もちろん、その情報はアッシュフォード学園にいるユーフェミアの元へも伝えられた。
「……どうして、この時に……」
ルルーシュの行方もわからなくなっているのに、さらに日本解放戦線の宣戦布告が……と彼女は絶句する。
「ともかく……お姉様の元へ戻らなくては」
それから、彼女に判断を仰ぐのが一番だろう。そういいながら、バードとデヴィットに視線を向ける。
「……あの子の事は心配ですが……ですが、今はこのエリアを守ることを優先して頂くべきだと」
この言葉から、彼等もルルーシュ本来の立場を知らないのだとユーフェミアは確信した。しかし、この場で自分がそれを告げるわけにもいかないだろう。
「ヴァインベルグ卿とスザクも、同行して頂けますか?」
それよりも、と彼女はこう問いかける。
「……その件ですが……」
スザクが即座に口を開く。
「自分は、ご同行できません。申し訳ありませんが、優先しなければならないことが他にあります」
きっぱりとした口調で彼はこう言い返してくる。
「スザク?」
まさか、こう言い返されるとは思っても見なかった。しかし、彼の中では既に優先順位ができあがっているらしい。
「優先すべきこととは、ルルーシュのことですか?」
しかし、とユーフェミアが言葉を重ねようとする。
「弟のことを心配してくれるのは嬉しいが……副総督閣下のお言葉を無視するのは不敬罪と言われてもおかしくない。ルルーシュがそれを知ったら……」
それよりも先にバートがこういった。
「残念ですが、ユーフェミア殿下よりも高位の方のご命令ですので」
こう言いながら、スザクはポケットの中からIDカードと思わしきものを取り出す。そしてその中身を見えるようにユーフェミア達のほうへ差し出してきた。
「自分に命令を出来るのは、皇帝陛下とナイト・オブ・ワンだけです」
「……ナイト・オブ・ラウンズ?」
そこに記されていたスザクの身分は自分たちが知っているものではない。そして、とてもではないが名誉ブリタニア人である彼がなれる立場ではなかった。
「まさか……」
しかし、目の前のそれは偽造することも出来ないはず。
本当なのか、と思わず視線をジノへと向ける。
「事実です」
表情を引き締めながら彼は言葉を返してきた。
「彼が新たに選ばれたナイト・オブ・セブンです」
存在を秘められていた理由までは知らないが……と彼は続ける。
「簡単だよ。魔女達に知られないためさ」
聞き覚えのない声がその場に響く。人払いをしていたはずなのに、いったい誰が……と思って視線を向ければ、十歳前後にしか見えない少年が立っていた。
「あなた、ダメよ。こんな所に勝手に入ってきては」
そして、大人の会話に口を挟んでは……とユーフェミアは注意の言葉を口にする。しかし、相手はそれに耳を貸す気配はない。
「クルルギ」
いや、完全に無視をしていたと言った方が正しいのか。少年は真っ直ぐにスザクの傍へ歩み寄っていった。
「はい、嚮主さま」
スザクはためらうことなく彼の前に膝を着く。
「いいよ、挨拶なんて。それよりも、ルルーシュ達を追いかけるから、付いてきて」
「もちろんです」
そのために自分はラウンズの一員になったのだから、とスザクはすぐに言葉を返す。嚮主と呼ばれた少年は、それに満足そうに頷き返した。
「ヴァインベルグ」
そして、今度はジノへと呼びかける。
「はい」
「ビスマルクがこちらに向かっている。君は彼の指示に従うように。おそらく、今回の一件の背後には魔女がいるから」
そういいながら、彼はスザクの肩に手を置いた。
「それと、キャメロットには神根島に来るように言っておいて」
先に行っているから、という言葉と共に室内に光が満ちる。
その眩しさに耐えきれずにユーフェミアは目を閉じた。
次の瞬間、唐突に光が消える。
「……スザク?」
目を開けたときには、少年はもちろんスザクの姿もその場からは消えていた。
スザクの正体については、コーネリアにも伝えられていた。
「……クルルギが?」
ラウンズの一員だったというのか。驚きを隠せないというようにコーネリアは目の前の相手に聞き返す。
『陛下のご判断です』
それに、モニター越しにこちらの話を聞いていたビスマルクが静かに頷いて見せた。
『ルルーシュ殿下の騎士にすることは出来ない。そのようなことをすれば、他の者達にあの方の生存を知らせることになってしまう。だから、陛下の騎士に取り立て、ルルーシュ様を守るようにと命じられたのです』
スザクの身体能力を考えれば、いずれ誰かが目をつけるだろう。そうなれば、彼の望みである『ルルーシュを守る』ことが不可能になるかもしれない。
シャルルの方も、ルルーシュの身の安全をさらに堅固なものにしたいと思っていた。
その両者の思惑が一致しての判断だ、と彼は続ける。
「……それは……」
間違っているのではないか。コーネリアはそう思う。しかし、ならどうすればいいのかと言われても答えを見つけられない。
『陛下がそう判断された理由の一つに、クルルギの身元を保証しているのが嚮主様だ、と言うこともあります』
この言葉にコーネリアの目がさらに丸くなる。この話はダールトンも知らなかったのか。同じように驚愕を隠せないという表情を作っているのがわかった。
「嚮主様の……」
その顔を知っているのは、皇族では皇帝だけだ。
だが、ラウンズは嚮団で認証式を行うからその存在を知っていて当然だろう。中には、その顔を見た者がいたとしてもおかしくはない。
ただ、彼等にはそれを口外しないという誓約が課せられるのだとも聞いていた。
逆に、そのような人物までもがルルーシュを守ろうとしているのはどうしてなのか。
『これ以上のことは、後日、陛下が自ら説明される、とおっしゃっておいでです』
しかし、こう言われてはその疑問をぶつけることも出来ない。
『ただ一つ……あの方は、生まれたときから《魔女》に狙われておられました』
だからこそ、マリアンヌ亡き後、一時的の予定で日本に行かせたのだ。そして、記憶を失った後も本国へと呼び戻す代わりに、アッシュフォードとダールトンに命じてこの地で成長をさせたのだ、とビスマルクは教えてくれる。
スザク自身、ラウンズに任命されてから直ぐにこの地で極秘にルルーシュの護衛を務めていた、と彼はさらに付け加えた。
「そうか」
コーネリア自身《魔女》の存在を信じているわけではない。だが、皇族として教育を受けていれば、いやでも認めざるを得ないのだ。
それに、それならば、全ての話が繋がる。
『……とりあえず、今はテロリストどもを平定することをお考えください』
ルルーシュのことはスザクが何とかするだろう。その言葉にコーネリアが頷いたときだ。
「お姉様!」
アッシュフォード学園へと足を運んでいたユーフェミアが礼儀を忘れたという様子で飛び込んでくる。その後にはジノと護衛として行かせたグラストンナイツの二人の姿も確認できた。
しかし、そこにルルーシュの姿はない。もちろん、スザクのそれも、だ。
「……何かあったのか?」
目をすがめながらコーネリアはユーフェミアが問いかける。
「ルルーシュが、さらわれました……」
スザクは、彼を追いかけていった……と彼女は続けた。
「一人で、か?」
「いえ……嚮主、と呼ばれていた少年と、です」
自分たちの目の前で消えてしまった、と呟く声音に力が感じられない。
だが、それも無理はないだろう。
話を聞いている自分も直ぐには信じられないのだ。だが、それに《嚮主》が絡んでいるのであれば、信じるしかない。
「あの方ならば……その位お出来になるだろう」
嚮主というのはそのような存在だ、とコーネリアは告げる。
「お姉様はご存じだったのですか?」
自分は知らなかったのに、とユーフェミアは言外に非難してきた。
「お前は公務についてまだ日が浅い。だからだ」
ある程度の功績を認められた者でなければ、その存在を教えられることはない。だから、ユーフェミアにはまだ伝えていなかったのだ。
「それに、お前はまだ自分の騎士を持っていないしな」
騎士を持っていれば、あるいは……とコーネリアは言いかけてやめた。彼女がスザクを騎士に望んで断られたことを思い出したのだ。しかし、彼が既にラウンズの一員であったのなら、あの態度も納得できる。
「ともかく、だ」
今はそれを優先すべき時ではない。他に優先すべきことがある。それに、自分の一存だけで伝えることが出来ないことだ。だから、と彼女は意識を切り替えた。
「ユーフェミア。お前は政庁で民間人達の避難を担当するように」
自分は軍を率いてテロリストを撃破する。彼女はそう続けた。
『ヴァインベルグ』
さらにモニターの向こうからビスマルクが声をかけてくる。
「何でしょうか」
ラウンズに上下関係はない。そういわれているが、やはりナイト・オブ・ワンだけは違うのだろう。ジノの背筋が伸びた。
『コーネリア殿下と共に賊の平定を。出来るだけ短時間で行え』
出来るな、と彼は言わない。その程度のことを出来ないものがラウンズに選ばれるはずがないからだ。
「Yes,Mylord」
どこか楽しげにジノは言い返す。
『間に合えば合流をする。ただ、我らはあてにするな』
状況次第では、スザクの方へ合流するかも知れない。ビスマルクは静かな口調でこう告げた。
『コーネリア殿下はお気づきのことと思いますが、今回のことの裏には《ゼロ》がいる。そして、ゼロは《魔女》と共にいる』
あれらがどちらに姿を現すか。それが今後のことと大きく関わってくるだろう。
「わかっております、ヴァルトシュタイン卿。こちらのことはお任せください」
ジノがこう言って笑った。それに彼は頷き返す。
『コーネリア殿下、ご武運をお祈りいたします。無事に終わったら、また酒を飲もう、アンドレアス』
言葉とともにビスマルクは通信を切った。
「……出撃するぞ!」
コーネリアもまた戦場へと意識を向ける。それに、周囲の者達は頷いて見せた。
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09.05.29 up
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