スザクの姿が見えなくなった瞬間、何故か心細さを感じてしまう。それはどうしてなのか、ルルーシュ自身にもよくわからない。
 だからといって、側にいられても、鼓動が妙に早くなってしまうのだ。
「それもこれも……義兄さんが悪い……」
 クラウディオ一人のセリフであれば、まだ聞き流すことが出来た。しかし、あちらに帰ってからその話を他の義兄達にもしたのか。その後、かなり騒がしい事態に発展してしまったのだ。
 義兄達がスザクを悪し様に言わなかったことは嬉しい。そして、自分の気持ちに余計な茶々を入れてこなかったこともありがたいとは思う。
 だからといって、知らなくてもいいことまで懇切丁寧に教えてくれることはないではないか。
 第一、とルルーシュはため息をつく。
「あんな知識を、一体どこで手に入れてきたんだ、義兄さん達は」
 自分は知らない。と言うことは、義父からではないのだろう。
 残る可能性は、他の軍人達との繋がりと言うことか。
「その可能性が高いな」
 スザクも言っていたではないか。一度戦場に出てしまうと、後の楽しみは猥談ぐらいだ、と。ダールトンの養子であり、騎士候の地位にいる彼等にしてもそれは同じだったのかもしれない。
 しかし、それを自分に披露しなくてもいいではないか。
 ぶつぶつとルルーシュは文句を口にしてしまう。
「あの……ルルーシュ先輩?」
 そんな彼の耳にロロの声が届く。
「あぁ、すまない」
 慌てたように視線を彼に戻す。
「終わったのか?」
 そのまま優しい笑みを作って、こう問いかけた。
「……一応は……」
 でも、あっているかどうかは自信がない。彼はそう続ける。
「とりあえず、見せてくれるかな?」
 答えが合っているかどうかを確認してから、わからなかった問題について説明をするから。そういえば、ロロはルルーシュの前に今まで解いていた問題集を差し出してくる。それに視線を落とそうとしたときだ。
「……先輩」
 退屈になったのか。ジノが背中から抱きついてくる。
「ジノ」
 ため息とともにルルーシュは彼の名を呼ぶ。
「重い」
 一言、こう続ける。
「いいじゃないですかぁ。親愛の重みですって」
「そんな重みは、いらない」
 即座にルルーシュは言い返した。
「え〜〜! だって、スザクだって良くやっているじゃないですかぁ」
 こう言われた瞬間、ルルーシュはまた鼓動が早くなるのを自覚してしまう。
「……あいつは、こんな風に重みをかけてこない」
 むしろ、そうしているのは自分の方ではないだろうか。ふっとそんなことをルルーシュは心の中で呟いてしまった。
「そうですかぁ?」
 かなり甘えているようだけど、とジノがふてくされたように続ける。
「いいんだよ。スザクは」
 何故かはわからない。だが、そうしてくれることが普通のように思えてしまうのだ。
「まぁ、いいですけどぉ」
 たまには自分も構ってくれないと、本気でふてくされますよ? とジノはさらに言葉を重ねる。
「……ラウンズのお一人が、それでいいのですか?」
「ここにいるときは、そんなこと、関係ありませ〜ん」
 ただの学生で〜す、と彼は笑う。それだけではなく、まるでのしかかるように体重を預けてくる。
「お、重い……」
 それを支えきれずに、ルルーシュは机に懐いてしまう。
「ルルーシュ先輩から離れてください!」
 流石に見ていられなくなったのか。ロロがこう言いながら、彼をルルーシュの背中から引きはがそうとしている。
「大丈夫、大丈夫」
 このくらいじゃつぶれないから、とジノはさらに腕に力をこめてくれた。
「それにしても、先輩って本当に抱き心地いいですよね」
 腕にすっぽり、と言いながら今度は頬をすり寄せてくる。
「ヴァインベルグ卿!」
 本気でジノを引きはがそうとしているのか。椅子から立ち上がる気配がした。
 しかし、ロロは小柄な方だし、ジノにいたっては伸びすぎと言いたくなる身長だ。その体格差では、ルルーシュの背中から彼を引き離すのは難しいのではないか。
 誰もがそう思っていたはずだった。
 しかし、次の瞬間、何故かジノの体はルルーシュから引きはがされていた。
「……マジ?」
 狐につままれたような表情でジノが呟いている。それはルルーシュにしても同じ事だ。
「ロロ?」
 いったい、何をしたのか。言外に彼にこう問いかける。
「僕だって、護身術の一つや二つ、身につけていますから」
 ロロはこう言って微笑む。
「そう、なのか?」
 しかし、それにしても、今まで彼がそのようなものを身につけていると周囲の人間に気づかせたことはなかった。だとするなら、彼がそれを使ったのは、間違いなく自分のためなのだろう。
「……ありがとう」
 ルルーシュはとりあえず微笑みを向ける。
「しかし、無理はするな」
 これでも、ジノは優秀な騎士だ。下手に殺気を向けていれば、間違いなくロロの方が危険な状況に置かれていただろう。
「そもそも、そこで見ているだけだったリヴァルが悪い」
 こう言いながら、ルルーシュは悪友へと視線を向ける。
「え? 俺?」
 何で? とリヴァルは真顔で言い返してきた。
「お前が年長で、なおかつ男だからだ」
 女の子達にそんな危険なことをさせられるか! とルルーシュは言い返す。
「無理、無理。いくら俺でも、ラウンズの騎士様には勝てません」
 後五分経っても解放されないようなら、スザクを探しに行っただろうけど……と彼は続ける。
「……お前、な」
「だって、それが一番確実じゃん」
 そういってリヴァルは笑う。確かにそうなのかもしれないが……とルルーシュはため息をつく。努力をする振りをしてくれてもいいではないか。
「……会長に言いつけてやる」
 ぼそっとこう呟く。
「ルルーシュ!」
 それは、とリヴァルが慌て出す。
「友達を見捨てる奴なんて知るか!」
 ミレイも、そんな人間は嫌いに決まっている。ルルーシュはさらにそう付け加えた。
「そんなぁ……」
 どうしてそういうことになるのか、納得できない。リヴァルは言外にこう主張してくる。
「……でも、今のはリヴァル君も悪いと思うの」
「そうよね。せめてポーズだけでもルルを助けに行けば良かったのに」
 だが、それも女性陣のこのセリフであっさりと打ち砕かれてしまう。
「だって、先輩の抱き心地がいいんだもん」
 唯一、彼にフォローを入れているらしいのはジノだけだ。しかし、これをフォローと言っていいのか。
「元凶はあなたでしょうが!」
 そんな彼をロロが怒鳴りつける。しかし、どう見ても小型犬が飼い主の足元から大型犬に向かって吼えかかっているようにしか思えない。
 しかし、それは本当に見せかけだけだ。彼の本質はそれではない……と感じてしまうのはどうしてなのだろうか。
「ともかく、ジノ……お前は大丈夫なのか? 明日のテスト」
 定期試験ではないが、単元ごとの小テストも重要だぞ……とまた抱きつこうとしてきたジノに向かって問いかける。
「そればかりは、ラウンズであろうとなかろうと関係ない」
 そう付け加えた瞬間だ。彼の頬が引きつった。
「先輩!」
 抱きつかないから、要点だけ教えてください! とジノはルルーシュに向かって頭を下げてくる。
「……と言っても……」
「部屋に帰ってからでいいですから……食事は、私の知っている店から取り寄せます!」
 だから、教えてください! と真顔で詰め寄ってきた。
「教えてくれないなら、ずっと先輩に抱きついていますからね」
 しかし、このセリフは何なのか。
「……ジノ」
 それが脅し文句になると思っているのか、とルルーシュはため息をつく。
「とりあえず、そこに座れ」
 言葉とともに、床を指さす。
「何でですか?」
 意味がわからない、とジノは首をかしげている。
「お前の背が高すぎて、説教しにくいからだ!」
 さっさと座れ! とルルーシュはさらに怒鳴った。
「はいっ!」
 その迫力に気おされた、と言うわけではないのだろう。だが、珍しくも彼は素直にそれに従った。

 その後、ルルーシュのジノに対する説教はスザク達が戻ってくるまで続いたのだった。





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09.04.10 up