G−1ベースに戻ってみれば、既に救援へと動き出していた。
 もちろん、日本解放戦線や黒の騎士団への追撃も行われているという。未熟さは見えるが、なかなか的確なそれに、コーネリアは驚きを隠せない。
「誰の指示だ?」
 思わず、ベースに残していた将官に問いかけてしまう。
「副総督閣下、です」
 ですが、と彼は言葉を重ねる。
「正確には、副総督のご許可の元でルルーシュという青年が、です。もっとも、追撃に関してはヴァインベルグ卿の助言もありましたが……」
 だが、自分たちの目から見ても彼の指示は的確だと判断をした。
 ルルーシュの有能さには気付いていたが、そこまでだったとは思わなかった……とコーネリアは心の中で呟く。だが、姉としては誇らしいと言える。
「ひょっとして、彼が噂の副総督の副官候補の青年でしょうか?」
 だが、この言葉には思わず顔をしかめてしまう。
 あの子の優秀者が皆に知れ渡るのはいい。だが、その結果、あの子の生存が公になってしまわないだろうか。あれだけ亡き母君の面影を受け継いでいるのだ。その正体に気づく者が出てきてもおかしくはない。
 もちろん、皇帝であるシャルルが今のルルーシュの環境を整えたと言っていい。だから、他の何者であろうと、それに異を唱えることは出来ないはずだ。
 しかし、彼の身の安全はどうだろうか。
 后妃達の中には、今でもマリアンヌを憎んでいるものが多い。
 既に彼女が亡くなって七年以上の年月が流れ去っているというのに、執念深いことだ……と思う。
 だが、ブリタニアの宮殿は、ある意味、時が止まっていると言っていい。
 そんなところだから、自分の母も含めて后妃達の精神は次第に腐敗していくのだろうか。そして、その影響は姉にも出ていると思う。彼女のあの傲慢さと気性の激しさは、間違いなく宮殿の中でだけしか知らないからだろう。
 それが全てを忘れることでようやく幸せを手に入れることが出来たあの異母弟に向けられたら、と思うと気が気ではなくなってくる。
 しかし、彼がユーフェミアの側にいる以上、いつかは訪れるであろう未来だ。
「……まだ正式に決まっておらぬ。だから、迂闊なことは口にするな」
 それまでに、どれだけユーフェミアの手に権力を握らせることが出来るだろうか。
 少なくとも、ルルーシュを守れるようにだけはさせなければいけない。自分もダールトンも、いつまでも彼女たちの側にいることは出来ないだろう、と心の中ではき出す。
「あれはダールトンの養子の一人だが……逆に言えばそれ以外に寄る辺のない存在でもある。下手に知られて、ユーフェミアに近づきたい貴族の恨みを買っては困る」
 しかし、真実を告げるわけにはいかない。だから、誰も納得しそうな理由を口にしてみた。
「そういうことでしたら……部下達にもそう厳命しておきます」
 確かに、そんなことで失うには惜しい人材だ……と彼は頷いてみせる。
 自分の部下達は家柄よりも実力を重視してきた。それが間違いではなかった、と心の中で呟く。
「それで、ユフィ達は?」
 今どこにいる? と問いかける。
「副総督閣下は、ご自分の目で民間人達の被害を確認してくると申されまして……」
「出かけたのか?」
「……申し訳ありません」
 ただ、ジノとルルーシュが同行している。だから、心配はいらないだろう。そう彼は続ける。
 確かに、ユーフェミアに関して言えばそうなのだろう。
 しかし、ルルーシュは……と小さく眉をひそめる。
「……誰か! 特派のクルルギを呼べ!」
 ダールトン達は、現在、動くことが出来ない。なら、事情を知っているもう一人に後を追わせるべきだろう。そう判断をして言葉を口にした。

 目の前の光景に、ルルーシュは思わず眉を寄せる。
「……酷い、な」
 山を下り落ちてきた土石流は、さらに勢いを増してこの街を飲み込んだ。まさか、ここまで被害が及ぶとは思っていなかったのだろう――G−1ベースのさらに後方にあるのだから、当然と言えば当然なのか――この街には避難勧告が出ていなかった。その事実が、さらに被害を大きくしてしまった。
「おそらくは、地下にある温泉を利用したんだろうな」
 何かの方法でそれを噴出させたのだろう。
 それがなければ、民間人に被害が出るようなことはなかったはず。
「戦術としては有効かもしれないが……許されることではない」
 民間人を巻き込むようなことは、とルルーシュは顔をしかめながら呟いた。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟がある人間だけだ」
 騎士や軍人はその覚悟の元で戦闘に望んでいる。しかし、民間人は違う。
「守らなければならない者を巻き込むような戦闘は……最低だ」
 吐き捨てるように、ルルーシュはこう口にする。
「なら、ブリタニアは正しいと?」
 その時だ。いきなりルルーシュに向かってこんな言葉が投げつけられる。
「誰だ!」
 反射的にルルーシュは振り向いた。
 だが、次の瞬間、彼は大きく目を見開く。
 体を覆う漆黒のマント。それが周囲に影を落としている。
 だが、それ以上に視線が向いてしまうのは、その顔を覆う仮面だろう。
「……ゼロ……」
 このエリアにいるもので、その仮面をかぶった人物の名を知らない者はいないのではないだろうか。
 だが、とルルーシュは眉根を寄せる。何故、自分の前にこいつが顔を見せたのかがわからない。
「覚えていてもらえたとは、嬉しいものだな」
 本気で言っているのか、それともからかっているのか。どちらとも取れる声音でゼロは言い返してくる。
「現在のエリア11で貴様のその姿と名を知らない者はいないと思うが?」
 ルルーシュは顔をしかめながらこう言い返す。
「もっとも、何故、俺の前に姿を現したのか。そこまではわからないが」
 ついでに、どうしてここにジノがいないのか。そうすれば、目の前の相手を拘束できるだろうに。そうも思う。
「決まっているだろう? 私にとって君という存在が重要な意味を持っているから、だよ」
 声音に優しい響きを含ませて、ゼロは言葉を返してくる。
「私と共に来るがいい。そうすれば、君の失われた記憶を返してやれるだろう」
 さらにこんなセリフを口にした。
「何を……」
 言っているのか、とルルーシュは言い返す。しかし、その声にいつもの力がないことも自覚していた。
 自分の記憶。
 それを取り戻したい。そう思わなかったことはない。しかし、今現在、それが必要なのかと問いかけられれば、即答は出来ないのだ。
 それがなくても構わない。
 こう考えられるようになったのは、間違いなくスザクと出会ってからだ。
 もし、このままゼロの手を取れば、また彼と離れ離れになる。だけならばまだしも、敵同士になってしまう可能性もあるのではないか。
「世界を変えるためにも、我々には君の存在が必要なのだ」
 その代償として、ルルーシュが望むものは全て与えよう。そんなこともゼロは口にする。
「いやだ!」
 そのまま、さらに近づけられた手を、ルルーシュは反射的にたたき落とす。
「俺は……俺は今のままでいいんだ」
 だから、自分に触れるな! とそうも付け加える。
「……ルルーシュはそれでもいいかもしれない。でも、私が困るな」
 それなのに、何故、いきなりこのようなセリフを言われなければいけないのか。そのなれなれしさの理由は何なのか、とルルーシュは心の中で呟く。
 それとも、自分と《ゼロ》の間には何か関係があったのか。
 だとするなら、間違いなく記憶を失う前だろう。しかし、それを思い出したとしてどうなるというのか。
「おいで、ルルーシュ」
 今までのものとは違う柔らかな声音がルルーシュの耳朶を打った。
「俺は……」
 それに、どこかあらがいがたいものを感じてしまう。それでも、と必死にそれに耐えようとした。
「いいこだね」
 なのに、何故体が勝手に動くのだろうか。
 後少しでお互いの指先が触れあうかもしれない。そう思ったときである。
「ルルーシュ!」
 その呪縛を打ち砕くかのように、スザクの声が耳に届く。
「スザク?」
 ほっとしたように、ルルーシュは彼の名を呼ぶ。
 そんな彼の前に、まさしく風のように彼が現れた。
 先ほどまでランスロットで出撃をしていたからか。その体は白いパイロットスーツで覆われている。
 そのせいだろうか。
 スザクの体格がはっきりとわかる。自分よりもしっかりと筋肉がついているその後ろ姿を見ていると、何故か安心できる。
「そこまでだ、ゼロ!」
 ルルーシュには指一本触れさせない、と彼は銃口を向けた。
「残念だね」
 ゼロはわざとらしいため息をつく。
「どうして、こうも邪魔が入るのか」
 しかも、相手が君とは……と付け加える。その声にスザクをあざ笑うような響きが滲んでいるような気がする。それはどうしてだろう。
「それとも、それほどまでにその子が欲しいか?」
 ルルーシュの本当の価値も知らないくせに、とゼロはさらに言葉を重ねる。
「貴様が何を言いたいのかわからない!」
 だが、とスザクは続けた。
「ルルーシュは、いつでもルルーシュだ!」
 そして、その価値を決めるのは他人ではない。ルルーシュ自身の言動だろう、と彼は続ける。
「そんなルルーシュが、僕は好きだから……」
 スザクはゼロをにらみつけた。
「貴様に、ルルーシュは渡さない!」
 そして、これ以上、被害を広げさせない! と彼は叫ぶ。
 そのまま、彼は引き金を引く。
 それは真っ直ぐに仮面へと向かう。しかし、角度のせいか。弾丸ははじかれてしまった。
 しかし、その衝撃で仮面が割れる。
 黒い絹糸が風に舞う。
 それに縁取られた顔を見た瞬間、ルルーシュは言葉を失った。




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09.02.27 up