崩れ落ちた柱、だろうか。彫刻が施されたいわが、目の前に横たわっている。その様子からして、百や二百の年をこの場で重ねてきたのではないだろう、と言うことも伝わってきた。
 その奥に、何やら紋章が刻まれた大きな岩戸が確認できる。
「……ここは……」
 どこだ、とルルーシュは呟く。
「神根島の遺跡か……」
 それに言葉を返してくれたのはライだ。
「知っているのか?」
 本当に彼は何者なのか。自分を守ってくれたようだが、味方なのか……と考えながら、ルルーシュは彼を見つめる。
「来たのは初めてだよ」
 でも、知識としては知っている……と彼は苦虫をかみつぶしたような表情で付け加えた。
「ともかく、ここから出よう」
 だが、直ぐに微笑みを浮かべるとこう言ってきた。
「お前は……誰なんだ?」
 その前に確認しておかなければ。そう思ってルルーシュは問いかける。
「何と言えばいいのか……そうだな。ビスマルク・ヴァルトシュタインの知人だ、と言うことで納得してくれないか?」
 彼から頼まれたのだ。そうライは続ける。
「ヴァルトシュタイン卿から?」
 自分と彼の関係を知っているものは少ない。それなのにこう告げてきたと言うことは信用してもいいのだろうか。
「そう。私は嚮団の人間だからね。顔を知られていないから都合がいいだろうと言われたんだよ」
 ジノはかなり警戒されていたようだ。そう付け加えられて、ルルーシュは初めてその可能性に気が付いた。
「……ひょっとして……」
「彼の方はその意図で送り込まれてきたんだろうね」
 抑制の、とライは頷く。
「それで諦めてくれればよかったのだが……魔女が関わっていては無理か」
「魔女?」
「そう。昔話は全て作り物だとは限らないと言うことだよ」
 適度に改変されていることがあるけどね、とライは付け加える。
「ともかく、外に出よう。その後で必要なら、私が知っていることを説明させてもらうから」
 それを聞いてから、自分で色々と判断をすればいい。彼のこの言葉は、自分の性格を今までの付き合いで把握しているからだろうか。
「わかった」
 それでも、そうして貰った方がいい。自分が知らないところで勝手に話が進んでいるのはいやだ。ルルーシュはそう思う。
「では、行こうか」
 ひょっとしたら、スザク達が助けに来てくれるかもしれないし。ライがそう付け加えたときだ。
「それは困るな」
 背後からいきなり声がかけられる。
「ルルーシュ!」
 とっさにライがルルーシュを背後にかばう。
「彼はここにいてもらわなければいけない。それが彼の義務だからね」
 そして、この世界に生まれてきた理由だ。そういいながら、石柱の影から姿を現したのは、もちろん《ゼロ》だ。しかし、その顔を隠していた仮面は外されている。
「……何が義務だ!」
 自分にそんなことをする義務なんてあるはずがない。ルルーシュは即座にこう言い返す。
「……確かに、ルルーシュにそんな義務はないな」
 静かな声音でライも同意の言葉を口にした。
「彼にそんな義務があるというなら、何故、強引にここに連れてきた?」
 それはルルーシュの意志を無視していることだ。
 同時に、彼を今まで守ってきた者達の気持ちも……と彼は魔女をにらみつけながら言葉を口にする。
「そんなもの」
 ゼロはライ言葉を鼻で笑う。
「それを言うなら、記憶のないルルーシュに自分たちにとって都合のいい事実を教え込んだのではないの?」
 さらにこんな言葉まで付け加えた。
「……だが、義父上も義兄さん達も、俺を守ってくれた……」
 彼らがいなければ、自分は今ここにいられたかどうか、わからない。ルルーシュは呟くように告げる。
「だから、お前の言っているとおりだとしても構わない! 俺が《俺》でいられたのは、義父さんをはじめとした人々のおかげだからな!」
 貴様ではない! とさらに叫び返す。
「……ブリタニアに邪魔をされたからだよ」
 ルルーシュの居場所すらつかめなかったのだ。
「勝手なことを言うな!」
 一瞬、その言葉を信じそうになる。
 しかし、心の中で『違う』と叫ぶ声があるのだ。
 その言葉とゼロの言葉。
 どちらを信じるかと言われれば、前者だ。
 きっと、これは失われた過去の自分が告げているのだ、とそう思う。あるいは、そのころの《自分》はそう言えるだけの証拠を知っているのかもしれない。
「俺はずっと《日本》に、エリア11にいた! この地にそのころからいたブリタニア人なんて、本当に一握りだぞ!」
 探そうとすればいくらでも探せたのではないか。
 ルルーシュはさらにそう主張をする。
「その通りだよ」
 そこに別の声が響き渡った。
「やはり来たのか、V.V.」
 本当に忌々しい、とゼロが吐き捨てる。
「C.C.はどうしたのかしら?」
 引き留めておいてくれるように頼んだんだけど、とゼロは続けた。
「さぁ。どこかで寝ているんじゃないの?」
 小さな笑いと共にV.V.は言葉を返す。
「貴様!」
 いったい何をした! とゼロがにらみつけてくる。
「人のことを言えるわけ?」
 ルルーシュをこんな所に連れてきたことは……と彼は言い返す。
「決まっているでしょ! それが私たちのものだからよ」
 だから、自分たちの自由にしていいのだ。そう告げられた瞬間、ルルーシュの心の中にぽっかりと穴が空く。  認めたくはない、と誰かが心の中で叫ぶ。自分は、決して、誰かの道具として生まれたわけではないとも。
 だから、誰かにこの言葉を否定して欲しい。そう思いながら、ルルーシュは無意識に自分の体を抱きしめる。
「違うね」
 そんなルルーシュの肩に、彼はそっと手を置いた。
「ルルーシュはルルーシュ自身のものだ」
 他の誰のものでもない。そしてきっぱりとした口調で彼は言い切る。
「彼が過ごしてきた時間。そして、彼を大切に思っている人たち。彼が大切に思っている人たち。それらが全て、彼を形作っている」
 それすらも否定することは、誰であろうと許されるものか。V.V.はそう言い切った。
「たとえ、それが実の親であろうとも、だよ」
 もっとも、実の親なら、そんなことを言うはずがないけどね。そうも彼は付け加える。
「好き勝手なことを言ってくれること」
「……それを理解できない人間だからこそ、世界からはじき出されたんだろうね」
 この言葉にゼロの表情が強ばった。
「おや? 自覚はあったんだ」
 それなのに、何度も無駄なことを繰り返し、多くの血を流す。そんなことをあの方が望んでいるというのか、とさらにV.V.は問いかけた。
「そういうお前はどうなんだ?」
 突き詰めれば、自分たちと同じ存在だろうが……とゼロが言い返してくる。
「もちろん、そのことは理解しているよ。でも、僕は僕だからね。あの人は僕の中で眠っている」
 そして、時が来れば全てを終わらせる覚悟もあるから……とV.V.は言い返す。
「結局《私》は過去の存在。本来なら、あの方と共に消え去るはずだった」
 ただ、愛したものの行く末を見たかっただけ。その言葉に、ルルーシュは何度も聞かされた昔話を思い出す。
 まさか、と心の中で呟いたときだ。
 銃声がその場に割り込んでくる。
「それこそ、詭弁だな」
 同時に、もう一つの声が耳に届いた。
 しかし、それが誰のものか確認している余裕はルルーシュにはない。
 目の前で、長い銀色の髪が広がる。それは次第に朱に染まっていった。
「あっ……」
 それが、思い出したくない光景を隠しておいた扉の鍵を強引にこじ開けてくれる。
「……なな、り……」
 あの子も、同じように長い髪を広げがなら倒れていった。そして、その先にいたのは……そう考えながら、倒れた体を抱き寄せる。視線を落とせば、堅く目を閉じた白い顔が確認できた。
「あっ……あぁっ!」
「ルルーシュ?」
 どうしたんだ? とライが呼びかけてくる。
 しかし、それに言葉を返すことが出来ない。
「ナナリーを……」
 過去の残像が目の前に広がっていく。
「どうして、ナナリーを……」
 信じられない、と言うようにルルーシュは手を伸ばす。
「どうやら、今ならその子の心を手に入れられるかもしれないぞ」
 そのためには、そちらの奴が邪魔そうだ。そういいながら、誰かがまた撃鉄を起こしている。
「ルルーシュに手を出すな!」
 それを邪魔するように響いたのは、スザクの声だ。
「……スザク……」
 ナナリーが、とルルーシュは言葉を綴る。
「ルルーシュ?」
 直ぐ傍から彼の声が響いてきた。
「どうして、どうしてナナリーを……」
 そういいながら、ルルーシュはしっかりとV.V.の力が抜けた体を抱きしめる。
「どうして、ナナリーを殺したんだ」
 母さん! と口にしながら視線をゼロへと向けた。
「ナナリーを?」
 スザクも反射的にゼロを見つめる。
 その先でゼロが婉然と微笑んでいた。




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09.06.05 up