いったい、どこに黒の騎士団が潜んでいるのか。それがわからない。
 間違いなく、ルルーシュの側にいるはずなのに、だ。
「……本当に大丈夫か?」
 そんなことを考えていれば、ルルーシュのこんな言葉が耳に届く。
「大丈夫だよ。このくらいの荷物なら重いって思わないし」
 軍にいれば、もっと重いものも運ばなければいけないし、とスザクは明るい口調で言い返す。
「そうだね。もっと持ちやすい形状をしているなら、ルルーシュを抱えながらでも運べるよ」
 さらにこう付け加える。実際、その位は何と言うことはない。同じように体を鍛えているジノだって不可能ではないだろう。
「……いくらなんでも、俺はそんなに軽くないぞ」
 自分一人ならばともかく、それだけの量の資料を一緒に持つのは不可能だろう、とルルーシュは呟いている。あるいは、体重のことは彼には禁句なのか。
「今度実験してみる?」
 軍人の腕力を甘く見ないように、とスザクは笑った。
「……義父さんなら可能か」
 軍人という一言で真っ先に思い出すのはダールトンのことらしい。それも彼らしいなと心の中で呟く。
「それにしても、これって何の資料?」
 こんなにあるなんて、とスザクはさりげなく話題を変える。
「去年の、出店希望要望書、だな」
 これを見て、おおよその傾向を割り出さなければいけないのだが、とルルーシュはため息をつく。
「本当は、データーベースになっているはずだったんだ」
 そうすれば、今年が楽だったはずだから……と彼は付け加える。
「ミレイさんに邪魔されたんだね、それを」
「……まったくあの人は……」
 俺で遊ぶな、俺で……とルルーシュはぼやく。しかし、その気持ちは理解できる、とスザクは心の中だけで呟いた。イレギュラーな事態が起きたときのルルーシュの反応は可愛いと言える。
 もっとも、とそれは彼の身柄に危険が及ばない時だけだ。
 ルルーシュには日常の中で、平穏に暮らして欲しい。今の穏やかな時間の中で、微笑んでいて欲しい……とスザクは本気で祈る。そのために、自分はここにいるのだから、とも。
「……それにしても、最近、誰かが学校のシステムに不法侵入しようとしているみたいだな」
 ふっと思い出したように、ルルーシュはこう呟く。
「ルルーシュ?」
「ここのセキュリティは俺が作ったんだが……不正に侵入しようとした痕跡が残っていた」
 いったい、何を調べようとしているのか。そう呟きながらも、ルルーシュの中ではその答えを既に見つけているようだ。
「……そういうのは、ロイドさんが詳しいかも」
 スザクは思わずこう呟いてしまう。
「でなかったら、セシルさんかな」
 えげつない報復方法を一緒に考えてくれるんじゃないかな? と思わず続けてしまった。
「あぁ。あの人達ならそうかもしれないな」
 詳しそうだ、とルルーシュも頷いてみせる。
「相談してみる?」
 ルルーシュからの相談事なら、彼等は喜んでのってくれるだろう。それ以上のこともしてくれるかもしれない。
「だが……」
「ロイドさんの意識が別の方向に向いていれば、それだけ他の人たちは休めるし」
 ルルーシュからセキュリティについて聞き出せれば、こっそりと生徒のデーターを確認できるかもしれない。そうすれば、黒の騎士団の関係者を絞り込めるのではないか。
 もっとも、それよりもアッシュフォードに協力を求め正攻法でデーターを確認した方が確実かもしれないが。だが、その時間も惜しい。だから、同時進行でいいではないか、とすら思う。
 言いたくはないが、誰も彼もが怪しいように思えてならないのだ。安心してルルーシュの側に置いておける人間の方が少ないかもしれない。
 生徒会のメンバーですら、確実に安全と言えるのはミレイとリヴァル、そしてシャーリーとニーナぐらいだ。他のメンバーは残念ながらそういいきれるだけの材料がない。逆に言えば、黒の騎士団の関係者だとしてもおかしくはないのだ。
 今はともかく、次にまたいつ、ルルーシュをおいて出撃をしなければいけないかわからない。しかも、ジノも呼び出されるという可能性すらある。
 だが、この状況では安心して出撃なんて出来ないだろう。
 もっとも、戦場に連れ出しても同じ事だ。
 だから、と心の中で呟いたときである。
「……そういえば……」
 ふっと何かを思いついたかのようにルルーシュは呟く。
「嚮団、とはどんな組織なんだろうな」
 自分は今まで聞いたことがなかったが、と彼は付け加えた。
「ごめん。僕もよく知らない」
 名前だけは聞いたことがあるけど、とスザクは苦笑と共に言い返す。
「ただ……ラウンズの任命式は彼等の立ち会いの下で行われるとは聞いたよ」
 だから、日本で言う神主のようなものなのかな、と付け加えた。
「……ブリタニアに宗教はなかったはずなんだが……」
「でも、何かの時に立ち会う人たちは必要じゃないかな」
 皇族や貴族の前で行うのが普通だろう。しかし、それで後々厄介な状況になることはないのだろうか。
「ナイト・オブ・ラウンズは皇帝陛下だけの騎士なんだろう?」
 確かに個人的なしがらみがあるかもしれないけど、とスザクは続けた。
「そうかもしれないな」
 あるいは、皇帝直属の相談役みたいな組織なのかもしれない。
「詳しいことは、ライに聞けば教えてくれるだろうか」
 何かが引っかかるのだ、とルルーシュは付け加える。しかし、それが何なのか、うまく説明が出来ない、とも。それでも、嚮団について知識を得られれば、あるいは……と彼は付け加えた。
「……どうだろう」
 難しいのではないか。スザクはそう言い返す。
「ルルーシュが知らない、と言うことはダールトン将軍もご存じないのかもしれないよ?」
 あるいは、ルルーシュには知らせない方がいいと思っているのかもしれない。そうも続けた。
「……だが……」
「ゼロのことなら、気にしなくていい」
 あいつの言っていることは真実ではないから。少なくとも、自分は昔の《ルルーシュ》から該当するような人物のことを聞いたことがない。
「それに……君を迎えに来るなら、どうして今なの?」
 七年も経っているのに、とスザクはさらに言葉を重ねる。
「君を捜すなら、もっと早くにこのエリアに来るべきだろう?」
 言葉は悪いが、もし、あの戦争の時に死んでいたらどうしていたというのか。まして、ルルーシュだけではなくナナリーもいたのに、と怒りの滲んだ声で告げた。
「確かに、お前の言うとおりかもしれないが……」
 なら、どうして……とルルーシュは呟く。
「……ルルーシュ……世の中には整形という手段だってあるんだよ?」
 あれはそんなものではない。それがわかっていても、ついついスザクはこう言ってしまった。
「でなければ、特殊メイクか……」
 あの状況ではそれを確認できなかったし、と口にする。もちろん、それを信じているわけではない。ただ、ルルーシュを納得をさせられればいいのだ。
「……そう、だな……」
 とりあえず頷いてみせる。スザクの言葉につっこみどころがあることもわかっているだろう。それでもそうすると言うことは、彼自身、自分をごまかせる理由を探していたのか。
「だが、どうして《俺》なんだ?」
 自分一人がいなくなってもブリタニアがどうなるわけでもないはずなのに、とルルーシュはまた新たな疑問を口にしている。
「義父さんにしても、俺とコーネリア殿下やブリタニア本国であれば、どちらを選ぶかなんてわかりきっているだろうに」
 それでも自分にあんなにちょっかいをかけてくるのはどうしてなのか。
「俺の記憶に、何があるって言うんだ?」
 スザクをはじめとする者達はみんな『思い出さなくていい』と言うが、それが全ての要になるのではないか。彼はそうも続ける。
「……思い出さなくていい、と言うのとは少し違うかな?」
 うまく説明できるかどうかわからないけど、とスザクは言葉を綴り始めた。
「思い出して欲しくない、って言うのが僕の本音」
 楽しかったことや嬉しかったことだけならばいい。だが、辛い記憶や哀しい記憶を思い出して欲しくはないから。
「……一番思い出して欲しくないのは、僕と君達が離れ離れになった後のこと、かも」
 離れ離れになった後、彼等は襲われたのだろう。犯人がブリタニア人なのか日本人なのかはわからない。だが、そのせいでナナリーが死んでしまったことは事実だ。
「その時に、きっと、君は全部忘れてしまわないと耐えられない衝撃を受けたんだ。それを思い出して欲しくない」
「スザク……」
「それに記憶喪失の人が失われた記憶を取り戻せば、失っていた間の記憶を忘れてしまうかもしれないって聞いたよ?」
 もし、そうなってしまったらルルーシュはダールトンや他の兄弟達と過ごした時間を全て忘れてしまうのではないか。
「……義父さんや、義兄さん達のことを忘れてしまう?」
 ルルーシュがそのことを知らないはずがない。だが、あれこれありすぎて忘れていたのではないか。今までとは別の意味で衝撃を受けているようだ。
「だから、みんな『思い出さなくていい』って言うんだよ」
 あの日からの七年間を捨てて欲しいと思っていないから、とスザクは微笑む。
「……俺は……」
 ルルーシュの気持ちが大きく揺れている。
「ルルーシュはルルーシュだよ。いつだって」
 だから、それでいいんだ。スザクはそんな彼の気持ちを自分たちの方に引き戻そうと口を開いた。
「前にも言ったけど、僕は君が僕の側にいてくれるだけでいいんだ」
 ルルーシュに記憶があろうとなかろうと、自分には関係ない。
「スザク?」
 スザクの言葉を聞いたルルーシュが不意に足を止める。
「どうして、お前は……」
 そこまで言ってくれるのか、とルルーシュは言外に問いかけて来た。
「決まっているでしょ。前にも言ったような気がするけど、君が好きだから、だよ」
 この言葉を彼がどういう意味で受け止めるだろうか。ひょっとしたら、これのせいで彼は自分とは距離を置いてしまうかもしれない。でも、とスザクは心の中で呟く。そうなったとしても、自分は彼を護り続けるだけだ。
「……好きって、俺を?」
「そう。ルルーシュという名前の君を」
 微笑みと共に頷いてみせる。次の瞬間、ルルーシュの白磁の頬が朱に染まった。




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09.03.20 up