いくら、奇跡の藤堂がいようとも、コーネリアが手塩にかけた部下達だけではなくラウンズが二人もいては勝敗は最初から見えていたようなものだ。
だが、それに関しては覚悟していたのか。
被害が大きくなる前に撤退をしていった。
「……何かあるな」
おそらく、これは陽動だったのだろう。
だとするなら、いったい、何から自分たちの視線をそらしたかったというのか。
「ルルーシュのこと、か?」
ゼロとその傍にいるという《魔女》があの子に執着をしている、と言うことは聞いていた。しかし、それが何故なのかまではわからない。
いや、想像が付かないわけではないのだ。
ただ、それならばあの子よりももっと適任のものがいるのではないか。
それこそ、甘言一つであっさりとブリタニアを裏切りそうな異母弟妹達の顔をコーネリアはいくつも思い浮かべることが出来る。
それなのに、何故ルルーシュなのか。
「しかも、生まれたときから、だと?」
いったい、あの異母弟はどのような重荷を背負わされているというのだろう。
「いずれ、教えてもらえるのかもしれないが……」
今は、まだ、その時期ではないらしい。
それとも、そのようなことをするような場合ではないと思われているのか。
「確かに、今は私がすべき事はそれではないな」
自分が今しなければいけないことは、ブリタニアに弓引いた愚か者達を完膚無きまでに叩きつぶすことだ。
しかし、何かを企んでいるのではないか。黒の騎士団が沈黙しているという事実がそれを証明しているような気がする。
「……藤堂もまだ、健在だしな」
戦術的に有能なあの男と戦略面ではブリタニアの有能な将官とも引けを取らない《ゼロ》。
その二人が手を組んでいるとするならば、これほど厄介なことはない。
「どう動く?」
だからといって、負けるわけにはいかないのだ。だから、とコーネリアは自分がまずしなければいけないことを必死に考えていた。
洞窟から出れば、そこにはアヴァロンが待機していた。
「……何故?」
ルルーシュは思わずこう呟いてしまう。
「ヴァルトシュタイン卿の指示だって」
即座にスザクが言葉を返してくる。
「何も言わずに来たんだけど……ジノが言付けてくれたのかな?」
それとも、コーネリアから伝わったのだろうか。彼はそう言いながら首をかしげている。
だが、彼のそんな態度が今のルルーシュにとって見れば救いだった。
自分が何者なのか。
完全ではないが記憶を取り戻しつつあるルルーシュはその答えを手にしている。だが、それとあの時の光景がどうしても一致しないのだ。
あの時。
そう。自分たちが日本へと渡る原因となったあの時。
あの時、彼女は間違いなくナナリーをかばって銃弾に倒れたはず。
それなのに、次に姿を現したときには、命をかけて守ったはずのナナリーの命を、何のためらいもなく摘み取った。
その時の彼女の表情は、自分たちの知っているものとはかけ離れていた。
まるで、そこいらにいる虫を潰すかのように何のためらいもない冷たい視線。
そう。
先ほど見たときのように、だ。
あれが優しかった母だとは思えない。
それとも、自分の記憶が間違っているのか。
だとするならば、いったい自分は何者なのだろうか……と不安になってしまう。
「俺は、誰だ?」
無意識のうちにこんな呟きを漏らしてしまう。
「何を言っているの」
それをしっかりと聞きつけたのか。スザクが明るい口調で言葉を返してくる。
「ルルーシュはルルーシュだよ。どんなときでも、君の本質は変わらない。僕の知っている君だ」
もっとも、とスザクは苦笑を浮かべた。
「昔の君は可愛かったけど……今の君は美人だよね」
どっちも大好きだけど、と付け加えられて、ルルーシュは何か大切なことを忘れているような感覚に襲われる。いったい、自分は何を忘れているというのだろうか。それを思い出そうと首をひねった。
「君は君のままでいてくれればいい。それだけでいいんだ」
そんな彼の表情に微笑みながらスザクはさらに言葉を重ねる。
どこかで同じようなセリフも聞いた気がするのは気のせいだろうか。そう考えたとき、あることを思い出す。
「ス、スザク……」
今更ながら、この体勢はまずいのではないか、と思いあたったのだ。もっとも、スザクが無理強いをしてくるとは考えてはいない。それでも、と先ほどまでとは別の意味でグルグルと無駄な思考が脳内で巡り出す。
「何?」
「一人で歩けるから……」
そろそろ下ろしてくれないか? とルルーシュは口にする。
「一人で落ちこまない?」
もしくは、無謀な行動は取らないか……とスザクは逆に聞き返してきた。
「スザク?」
いきなりなにを、と彼の顔を見つめる。
「今はどうかわからないけど……昔のルルーシュはパニックを起こしたりぶち切れたりしたときはとんでもないことをしてくれたから」
もっとも、それに付き合った自分も自分だったけど……と彼は苦笑を浮かべながら口にした。
「まぁ、そのころのルルーシュがぶち切れる理由は、ほとんどがナナリーがらみだったら余計に、かな?」
ルルーシュがナナリーを大切にしていることは十分にわかっていたから、とスザクはさらに付け加える。だから、自分も彼女を守ってやろうと思ったのかな、とさらに彼は続けた。
「……お前……」
それはつまり、あのころから……と言うことだろうか。
「多分、あの二人が帰ってきたら説明してくれると思うよ」
V.V.のことは知っていたけど、ライも関係者だとは思わなかった。知っていたら、あんなに警戒しなかったのに。スザクはこう言いながらルルーシュの顔をのぞき込んでくる。
「本当に大丈夫? 一人でいるのが辛いなら……セシルさんに頼んでいくけど」
ロイドではあてにできないから、という言葉にはとりあえず同意をしておく。
「大丈夫、だ」
多分、とルルーシュは心の中だけで付け加える。
「無理をしちゃダメだよ?」
本当は、セシルにも任せたくないのだが……と爽やかな表情でスザクはとんでもないセリフを口にした。
「寂しいときや辛いときには、人の温もりが一番だって」
そうだろう? と彼は続ける。
「ナナリーの……」
「うん。ナナリーが教えてくれた言葉だよ」
そして、それは間違いではなかっただろう? とスザクは付け加えた。
確かに、ここに移動してくるまで――不本意ながら――彼に抱きしめられていたせいか、先ほどまでの衝撃はかなり薄まっている。それでも、まだ納得できないことの方が多いことも否定できない事実だ。
だが、それはあの二人が無事に戻ってくれば説明してもらえるのではないだろうか。
「……スザク、俺は大丈夫だから……」
だから、二人を助けに行ってくれ。言外にそう続ける。
「わかった。任せておいて」
必ず、無事に連れてくるから……とスザクは頷いて見せた。
「だから、絶対にアヴァロンから動かないで」
できれば、ロイド達と一緒にいて欲しいけど、それが無理ならデッキでもいいから、と彼は続ける。
「わかった。中で大人しくしている」
ルルーシュのこの言葉に、スザクはほっとしたような表情を作った。
ゼロと魔女はライ達が足止めをしている。そして、スザクも彼等の救援のために出撃していった。
しかし、誰もが忘れていた存在が一人いたのだ。
「……ロロ……」
目の前に現れた少年に、ルルーシュは表情を強ばらせる。同時に、どうすれば彼から逃れられるだろうか、と心の中で呟いた。
混乱しているとはいえ、元来優秀なルルーシュの脳は、ありとあらゆる想定を瞬時に検証していく。しかし、どうしても彼から逃れられそうにない。
それに、とルルーシュは目をすがめる。
彼には自分の予想も付かない《力》があるらしい。その正体がわからない以上、迂闊な行動は取れないのではないか。
だからといって、自分が掴まるわけにもいかない。
「ゼロが、あなたを確保しろって……」
だから、大人しく付き合って欲しい……とそう言いながら、ロロはルルーシュの方へ歩み寄ってくる。
「断る!」
自分に逃げ出す方法はない。
だが、せめてもの拒絶の意思表示というように彼をにらみつけた。
もちろん、そんなものでロロの動きを止められるとは思ってもいない。
「諦めてください。あの方々の作る世界のために」
それこそが自分たちの望みなのだから。そう言いながら、彼の手がルルーシュの腕を捕まえようとする。
その時だ。
予想もしていなかった所から新たな人影が現れる。そして、ルルーシュとロロの間に割り込んできた。
「ルルーシュ様に触れさせない!」
私が守る。そう言ったのは、自分よりも年下の少女だ。その後ろ姿に見覚えがあるような気がするのは錯覚だろうか。
「下がるがよい! 愚か者が」
さらに、もう一つの声が周囲に響く。それに、ルルーシュだけではなくロロも信じられないと声がした方向に視線を向けた。
「……そんな……」
何故ここに、とルルーシュは呟く。
「今は、ブリタニアにいると……」
それなのに、とロロも言葉を口にした。
「不思議なことはあるまい。あれらに出来ることなら、他の者達にも出来る」
こちらには嚮団も付いているしな。そう言いながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……父上……」
ルルーシュの呼びかけに、彼は一瞬目を見開いた。だが、直ぐに哀しげな表情を作る。それでも、呼びかけに答えるように、しっかりと頷いて見せた。
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09.06.19 up
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