とりあえず、彼女の存在に気付かれてはいけない。そう判断をして、ルルーシュとミレイは、ユーフェミアを生徒会が確保している一室へと招き入れた。
「……事前に、ご連絡頂きたかったですね」
そうすれば、もっと的確な対応が取れたものを……とルルーシュはため息をつく。
「だって……話をすれば、あなたは反対したでしょう?」
多少は悪いと思っているのか。視線を彷徨わせながら、ユーフェミアはこう告げる。
「もちろんです」
普段のアッシュフォード学園ならば妥協した。普通に授業があるときであれば、ここに不審者が入ってくる可能性は少ない。たとえ入ってきたとしても、直ぐに対処が出来るはず……と言いかけて、ルルーシュは言葉を飲み込む。先日の一件を思い出してしまったからだ。
「このように不特定多数の人間がひしめき合っていれば、いくら義兄さん達が優秀だとは言っても、対処できない可能性もあります」
その場合、咎を受けるのは誰か。皇族である彼女にはわかっているはずだ。それなのに無理を通したのは何故か、とルルーシュは問いかける。
「だって……ここにはヴァインベルグ卿もいらっしゃるでしょう?」
スザクにはルルーシュの傍にいて貰わなければならないけど、と彼女は言い返してきた。
「それに」
そのまま、ユーフェミアはルルーシュを見つめてくる。
「わたくしのワガママだとはわかっています。それでも、久々に《学校》の空気を感じたかったのですわ」
自分も先日までは学生だったのだ。
もちろん、皇族としての義務の副総督としての立場もわかっている。それでも、たまにこの空気が懐かしくなるのだ。
「ほんの十分で構いません。わたくしに自由に歩く許可をください」
絶対に、二人から離れない。そして、危険だとルルーシュ達が判断した場所には行かない。そう彼女は言ってくる。
確かに、それはワガママだとしか言えないセリフだ。
だが、その気持ちもわかる。
「……後一時間もすれば、ジノがガニメデを使ってピザを作ります。その時でしたらご自由にご見学ください」
少しは人手が減るはずだから、とため息とともに口にした。
「ルルーシュ!」
嬉しそうにユーフェミアは彼の名を口にする。
「本当にルルちゃんは女性に甘いんだから」
くすくすと笑いながら、ミレイが口を挟んできた。
「ユーフェミア様はお客ですから」
にっこりと笑いながらルルーシュは言い返す。その瞬間、ミレイの表情が強ばったのは錯覚ではないだろう。
「それまでの時間、会長がユーフェミア様のお相手をお願いします」
「ルルちゃんじゃないの?」
いやだ、と言外に告げながら、ミレイが聞き返してきた。いくらなんでも、ここまであからさまだとユーフェミアにわかったのではないだろうか。
「俺は、学園祭の進行をしなければいけませんから」
それとも、ミレイがそちらを受け持ってくれるのか? とさらに笑みを深めながら問いかける。
タイミングを合わせるかのように、ルルーシュが持っている携帯が着信を告げた。どうやら、どこかでまた厄介ごとが起きいているらしい。
「こちらへどうぞ、ユーフェミア様」
もうじき、演劇部が今年の出し物が始まるから……といいながら、彼女はこの部屋から逃げだそうとしている。
「会長?」
彼女を止めようとしても無駄だと言うことはわかっていた。
「後は頼むわね、ルルちゃん!」
この言葉が聞こえたときにはもう、彼女の姿はドアの向こうへと消えている。
「……ルルーシュ……」
どうしたらいいのか、と言うようにユーフェミアが問いかけてきた。
「ご興味があるならどうぞ。でも、絶対にお一人で歩かれませんように」
必ず、義兄達かジノと行動を共にして欲しい。ルルーシュはそう告げる。
「わかりました」
そうします。そう告げると、ユーフェミアはミレイを追いかけるように部屋を出て行く。
「すまなかったな」
「……後で、何かうまいものを食いに連れて行ってやるから」
苦笑と共に義兄達は言葉を口にする。そして、ルルーシュの髪を撫でるとユーフェミアの元へと足早に向かった。
「ジノ」
二人だけでも大丈夫だろうが、念には念を押しておいた方がいいのではないか。そう思って視線を向ける。
「や、です」
だが、彼の口から出たのはこんなセリフだ。
「いやって……」
何で、と思う。
「陛下のご命令ではないですし、先輩の義兄さん達の技量はかなりのものでしょう? なら、私としては先輩の傍の方がいいです」
こんな時ばかり、ナイト・オブ・ラウンズの特権を使うんじゃない。しかし、彼はがんとして動かないだろうと言うこともわかっていた。
「スザク」
だから、と不本意だが幼なじみへと視線を向ける。
「却下」
予想していた通り、と言うべきか。スザクは即座にこう言ってくる。
「だって、会長さんも言っていたでしょ? ルルーシュの傍にいろって」
だから、自分がルルーシュの側を離れるわけにはいかない。スザクは満面の笑みと共に言葉を口にした。
「それよりも、いいの?」
対処しなくて、と彼は手の中で自己主張を重ねている携帯を指さす。
「まったく、お前らはそろいも揃って……」
言われなくても対処する! と怒鳴り返すと、ルルーシュは通話ボタンを押した。
人待ち顔でカレンは校門の所に立っていた。その周囲を男子生徒が取り囲んでいるような気はするが、あえて気付かないふりをしておく。
「お待たせ」
そんな彼女の元に、黒髪の少女が歩み寄ってくる。
「……何その恰好……」
小さな声でカレンは少女に問いかけた。
「変装だ」
それに、彼女は琥珀の瞳を細めながら言い返す。
「この方が目立たないだろう?」
それに、自分が来るのが一番都合がいい。自分がここにいれば《ゼロ》はどこにいようと駆けつけることが出来るからな、と彼女は声を潜めながら言い返してきた。
「そうかもしれないけど……」
「それに、男が来ると別の意味で目立ちそうだしな」
いっぺんで噂が広がる。そうなれば、こちらが動きにくくなりそうだ。そういわれては反論も出来ない。
「まったく……」
ウザイんだから、とカレンはため息をつく。
「あきらめろ。それに、あいつならこの状況を喜ぶと思うぞ」
小さな笑いと共に彼女は微笑んだ。
「……まさか」
「本当だ」
あいつはカレンを可愛がっているから。そうも彼女は付け加える。
その言葉が本当なら、嬉しいのだが、とカレンは心の中で呟いた。
「それで、どこから見るの?」
さりげなく手にしていたパンフレットを差し出しながらこう問いかける。いい加減、自分たちが何を話しているのかわからなくていらついているらしい連中の姿が気になったのだ。
「……この巨大ピザというのは?」
やっぱり、それに目をつけたか。彼女のピザ好きは騎士団内でも有名だ。
「ナイトメアフレームを使って、ピザを作るみたいよ」
去年はルルーシュが作ったとか。でも、今年はジノが作るから、さらに大きなものができるのではないか、と皆が噂をしている。カレンはそう続けた。
「それは楽しそうだな」
是非とも、その場にいたい……と彼女は言い返してくる。
「それは、学園祭の最後の方よ。だから、まだまだ時間があるわ」
他の展示を見てからでも十分間に合う。カレンはそういって微笑む。
「そうだな。では、演劇部の劇とやらを見ようか」
時間つぶしには丁度いい。それに、と彼女は言葉を重ねる。
「この題材には興味があるし、な」
その言葉の裏に隠されている感情は何なのか。いつもの彼女なのに、いつもの彼女とは思えない。そんなことを考えながら、カレンは頷いていた。
「すまなかったな、ニーナ」
ルルーシュは彼女に微笑みかける。
「ううん。このくらいなら、いつでも大丈夫」
それに彼女もまた笑い返してきた。
「私も、この劇、楽しみにしていたし」
それが見られなくなるのはいやだったから、と付け加えながら、使っていた道具を片づけ始める。
「これって……ブリタニアの昔話?」
二人の傍でパンフを読んでいたスザクがこう問いかけてきた。
「あぁ。そうだ」
彼は日本人だから、きっと知らないのだろう。そう思いながら、ルルーシュは頷いてみせる。
「皇子と魔女の恋物語だが……筋自体は、日本の昔話にもあったはずだぞ」
異種婚姻譚と言う奴だ、と付け加える。
「魔女は子供を産むと、己の力と不死性を失う。それがわかっていても、恋をして皇子のために子供を残したんだよ」
さらにジノが口を挟んできた。
「だが、他の魔女達はそれが面白くなかった。だから、皇子と魔女、そして、その子供達を滅ぼそうとした」
しかし、子供を産んだせいで魔女は力を失っていた。
それでも懸命に大切なものを守ろうとする。そして、皇子も彼女と魔女を守ろうと必死に剣を振るった。
だが、次第に彼等は追いつめられていく。
「そして、魔女は最後の手段を使ったんだ」
愛するものを守るために魔女は己の命と引き替えに他の魔女達を眠らせたのだ。
「……もっとも、魔女達にも予想外のことだったのか……皇子と魔女の子供達に、魔女の力が受け継がれていた。そのせいで、今でも時折、不思議な力を持ったこどもが生まれるとか」
どこまで本当かどうかはわからないが……とジノは言葉を締めくくる。
「狂王も、魔女の力を受け継いでしまったからこそ、あんなことになったのだ…とも言われているな」
本当は、心優しい人だったのだ。そう聞いている、とルルーシュは付け加えた。
「そうなんだ」
その皇子と魔女の話なんだね、とスザクは頷いてみせる。
「でも、魔女はともかく、残された皇子と子供達は幸せだったのかな」
その呟きにルルーシュ達は言葉を返すことが出来なかった。
「……どうなんだろうな、それは……」
小さなため息とともにはき出された言葉を、耳にするものはいなかった。
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09.05.15 up
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