何か、ルルーシュに意識されていないだろうか。それも変な意味で。
 もちろん、その原因になった事態も想像がついている。
「やっぱり、告白は早かったかな」
 そのせいで、彼は混乱しているのではないか。だが、とスザクは付け加える。
「……でも、これであのことを忘れていてくれればいいのに」
 自分のことだけを考えて、それで悩んでいてくれるうちは、あいつの顔を思い出さずにすむだろう。そうすれば、自分の存在についてあれこれ考えなくてすむはずだ。
「ルルーシュは、何も思い出さない方が幸せなんだ」
 今のまま、平穏に過ごしている方が彼のためなのではないか。少なくとも、アッシュフォード学園ここでのルルーシュは微笑んでいられるようだし……と付け加えたときだ。
「スザク」
 いつの間に歩み寄って来ていたのか。ライの声が直ぐ側で響く。
「何か、用?」
 ルルーシュから視線をそらすと、彼を見上げる。
「少し、いいか?」
 今は、ジノとリヴァルが側にいるだろう? と彼は意味ありげに付け加えた。
「……わかった」
 何を知っているのだろうか、彼は。それを確かめるためにも、今はついていった方がいい。そう判断をして、スザクが立ち上がった。
 微かに椅子が音を立てる。
 その瞬間、ルルーシュの瞳がスザクへと向けられた。だが、スザクがその事実に気付いているとわかると、慌てたようにそらされる。その頬が、微かに上気しているような気がするのは、スザクの錯覚だろうか。
「スザク?」
「ライとちょっと、備品のチェックに行ってくる。会長に頼まれたのを忘れていた」
 だから、と言わなくても二人にはわかったようだ。
「了解」
「気をつけてな」
 苦笑と共に頷かれる。それに頷き返して体の向きを変えようとした。その瞬間、ルルーシュのロイヤルパープルの瞳と視線がぶつかる。反射的に、スザクは彼に向かって微笑みかけていた。今度は、誰の目にもわかるくらい、ルルーシュの頬が赤くなる。
「……あまりからかってやるな」
 スザクの肩に手を置きながら、ライが囁いてきた。
「別にからかってないけど?」
 どうして、そう思うのか。スザクは真顔でそう聞き返してしまう。
「なら、余計にたちが悪いな」
 あきれたように彼は言葉を口にする。
「それも含めて、向こうで話そう」
 だが、直ぐにスザクの顔を見るとこう言ってきた。
「……そうだね」
 作業もしないといけないし、と微笑んでやれば、ライは少しだけ表情を和らげる。
「裏方は裏方らしく、きちんと仕事をするべきだろうな」
 この言葉を聞くと同時に、スザクは歩き出す。その隣を当然のようにライがついてきた。
「あの、ルルーシュ先輩」
 自分の存在が遠ざかったから、だろうか。ロロがルルーシュに話しかけている声が耳に届く。
 あからさまとも言えるその態度が気に入らない。
 だが、ここにはジノが残ってくれている。だから……と心の中で自分に言い聞かせるように呟く。黒の騎士団が襲ってきたとしても大丈夫だ。自分が駆けつけるまで、ルルーシュを守ってくれるに決まっている。
 それに、ロロも自分たちにとっては警戒対象なのだ。
 彼が黒の騎士団と関係しているのかいないのか、それを見極めるためにも、彼の言動を確認しなければいけない。自分と並ぶ『体力バカ』とルルーシュに認定されているジノだが、守るべきもののためであればきちんと対処できる。何よりも、彼一人ではない。ここにはリヴァルもいるから、とさらに付け加えた。
「本当、わかりやすいね、君は」
 スザクの表情から何かを読み取ったのだろう。ライは小さな笑いを漏らす。
「……何を言いたいわけ?」
 むっとした気持ちを隠すことなく、スザクはそう問いかける。
「ルルーシュの側に自分が認めた人間以外近寄らせたくない。そう思っているだろう?」
 そんな彼に、ライはストレートにこう切り込んできた。
「……否定はしないよ」
 ため息とともにこう言い返す。
「でも、それに関してはちゃんと理由があるから」
 ミレイかリヴァル達に聞けばわかると思うよ、とスザクはさらに言葉を重ねた。
「……なら、他のものでもいいのではないか?」
 歩きながら、ライはさらに追及をしてくる。
「他のメンバーは寮に住んでいるし……相手は手段を選ばない連中だからね。軍人の僕が適任なだけ」
 同じマンションにいるし、と笑みを作った。
「……なるほど、ね」
 とりあえず納得しておくよ、とライもまた、綺麗な微笑みを作る。だが、それが本心からのものではないと、直ぐにわかった。もちろん、自分のそれがどう見えているのかも、だ。
「それを言いたくて連れ出したの?」
 スザクはそう聞き返す。
「と言うわけではないのだがね」
 ただ、気になっただけ……と彼は言い返してきた。
「朝から、ルルーシュの様子もおかしかったし」
 何か、妙にスザクを意識しているようだったから……と彼は続ける。やはり、見る者が見ればわかるのか。そう考えてスザクは苦笑を浮かべる。
「勢い余って、遠回しに告白をしちゃったんだよね」
 どうして、自分の側にいてくれるのか。そういわれて……とこちらは素直に告げる。
「離れていた間に、その手の経験を積んだ、と思っていたんだけど、ね」
 まさか、告白をされたこともなかったとは思わなかった……とスザクは少しだけ遠い目をした。
「その情報は?」
「もちろん、リヴァルだよ」
 ルルーシュの学生生活について一番よく知っているのは彼だ。だから、とさりげなく水を向けてみれば、あっさりと教えてくれた。理由はわからないものの、その事実はとてもありがたい。
「なるほど、ね」
 苦笑と共にライも頷く。
「もっとも、あり得る話だけど」
 さらに、彼はこう続けた。
「ライ?」
 どういう意味? とスザクは言外に問いかける。
「普通、自分より美人の彼氏なんて欲しくはないと思うけど?」
 付き合っているという事実は自慢になるかもしれない。だが、その隣に並んでいる自分がどのように見られるか。そう考えれば、腰が引けても当然ではないか。
「それに、周囲にいる人間が人間だろう?」
 確かに、女装をすればルルーシュは誰よりも美人だ。それに、家事も完璧となれば、高嶺の花なのかもしれない。
「そういうことだから、あまり、いじめない方がいいと思うが?」
 恋愛経験のない人間を振り回すのはやめておけ、と彼は続ける。
「……ちゃんと、理由があるんだけどね」
 振り回しているのは、とスザクは笑う。
「そうすれば、他のことを考えずにすむだろう?」
 今のルルーシュにはそうすることが必要なのだ。
「会長もそれがわかっているから、ルルーシュに仕事を押しつけているんだし」
 それがなくても押しつけていることは否定しない。だが、最近はルルーシュが頭を使わずにはいられない仕事だけを回しているらしい。
「……理由はわからないけど、君だけではなくミレイさんまで同じような判断を下したのなら、信用するしかないね」
 ため息とともにライはこう告げる。
 そのまま、彼は不意に足を止めた。
「この奥に、何やら地下に通じる通路があるって、知っているかい?」
 そして、予想もしていなかったセリフを口にする。
「……何?」
 そのせいだろうか。直ぐにはその言葉の意味が飲み込めない。
「この奥?」
 資料室の隣であれば、ニーナが使っている研究室がある。そして、校舎の外であれば、地下の上下水道に関わる施設への入り口があることは知っていた。
 だが、ここにそんなものがあったとは自分は知らない。
「……ルルーシュなら、知っているのか?」
 だが、彼に聞くよりはミレイの方がいいだろう。
「確認しておかないと」
 スザクはこう呟く。その言葉に、ライが不審そうな視線を向けてくる。
「前に、校内で襲われたことがあるんだよ、ルルーシュが」
 渋々といった様子で、こう告げた。その言葉に、彼がどのような反応をするか。それを確認したかったのだ。
「血迷った男子生徒に?」
 しかし、この反応は何なのか。
「そうだったら、そいつはミレイ会長にボロボロにされたあげく、学園を追い出されるって」
 実際に、そういう前例があったらしい。しかも、その男子学生は転校していった先でもあれこれ後ろ指を指されたとか。まるで都市伝説のようなオチまでついているらしい。
「ルルーシュはダールトン将軍の養子の一人だからね。しかも、義兄さん達に溺愛されている」
 そういう人間を害したら、少しは自分たちが有利になるのではないか。そう考えたバカの犯行ではないか。
「問題は、どうやって学園内に侵入したのか。それがまだわかってないことなんだよ」
 わかっていて言っているのか、それとも……とスザクは心の中で呟く。
「……ご家族の関係か」
 確かに、そういうことならスザク達の言動も納得できる。ライは頷いてみせる。
「ダールトン将軍のご高名はコーネリア殿下のそれと共に、私のような人間の耳にも届いているからね」
 その言葉をどこまで信用していいものか。
「あの方は尊敬できるよ。後はナイト・オブ・ワンかな?」
 ジノも本人のあの性格を知らないうちは尊敬していたんだけどね……とスザクは苦笑と共に告げる。
 その表情の下で、冷静にライが何者であるか、その糸口を見つけようとしていた。





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09.04.03 up