好きだ、と言われたことが今までになかったわけではない。
それなのに、どうしてスザクの言葉だけ何度も繰り返されてしまうのだろうか。
「……俺は……」
スザクの言葉が嬉しかったのかもしれない。だから、こんなにも思い出してしまうのではないか。
「しかし……」
スザクに対して抱いている《好意》の意味はどれなのだろう。
友情なのか、それとも親愛なのか。恋情なのか。
こう考えた瞬間、ルルーシュの口元に苦い笑みが浮かぶ。
「何を考えているんだ、俺は」
スザクの口にした「好き」は友人対するそれに決まっている。だから、恋愛感情などというものではない。
第一、自分たちは男同士ではないか。
「男同士で、そんな関係になれるはずがないだろう」
少なくとも自分は知らない。そう呟いたときだ。
「何の話、だい?」
背後から声がかけられる。それがクラウディオのものだというのは確認しなくてもわかった。
「義兄さん」
しかし、どうして彼が……とルルーシュは首をかしげる。
「ちょっと荷物を取りにね」
ついでに、ルルーシュの顔を見たかったのだ。そういって彼は微笑む。
「他の兄弟達もこちらに来たがっていたが、流石に、全員が義父上の側を離れるわけにはいかないだろうからね」
だから、チェスの勝負で、一番勝ったものが代表で来ることになったのだ。そう彼は続ける。
「……それだと、クラウディオ兄さんが一番ではないですか」
他の義兄達も決して弱いわけではない。だが、その中で一番強いのは彼なのだ。
「それでも、君にはかなわないけどね」
苦笑と共に彼は言い返してくる。
「それよりも、何か困っているようだけど?」
悩みでもあるのかな? と彼は微笑みを深めながら問いかけてきた。
「義兄さん……」
何と言えばいいのだろうか。そもそも、これは誰かに問いかけてもいいことなのかどうかわからない。自分の経験の中に、それに類したことはないのだ。だから、とルルーシュは心の中で呟く。
「料理とチェスと勉強以外のことなら、いくらでも相談に乗って上げられるよ」
ルルーシュがくだらないと考えている内容でも、自分たちは気にしない。それに、誰かに話した方が解決の糸口が見つかるかもしれないよ、と彼は続ける。
「これでも、君よりも年長だし、色々なエリアに足を運んでいるからね」
少しは役に立つと思うよ? と言われて、ルルーシュはどうしようかと思う。少なくとも、彼は嘘を言っていないとはわかっている。だが、こんなことで彼の時間を奪ってもいいものか。
「でも……早く戻らないと……」
「大丈夫。君の相談を無視する方が皆に責められるからね」
いいこだから、話してごらん? と彼はさらに促すように口にした。
「……俺の知らないところで、何もしませんか?」
後心配なのは、直接スザクの所へ行かれることだ。だから、そうしないように先に言質を取っておこう。そう考えて問いかける。
「君がそうして欲しいというならね」
ここまで言ってもらえるなら大丈夫なのだろうか。そうかんがえると、ルルーシュは意を決したように口を開いた。
体よりも心の方が疲弊している。だから、少しでもそれをいやしたくて、コーネリアは妹の所へ足を運んでいた。
「ルルーシュが、先日持ってきてくれたものですけど」
そんな彼女の気持ちを察してくれたのだろう。ユーフェミアは微笑みながら、お茶の用意をしてくれた。
「そうか」
頷きながら、フルーツケーキへと手を伸ばす。しっとりとした感触のそれは皇族専属料理人のそれに勝るとも劣らない。
それにしても、いつの間にこれだけの技術を身につけたのか。その答えがわかっているのに、ついついそう考えてしまう。それが『不憫だ』と言ってしまえば彼に失礼になるだろう。
「美味いな」
代わりに、こう告げる。
「……もう元気になったのでしょうか」
自分もまたケーキに手を伸ばしながら、ユーフェミアが問いかけてきた。
「とりあえず、学校では普通にしているそうだ」
もっとも、覇気は感じられないそうだが……とコーネリアは言葉を返す。それでも、それを隠そうとしているらしい。そんなところは彼らしいと思う。
おそらく、時間をかければ自力で立ち直れるのではないか。直ぐ側にはスザクとジノをつけてあるし……と心の中で付け加えた。
「そうですか」
しかし、ユーフェミアはそれでは納得できないらしい。
「ですが、ヴァインベルグ卿はお父様の騎士ですし、スザクにしても、いつ、このエリアから離れるかわかりません」
そうなれば、ルルーシュはどうなるのだろうか。彼女はそう主張をする。
「その可能性は否定できないが……」
だが、その可能性は低いだろう。少なくとも、シュナイゼルからその手の話を聞いたことはない。
「彼等の特性を考えれば、このエリアにいることが一番いいはずだ」
しかも、スザクは元はと言えばイレヴンだ。
「いざとなれば、私がシュナイゼル兄上と話をする」
ルルーシュのために、スザクを譲ってもらえるように、とコーネリアは付け加える。
「ですが、お兄さまがそれを拒まれたら?」
そうしたら、ルルーシュはまた一人になってしまうではないか。
「ですから、スザクをわたくしの騎士にしたいと思います」
そうすれば、自分の命令でスザクをルルーシュの側につけておくことが可能だろう。ユーフェミアは目を輝かせながらこういった。
「ユフィ!」
「いい考えだと思うのですが……」
ダメですか、と彼女は首をかしげる。
「私は反対だ」
きっぱりとした口調でコーネリアは言い返す。
「クルルギがお前の騎士になったなら、お前が何と言おうともクルルギはお前を優先しなければいけない」
そうしなければ、糾弾されるのはスザクの方だ……とさらに言葉を重ねる。
「お姉様……」
「第一、名誉ブリタニア人が騎士になった前例はないのだぞ?」
何よりも、ルルーシュが誤解をするに決まっているではないか。そうも彼女は続けた。
「その時は、お前があの子に『スザクを奪った』と恨まれかねない。それでも構わないのか?」
ルルーシュにとって、それは心の奥に隠されたトラウマを刺激することになるのではないか。その結果、最悪、あの子の心が壊れたらどうする……と逆に聞き返す。
「わたくしは、そんなつもりでは……」
「なかったのだろうな。それはわかっている」
だが、ルルーシュから見ればそういうことだ。ため息とともにコーネリアはこう言い返した。
「第一、クルルギがお前の希望を叶えるとは限らないのだぞ?」
騎士は、自分の全てをかけて主に尽くす存在だ。スザクの様子から判断をして、そんな立場を受け入れるとは思わない。良くも悪しくも、あれの気持ちはルルーシュの上にある。コーネリアはそう考えていた。
「だから、お前はもっと他の方法を考えるんだ。この前のことは、ゼロのせいで悪い結果になったが……判断としては間違っていなかった」
そのようなことを、と表情を和らげながら告げる。
「……ですが……」
「失敗することもあって当然だ。だが、今回はそれを実行する前にわかっただろう?」
そうやって成長していけばいい。その言葉に、ユーフェミアは小さく頷いてくれた。
シャルルは目の前の墓標を静かに眺めていた。そこに刻まれている名を持つ存在を愛したのは間違いなく自分だ。そして、その身を望んだのも。だが……と心の中で呟いたときだ。
「あれが直接、あの子に接触したそうだね」
言葉とともに木陰からV.V.が姿を現した。
「クルルギが間一髪のところで駆けつけたって?」
あれを拾っておいて良かったね、と彼は笑う。だが、シャルルはその言葉に笑い返すことが出来なかった。
「……何故、あれを放っておかぬのだ」
あの時に捨てた存在であれば、そのまま捨て置けばいいものを。何故、今になって……とシャルルは付け加える。
「おそらく今だから、だろうね」
あちらの準備が整った。だからこそ、今まで放っておいたあの子を再び手元におこうとしているのではないか。
「あの子の持っている《力》は、あいつらが待ちこがれていたものだからね」
あいつらの《王》が持っていたものと同じ《力》。
それを手に入れるためなら、何でもするだろう。過去にも同じような《力》を持って生まれたものがいる。その人物を手に入れるためにどのようなことをしたのか。自分も知っているから。そうV.V.は続けた。
「……ともかく、コーネリアにあいつらの動きに気をつけるように言っておいた方がいいね」
それと、とV.V.は目をすがめる。
「僕も向こうに行っているから」
何かあった場合、直ぐに駆けつけられるように。そういわれて、シャルルは目を少しだけ見開いた。
「兄さん?」
「あの子を待ち望んでいたのはあいつらだけじゃない。僕だって同じだよ」
でも、と彼は視線をそらせながら言葉を続ける。
「それ以上に、あの子があの力のせいで不幸になるのは見たくないからね」
あの時の血を吐くような慟哭を忘れたわけではない。あれは、自分たちが過去に経験したものと同じだから……と哀しげに口にした。
「だから、心配しなくていいよ」
でも、できれば直ぐに駆けつけられるようにしていてね……と微笑むと同時に、彼はまた木陰へと姿を消す。
「……マリアンヌ……」
それを見送りながら、シャルルは小さな呟きを漏らした。
「お前は、あの子に、いったい何を望んでおるのだ?」
それに対する答えは、もちろん返ってこない。シャルル自身、それを望んではいなかった。
キョウトから藤堂鏡志朗と四聖剣が派遣されてきた。
その報告に、ゼロは仮面の下で満足そうな笑みを浮かべる。
「これで、勝利のために必要なカードは残り一つとなったな」
それさえ手に入れられれば、自分たちの悲願が現実のものになるのだ。そして、その日こそ、ブリタニア皇家の最後でもある。
「ゼロ」
静かに呼びかけてくる声が耳に届く。
「丁度いい《祭り》とやらがあるようだからな。その日まで、引き続き側で見張っているように」
それまでに、全て準備を整えよう。ゼロのこの言葉に、その人影は小さく頷いて見せた。
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09.03.27 up
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