「長い話になる。構わぬから楽にせよ」
 そう命じたものの、コーネリアもユーフェミアも直立したままだ。もっとも、自分の前であればそれが正しい作法だといってもいい。
 しかし、今のルルーシュにそれを求めるつもりはなかった。
 衝撃から完全に抜けきれていないのだろう。彼はぐったりと座り込んでいる。そして、その傍にはスザクが心配そうな表情で付き添っていた。
「おそらく、直ぐには信じられぬこともあろう。だが、信じて貰わねばならぬ」
 でなければ、間違いなく《神聖ブリタニア帝国》は崩壊するだろう。その後に残るのは、狂王の時代、と呼ばれているあの血に濡れた時代の再来だ。そう彼は告げる。
『陛下、それは……』
 ためらうようにユーフェミアが口を開く。
『ルルーシュがさらわれたことと関係しているのでしょうか』
 だが、次に続けられた言葉にシャルルはうっすらと笑みを浮かべる。無邪気なだけの娘だと思っていたが、どうやらそれ以外のことも身につけ始めているらしい。そう言えば、ルルーシュが補佐に付いていたか。その影響かもしれない。
「そうだ」
 そして、この話を聞いて一番辛いのもルルーシュだろう。シャルルはそうも続ける。
「だが、記憶を取り戻してしまった以上、聞かねばならぬ」
 この言葉に、ルルーシュは小さいがはっきりと頷いて見せた。それはきっと、彼があの時のことを思い出してしまったからだろう。
 それを不憫と思うのは、そのころの彼がどのような状態だったのか、自分も知っているからだ。
『ルルーシュの記憶が!』
 彼とは別の意味で、コーネリア達が驚きの声を上げる。
「そうだ。だからこそ、お前達も呼んだのだ」
 今まで、ルルーシュを守ってきた者達。そして、これからも側にいるであろう者達。自分がそう判断した人間だから、と彼は続けた。
「だから、今しばらく口をつぐみ、儂の話を聞くがよい」
 必要とあれば、ビスマルクとダールトンに補足をさせる。その言葉に、モニターの向こうにいる者達は静かに頷いて見せた。

 マリアンヌ・ランペルージ、と言う存在を耳にしたのは、ルーベン・アッシュフォードとの会談の時だったと思う。
 そのころにはもう、ナイトメアフレームの基本的なコンセプトは完成したと言っていいのだろうか。そして、その開発を始めたとも聞いていた。そのテストパイロットとして選んだのが彼女だ、と。
 それに興味を持ってテストをしている場に足を運んだ。そして、その美しさに目を惹きつけられた。
 実際、彼女の操縦するナイトメアフレームは、現存するどの機体よりも美しい動きをしていたのではないか。今でも、彼女以上のパイロットはいないように思える。
 だが、マリアンヌの才能はそれだけではなかった。
 力という点では男性に劣る。しかし、その瞬発力を生かした動きで他の者の追随を許さなかった。
 だから、ラウンズへと取り立てた。
 そして、多くの者達が己に離叛した《血の紋章事件》でも、彼女とビスマルクは己のために戦ってくれた――その時、ダールトンはまだ幼かった皇子皇女達を守り通してくれた――のだ。
 その後、ビスマルクはナイト・オブ・ワンとして、マリアンヌは后妃として己を支えてくれるように手配をした。もちろん、それだけが理由ではない。あの日、己の元に駆け込んできたマリアンヌの壮絶とも言える美しさに、心を鷲掴みにされたのだ。
 もちろん、マリアンヌも己に尊敬以上の感情を抱いてくれていた。
 それから、ルルーシュが生まれナナリーが彼女の胎内に宿るまでは幸せだったと言っていい。
 そう。
 あの日、ルルーシュが《ギアス》を解放するまでは、だ。

「ギアス?」
 シャルルの口から出た言葉に、コーネリアは眉を寄せる。ブリタニアを支える人間だと自負している自分も、それを聞いたことはない。だが、シャルルの口調からすれば、それこそが最も重要な契機になったようなのだ。
「いったい、何のことなのでしょうか」
 同じ疑問を抱いたのか。ユーフェミアも首をかしげている。
『魔女の力、と言うのが一番正しい表現だろうね』
 それに答えを与えてくれたのは、V.V.と呼ばれていた少年だ。
『ブリタニアの皇族には《魔女》の血が流れている。だから、他の者達よりもそれを持っているものが多いね』
 もっとも、と彼は続ける。
『魔女との契約なしでそれが現れるものは、奇跡のような存在だけど』
 だからこそ、ルルーシュはそれまでとは違う意味で、魔女に狙われたのだ。彼はそう言いきった。
「それは……」
 《魔女》と呼ばれるブリタニア皇族自分たちに仇なす存在がいると言うことは、コーネリアも知っている。しかし、それがどのような者達なのか、それは教えられていない。
 だが、V.V.の言葉から推測すれば《魔女》はブリタニアの皇族に深い関わり合いを持っていると言うことにはならないか。
『その理由も、今から説明しよう』
 コーネリアの疑問を感じ取ったのだろう。シャルルが静かな声でそう告げた。

 ブリタニアの皇族と恋をし、それまでの自分を捨てて彼の妻となった《魔女》がいた。それから後は『狂王の伝説』だといっていい。
 だが、その時まで気付かれなかった事実がある。
 肉体を失った《魔女》は潜在的に《ギアス》を持っている者の肉体を奪うことが出来るのだ。
 だからこそ《狂王ライ》は己の思惑を超えた状況まで事態を悪化させてしまったのだ。
 しかし、そんな彼を救ったのは、己の愛し子達を守ろうとしていた《魔女》の思いだった。
 彼女の力を借りて、ライは狂王と呼ばれた存在ではなく、本来の自分ラインハルトを取り戻すことが出来たのだ。
 しかし、魔女達を完全に消すことは出来なかった。
 いや、それだけではない。あの日、ライ達の前から逃げ出した魔女達は、その後、しつこいほどにブリタニアの支配権を狙って暗躍を繰り返してきたのだ。
 それを、己の罪を何とか償おうとしていたライと彼に協力をしてきた魔女が防いできたと言っていい。そして、彼等の存在に関しては、歴代の皇帝のみに伝えられてきた。
 だが、その状況が変わったのが、半世紀ほど前だ。
 皇位継承問題で大勢の皇族達がお互い殺し合った。その中には、まだ幼いシャルルとその双子の兄もいた。
 彼等は、幼い頃から《ギアス》を顕現させていた。それだからこそ、既に後ろ盾といえる存在を失っていたにもかかわらず、ブリタニアの皇室で生き残ることが出来たのだ。
 しかし、まだ幼い彼等はしょせん弱者でしかなかった。いくら力を持っていても、体力的に劣る彼等が、いつまでも逃げ回れるわけではない。
 そして、この騒動の裏には魔女達がいた。
 魔女にとって、二人が《ギアス》を持っていること。それはとても重要だった。それまで使っていた《器》が使い物にならなくなったのだ。だから、別の意味でも二人は狙われた。
 しかし、魔女に新たな《器》を与えるわけにはいかない。何よりも、いくら継承権が低いとはいえ、彼等は皇子なのだ。そんなことになれば、ブリタニアはまた同じ過ちを繰り返してしまう。そう判断をして、ライは彼らを守るために数百年ぶりに己の姿を人目にさらした。
 既に、彼の素性を知るものは――魔女以外は――いない。だが、その技量は誰もが認めざるを得ないものだった。
 彼の存在故に、誰もがシャルル達を無視できなくなってきた。それが好ましいかどうかはわからないが、少なくとも二人の命がそう簡単に狙われることはないだろう。二人だけではなく、ライもそう考えてしまったのは、間違いなく彼等に対する襲撃が減ったからだろう。
 しかし、それが相手のねらいだった。
 彼等の気がゆるんだことを確認した次の瞬間、魔女はその魔の手を彼等に伸ばしたのだ。
 いくらライが優れた技量を持っていようと、彼の腕は二本しかない。そして、その片方は攻撃のために空けておかなければいけなかった。
 そして、シャルルの兄は自分ではなく弟を守って欲しいとそう訴えていた。
 だから、と言うわけではない。
 襲撃者を全て屠り終えたとき、彼が血の海に崩れ落ちていたのは。
 そんな彼を救う手段は一つしかなかった。

「私の中にいた魔女が、彼へと移動したのだよ」
「そして、僕はギアス嚮団の嚮主になった」
 そのことが、シャルルの命を守り、最終的に皇帝の座に押し上げたのだ。もっとも、それが彼にとって幸せだったのかどうかはわからないが、とV.V.は少し哀しげに微笑む。
「……兄さん……」
 外見年齢で言えば、祖父と孫と言ってもおかしくはないくらい離れてしまった兄を見て、シャルルは一瞬だけ哀しげな表情を作った。
「魔女が内にいるときは、時が止まるからね」
 もっとも、その間にも肉体は己のケガを治そうとする。だから、V.V.は死ぬことはないのだ。ライは二人の代わりに言葉を口にした。
「なら、どうしてライは、僕たちと変わらない年齢に見えるんだい?」
 その話から判断すると、ダールトンよりも年上になっていてもおかしくないだろう……とスザクが問いかける。
「眠っていたから、かな?」
 正確には違うのだが、一番近い表現はそれだろう。ライはそう言い返す。
「十年ぐらいに一度、数日だけ起きる生活をしていたからね」
 もっとも、ルルーシュが生まれてからはもう少し頻繁に起きるようになっていたけど、と彼は続ける。
「……俺?」
 どうして、とルルーシュが目を丸くした。
「君が、ひょっとしたら全てを終わらせてくれるかもしれない。そう思ったから」
 自分が知っている限り、魔女と契約することなく《ギアス》を発動させたものはいない。だから、あるいはと考えたのだ。そうライは告げる。
「もっとも、それ以上に、君の髪と瞳の色が気になっただけだけどね」
 妹と同じ組み合わせだ。そう言って彼は笑った。

 マリアンヌがあちらの《魔女》と関わりがあるものだ、と気付いたのはルルーシュが初めて《ギアス》を使ってしばらくしてのことだった。
 だが、少なくとも彼女はシャルルや己の子供達を少しは愛してくれていたのだろう。魔女の誘いを断っていた。彼女にとって、それが苦痛を伴う行為であったにもかかわらず、だ。
 しかし、魔女はそれが許せなかった。
 そして、魔女達はマリアンヌから自分やルルーシュ達を取り上げる方法を知っていた。
 だから、アリエスの悲劇は起きたのだ。
 あの日、マリアンヌは死んだわけではない。限りなく死に近い状態にあった。それは、魔女に己の体を明け渡すまいとしていたからだ。
 その間に、ルルーシュとナナリーを魔女の手の届かぬ所へ隠してしまえばいい。
 そう考えて、二人を日本へと向かわせた。
 しかし、何事にも誤算というものはある。まさか、既に魔女が日本の中枢を担う者へ手を伸ばしているとは誰も気付かなかったのだ。
 その結果、ルルーシュ達は別の意味で危険にさらされてしまうことになった。
 シャルル達がその事実に気付いたのは、ライが彼等の様子を見に行ったときだ。二人の置かれている状況に違和感を覚え、その理由を調べた。それでようやく、魔女との繋がりがわかったのだ。
 しかし、その時にはもう、戦争は回避できない状況まで世界は進んでいた。
 いや、それだけならばまだよかった。短期間で全てを終わらせ、ルルーシュとナナリーを連れ戻せばいい。日本で気に入っているものがいれば、共に連れて行ったとしても構わないだろう。そう思っていたことも否定はしない。
 だが、同時にブリタニアの目をかいくぐって魔女達が日本の土を踏んでいた。
 そして、第二の悲劇が起こった。

「マリアンヌの姿をしていた魔女に、ルルーシュ達が気を許したとしても誰も責めることは出来まい。責められるとすれば、間に合わなかった我らであろうしな」
 その結果、ナナリーは命を失い、ルルーシュは我を失っていた。その彼の記憶を封印したのは自分だ、とシャルルは告げる。
「それが儂の《ギアス》」
 そのまま、穏やかに暮らしていけるのであれば、その方がいい。皇室に戻れば、それこそ、魔女の目に付くであろう。
「ダールトンであれば、ルルーシュを預けても心配はいらぬ。実際、その通りであったようだしな」
「その間に、魔女達を封じるつもりだったんだ。でも、あちらも協力者を増やしていたらしいね」
 そのせいで、このような事態になってしまった。
「だが、ここまで派手に動いている以上、あやつらはもう逃げることも隠れることも出来まい」
 だから、今度こそ全てを終わらせる。
 シャルルの言葉に、そんなことが可能なのか、と誰かが呟く。
 その時だ。
「ルルーシュ!」
 焦ったようなスザクの声が周囲に響く。
「どうしたんだ?」
 即座に反応をしたのはライだ。
「わからない……でも、あの時と同じだ」
 ルルーシュが断片的に記憶を取り戻したとき。あの時も同じように崩れ落ちたと聞いている。
「……C.C.がルルーシュの心をとばしたときだね」
 同じ状況を思い出したのか。V.V.も即座に駆け寄ってきた。
「でも、ここにあいつはいないのに」
 何故、といいながら彼はルルーシュの手をそっと握りかえした。
「枢木。そのままルルーシュを抱きしめていて。僕は、この子を追いかける」
 その言葉に、スザクが頷いてみせる。
「大丈夫だよ、シャルル。必ずこの子は連れ戻すから」
 だから、その間にしっかりと対策を取っておけ。そう言う兄にシャルルは頷き返していた。





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09.07.03 up