「……それならば、きちんと数を指定したはずだ。追加は認められん!」
後は自分たちで工夫をしろ! とルルーシュは携帯に向かって怒鳴っている。その声に被さるようにまた別の携帯が鳴り響いた。
「大丈夫なのか、ルルーシュは」
彼の忙しさに目を丸くしながら、スザクはこう呟く。
「去年もあんなもんだったって、リヴァル先輩が言ってたぜ」
それどころか、今年はピザ作りのためにガニメデを動かさないだけまし……と言っていたとか。
「……その位はしないと、ね」
自分たちは、そちら方面の専門家だし、上司の許可も出ているから……とスザクは苦笑を浮かべる。
「そういうわけで、頑張れ」
そのまま、彼の肩を叩く。
「私、か?」
「僕より適任だろう?」
ナイト・オブ・スリー様、とからかうようにスザクは付け加えた。
「それに……僕はルルーシュから離れられないし」
今、彼から離れたら、絶対に後悔をする。そんな確信があるのだ。
「お前のカン、か?」
しかし、ジノは笑うことなくこう聞き返してくる。
「そんなものだよ」
知人達にはよく《野生のカン》と言われて笑われるが、それが外れることは少ない。だから今回もきっと当たっているのだろう。
「……まぁ、私も今回だけが何か起きそうな気がするんだ……」
何やら、空気がざわめいている。ジノもそう言い返してきた。
「ここは平和なはずなのに……まるで戦場にいるときのようだ」
それは、彼が熟練の《騎士》だからこそ感じ取れるものなのだ。普段の言動とは裏腹に、彼は何度も死線をくぐり抜けてきた。それでもこの明るさを失わないのは、きっと、彼の心が強いからだろう。
「……黒の騎士団……」
スザクはぼそっとそう呟いた。
「動くと思うか?」
「動くだろうな」
今日ほど、連中にとって都合のよい日はない。これだけ部外者が入り込んでいては、誰が黒の騎士団関係者かわからないのだ。
「ここのセキュリティがいつも以上に厳しくなっていることだけが救いだけどね」
おかげで、アッシュフォードのIDを持っていたとしても、迂闊に近寄れない。下手に近づけば警報が鳴るようになっている。
「あのニーナって娘、凄いな」
それらのセキュリティ装置は、全て彼女が作ったそうだ。
「システムを作ったのはルルーシュだけどね」
本当に、あの処理能力の高さは他者の追随を許さない。
「だから《ゼロ》が欲しがるのか」
ジノがこう呟く。
「かもしれないね」
本当は違う。しかし、それをジノに告げることは許されない。だが、真実を告げなくても、彼はルルーシュを守ることに全力を注いでくれることはわかっていた。
「でも、渡さない」
絶対に、とスザクは呟く。
「もちろんだ」
それに、ジノも即座に言葉を返してくれた。
しかし、どれだけ詳細に計画を立ててもイレギュラーは生まれるものだ。まして、この学園の面々は会長の影響でお祭り体質になっている。それがこのような場で爆発しないはずがないだろう。
そして、もう一つ。最大ともイレギュラーが政庁に存在していた。
「……会長……もう一度、言ってくださいますか?」
ルルーシュは空いている手で思わずこめかみを押さえながらこう告げる。
『気持ちはわかるけどね……』
回線の向こうでミレイがため息をつく。
『でも、現実なのよ』
同行しているのは、バードとデヴィットだ。そう彼女は続ける。
「義兄さん達?」
と言うことはダールトンも知っていると言うことなのか。だとするなら、勝手に抜け出してきたわけではないのだろう。
しかし、とルルーシュはため息をつく。
「せめて、事前に連絡をしてくれていれば……」
対処のしようがあったものを、とぼやきたくなる。
「ルルーシュ……」
どうしたの? とスザクが心配そうに声をかけてきた。
「緊急事態か?」
ジノも同様だ。
「……副総督がお忍びでおいでだそうだ」
彼等に黙っていてもしかたがない。何よりも、彼等が彼女に危害を加えるはずはないから。そう考えて、ため息混じりにルルーシュはこう告げる。
「嘘……」
と言うか、本気だったの……とスザクは口にした。
「でも、招待券は?」
「……義兄さんに頼まれて、俺が渡した……」
きっと、それは彼女が『行きたい』と言いだしたからだろう。それが事前にわかっていれば、絶対に渡さなかったのに。それがわかっているからこそ、彼等も誰が行くのか内緒にして自分にねだったのだろう。
「ルルーシュ、諦めよう」
「自分のミスは自分で責任を取らないといけませんね」
スザクの言葉はともかく、ジノのセリフは図星なだけに辛い。
「もっとも、あの忙しいときに言われたのでしたら、そこまで頭が回らなかったかもしれませんが」
自分だって、あれだけの書類を押しつけられたら、他のことは耳を通り過ぎていくだけだろう。彼は笑いながらフォローの言葉を口にしてくれる。しかし、それで復活できるかどうかというのはまた別問題だろう。
「ともかく、副総督は俺に『会いたい』とおっしゃっているらしい。行かないわけにはいかないだろうな」
この忙しいときに、と思いながらも立ち上がる。
「お前達は好きにすればいい」
展示を見に行きたいのであれば好きにしていい。そう付け加える。
「一緒に行くよ」
即座にスザクはこう言ってきた。
「そうそう。お忍びとはいえ、皇女殿下にご挨拶をしないわけにはいかないだろうし」
立場上、とジノは苦笑を浮かべる。
「わかった。好きにしろ」
彼等には彼等の立場があるのだろう。だから、とルルーシュは言い捨てるようにこう告げると、そのまま歩き出した。
一人で虚空を見つめているシャルルの耳に、小さな足音が届いた。この場に入れる人間で、そのような足音を立てる人間は一人しかいない。
「兄さん?」
どうかしましたか? と口にしながら、彼は振り向いた。そうすれば、そこには兄の小さな体が確認できる。
「これから出かけてくるよ」
まるでどこかに遊びに行くような口調で彼はこう告げた。
「どこへ、とお聞きしても?」
「ちょっと、ルルーシュの所まで、ね」
あの子の顔を見てこようかと、という言葉だけであれば、伯父が甥を心配しているのだな、と思うだろう。しかし、今のあの子はとても複雑な立場にいる。そう気軽に会いに行ける状況ではないのだ。
「……何か、ありましたか?」
そうでなければ、いきなり『会いに行く』などと言わないだろう。
「はっきりとしたことはわからないけどね。僕が傍にいた方がいいと思うんだ」
何かが起きるような気がする。そう彼は告げた。そして、彼がそういうのであれば、間違いなくその可能性は高いのではないか。
「わかりました……なら、私も近くまで……」
「そうすれば、あちらに気付かれるかもしれないよ?」
シャルルの言葉を彼は即座に否定する。
「兄さん!」
「どうしても、と言うのであれば《門》を開けておいてあげるから」
いざというときに駆けつけられるように、と彼は続けた。
「それと……ビスマルクを借りてもいいかな?」
彼であれば、無条件でシャルルに連絡を入れられる。だから、それから直ぐに駆けつけても間に合うよ。言葉とともに彼は微笑む。
「それは構いませんが……負担が大きいのではありませんか?」
この言葉に、彼は小さく首を横に振る。
「心配しなくていい。あそこには、既に一度《門》を開いているから」
それをまた開くだけだ。それにはさほど力はいらない。
「もっとも、あいつらの邪魔が入らなければ、だけどね」
しかし、それもビスマルクが一緒に来てくれれば心配はいらないだろう。そういって彼は笑みを深める。
「それに、既に嚮団の中でも一二を争うほどの能力者があそこにはいるから」
だから心配をするな、とその表情のまま告げた。
「わかりました。兄さんがそうおっしゃるなら、お言葉に甘えさせて頂きます」
外見だけで言えば、彼はルルーシュよりも幼い。だが、その身に世界の英知を全て収めているのではないか。彼の瞳を見ているとそんな気になる。
その兄に自分のような俗人がかなうはずがない。
「そう卑下しちゃダメだよ、シャルル」
彼の気持ちを読み取ったかのように彼は苦笑を浮かべる。
「君がいるからこそ、ブリタニアは現在の繁栄を手にしている。そして、そのおかげでルルーシュを守ってこられたんだ」
そして、これからも……と続けた。
「そのためには、いい加減、魔女には消えて貰わないとね」
だから、行ってくるよ。言葉とともに彼はきびすを返す。
「気をつけて、兄さん」
その背中に向かってシャルルは呼びかける。
「誰に言っているの?」
小さな笑いと共に、彼の姿は来たときのように消えた。それを確認してから、シャルルもまた行動を開始する。
「ビスマルク」
「ここに」
静かに彼の姿が歩み出てきた。
「今の話、聞いていたな?」
「……お側にはアールストレイムを残しておきます」
その言葉に、彼は頷き返す。
「では、直ぐに出立させて頂きます」
「……あれを頼む」
「Yes.Your Majesty」
言葉とともに、彼は頭を下げた。
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09.05.08 up
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