「ルルーシュ?」
どうしたの? といいながら、スザクは身軽に駆け寄ってくる。
「この前のお礼も、ろくに出来なかったからな」
それに、また話もしたかったし……とそう付け加えた。
「ルルーシュ……本当?」
彼の言葉を耳にした瞬間、スザクは本当に嬉しそうな表情を作る。
「嘘じゃない」
でなければ、わざわざ許可を取ってまでここに来ない……とルルーシュは付け加えた。
「それとも、迷惑だったか?」
少し不安を覚えながら、逆にこう問いかける。
「そんなはずないよ! ものすごく嬉しい」
言葉とともにスザクが抱きついてこようとしてきた。それに関しては構わないのだが、このままではせっかくの土産がダメになりかねない。
「スザク、それとこれ!」
慌てて土産が入った袋を差し出す。その瞬間、彼は見事なまでにその場に静止した。自分であれば間違いなく転ぶだろうな、とルルーシュは心の中で呟く。
「ルルーシュ?」
そんな彼の内心に気付いているのかいないのか。スザクは妙にわくわくとした視線を向けてくる。
「何がいいのかわからなかったから……とりあえず、和食を作ってみた」
口に合わなかったらすまん、と付け加えた。
「和食?」
何? とスザクは口にしながらも手を差し出してくる。
「定番だと思うが……おにぎりとだし巻き卵と唐揚げときんぴらとおひたし、だ」
もう少し時間があれば、煮染めやひじきなんかも作れたのだろうが……と口にしながらルルーシュはさりげなく視線を移動させる。そうすれば、その先で義兄ともう一人、白衣の男があれこれ話をしているのが確認できた。義兄の態度から判断をして、彼がここの主任なのかもしれない。
「嬉しいよ!」
スザクは受け取った袋を抱きしめるようにしてこう言ってきた。
「ルルーシュは、昔から料理が得意だったもんね」
だから、きっとおいしいに決まっているよ……とそのまま彼は言葉を重ねる。
「……得意、だったのか?」
俺は、とルルーシュは呟く。その言葉で、スザクはルルーシュの記憶のことを思い出したのだろう。
「うん。よく作ってたよ。ナナリーも、君の手料理が好きだったから」
つまみ食いをしたら、よく怒られたな……と笑いながら付け加えた。
「だから、独り占めできるのが嬉しい」
凄く、と付け加えられて、ルルーシュも苦笑を浮かべるしかできない。そこまで喜ばれるものだとは思っていなかったのだ。
「ねぇ? 開けてもいい?」
待ちきれないという様子の彼がこう問いかけてきた。
「俺はいいが……仕事の方はいいのか?」
「……とりあえず、僕の仕事は終わったから……後は待機だけ」
まぁ、ロイドさんの気持ちが変わったら、いきなりテストをさせられる可能性はあるけど。そう言ってスザクは苦笑を浮かべる。
しかし、それを鵜呑みにしてもいいものか。そう思いながら視線をまた義兄達のほうに向ければしばらく動きそうにないと推測できた。
「そうか」
なら、構わないのか……とルルーシュは頷く。
「楽しみだなぁ。ルルーシュが作ってくれたお弁当」
しかも、和食だなんて何年ぶりだろう……とスザクは今にも踊り出しそうな口調で告げている。
「……道具を借りられるなら、お茶も淹れてやるが?」
日本茶のパックも入れてあるから、と付け加えれば、その表情がさらにかがやく。
「ルルーシュ! 大好き!!」
だから、お茶を淹れて……とスザクは口にしながら抱きついてきた。それは、まるで大型の犬を相手にしているようだ、とも思う。
「わかった、わかったから、落ち着け」
どこで用意をすればいいのか、ちゃんと教えろ……と彼に抱きつかれたまま問いかける。
「あ、そうだね。こっち」
こっちが控え室だから、といいながらスザクは体を離す。代わりに彼はルルーシュの手をしっかりと握りしめてきた。
「こんなにしなくても、迷子にならないと思うが?」
思わず、その仕草にこう問いかけてしまう。
「……わかっているんだけど……いきなり目の前から消えちゃうんじゃないかって、心配になるんだ……」
連絡もしばらくなかったし、と言われると、自分が悪いような気がしてくる。
「足をケガしたせいで、義兄さんが心配して外に出してくれなかったんだ……」
ここに連絡を入れていいのかどうか、わからなかったし……とルルーシュはそれでも言い返す。
「それに、連絡を寄越さなかったのはお前も同じだろう?」
少しだけ恨みがましい口調で付け加える。
「それは……ごめん。でも、なかなか公衆電話ってないから」
流石に、職場の電話を使うわけにはいかなかったし……と彼は申し訳なさそうに言い返してきた。
「そうか……そうだったな」
名誉ブリタニア人は、万が一のことを考えて携帯を持つことを禁止されている。それならば、最初から《名誉ブリタニア人》と言う制度を作らなければいいのに、と考えたことをルルーシュは思い出した。
「……すまなかった」
自分のミスだ、と謝罪の言葉を口にする。
「気にしなくていいよ。ルルーシュが会いに来てくれたから」
それにお弁当、とスザクは嬉しげに付け加えた。
「……俺と弁当と、どっちが嬉しいんだろうな、お前は」
「もちろん、ルルーシュの方だよ!」
でも、和食は別の意味で嬉しいから……とスザクは口にする。
「まっとうな和食なんて何年ぶりだろう」
それはそうだろうな、とルルーシュも思う。だが、とすぐに首をかしげた。
「まっとうではない日本食なら食べたことがあるのか?」
こう問いかけたのは、ただの好奇心だったといえる。しかし、その瞬間、スザクがものすごく嫌そうな表情を作った。
「……それ、ここでは禁句だったりするから……」
とりあえず、覚えておいてくれるかな? と告げる彼の口調からも、苦渋の色が伝わってくる。
「わかった」
彼の精神安定上、その方がいいだろう。ルルーシュはそう判断をして頷いてみせた。
ゼロというテロリストの存在を重く見たからか。
クロヴィスの後任として選ばれたのはコーネリアだった。
「……それは構わないのですが……」
ブリタニア本国からの客人の相手をしていたダールトンがため息とともに言葉をはき出す。
「あの子の事はどうなさるおつもりなのか」
皇帝陛下は、とそう呟くように付け加えた。
「いつまでも隠し通しておけるものでもあるまい、と言うのが陛下のご判断だ」
そして、コーネリアであれば悪いようにはしないだろう……ともおっしゃっておられた、と彼は続ける。
「そうかもしれませんが……ヴァルトシュタイン卿。それともナイト・オブ・ワンと申し上げるべきか」
昔は共に先陣を切って戦ったこともある相手だ。しかし、今の立場は大きく違う。
「昔の通り、呼び捨てで構わないが」
かしこまられると困る、と彼は低い声で笑いを漏らす。
「お主が殿下方のお側にいてくれたからこそ、私は後顧の憂いを感じずに陛下の《剣》でいられた、と言うだけだ」
公の場ではともかく、二人だけの時には気にするな……とビスマルクは言葉を続ける。
「……ともかく、あの方のことを殿下にお伝えするのであれば、早いほうがいいだろう。必要であれば、私も口添えをするしな」
あの時、彼を見つけたのはダールトンだった。しかし、その存在を隠そうと決めたのは自分も同罪だ。
そして、それを黙認しているシャルルもそうではないのか……と彼は続ける。
「そうかもしれぬが、な」
しかし、コーネリアの怒りの矛先は、間違いなく、自分たちに向けられるだろう。ダールトンは苦笑と共にそう告げた。
「……それは、何とかすべきだろうな」
歴戦の勇者を自認している以上、逃げ出すわけにはいくまい。ビスマルクもまた同じような表情を浮かべてくる。
「では」
「姫様の元に行くか」
言葉とともに彼等は揃って腰を上げた。
一枚の写真が彼等の前に差し出される。
「C.C.からお借りした写真と、話から推測して……おそらく、彼が該当者ではないかと」
こう言ってきたのは、ディートハルトだ。ゼロ達が何故か気にかけていた相手、と言うことでこの短期間で探し出してきたのだろう。
「……って、ルルーシュ?」
だが、カレンにしてみれば写真に写っている相手はよく見知っている存在だと言っていい。
「知っているのか、カレン」
ゼロの問いかけに、彼女は即座に頷き返す。
「うちの学校の、副会長です」
有能で人当たりがいいだけではなく、顔もいいから大人気の……とカレンは続けた。そういう彼女も、彼のことは嫌いではない。
「養父がブリタニア軍人だ、と聞いていますが……本人はブリタニア人や名誉ブリタニア人、日本人の区別をしていません」
何よりも、とカレンは言葉を重ねる。
「彼が日本人のことを『イレヴン』と言っているのを聞いたことがありません」
それだけでも、カレンにしてみれば好意を向けるに十分な理由だ。他の者達もそれは同じだったのではないだろうか。
「カレン」
そんな彼女の感情を読み取ったのだろうか。ゼロが優しげな口調で呼びかけてくる。
「はい!」
「……しばらくの間、彼の様子を観察してくれないかな?」
予想外のこの言葉に、彼女は首をかしげた。
「それは構いませんが……理由をお聞きしても?」
「……ひょっとしたら、我々が探している人物かもしれなくてね。七年前、この地で見失った」
自分たちがこのエリアからブリタニアを排除するのに必要な存在。それが彼かもしれない、とゼロは言い切る。
「まさか……」
「……だって、そいつ、ブリタニア軍人の息子なんだろう?」
あちらこちらから、そんな声が上がる。
「そう言えば……ルルーシュは子供の頃の記憶がないんだって聞いたわ」
それが関係あるのか、とカレンはゼロを見つめた。
「そうだ。彼の失われた記憶。それが我々にとって大きな武器となりうる」
だが、それには彼自身の選択で自分たちの元に来てもらわなければいけない。だから、とゼロは言葉を重ねる。
「当面は彼を観察するだけでいい。頼めるな?」
それならば問題はない。そう判断をしてカレンは頷いた。
そこは、地下のはずだった。それなのに、どこからか光があふれてきている。
「記憶喪失とは……」
それで、あの子の力を封じたつもりか……とC.C.はあきれたように笑いを漏らす。
「まぁ、いい。それならば、それで」
こちら側に取り込んで、自分たちの都合のよいように過去を教えてしまえばいい。そして、と彼女は目を細める。
「あれが、我らの王となる」
そうなるべく生まれた子供。
だから、生まれたときから自分たちのための存在なのだ。
「……だろう?」
視線を向けた先には、やわらかな笑みがあった。
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08.07.11 up
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