もし、少しでもこちらに危害を加えてくるようなら、ためらわずに撃つ。その気持ちのまま、スザクはゼロに銃口を向けていた。
 本来であれば、ゼロを捕縛しなければいけないのだろう。
 しかし、そのためにルルーシュを一人にするわけにはいかない。どこに黒の騎士団が潜んでいるのかわからないのだ。
 やはり、後一人、同行させるべきだったか。
 スザクが心の中でそう呟いたときだ。
「……残念だね」
 不意に、ゼロがこんな呟きを漏らす。
 いったい何が、と問いかけなくても理由はわかった。こちらに向かってナイトメアフレームが接近しているのだ。しかも、あの駆動音から判断をして、ジノのトリスタンではないだろうか。
「もっとゆっくりと話をさせて貰いたかったのだが……今は諦めた方が良さそうだ」
 ルルーシュにそっくりの顔でゼロは不敵に笑う。
 それが合図だったのか。その背後から一機のナイトメアフレームが姿を現す。
「くっ!」
 とっさにスザクはルルーシュの体を自分の方へと引き寄せた。
「スザク?」
「……大丈夫。君を抱えても走れるから」
 ルルーシュを独りで逃がすよりも、その方が安全だろう。
「それに、ジノが近くまで来ている」
 だから、ゼロも部下を呼んだのではないか。そうも彼は付け加えた。
「ジノが?」
「そう。直ぐ側まで来ているね」
 ゼロから視線を放すことなく、スザクはこう言い切る。
 その言葉を裏付けるように、彼等の上に機影が覆い被さった。
「あれが、ジノのトリスタンだよ」
 現在の所、唯一の飛行できるナイトメアフレームだ。そうもスザクは付け加えた。
「だが、無粋だね」
 もっとゆっくりと語り合いたいと思っていたのに。こう言いながら、ゼロは背後にいたナイトメアフレームの掌へと飛び乗る。
「もっとも、それがブリタニア軍なのかもしれないがね」
 いずれまた、と言う言葉とともにそのナイトメアフレームが全速で撤退していく。
 どうするか、と言うようにトリスタンが二人の上で旋回をした。
「こっちは大丈夫だから!」
 追いかけろ、とスザクは叫ぶ。それに同意をするように彼は真っ直ぐに敵のナイトメアフレームを追撃していく。何かあっても彼の技量なら大丈夫だろう、とスザクは判断をした。
 そのまま、ルルーシュへと視線を戻す。
「ルルーシュ……」
 そっと呼びかければ、ようやく彼は安心したような表情を作った。しかし、それは直ぐに別の者へと変化する。
「どうして……」
 そういいながら、ルルーシュは体を震わせた。
「どうして、あいつが俺と同じ顔をしているんだ!」
 それは、スザクも知りたいと思う。
 ただ、相手の方が少しだけ年上に見えた。しかし、ルルーシュの同母の兄妹はナナリーしかいない、と聞いていた。ならば《ゼロ》は何者なのか。
 しかし、それを考えるよりも先にしなければいけないことがある。
「ルルーシュ!」
 そのまま、崩れ落ちそうになる彼の体を、スザクは慌てて抱き留めた。
「俺は……俺はいったい、何者なんだ?」
 その腕にすがるようにして、ルルーシュはこう呟く。
「……俺は……」
 記憶を失っているからか。彼の足元はこんなにももろい。
 だが、それを支えるのは自分たち――自分の役目だろう。
「君は君だよ」
 それで十分だろう、とスザクは囁く。
「……だが……」
「記憶がないことが、そんなに辛い?」
 次の言葉を言わせる前にスザクはこう問いかけた。
「辛いんじゃない……恐いんだ……」
 自分が忘れているせいで、スザクやダールトン達の上に何か危険が及ぶかもしれない。その事実が、とルルーシュは震えながら口にする。
「今だって、そうだ……あいつは俺のことを知っているみたいなのに……」
 自分の中には、それに関する記憶がない。そのせいで……と彼は続けようとした。
「大丈夫だよ」
 そんなことは心配しなくていい。スザクはルルーシュの言葉を遮ってそう告げる。
「スザク、でも……」
 しかし、ルルーシュには納得できないようだ。逆に不安をかき立てられている、と言った表情を見せた。
「大丈夫。ダールトン将軍はもちろん、僕もそれなりに強いから」
 ルルーシュを守りつつ、自分を守ることぐらい簡単だよ。そう付け加える。
「それに……あちらがルルーシュのことを知っていたとしても、君が相手を知らない可能性だってあるんじゃないかな?」
 本当に小さい頃あったとか、実際には顔を合わせたことはないが、話だけは聞いたことがあるとか……とさらに言葉を重ねた。
「……それは、そうかもしれないが……」
「でしょう? あまり悩まない方がいい」
 それよりも、とスザクは微妙に口調を変える。
「どうしても不安だ、と言うなら、まずは戻ろう?」
 そしてダールトン達に報告した方がいい。そうすれば、彼等が適切な対応を考えてくれるはずだ。
「そういうことに関しても、ダールトン将軍以上に信頼できる方はいないでしょう?」
 だから、まずは戻ろう? とまた告げた。
 何よりも、G−1に戻れば黒の騎士団が何をしようとも大丈夫だ。あそこにはランスロットもあるし、とスザクは心の中だけで付け加える。
「……わかった……」
 ようやくルルーシュは頷いてくれた。その事実にほっとしながらもスザクは彼の体を抱き上げる。
「スザク?」
「顔色悪いから、君」
 大丈夫、落とさないよ。そう付け加えると、さっさと歩き出した。

「……ルルーシュとゼロが?」
 そっくりだったというのか。コーネリアが信じられないというように呟いていている。
「嘘ではないのだな?」
 さらに、彼女はスザクをにらみつけるように見つめながらまた問いかけてきた。
「はい」
「それに関しては、私も同じ報告をさせて頂きます」
 スザクの隣にいたジノもまた、こう告げる。
「多少、あちらの方が年上に見えましたが……もっとも、身に纏っている雰囲気は雲泥の差でしょう」
 ルルーシュとゼロを同一視するのは、ルルーシュに対する最大の侮辱ではないか。そうも彼は続けた。
「他人の空似、と言う可能性もあるとは思います。血のつながりがあったとしても、さほど近くはないのではないでしょうか」
 幼い頃のルルーシュから、母方の親戚について聞いたことはない。だが、彼が母親にそっくりだ、と言うことは本人だけではなくナナリーからも聞かされていた。
 なら、そちらの血筋にはよく似た容貌の人間がいてもおかしくはないのではないか。
「確かに、な」
 それにコーネリアも頷いてみせる。
「否定は出来ません」
 さらにダールトンも、だ。
「あの子の母親は既になくなっていますが……彼女の係累について知っていたものは誰もおりませんでした」
 本人は自分が『孤児だ』と言っていたらしい。そして、それについて誰も疑問を持つものはいなかった。
「あのころは……不幸なことにそれが当然の時代でしたから」
 内戦が続いていたから、と彼はさらに言葉を重ねる。
「私は覚えていないが……国全体が内乱状態、だったそうだからな」
 親兄弟と言えども、信用できない。
 皇室だけではなくブリタニア全土がそういう状況だった時代があったのだ。
 コーネリアは微かに眉を寄せながらそう告げる。
「しかし、何故先輩が狙われるんだ?」
 これがユーフェミアであれば、まだ納得できるが……とジノが呟く。ルルーシュの本来の身分を知らない人間であれば、それが当然の考えだろう。
「……ルルーシュがブリタニアにいた頃、見聞きした話が、黒の騎士団にとって都合がいいから、かな?」
 詳しくは自分も知らない。
 しかし、そのせいで彼等はブリタニア本国にいられなくなったのだ。
「僕はそう聞いている」
 それらしいことを《ゼロ》も口にしていた。そうも言葉を重ねる。
「……先輩にとって、それはマイナス、なのか?」
「その記憶自体はどうかは知らない。でも、ジノは目の前で大切な人が殺される記憶を取り戻したいと思う?」
 それも、母親だけではない。自分が守らなければいけないと思っていた、妹も、だ。
「……それは、できれば忘れたい記憶だな」
「だろう? それに、さ。覚えていたならまだしも、急に生々しい記憶を取り戻したら、ルルーシュは大丈夫かな、って不安になるんだ」
 自分は専門家ではないから、特派にいる技官に聞いてみたことがあるんだけど……とそうも付け加える。
「……深層意識の中でとんでもない状態になっている可能性がある、と言うことか」
 それは自分も懸念している、とダールトンは口を挟んできた。
「もっとも、あの子は強い。乗り越えられないはずはない、と思うが……乗り越えるまでの時間が問題だろう」
 的確な対処が出来ればいい。しかし、黒の騎士団の元でそれが得られるとは思えない。
 最悪、利用価値がなくなったと言って、人形のようになってしまった彼が放り出される結果になるのではないか。
「それは、いやですね」
 ルルーシュは《ルルーシュ》だからこそいいのだ。ジノは納得したというように頷く。
「もっとも、お前は父上の騎士だ」
 だから、これ以上は……と彼女は続けようとした。
「……恐れながら、コーネリア殿下」
 だが、ジノはそんな彼女の言葉を遮るかのように言葉を口にし始める。
「陛下から『呼び戻すまでは自由に選択をしていい』と言われております。ですので、無理にでも協力をさせて頂きます」
 ルルーシュの存在は自分も気に入っているから、とジノは笑う。
「そうか」
 それは頼む、とコーネリアは頷く。
「Yes.Your Highness」
 これで、学園内でも自分は自由に動けるか。そんな彼を見つめながらスザクは心の中でこう呟いていた。




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09.03.06 up