気が付いたときには、見覚えのない場所にいた。
「……さっきまで、みんなと一緒にいたのに……」
 ルルーシュはそう呟く。同時に、これと同じ状況を経験したことがある、と思いだしていた。
「また、どこかにとばされたのか?」
 一度目ならパニックになっていただろうが、二度目となれば多少の余裕が出てくるものらしい。それに、とルルーシュは続ける。ここであれば、今、シャルルの顔を見なくてもすむだろう。
「記憶が戻ったからこそ、割り切れないものが生まれるとは思わなかった」
 一時期は、シャルルの所行を恨んだこともある。それでも、この地でスザクと出会うことが出来たのはそのおかげだ。何よりも、ナナリーが笑顔を取り戻してくれたし。
 それでも、だ。
 記憶を失っていた時間、自分の《父》は間違いなくダールトンだった。シャルルはあくまでも父が使えるべき相手。その認識は、今でも消えていない。
 それでも、彼を父と呼んでいた記憶もしっかりと残っているのだ。
 いずれ、どこかで折り合いをつけなければいけないのだろう。
 そう考えた時だ。
「……蹄の音?」
 遠くから響いてくるのは、馬の蹄の音ではないか。体力的な問題で運動は全般的に苦手なルルーシュが、唯一、得意としているのが乗馬だ。だから、この音はある意味、なじんだものだと言っていい。
 しかし、とルルーシュはため息をつく。
 それだけではここがどこなのか特定することは出来ないだろう。
「本当に、ここはどこなんだ?」
 それよりも、どうしてここにいるのか。
 前の時にはC.C.と呼ばれていたあの魔女のせいで移動させられた。しかし、今回はそんなことはなかったはずだ。
 それとも、他に要因があるのか。
 だとするならば、それはなんだろう。
 心の中でそう呟いたルルーシュの前に一頭の馬が姿を現す。その上に乗っていたのは一人の壮年の人物だ。その人物が身に纏っているのは中世の貴族の衣装ではないだろうか。
「と言うと……この前と同じ時代か?」
 ならば、場所もそうなのだろうか。そう思いながらルルーシュはその人物を見つめている。
 しかし、あの人物はどこかシャルルに似ているような気もするのは、自分の錯覚だろうか。
『リシャールさま!』
 そんな彼の思考を邪魔するかのように、新たな人物が現れる。しかし、そこにいたのは騎士の服装はしていても、間違いなく女性だとわかる人物だった。
 それだけならば、別に驚きはしない。いつの時代でも、高貴な女性の傍に女騎士がいたとしてもおかしくはないだろう。そんな認識がルルーシュにはあった。
 もっとも、その女性の顔を見たことがなければ、だ。
『エリアノール様がお呼びです。直ぐにお戻りください』
 そう告げたのは、あの《魔女》だ。
 そして、彼女が口にした名前にルルーシュは聞き覚えがある。
「あの時よりも過去なのか?」
「そうじゃ、稚き子よ」
 直ぐ傍で彼の言葉を肯定するものがいた。視線を向ければ、まるで尼僧のような服装をした女性がたたずんでいるのがわかる。しかし、ベールを目深にかぶっているせいか、その顔までは確認できない。
「あれは過去。我にとってもの」
 そして、未だに後悔すべき時よ……と彼女は続ける。
「だからこそ、お主を呼んだのじゃよ、稚き子よ」
 ルルーシュであれば、未だに続くその後悔を断ち切ってくれるだろう。そうも彼女は口にした。
「さすれば、全ての因縁も断ち切ることが出来よう」
 だから、今しばらく、自分に付き合って欲しい。そう言う彼女に、ルルーシュはただ頷いて見せた。

 目の前の光景は次々と変わっていく。
 だが、リシャールと魔女達――と言っても、ルルーシュにわかるのはあの翠の髪の一人だけだが――だけは必ず行動を共にしていた。全員がついて行けないときでも、必ず一人は彼の傍にいる。
 それはどうしてなのか。
「……待ち望んでいた、王だから、か?」
 彼の傍にいる魔女達以外は、はっきり言って迫害されていると言っていい。だからこそ、彼の元には逃げてきた魔女達が集まっているのだろう。
 そして、彼が持つ《ギアス》がそれに拍車をかけているのかもしれない。
 しかし、世界がそれを許してくれるかと言えば、話は別だ。
「……だからこそ、新しい世界を望むのか」
 そんなことを考えているルルーシュの傍で彼女――その服装から、ルルーシュは勝手に彼女のことをシスターと呼ぶことにした――は端座している。
「いつの時代も、それまでの時代から脱しようとすれば軋轢は生まれるものよの」
 それを話し合いで解決をするか、力ずくでねじ伏せるか。それだけの違いだ。そう彼女は告げた。
「確かに、そうですね」
 だからこそ、戦争はなくならないのではないか。
「でも、本当にここはいつなんだ?」
 エリアノールとリシャール。
 その名前に聞き覚えはある。だが、ある意味、ありふれたと言ってもいい名前なのだ。
 せめて、家名がわかればもっと特定出来るだろうに。そんなことも考えてしまう。
 その時だ。
『危険です、リシャール様』
 こんなセリフが耳に届く。
『そうです。他の王達は皆、リシャール様を亡き者にしようとしているではありませんか!』
 そんな者達と共に戦に行くなんて、と他の者達も口々に告げる。
『それはわかっている。それでも、行かねばならぬ』
 我らの願いを叶えるために、と彼は続けた。
『それに、彼の地であればお前達に対する偏見も少なかろう』
 かつてのこの地のように、とリシャールは微笑む。
『彼の地の先にある世界。そこは未開の地に等しいそうだ。だからこそ、お前達のその力を見せても、意志を持って追われることはない。むしろあがめられるであろうな』
 そして、その地であれば、自分も何にも縛られることがないのではないか。
『新しい国を作れるのであれば、この国など、欲しいものにくれてやっても構わない』
 だから、と彼は真っ直ぐに魔女達を見つめる。
『我に従え!』
 その瞬間、世界を貫いた衝撃は何なのだろうか。
「……今のは……」
 何だ、とルルーシュは呟く。
『Yes,Your Majesty』
 それ以上に不気味だったのは、魔女達の反応だ。まるで何かに操られたかのように彼の言葉にしたがっている。
 しかし、これと同じような状況を自分は聞いたことがあった。
 それも最近だ。
「……ギアス?」
 狂王の昔話に似たようなシーンがあったはず。そして、それを可能にしたのか《ギアス》の力だったはず。
「魔女にも、ギアスが効くのか?」
 それとも、彼だからなのだろうか。
 どちらが正しいのだろう。そう考えても、ルルーシュの持っている知識では答えを導き出すことは出来ない。そして、隣にいるシスターもそれに答えてくれるつもりはないようだ。
「あの二人なら、わかるのかな」
 後知っていそうなのは、V.V.とライだが、とルルーシュは首をかしげる。
 そんな彼の隣で、シスターが小さな笑いを漏らした。
「どうやら、お主の迎えが来たようじゃの」
「迎え?」
 彼女の言葉に、ルルーシュは周囲を見回す。ひょっとしてスザクが、と一瞬考えてしまう。だが、直ぐにそれを否定した。
「戻るがよい」
 そして、己の時代で己のなすべきことをしなさい……と彼女は続ける。同時に、彼女はルルーシュの背中を押した。
「えっ?」
 そう強く押されたわけではない。だが、ルルーシュの体は予想以上の勢いで彼女の傍から離れていく。ひょっとして、彼女が何かをしたのだろうか。そうそう思いながら、ルルーシュは振り向いた。
 その瞬間、彼女のかぶっていたベールが外れる。
「……母さん?」
 その瞬間、ルルーシュの目に飛び込んできたのは黒髪の女性だ。その容姿が、どこかマリアンヌに似ているような気がする。
 それだけではない。
 彼女の背後に広がるのは立ち上がって前足をあげている獅子の紋章だ。
 それと似たものをルルーシュはよく知っている。いや、世界で知らぬものはいないというべきか。
「……ブリタニアの紋章?」
 だが、昔から獅子を紋章にしていた国は多くある。
「……調べればわかることか……」
 自分が覚えていれば、と心の中で呟いた。
「ルルーシュ!」
 呼びかけと共に彼の腕を掴むものがいる。
「……V.V.、さん?」
 それとも、伯父と呼ぶべきなのだろうか。そう思いながら呼びかけた。
「V.V.でいいよ。今更『伯父』と言われても君も困るだろう?」
 自分もそうだから、と彼は言い返してくる。
「それよりも戻ろう。予想以上に、君は遠くに来すぎている」
 このままでは、肉体に戻れなくなるかもしれない。彼はそう告げた。
「……はい」
 そのまま、導かれるままに移動を開始する。
 その間に何度も振り返ってしまったのは、母の面影をもう一度見たかったから、だろうか。ルルーシュ自身、その理由はわからなかった。

「お姉様」
 不意にユーフェミアが呼びかけてくる。
「何だ、ユフィ」
 その彼女に微笑みかけながら、コーネリアは言葉を返した。
「ルルーシュは、どうなるのでしょう」
 記憶が戻ったのであれば、皇族に復帰するのだろうか。それとも、と彼女は続ける。
「わからん」
 全ては、シャルルの指示次第だ。コーネリアはそう言い返す。
「ただ……ルルーシュが現状のままでいいというのであれば、私はその願いを叶えてやるつもりだ」
 ダールトン達との時間がなくなるわけではない。だから、と続ける。
「……それに、皇族に戻ったとして、あの子が幸せになれるのかどうか、わからないからな」
 自分たちとは比べものにならないほど過酷な運命を押しつけられているのがルルーシュだ。だから、せめて……と思ってはいけないのだろうか。
「そうですわね」
 ルルーシュの幸せが一番なのだろう。ユーフェミアもこう言って頷いて見せた。





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09.07.10 up