この地の総督にコーネリアが就任するという。その話をアルフレッドから聞いて、ルルーシュは期待を隠せなかった。
「と言うことは義父さんも?」
「当然だろう? おそらく、他の連中も本国からこちらに移動してくるだろう」
 それはそれで騒がしくなるだろうが、と彼は苦笑と共に告げる。
「……と言うことは、生徒会の仕事は難しくなるかもしれない」
 義兄はきっと、コーネリア達と共に政庁に住まうだろう。しかし、義兄達はどうだろうか。ここに押しかけてくる可能性が高い。
 その場合、家事を担うのはやはり自分と言うことになるのではないか。
「その心配はいらない。本国から、使用人も来るからな」
 それに、とアルフレッドは微笑む。
「皆が集まるのであれば、ここでは手狭だろう? だから、フロアごと借り切ることにした」
 だから、基本的にルルーシュは自分の部屋であるここのことだけをすればいい。
「それに、私たちも基本的に政庁に詰めていることになるだろうからね」
 全員が顔を合わせる機会は、さほど多くないだろう。もっとも、全くないと言うことはないだろうが……と彼は続けた。
「義兄さん……」
 しかし、ルルーシュには何故彼がこう言い出したのかがわからない。
「俺は、一人でも大丈夫ですが?」
 だから、仕事に専念をして欲しい。そうも付け加える。
「わかっているよ」
 それに、気を悪くした様子も見せずにアルフレッドは言葉を返してきた。
「でもね。せっかく兄弟が揃うんだよ。たまにはみんなで一緒に過ごしたいじゃないか」
 きっと、義父上も時間を作って顔を出すおつもりだろうし……とさらに笑みを深める。
「だから、君はみんなに甘えていればいいんだよ」
 年少者は年長者に甘える権利があるのだから、と彼はルルーシュの髪をそっと撫でた。
「代わりに、たまには手料理を振る舞ってくれればみんな、喜ぶよ」
 ルルーシュの料理はおいしいから、という言葉がお世辞だとしても嬉しい。自分でも彼等のために出来ることがあるのだ、とわかるからだ。
「でもね。それよりも学業を優先してくれると嬉しいかな?」
 自分も含めて、兄弟達はみな、体力系に走ったから、頭脳系の人間が必要だろう。その言葉に、どう反応を返せばいいのか。
「……でも、義父さんの側で役に立っているではないですか」
 騎士として彼を支えているだろう、とルルーシュは言い返す。
「戦いではね」
 しかし、それだけではダメだと言うこともわかっているだろう? とアルフレッドは口にする。
「君の才能は、実戦の場ではなくその後方でこそ発揮されると思うんだ」
 参謀役とか開発と言ったような、と彼はさらに言葉を重ねた。
「もちろん、騎士になりたいというのであれば手助けはするよ。でも、可能性があるなら、あれこれ試してみるのもいいと思うけど?」
 自分たちの事を見ていたから、それが基準になってしまっていたかもしれないね。そうもあるフレッドは告げる。
「……俺は……」
「とりあえず、特派の主任には君が遊びに行くことを許可して貰ったからね」
 スザクに会いに行くついでにあれこれ質問してくればいい。
「……ひょっとして、この前……」
「お節介かとは思ったけどね。君はナイトメアフレームを操縦するよりも構造とかの方に興味を持っていただろう?」
 だから、当然のことだよ。さらりと言うアルフレッドに、ルルーシュは申し訳なく思う。
 しかし、スザクに普通に会いに行けるのは嬉しい。
「いえ。ありがとうございます」
 嬉しいです、と素直に口にする。
「喜んでくれて嬉しいよ」
 君が喜んでくれるのが一番嬉しい。そう言ってくれる義兄に「結局、彼には勝てないのだ」と心の中で呟きながらも、ルルーシュははにかんだような笑みを返した。

 目の前に数枚の写真が置かれている。そこには、一人の少年が微笑みを浮かべている姿が映し出されていた。
「……ルルーシュ……」
 失ったと思っていた異母弟。
 だが、彼は生きていてくれた。
「生きていてくれればいい、とは願っていたが……まさか、記憶を失っていたとは……」
 だが、あの子のためにはその方がよかったのではないか。
 自分の記憶の中にある彼の微笑みは、どこかよそよそしいものだった。
 しかし、この写真に映し出されている彼の微笑みは、穏やかで優しい雰囲気を見せている。彼がそれをナナリー以外に見せる事があるとは思わなかった。
「だが、幸せなのだな?」
 それはきっと、彼が愛されているからではないか。
 もちろん、ダールトンが庇護してきたのであれば、その身に危険が及ぶはずがない。そして、彼の息子達が新しい《きょうだい》を慈しまないはずがないのではないか。養父であるダールトンがどれだけ優しい人間なのか、それは自分がよく知っている。
「それでも、と思うのは私のわがままか」
 自分たちのことを思い出して欲しい。
 それでもなおかつ、その笑みを向けて欲しいと考えてしまうのは、とコーネリアは呟く。
「だが……そうすれば、お前の顔から笑みが消えるかもしれぬな」
 彼の隣に、彼が一番慈しんでいた少女の姿はない。母を奪われ、あの少女の存在までも奪われてしまった彼が、その事実を思い出してしまえばどれだけ嘆き悲しむことか。想像に難くない。
 そんな彼の姿を見るくらいであれば、今のままの方がいいのではないか。
「失ってしまった絆は……また新しく作り上げることが出来る」
 そして、今の自分であれば彼を守ることも可能だろう。本人が望むのであれば、どのような地位でも与えられるのではないか。
「そうだな……その方があの子にとっては幸せかもしれん」
 皇族という立場に戻れば許されないこともたくさんある。それ以上に、今までのように穏やかな時間は望めないだろう。
 確かに、皇族であればそれはしかたがないことなのかもしれない。しかし、大切な者達にはできればそのような世界と無縁でいさせてやりたいと思う。それは自分のワガママなのだろうか。
「……あの子には、もう辛い思いはさせたくない」
 皇宮はルルーシュにとって辛いことが多すぎた。母も妹も失った彼が、あの場で生きていけるとは思えない。
 ユーフェミアですら、自分が守っていなければどうなっているかわからないのだ。
「そう言えば、あの子がいたな」
 小さなため息とともにコーネリアは言葉を口にする。
「ユフィはルルーシュを皇族に復帰させようとするだろうな」
 それが彼にとって幸せなのかどうかを考えずに、だ。あの子にとって、皇宮は幸せの象徴でもある。そして、その中には幼い日のルルーシュの存在も含まれていた。
 彼女がナナリーと共にルルーシュと結婚をするのだと騒いでいた日も、今は懐かしい思い出だ。しかし、それはルルーシュの中には存在していない。それを彼女は認めたがらないだろう。
「……エリア11に行けば、いやでもあの子の耳にはいるだろうしな」
 顔を合わせる機会もあるのではないか。
 その前に彼女を納得させるしかないのではないか。
「……それが一番難問かもしれん」
 どうすればいいのか。コーネリアはそう考えていた。

 やはり、生徒会室は居心地がいい。
 それはきっと、自分が彼等に対して気兼ねをしていないからだろう。そんなことを考えながらルルーシュは書類をめくる。
「……会長……」
 その手を止めると、ルルーシュはさりげなく視線をミレイへと向けた。しかし、彼女はルルーシュの次の言葉を待つことなく腰を浮かそうとしている。
「逃げないでくださいね」
 にっこりと微笑みながら、ルルーシュはこう告げた。
「逃げるのなら、きちんとこれに関して説明をしてからにしてくれますか?」
 でなければ、自分は処理しない。そう言いきる。
「……ルルちゃん、あのね……」
 そんなことになったら生徒会の業務が滞ることがわかっているのか。ミレイは頬を引きつらせながら言葉を口にしようとしている。しかし、すぐにはうまいいいわけが見つけられないのだろう。困ったように視線を彷徨わせ始めた。
「会長がお祭り好きなのはもう、嫌と言うほど身にしみています。それに関する予算も、納得できるのでしたら生徒会の予算から出すことは可能です」
 だが、と彼は言葉を続ける。
「必然性を感じない予算は、当然ですが却下ですよ?」
 いったい、何に使ったのか。きちんと説明してくださいね……とさらに追及の手を強めようとしたときだ。
 不意にドアが開く。
「……あの……」
 反射的に視線を向ければ、見覚えがあるような少女が立っていた。
「カレン! 待っていたわ!!」
 ほっとしたようにミレイが彼女の名を呼ぶ。それで、ルルーシュも相手が誰なのかを思い出した。
「体の調子はいいのかな?」
 カレン・シュタットフェルトさん、とルルーシュは呼びかける。すぐに思い出せなかったのは、体が弱いからという理由でよく学校を欠席しているからだ。
「えぇ。心配してくれてありがとう、ランペルージ君」
 ふわりと微笑みながらカレンは言葉を返してくる。しかし、その言動に違和感を感じてしまうのはどうしてなのか。
「と言うわけで、今日からカレンは生徒会役員だからねぇ! みんな、ちゃんと面倒を見るのよ?」
 だが、その答えを見つける前にミレイがこう言ってくれる。
「ちなみに、ルルちゃんに追及された予算の行方は、カレンの歓迎会の費用だからぁ」
 決済してね、と彼女はさらに続けた。
「……会長……せめて、事前に相談だけはしてください」
 そう言うことならば、反対はしないから……とルルーシュは言い返す。
「次からはそうするわ」
 即座に言い返してくる彼女を、どこまで信頼していいものか。
「そうしてください」
 だからといって、迂闊なことを口にすれば彼女が何をしでかしてくれるかわからない。それよりも、今は目の前にあるこの書類の山を何とかしなければいけないのだ。
「と言うわけで、ルルちゃん! お料理よろしく」
 だが、彼女の思考は、やはりルルーシュの予想の範疇外だったらしい。微笑みと共にエプロンを手渡される。
「……会長?」
「だって、ルルちゃんの手料理が一番おいしいんだもん」
 作って? と彼女はさらに笑みを深めた。
「……ここにある書類、全部決済してくださるなら、構いませんよ?」
 出来なかったときには、ミレイの分の料理はないと思え。言外にそう付け加えれば、彼女はしかたがないというように頷いてみせる。
「そう言うことだ。少し待っていてくれるかな、カレンさん」
 本人にも一応了解を取っておこう。そう判断をして、カレンにも声をかける。
「……作れるの?」
 予想外だったのか。彼女はこう聞き返してきた。
「たしなみ程度には。自宅では、俺が作らなければ誰も作ってくれないからな」
 その反応は、ある意味いつものことだから気にすることでもない。だから、こう言い返すと立ち上がった。
「材料はキッチンに用意してあるからね」
 ミレイが書類に手を伸ばしながらこう言ってくる。それに頷くと同時に、ルルーシュはエプロンを身につけた。





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08.07.18 up