんな彼女の耳に、ボイスチェンジャー越しだとわかる声が届く。それが誰のものかも当然、わかってしまった。
『我々に降伏して頂こうか』
既に、反撃の手段はないはず。妙に自信に満ちた声音が気に入らない。
「断る!」
第一、自分はまだ諦めていない……と心の中で呟く。
『今降伏して頂けるなら、皇女としてふさわしい扱いをして差し上げよう、と思ったのだが……無理矢理引きずり出される方がお好みか?』
その時には、相応の扱いしかして差し上げられないが。そうも声は続ける。
「貴様達に捕虜にされるくらいなら、皇族としてふさわしい道を選ぶ!」
言外に『自害する』と告げた。もちろん、それは最後の手段だ。
まだ、自分は諦めていない。
決して諦めるものか。コーネリアはそう心の中で呟く。
『おやおや……それは潔い、と言うべきなのかな』
からかうような声が即座に返される。
『もっとも、私としてもあなた以外の方がこの地の総督になってくれた方が楽かな? お一方だけをのぞいてね』
それが誰のことを指しているのかはすぐにわかった。しかし、あっさりとそういいきれる……と言うことは、よほどブリタニア内部に詳しいのか。
だとするならば、その事実を誰かに伝えなくては。
しかし、今のままでは最後の手段も使えない。ひょっとして、それも悟られているのか。
『ともかく、これ以上の話し合いは無駄のようですね』
だからといって、コーネリアに自害されるのも困る。なら、とゼロが続けたときだ。
「何!」
黒いナイトメアフレームの腕が何かによって吹き飛ばされる。
『ゼロ!』
赤いナイトメアフレームのパイロットのものらしい声が周囲に響く。
『ご無事ですか!』
それに被さるように、聞き覚えがある声が耳に届いた。同時に、白いナイトメアフレームがグロースターと敵の間に立ちふさがる。
『救援に参りました!』
「クルルギか」
確かに、無傷なのは彼だけだ。しかし、いったい誰が出撃命令を出したのか。
しかし、それを考えている場合ではない。そう思うよりも早く、敵が動いた。
『おやおや。怖いナイトが来たようだね』
では、自分たちは失礼させて頂こう……と告げると同時に、煙幕の煙らしきものが周囲を包み込む。
『逃げる気か!』
スザクがこう叫んでいる。
「いい、放っておけ」
いくらスザクでも、あの二人を相手にするのは荷が重いだろう。せめて後一人、グラストンナイツの誰かがいれば一緒に追撃させただろうが。危険は少しでも避けたい。
『……わかりました』
あれがルルーシュにとっても危険な存在だ、と彼は判断しているのだろう。どこか不承不承と言った様子で、彼は言葉を返してくる。
だからこそ、一人で行かせるわけにはいかないのだ。
「それよりも、ベースに戻る……護衛を頼む」
被害者を救援しなければいけない。だから、とコーネリアは言外に告げる。
『Yes.Your Highness』
スザクは即座に言葉を返してきた。
・
09.01.30 up
|