コーネリアの配慮、だろうか――あるいは、二人がイレギュラーな存在だから、かもしれない――スザクとジノは、早々にナリタの後始末から解放された。もちろん、ルルーシュもだ。
しかし、ルルーシュの表情はあの日から曇ったままだ。
それでも、周囲に気取られないように、と考えているのか。少なくとも生徒会室では、今までのように普通にしているつもり、らしい。
「学園祭って、何をするんですか?」
ルルーシュの背後からのしかかるようにしながらジノが問いかけている。それも、少しでもルルーシュの表情を明るくしようとしての行動ではないか。
「学園祭っていうのは、学生がやるお祭りだよ」
要するに、と口にしたのはリヴァルだ。
「出店を出したり、研究の成果を発表したり……変なコンテストもあったな」
なぁ、と彼はシャーリーに話題を振った。
「……お仕えしたい女王様部門は、ある意味激戦だったわね」
それに、即座にこう言い返してくる。その瞬間、ルルーシュの顔が嫌そうにしかめられた。
「ひょっとして、優勝したのはルルーシュ君か?」
彼のその反応から問いかけてきたのはライだ。
「いいや。ルルーシュは準優勝だった」
それでも凄いんだけど、とリヴァルが笑う。
「優勝はミレイちゃんだったの」
それならば納得、と言ってはいけないのだろうか。
「他には何をしたの? そういえば、世界一のピザを作りたいって言っていたよね?」
それって、学園祭の企画だよね……とスザクは口にする。
「あぁ。確かに聞いた」
ガニメデで、と言っていたな……とジノも頷く。
「そう。今年も、一応準備は進めているわ」
出来たピザを食べるのは楽しみだけど、準備がね……とシャーリーがため息をついた。
「味付けはルルーシュの担当だから、無条件でうまいんだけど……切らなきゃいけない野菜の山を考えると、確かに」
特にタマネギ! とリヴァルは力説をする。
「そんなに凄かったの?」
自分はガニメデの整備でそちらには関わっていなかったけど、とニーナが首をかしげる。
「涙で頬を濡らしながら頑張りましたよ。十箱分のタマネギのスライスを」
量を聞いた瞬間、スザクは自分の頬が引きつるのを感じてしまった。確かにその量をスライスするのは辛いだろう。
「……だから、俺がやると言っただろうが……」
ルルーシュがやっと口を開く。その声に、いつもの力強さが感じられないのは、決してスザクの聞き間違いではないはずだ。
「ルルがそっちにかかりきりになったら、誰が学園祭の運営の指示を出すの?」
はっきり言って、ルルーシュ以外にミレイの暴走を止められる人間はいない。シャーリーはそういいきる。
「……たまには代わってくれないか?」
ミレイの制御役を、とルルーシュはため息をつく。
「それをするくらいなら、まだ、一月分の決算を出す方が楽だ」
こういう彼の口調はいつものそれに近いような気がする。
「無理無理無理! 私には、絶対、無理!」
「右に同じく」
「ミレイちゃんを止められるのは、ルルーシュ君だけよ」
三人が揃ってこんなセリフを口にした。
「……ミレイ会長ってそんなに凄いの?」
確かに、押しは強いけど……とカレンが首をかしげる。
「学園祭の最中は、テンションが五割り増し」
ぼそっと呟かれた言葉に、誰もが苦笑を浮かべてしまった。それは、普段からミレイのテンションの高さを嫌と言うほど体験させられているからだろう。
「確かに、ルルーシュ以外に止められないね。その状況のミレイさんは」
スザクは思わずこう言ってしまった。
「……スザク……」
「だって、その時のミレイさんって、セシルさんより迫力あるよ?」
セシルに勝てない自分が、ミレイに勝てるはずがない! とスザクは力説をする。
「そうかもしれないが……」
自分とセシルのやりとりを思い出したのか。ルルーシュは微妙な表情と共に言葉を口にする。ほんの僅かだが、彼の表情から憂いが消えたから、恥をさらした甲斐があったかもしれないとスザクは心の中で呟く。
「そもそも、女性の方が強いんですよ」
ラウンズ内部でも、ナイト・オブ・ワン以外は、女性陣の方が立場が強いのだ……とジノが付け加える。
「マジ?」
信じられない、とリヴァルが目を丸くした。
「本当だよ」
女性の方が多いし……とジノは微妙に遠い目をする。
「……そういえば、新しいラウンズが選ばれた、と耳にしたことはあるが……」
不意にライがこんなセリフを口にした。その瞬間、ジノが身に纏っている空気が微妙に温度を下げる。
「詳しいね」
「あぁ。嚮団に知り合いがいるものでね」
任命式を行った、と聞いただけだよ……とライは曖昧な笑みを浮かべた。
「なるほど」
確かに、それなら納得できる……とジノは頷いている。
「それに関しては、申し訳ないが、私の口からは何も言えない。どこに黒の騎士団の人間がいるか、わからないならね」
現状では、とさらに彼は言葉を重ねた。
「なるほど。それではしかたがないね」
あっさりと引き下がったのは、彼がそのあたりのことを理解しているからか。それとも、別の思惑があるからなのか……とスザクは心の中で呟いてしまう。
「黒の騎士団って……」
だが、ジノの言葉は別の衝撃を周囲にもたらしたようだ。
「別に、学生の中にいるって言いたいわけじゃないんだろ?」
だが、援護は意外なところからもたらされた。
「リヴァル……」
「だってさ。以前、それでルルーシュが襲われかけたんじゃん」
どこからか侵入されて、と彼が続ければ、シャーリー達は納得したらしい。
「そう、だったわね」
「……セキュリティは強化したって、ミレイちゃんは言っていたけど……撃退システム、作った方がいいかな?」
痴漢撃退用のならあるんだけど……と現実的なのかどうなのか、判断に悩むセリフをニーナは口にしてくれる。
「作ったら、使ってくれる? ルルーシュ君」
「……真っ先に、俺、か?」
さらに付け加えられた言葉にルルーシュは苦笑を浮かべた。
「だって、リヴァルは絶対に襲われないだろうし……スザク君とライ君と、ジノ君は自分で何とか出来るでしょ?」
自分はきっと狙われないような気がするし、ミレイとシャーリーは逆に犯人を乗せるような気がする。そうニーナは口にした。その認識は間違っていないようにスザクには思る。
「……カレンさんとロロは?」
いまだ名前が出ていない二人の名をルルーシュは口にする。
「二人とも心配ないと思うけど? 少なくともルルーシュ君よりは狙われないと思う」
あくまでも狙われているのはルルーシュだ。だから、危険なのは彼だと思う……とニーナは主張をする。
「それとも……私がルルーシュ君を心配するのは、迷惑?」
逆にニーナはこう問いかけた。
「いや」
気持ちは嬉しい、とルルーシュは言い返す。
「でも、そのためにニーナが誰かを傷つけるようなものを作るのはいやだから」
そんなことを考えさせてしまう自分が不甲斐なくていやだ、とルルーシュはさらに言葉を重ねた。
「大丈夫。相手を驚かすだけ」
傷つけないものならいいでしょう? とニーナは告げる。
「それに、うまくできたら、女子生徒みんなに配るから」
最近、ストーカーとか痴漢が増えているらしい。だから、と彼女は首をかしげた。
「……そういうことなら……」
流石のルルーシュも、女の子のそんな態度には弱いのか。それとも、ニーナは同じ年とはいえ、どこか幼い容貌をしているからなのかもしれない。ルルーシュは昔から《妹》と言う存在に弱いのだ。
「ありがとう。私、頑張る」
「よかったわね、ニーナ」
「頑張って、強力なのを作れよな。どこにいても聞こえるような奴」
三人がそうやって盛り上がっているのを見ながら、ルルーシュは困ったような表情を浮かべていた。
「でなかったら、私かスザクに連絡が取れるようなものを作ってくれればいい」
そうしてくれれば、どこからだろうとルルーシュの元に駆けつけるから。ジノはこう言って笑う。
「あ。それはいいかも」
そうすれば、どこにいてもルルーシュの側に駆けつけることが出来るね。そういってスザクも微笑む。
「……お前達まで……」
「だって、ルルーシュを守るのは僕の権利だよ?」
「私も、それに付き合うことにしただけだって」
ダールトンの許可は貰ったし……と付け加えられては、ルルーシュも受け入れざるを得ないのだろう。
「……まったく……そういうことはユーフェミア殿下に申し上げればいいのに」
それでも何かを言わなければいけないのがルルーシュだ。ようやく彼らしくなってきたかな、とスザクは苦笑を浮かべた。
その時だ。
「ルルーシュ先輩」
ドアからロロが顔をのぞかせる。
「会長が『さっさと来なさい』だそうですが」
この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュは今までとは違った意味で困った表情を作った。そのまま、立ち上がる。
反射的にスザクはジノと視線を合わせた。彼もまた小さく頷いてみせる。
「僕も行くよ、ルルーシュ」
にっこりと微笑みながらスザクはこう宣言をした。
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09.03.13 up
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