スザクが戻ってきた瞬間、ルルーシュはまた落ち着かない気持ちになってしまう。
「で? ジノは何でルルーシュに怒られていたの?」
それに気付いているだろうに、あえて見て見ぬふりをするのはどうしてなのだろうか。
「ちょっとやりすぎたから、かな?」
親愛の情を示しすぎた? とジノは首をかしげている。
「私としては、普通の言動を取っているつもりなんだが」
貴族よりも庶民の方がその点に関しては慎ましいのだろうか、と彼はさらに付け加えた。
それに異論を挟みたい。しかし、何と言えばいいのかわからない、とルルーシュはため息をつく。
「そういう問題じゃないと思うけどなぁ」
代わりというように、リヴァルがつっこみを入れてくれる。
「そうですかぁ?」
「そうそう」
なぁ、と彼はシャーリー達に同意を求めるように視線を向けた。
「そうですね。庶民がどうのこうのと言うよりは……ルルを女の子扱いにしているように見えるし」
確かに、女の子より美人だけど……と言われても喜べるはずがない。だが、シャーリーに悪気がないこともわかっている。だから、それについてはあえて文句を言う必要も感じられない。
「ルルはちゃんと男の子ですから」
家事万能だけど、と付け加えたのは、彼女のそれが壊滅的だから、だろうか。
「……別に女性扱いしているつもりはなかったんだけど……」
と言うか、女性にあそこまでべたべたさわったら、そちらの方が問題だろう……とジノは真顔で言い返している。
「と言うことは、それが問題なんだ」
さらり、とスザクが口にした。
「スザク?」
どういう意味だ、とジノが聞き返す。
「ルルーシュはあんまりべたべた触られるのが苦手なんだよ」
それなのに、どうせ、背後から抱きついてのしかかったんでしょう? とスザクは逆に聞き返した。
「……まぁ、それに関しては否定しないが……」
それでも、スザクだと気にならないような気がする。それはどうしてなのだろうか。
「でしょう? だから、ジノはやりすぎなんだって」
もう少し自制をしないと、とスザクは苦笑と共に付け加えている。
「それは……難しい問題だな」
だが、ルルーシュに嫌われるのは困るし……とジノは考え込む。
「難しく考えなくていいよ。ルルーシュが『いやだ』って言ったときにやめればいいだけだし」
ルルーシュは本当に嫌なときでなければ、そういわないから。スザクはそうも付け加えた。
「なるほど……女性の『いや』というのとは違うのか」
難しいな、とジノは呟く。
「やっぱり、人のことを女扱いしていたんだな、お前は!」
その言葉が耳に届いた瞬間、ルルーシュの怒りが爆発をする。
「お前には、二度と飯を作ってやらん!」
自力で何とかしろ! とさらに言葉を重ねた。
「そんな!」
それに、ジノは慌てたように視線を向けてくる。いや、それだけではなく、ルルーシュの足元まで駆け寄ってきた。
「お願いですから、それだけは勘弁してください」
ルルーシュの手料理が一番の楽しみなのだ。そういってジノは頭を下げる。その姿にはラウンズとしての威厳も何もない。
「ルルーシュ。僕が見張っているから」
流石に哀れに思ったのだろうか。スザクがこう言ってくる。
「……お前がそういうなら……」
妥協してやろう。そうルルーシュは口にした。
「先輩!」
その瞬間、ジノが顔を上げた。しかも、そこには先ほどまでの悲壮感は全くない。その豹変ぶりは流石だと言うべきなのだろうか。それとも、これだけの割り切りの良さがなければ強くなれないのか、と悩む。
「ありがとう、ルルーシュ」
スザクはスザクでこう言って微笑む。
「だから、きちんと責任をもてよ」
次にやったら、ただではすまさないから……とルルーシュはきっぱりと口にする。
「わかっているよ、ルルーシュ」
大丈夫、任せて。スザクは笑みを深めるとしっかりと頷いて見せた。
「どうだった?」
自室に戻ると同時にスザクはジノに問いかける。
「……リヴァル先輩達はいつも通りだったが……ロロに関しては、気になることがあった」
即座に彼はこう言い返してきた。
「……気になること?」
何、とスザクは先を促す。
「先輩に抱きついていたはずなのに、気がついたら引き離されていた」
しかも、そうされた記憶はない。それどころかロロに触れられた記憶も……と彼は続ける。
「もちろん、私の気のせいだ、と言う可能性もあるが」
だとするなら、ロロはかなりの手練れと言うことになるのではないか。ジノはどちらかと言えば白兵戦よりもナイトメアフレームの操縦の方が得意な騎士だ。だが、それはラウンズの中ではだ。
他の一般的な騎士や軍人では互角に戦えるものも少ないだろう。
「気になるね」
少なくとも、自分が入手した資料に、それを匂わせるようなデーターは書かれていなかった。
「だろう?」
彼が黒の騎士団の一員かどうかはわからない。だが、ルルーシュと二人きりにするのはあまりにもリスクが大きすぎる。
「で、そっちは?」
どうだった? とジノは逆に聞き返してきた。
「……わからない……」
スザクはため息とともにこう口にする。
「スザク?」
「彼が身に纏っている空気は、僕の知っている人に似ている。そして、その人は、ルルーシュの敵ではないんだ」
だから、と彼はさらに言葉を重ねた。
「不本意だけど、連絡を取らないといけないだろうね」
ひょっとしたら、あちらの関係者かもしれない。それがわからないうちは迂闊な行動を取るわけにはいかないだろう。そうも続けた。
「……厄介だな、それは」
そのあたりの事情を知っているからだろう。ジノは苦笑と共にこう言ってくる。
「しかし、それならどうして《ナイト・オブ・セブン》の事を聞いてきたんだろうな」
それも、回りくどい表現で……と彼はさらに言葉を重ねた。
「……関係者なら知っているはずだ、と言いたいの?」
「そういえば、あまり特例すぎて内緒にしていたんだったな」
スザク相手だと、どうしても気がゆるむ。そういわれるくらい信頼されていると言うべきなのだろうか。
「いいけどね。ルルーシュの前でそういう話はやめておいてね」
ただでさえあれこれ厄介なものを抱え込んでいるのに、それにさらなる重荷を押しつけたくない。
「わかっているって」
ビスマルクにも言われているから、とジノは頷き返す。
「……ヴァルトシュタイン卿?」
「そう。恩人の息子さんがダールトン将軍の養子になっている。だから、仲良くしてやってくれって言われたんだけど……先輩のことだろう?」
違うのか、と彼は問いかけてきた。
「スザクなら知っていると思ったんだけど」
と言うか、そういわれたんだけど……と告げられては黙っているわけにもいかない。
「……そうだよ」
渋々ながら認めれば、ジノは納得と言うように頷いてみせる。
「だから、黒の騎士団に狙われるのか」
ルルーシュの記憶の中に、ブリタニアを揺るがす何かがあると期待しているのではないか。
「ナイト・オブ・ワンの醜聞なんてあったら、ラウンズの権威はがた落ちだろうしな」
それでなくても、ルルーシュの存在を手に入れることで十分捏造が可能だろう。
「と言うことで、先輩の側には出来るだけくっついていることにするよ」
今まで以上に、と彼は言葉を締めくくる。
「やりすぎて、ルルーシュを怒らせないようにね」
でないと、本気でご飯を作ってもらえなくなると思うよ。そう釘を刺しておく。
「わかっているって」
それはいやだから、と彼は続ける。
「それと同じくらい、先輩自身も大切だしな」
だから、守ってやりたい。そう告げる彼の言葉に嘘はないだろう。
「命令でなくても守ってみせるさ」
少なくとも本国に呼び戻されるまでは。
その言葉が嘘ではない、とスザクにもわかった。
「あてにしているよ」
だから、こう言って笑う。
「任せておけって」
ジノはこう言いながら、スザクの背中を思い切り叩いた。
・
09.04.17 up
|