「まさか、シャルルまで出てくるとは、ね」
乱れた髪をかき上げながら、マリアンヌが呟く。
「よっぽど、あの子にあの力を使わせたくなかったようね」
もう遅いのに、と彼女は小さな笑いを漏らした。
「まぁ、いいわ。穏便な手段を執ろうとしたのが間違いなのよ」
それに、と彼女は笑う。
「あの男がいるなら、ここで倒してしまえばいいだけだわ」
そうすれば、自分たちは願いの一つを叶えることが出来る。そうでしょう? と傍にいるC.C.へと視線を向けた。
「確かに。そうすれば、あちらに残っている連中も動くだろうしな」
足元で大混乱を引き起こされれば、次期皇帝と名高いシュナイゼルでも直ぐには動けないはずだ。
その間に、取り込んでおいた者達を使ってブリタニアの実権を握ってしまえばいい。そうすれば、世界は自分たちのものだ。こう言って、マリアンヌは笑う。
「その上で、あの子を手に入れればいい」
たとえ本人が嫌がろうとも、とそうも付け加えた。
「そのためにこの世に生まれたのだもの、あの子は」
結果は一つしかないのだ。この言葉にC.C.は頷いてみせる。
「そうだな」
本人には不幸かもしれない。だが、誰も宿命には逆らえないのだ。そう言ってC.C.も頷いて見せる。
「そのためにも、彼等と合流しましょうか」
そして、反逆の続きを行おう。
その結果、彼等は夢を叶えればいい。
もっとも、その夢が砂上の楼閣であったとしても自分には関係のないことだ。そういって微笑む彼女の表情は、まさしく《魔女》のそれだった。
スザク達の姿を見て、ルルーシュはほっと安堵のため息をついた。
それでも、この居心地の悪さはどうすることも出来ない。
「やっぱり、来たんだ」
しかし、彼等はこの状況を予測していたようだ。にこやかな口調でV.V.が声をかけている。
「本来であれば、顔を出さずに戻る予定だったのですが……」
流石に目の前でルルーシュに危険が及んでいては黙ってみていられなかった、と彼は続けた。
「申し訳ありません、陛下。自分の落ち度です」
そんな彼にスザクが謝罪の言葉を告げる。
「違う! 俺が……」
慌ててルルーシュは口を開く。
「俺が、お前に二人を助けにいってくれと言ったからだろう?」
だとするなら、状況を確認しないでそう頼んだ自分に責任があるのではないか。そうも続ける。
「……ルルーシュ」
そんな彼に何と言っていいのかわからない……と言うような視線をスザクは向けてきた。
「そこまでにしておきなよ。クルルギはシャルルの騎士だから、彼の命令を完全に遂行できなかったことに非を感じて当然。でも、ルルーシュの希望を叶えることも大切だった、と言うことだろう?」
そして、ロロの力を知らなかったのだから、しかたはない……とV.V.が苦笑混じりに告げる。
「……今回だけは、目をつぶろう」
そして、シャルルもまたこういった。
「……陛下の騎士? スザクが?」
記憶を取り戻しても今までの習慣は消えないのか。ルルーシュはシャルルのことを無意識に『皇帝陛下』と呼んでしまう。その瞬間、シャルルの顔をよぎった表情は何だったのだろうか。
「……ごめん……」
ルルーシュがそんなことを考えていたときだ。スザクの謝罪の言葉が耳に届く。
「そうでないと、ルルーシュを守れないかなって、そう思ったんだ」
彼はさらにこう続ける。
「クルルギは有能すぎたんだよ」
ぼそっと呟くようにV.V.が口にした。
「名誉ブリタニア人でここまで有能だと、都合のいい使い捨ての駒と考えるバカが多い。だから、誰にも手出しできない立場まで押し上げる必要があっただけ」
そのおかげで、ルルーシュの傍に彼をおくことが出来ただろう? と小さな笑いを漏らしながら、彼は続ける。
「最初から、俺が生きていたことを知って……」
「そうだ」
シャルルが低い声で言葉を返す。
「お前が生きていたことも……ナナリーが死んだことも、そして、お前の記憶がないことも、全て知っていた」
いや、知っていただけではないのではないか。ルルーシュは不意にそんな感覚に襲われる。
あの日、マリアンヌがナナリーの命を奪ったとき、自分は何かをしようとした。しかし、それが形になる前に大きな背中が自分とマリアンヌの間に現れた。
ビスマルクかダールトンだったのではないか。
そう考えるのが普通だろう。
しかし――はっきりとは思えないが――記憶の中にあるシルエットは彼等のものではない。
「あの日、母さんからかばうように現れた背中は……父上のもの、ですか?」
まさか、と思いつつもこう問いかけた。
だが、シャルルは肯定も否定もしてくれない。
「本当に……僕が行くって言ったのにね」
その代わり、と言うようにV.V.があきれたような表情でこう告げた。
「兄さん」
ここで初めて慌てたようにシャルルが口を開く。
「僕やビスマルクならいいよ。一件鉄面皮に見える君のほんの僅かな表情の違いから感情を読み取ることはなれているから」
でもね、と彼は言葉を重ねる。
「ブリタニアにいた頃もなかなか傍にいられなかった上に、ほぼ十年ぶりに会う人間にそれを望むのは無理だよ?」
大切な相手にきちんと気持ちを伝えないと、また失うことになるかもしれない。それでもいいのか、と彼は続ける。
「そうだね。気持ちだけはきちんと伝えないと、後で後悔をするよ?」
さらにライまでもが真剣な表情でこういった。
「……ラインハルト様……」
困ったようにシャルルは呟く。
「やっぱり……狂王と呼ばれていたのは、ライだったのか?」
だが、あまりにもイメージが違いすぎる。むしろ、今のマリアンヌの方がその名にふさわしいのではないか。
そこまで考えたところで、ある可能性がルルーシュの中に浮かび上がってくる。
「……まさか……」
母が豹変したのは、と呟きながらライの顔を見つめた。
「……おそらく、君の推測は当たっていると思うよ、ルルーシュ」
でも、と彼は視線をシャルルへと移動する。
「それを説明するのは彼の役目だ」
そうだろう? と言うライにシャルルは重々しく頷いて見せた。
いったい、ゼロは次にどのような手を打ってくるのだろうか。コーネリアがそれを考えていたときだ。
「姫様」
ダールトンが静かに声をかけてくる。
「少し、おやすみになられてください」
疲れた頭で考えてもよい策は見つからない。それよりも、短時間でもいいから意識を切り離すべきだ。彼はそう主張をする。
「わかっているが……」
だが、とコーネリアは言い返そうとした。
「それに、ヴァルトシュタイン卿が、是非おいでいただきたいと」
話したいことがあるのだ、と伝えてきたのだ……と彼は続ける。
「ヴァルトシュタイン卿が?」
いったい何事だ、と思う。しかし、彼が出向いてくるのではなくわざわざ自分を呼び出すのだ。それなりの理由があってのことなのだろう。
「……あの子のことで、と」
そうも言っていた。この一言でその理由も納得できたような気がするのは錯覚だろうか。
「わかった」
言葉とともにコーネリアは立ち上がる。
「ギルフォード。後を頼む。何かあったら、直ぐに連絡を寄越せ」
彼であれば自分が戻ってくるまで適切な対応を取ってくれるだろう。そう考えられる相手でなければ騎士などしない。
「Yes.Your Highness」
即座にギルフォードは言葉を返してくる。
「お前達も頼んだぞ」
ダールトンはダールトンで己の養い子達へとこう声をかけていた。
「わかっています、義父上」
「ですから、あの子の事で何かわかりましたら、直ぐにお知らせください」
でなければ、不安が消えない。それでは万が一の時に判断を誤るかもしれない、とクラウディオが言い返している。
本当にあの子は彼等に愛されているのだ。改めてそう認識をする。
「もちろんだ」
だから、あの子は穏やかな笑みを浮かべていられたのだろう。それだけで、彼等に感謝したくなる。
もっとも、それを伝えることは出来ないだろうが。
「では、姫様」
自分に出来るのは、ルルーシュから彼等を取り上げないような作戦を考えることだけだ。
「あぁ。案内を頼む」
そんなことを考えながら、ダールトンと共にビスマルクの元へと向かった。
「ユフィ?」
しかし、ユーフェミアが先に来ていることは予想外だったと言っていい。
「私がお呼びしました」
ユーフェミアが口を開くよりも早く、ビスマルクが告げる。
「だが、ヴァインベルグはいないようだな」
「彼には万が一の時のために待機するよう命じてあります」
何よりも、この後のことを彼に聞かれるわけにはいかないのだ。そうも続ける。
「何があった?」
ナイト・オブ・ラウンズである彼にも聞かせられないこととは、とコーネリアは問いかけた。
「詳しいことは、陛下よりお聞きくださいませ」
そんな彼女にビスマルクはこう言い返してくる。
「皇帝陛下、から?」
まさか、と思う。
『久しいの、コーネリア。それにユーフェミアも』
だが、それを表情に出すよりも先に、室内にシャルルの声が響いた。
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09.06.26 up
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