まさか、自宅でも学園祭に関わる書類を広げる羽目になるとは思っていなかった。そう考えてため息をつきながら、ルルーシュは書類をめくる。
「……学園祭って、要するに、校内でやるお祭りのようなものですか」
 わきで昨年度のまとめを読んでいたジノがいつもの口調でこういった。
「簡単に言えばな」
 ただ、他の祭りと違い、その運営は全て生徒の手で行われる。だからこそ厄介なのだ。
「本当に、どいつもこいつも、自分の手に余る企画ばかり立ててくれて……」
 ため息とともにルルーシュは提出された企画に手早く改善点をかき込んでいく。
「……まったく……部費が足りないというのであれば、少しは節約をしろ!」
 無駄遣いをするから足りなくなるのではないか。そういいながらも、また書類をめくった。
「どうかしたのか?」
 だが、ルルーシュは直ぐにその書類から顔を上げる。先ほどから絡みついてくるジノの視線が鬱陶しかったのだ。
「……なんて言うか、凄いなと……」
 一枚の書類を片づけるのに五分とかかっていない。その事実が、と彼は続けた。
「このくらい、普通だろう?」
 何かおかしいのか? とルルーシュは逆に聞き返してしまう。
「普通じゃないって」
 自分も立場上、それなりに書類の決裁をする。しかし、一枚の書類を読むのに五分ぐらいかかってしまう。ジノはそう言い返してきた。
「そうか?」
「そうだよ。斜め読みするならともかく、内容を頭にたたき込まないといけないんだから」
 だが、ルルーシュは自分の半分以下の速度で、しかも内容をしっかりと理解している。だから、凄いと思っていたのだ。彼はさらに言葉を重ねた。
「と言うよりも、こいつらの思考パターンが変わっていないだけだ」
 去年も似たような書類を出してきて、自分たちに却下されたのに……とルルーシュはため息をついてみせる。
「まったく……去年失敗した点を改善してくればまだましなものを」
 ひょっとしたら、去年の書類をそのまま丸写しにしたのではないか。
「……去年の書類の文面も全部覚えているわけ?」
 ルルーシュのセリフに、ジノは目を丸くしながら聞き返してくる。
「必要だからな」
 不本意だが、とルルーシュはため息混じりに言葉を返す。
「でなければ、会長のとんでもない提案の尻拭いが出来ない」
 言葉とともにルルーシュは遠くを見つめてしまう。
 本当に、ミレイのあれこれのおかげでろくな目に遭っていない。もっとも、と淡い笑みを口元に浮かべる。
「そんなことでも、覚えていられると言うだけましだ」
 何も覚えていない。
 その事実を認識したときのあの衝撃に比べれば……と心の中だけで付け加えた。
「あの人は……皇族どころか、ただの貴族のお嬢さんのはずなのに、何か逆らえないんですよね」
 確かに、とジノも頷いてみせる。
「それとは別に、やっぱり先輩は凄いですよ」
 さらに、彼は満面の笑みと共に続けた。
「本当、先輩がダールトン卿の養子でなければ、無理にでも引き抜きたいところですね」
 そうしたらあれこれ楽だろうな、と彼は口にする。
「ラウンズと言っても、書類が苦手な連中も多いですから。先輩がいてくれれば、きっと楽だろうな」
 女性陣は別の意味で喜ぶだろうし、とさらに続けられた。
「ヴァルトシュタイン卿の所なら、義父さんも許してくれるかもしれないけどな」
 だが、今はそれを考えるよりもこの書類の山を片づける方が先だ、とルルーシュは視線を戻す。
「ヴァルトシュタイン卿をご存じで?」
「……義父さんの知り合いだから、何度かお会いしたことがある」
 優しそうな方だったが、とルルーシュは言い返した。
「そういう繋がりですか」
 確かに、あり得ない話ではないな……とジノは呟いている。
「どうかしたのか?」
 何故、彼がそんな風に考え込んでいるのだろうか。そう思ってルルーシュは問いかける。
「あの方が本国を離れたことは、私が知っている限り片手の指の数よりも少ないはずなんだけど、な」
 毎回、ルルーシュの顔を見に来ていたのか。そう思っただけだ、と彼は続けた。
「……そうなのか?」
 確かに、ナイト・オブ・ワンが本国を離れるのはよっぽどの時だけなのだろうとはわかる。それなのに、どうして自分は二つのことを結びつけられなかったのだろうか。
「そうですよ。まぁ、あの方も昔から陛下の傍にいらっしゃったようですから……」
 そして、ラウンズもその間に何人も代替わりをしていた。その中の誰かがルルーシュと関係があるのかもしれない。
「何よりも……あの方も人間でおられたとわかったしね」
 まぁ、今はそれでいいことにしよう……とジノは口にする。
「それよりも、この『お化け屋敷』はどんなものなんだ?」
 話題を変えるかのように、彼はこう問いかけてきた。
「あぁ、それか」
 かなり強引なそれに、何かまずいことでも口走ってしまったのだろうか、とルルーシュは悩む。
 だが、軍の守秘義務に関わっているかもしれないと思えば、迂闊に問いかけることも出来ない。代わりに、質問に対する答えを口にすることにした。
「日本風のホラーハウスだ」
 スザクの方が詳しいと思うが……と首をかしげながら告げる。
「毎年、かなり評判はいいぞ。クリーチャーもモンスターも日本風のものだからな。ブリタニア人には目新しいらしい」
 それだけに、必ず複数申請があるのだ。そして、それでもめ事が起きる……とため息混じりに付け加えた。
「でも、それは楽しそうだな」
 一緒に回ろうか、と彼はいいながらルルーシュにのしかかってくる。
「残念だが、俺は進行が忙しくて展示物は見ていられない」
 十中八九、と言い返しながら彼をにらみつけた。
「会長の尻拭いもあるしな」
 さらに付け加えれば、ジノは驚いたように目を丸くする。
「何で、先輩が」
「それは俺が一番知りたい」
 本当に、とため息をつく。
「ともかく、書類を読むのに邪魔だ。離れろ」
 あの時の約束を覚えているからか。ジノは素直に離れてくれる。その事実に、ほっとしながらルルーシュはまた書類へと視線を戻した。

「学園祭ね」
 どこか楽しげにゼロが呟く。
「それは、外部のものが紛れ込んでも構わないのかな?」
 その口調のまま、カレンへと問いかけの言葉を投げつけてきた。
「はい、ゼロ」
 毎年、大勢の者達が見学に来る。その中には名誉ブリタニア人も大勢いるから、騎士団のメンバーが紛れ込んでも目立たないのではないか。
「必要であれば、招待券は私が用意します」
 それで怪しまれずに入れるはずだ。そう彼女は続けた。
「だが、それでは君の今後の学生生活に支障が出るのではないかね?」
 学生生活を気に入っているのではないか、とゼロが聞き返してくる。
「……ですが、それよりも日本を解放する方が、私にとっては重要です」
 学生生活も、クラスメート達も嫌いではない。しかし、それと自分の願いを天秤にかければ、どちらが重いかと言うことは明確だ。だから、とカレンは真っ直ぐにゼロを見つめる。
「ゼロのご命令に従います」
 そのまま、きっぱりとした口調で言い切った。
「そうか」
 少しだけ声にやさしいものが含まれた、と感じたのは自分の気のせいだろうか。カレンはそう思いながらゼロの次の言葉を待つ。
「なら、君に頼もう」
 仮面の下でゼロが微笑んだようだ。
「そして、目的さえ達することが出来たなら、誰も傷つけずに撤退をする。それは約束をしよう」
 君の《友人》達には極力傷を付けさせない。そうも付け加えてくれる。
「はい、ゼロ」
 それだけで十分だ。カレンはそう考える。
「では、ルルーシュ・L・ダールトンの当日の予定を調べてきてくれるかな? そうすれば、確実に彼だけを手に入れられる」
 頼んで構わないね? と言われて、カレンはしっかりと首を縦に振る。
「お任せください。二、三日中には必ず」
 ルルーシュは今年も進行係だろう。それならば、間違いなく本部にいることになるはずだ。
 ただ、問題があるとすれば、それは枢木スザクとジノ。ヴァインベルグの存在ではないか。
「……あの二人をルルーシュから引き離す方法も探しておかないと……」
 カレンはこう呟く。
 そんな彼女の様子をゼロが満足そうに見つめていた。





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09.05.01 up