いったい、どうして自分だけがユーフェミアに呼び出されたのだろうか。
「いきなりごめんなさい」
スザクの顔を見た瞬間、彼女はこう告げる。
「どうしても、あなたにお願いしたいことがあってお呼びしました」
この言葉に、スザクは微妙に嫌なものを感じてしまう。
「何でしょうか」
だが、それを態度に出すことは出来ない。出来るだけ感情を押し殺してこう問いかける。
「わたくしの、騎士になってはいただけませんか?」
にこやかな表情で彼女は言葉を唇に乗せた。
「そうすれば、ルルーシュを守るのに、もっと有利になると思うのです」
自分の騎士という立場があれば、他の者達に指示を出すことも出来る。今までのように内密にコーネリアやダールトンに指示を仰がなくても良くなるのではないか。
その提案に魅力を感じないと言えば嘘になるだろう。
だが、とスザクは口を開く。
「それでも……そのお話はお受けできません」
きっぱりとした口調でこう言い返した。
「どうして、ですか?」
信じられない、と言うように目を丸くしながらユーフェミアは聞き返してくる。
「専従騎士であれば、まだ、お受けしても構わなかったのですが……その場合、僕個人を呼び出して話をする必要はない、と思います」
皇帝から任命されるものなのであれば、上官から手渡されるのが普通だろう。しかし、とスザクは言葉を重ねる。
「ユーフェミア殿下が直接自分を呼び出した。そこから判断をして、殿下のおっしゃる《騎士》とは専任騎士のことでしょう」
つまり、ユーフェミアにだけ従う存在だ、と周囲に判断されることになる。
「……その通りですわ。でも!」
「しかし、その騎士がただの民間人――と言っていいのかどうかはわかりませんが――の護衛につく。それは認められることなのですか?」
親衛隊の一員だとしても、それは許されざる行為なのではないか。
「しかし、殿下のご命令とあれば認めざるを得ない。しかし、人々の中に鬱憤がたまる」
その矛先が《ルルーシュ》に向かない。そういいきることは誰にも出来ないのではないか。
「ですが!」
「何よりも、殿下の《騎士》である自分がルルーシュの側にいることで、彼の本来の身分に気付く者がいないとは限らないのですよ?」
そうなった場合、ルルーシュの身に、今までとは違う危険が及ぶのではないか。
この言葉に、ユーフェミアの表情が強ばる。おそらく、その可能性まで考えていなかったのだろう。
その様子に、少しだけ胸が痛む。しかし、ここで追及の手をゆるめるわけにはいかない。
「それに」
スザクはさらに言葉を重ねる。
「今は良くても、その後はどうなさいますか?」
「……その、後?」
「殿下方は、いつまでもこのエリアにおられるわけではないでしょう?」
特にコーネリアは、とスザクは続ける。
「コーネリア殿下がこの地を離れられるなら、ユーフェミア殿下も、ではありませんか?」
その時、ルルーシュをどうするつもりなのか。スザクはこう問いかける。
「あなたの騎士になったならば、僕はあなたについて行かなければいけませんよね?」
それがルルーシュのトラウマを刺激することになるとは思わなかったのか。
「……一緒に連れて行けば……」
「そうすれば、いずれ、ルルーシュの生存がばれますよ?」
結果的に同じ事になる。それが本当にルルーシュのためになっていると思うのか。さらに重ねた疑問に、彼女は言葉を返してはくれなかった。
そのころ、コーネリアは足早にユーフェミアの元へ向かっていた。周囲に響く彼女の足音に、その苛立ちが現れている。
「あの子は……」
スザクがユーフェミアに呼び出された。その事実をジノから聞いて、コーネリアはあきれるしかできなかった。
おそらく、自分の考えが正しいと信じ切っていたのだろう。それを自分が反対をした。だから、直接スザクに話をしようと考えたのではないか。
他のことであれば、ユーフェミアのそんな態度をほめることが出来たかもしれない。
だが、この一件では違う。
下手な判断をすれば、危険にさらされるのはユーフェミア自身ではない。ルルーシュだ。
「もう少し、状況を読めると思っていたが……」
それは身内のひいき目だったのだろうか。それとも、と彼女は呟く。
「ルルーシュの助言のおかげか?」
その可能性は否定できないな、とコーネリアは付け加えた。だからこそ、あの世間知らずなユーフェミアでもそれなりの対応を取ることが出来ていたのだろう。そして、その状況に彼女は甘えているのではないか。
「ルルーシュが平穏に暮らせる場所は、今はまだ、このエリアしかないというのに」
そして、不本意ながら、そのためには《枢木スザク》の存在が必要なのだ。
「……あの子は、失うことを恐がっております」
背後にいたダールトンが、そっと言葉をかけてくる。
「記憶は失っていても……マリアンヌ様やナナリー様を失ったときの衝撃は残っているのでしょう」
だから、逆に大切なものを作ろうとしなかったのだ。そう彼は続ける。
「ですが……クルルギの存在はあの子の中で予想以上に大きな場所をしめているようです」
あるいは、ルルーシュの中に隠れている《過去》がスザクを望んでいるのか。
「どちらにしても、あの子が望むうちはクルルギを側に置いていてやりたいと思います」
コーネリアには迷惑かもしれないが、と大きな体には似合わない小さな声で告げた。
「気にするな。あの子のその程度のワガママを聞き入れてやれぬ私ではない」
だからこそ、ユーフェミアの暴走を止めなければいけない。そう告げると、コーネリアはさらに歩調を早める。
そのまま、ユーフェミアが使っている執務室の前まで来た。その時だ。
「何故、あなたはわたくしを責めるのですか!」
ユーフェミアの悲鳴に近い声が耳に届く。
「あなたがわたくしの騎士になってくだされば『ルルーシュを守れる』と、どうして誰もいってくれないのです!」
それが子供がだだをこねているように思えるのは、自分だけではないだろう。
「そのお考えが、間違っているからです」
開き直ったようなスザクの声がその後に続く。
「それに……僕は既に騎士の誓いを立てております」
それを違えるわけにはいかない。そういいきるスザクに、コーネリアは一瞬首をかしげる。
「いったい、誰の騎士だというのだ、あいつは」
ナンバーズを騎士にした者はいないはず。なのに、とコーネリアは呟く。
「あるいは……七年前のルルーシュかもしれません」
その誓いを彼は守っているだけなのかもしれない。そうダールトンが口にする。
「……そうだな」
なら、彼の今の言動も納得できるか……とコーネリアは頷く。
「ともかく、ユーフィをなだめなければ」
ルルーシュに『スザクに自分の騎士になるように説得して欲しい』と言い出す前に、止めなければいけない。
そう判断をして、ドアを開ける。
「お姉様!」
反射的にユーフェミアが呼びかけてきた。しかし、直ぐにその視線はそらされる。
「総督閣下」
逆にスザクの方が真っ直ぐに彼女を見つめてきた。その次の瞬間、非の打ち所を見つけられない仕草で頭を下げる。そんな彼に、手の動きだけで楽にするように告げた。
「……ユフィ」
そして、改めて妹へと向き合う。
「何故、ここにクルルギがいる?」
この問いかけに、ユーフェミアの方が揺れた。
「先ほどの言葉で、だいたい想像がつくが、な」
ため息とともにこうはき出せば、彼女の瞳が潤む。
「……わたくしは、ルルーシュのために……」
そして、こう告げる。
「それは、誰も疑っていない。しかし、その方法が間違っているのだ」
スザクをユーフェミアの騎士にすることが、別の意味でルルーシュを危険にさらしてしまうことになりかねない。だからこそ、自分も反対をしたのだ。
「もっとも、私の言葉はお前の耳に届いていなかったようだがな」
自分のアイディアが最良のものだと最初から信じていた。だからこそ、それを論破されて、悔しいという気持ちが出てきたのだろう。
それは悪いことではない。ただし、自分の非を受け入れ入れられれば、の話だ。
「……お前がルルーシュを心配していると言うことは、私もダールトンも、そしてクルルギも疑ってはいない」
そうだろう、と彼女はスザクへと視線を向けた。
「はい」
即座に彼は頷いてみせる。
「だから、他の方法を探せ」
もっとよい方法を見つけられるはずだ。
この言葉に、今度こそユーフェミアは心から頷いて見せた。その事実に、コーネリアは安心をする。
「しかし、クルルギがここにいるとなると、ルルーシュの側には、今、誰が?」
「ジノ……ヴァインベルグ卿が、一緒にいてくれているはずです」
ダールトンやその養子達と同じくらい信頼できて、なおかつ確実に何があってもルルーシュを守れる相手を他に知らないから、とスザクは付け加える。
「確かに、な。しかし、ずいぶんと仲良くなったものだ」
コーネリアは感心したように口にした。
「年齢が近いですし……彼の方が僕を気に入ってくださるので」
身分不相応だとはわかっているのですが、と彼は申し訳なさそうに付け加える。
「あぁ、そういう意味ではない。彼にも、お前のような存在は必要だろう。そして、ルルーシュにとってもな」
だから、気にするな……とコーネリアは笑う。
「お前もナイトメアフレームのパイロットだからな」
ともかく、今日の所は戻れ……と続ける。
「構わないな、ユフィ?」
この言葉に、彼女も頷いて見せた。
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09.04.24 up
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