ルルーシュのまつげが揺れた。そう思った次の瞬間、彼の青白いまぶたが持ち上げられる。
「ルルーシュ!」
 彼のロイヤル・パープルの瞳の中に自分の姿が映し出された。それだけではなく、次の瞬間、その瞳の焦点がスザクに合う。それだけで、嬉しいと思うのはどうしてなのだろうか。
「大丈夫?」
 それでも、一番に確認すべきなのは彼の体調だろう。だから、確認しないと。そう思ってこう問いかけた。
「……スザク?」
 しかし、彼の口から出たのは問いかけへの答えではなく、スザクへの呼びかけだった。
「うん、僕だよ?」
 だから、安心して……とそう付け加えたのは無意識だ。それでも、ルルーシュにはそれが必要なことだったのか。
「スザク……」
 また彼の名を呼びながら体の向きを変えた。そしてそのままスザクに抱きついてくる。
「どうしたの?」
 意識を失っている間に何かあったのだろうか。
 しかし、それをルルーシュに確認するわけにはいかないような気がする。だから、と思いながら視線をV.V.の方へと向けた。
 そんな彼の傍にはライとシャルルがいる。
「大丈夫だよ」
 彼の方も体調を問いかけられていたのか。疲労が色濃く滲んでいる声音で言葉を返している。
「この前よりも遠くまで行っていただけ」
 そのせいで、帰ってくるのに手間取ったのだ。そう彼は続けた。
「そうなの?」
 何気なくルルーシュに確認の言葉をかければ、彼は小さく頷いてみせる。
「無事に戻ってきてくれて、よかった……」
 ひょっとしたら、彼の意識は二度と戻ってこなかった可能性もあったのか。そう考えた瞬間、スザクはルルーシュの体をしっかりと抱きしめていた。
「大丈夫だ……この前、助けてくれた人が今回も力を貸してくれたから」
 誰なのかはわからないが、どこかマリアンヌに似ていた……と付け加えたのは、ひょっとしたら無意識だったのかもしれない。
「そんな人がいたんだ」
 だが、それはきっと普通の人間ではないのだろう。
「……昔は《魔女》もたくさんいたみたいだし……その中の一人なのかな?」
 こういうルルーシュの声が次第に小さくなっていく。
「疲れたんだろう。そのまま眠らせてやった方がいいな」
 それに気がついたらしいライが、そっと囁いてくる。
「彼も、眠らせておきましょう。その間に、出来る手は全部打っておいた方がいいだろうね」
 ライはそう言いながらシャルルへと視線を向けた。
「……自分は本国に戻ります」
 その彼に頷くと、シャルルは立ち上がる。
「そうだね。その方がいいだろう」
 あちらにも魔女の手の者はいるだろう。シャルルがこちらにいると魔女達から聞けば、間違いなく動き出すのではないか。
「わかっております。一応、シュナイゼルには言ってきましたが……」
 早々に戻った方がいいだろう。そう告げると彼はきびすを返した。
「二人のことは心配しなくてもいい。私もスザクもいるからね」
 そして、あちらに戻ればコーネリア達もいる。何があっても対処が取れるだろう。シャルルの背中に向かって、ライが静かな口調で言葉をかけた。
「お願いします」
 言葉とともにシャルルは歩き出した。
 その背中が部屋から出ると同時に、小さな人影が彼に寄り添う。その人物が身に纏っているマントの色から、それがアーニャなのだとわかった。
「……ひょっとして、ずっと外で警備をしていてくれたのかな?」
 小さな声でそう呟く。
 確か、彼女も《ルルーシュ》と顔見知りだったはず。ひょっとしたら、直ぐにでも駆けつけたかったのかもしれない。だが、それよりもシャルルの命を優先したのだろう。
「信用できるもの以外に、ルルーシュの記憶のことは告げない方がいいだろう、と判断したんだろうね」
 そして、何があっても直ぐに対処が取れる人間、とライは付け加える。
「それなら、ロイドさん達は選択の範囲外か」
 彼等の場合、自分が真っ先に逃げそうだ。そう言いながら、そうっとルルーシュの体を抱き上げた。
「とりあえず、ベッドのあるところに移動した方がいいよね」
 二人ともその方がゆっくりと休めるのではないか。
「確かに、そうだね」
「なら、こっち」
 アヴァロンに関しては、自分の権限が通用する。だから、直ぐに用意できるはずだ。
「わかった。その後で、少し、話をした方がいいな」
 色々と、とライは言い返してくる。
「そうだね。その方がいいね、確かに」
 知っていれば対処できることもあるはず。何よりも敵のことを知らなければルルーシュの安全の確保が難しいのではないか。
 そんなことを考えながら、スザクは歩き出す。その後ろをV.V.を抱えたライが付いてきた。

 ようやく解放されたカレンは、黒の騎士団のアジトへと急いでいた。
 その途中、破壊されたゲットーの建物がいくつも目にとまる。
「……どうして……」
 戦う以上、まったく被害が出ないはずがない。しかし、これではこのゲットーにすんでいた者達の生活が成り立たないのではないか。
「当然、避難はしていると思うけど……」
 それでも、移動できる場所なんて限られている。何よりも、新しい家を入手するための資金なんて持っていないものが多いのではないか。
「ゼロが、何か考えていてくださっているわよね」
 それが、キョウトの援助を得ることだとしても構わない。大切なのは《日本》の名と誇りを取り戻すことだ。
 それが実現になったとき、自分はどのような誹りを受けても構わない。
 たとえ、普通の生活に戻れなかったとしても……とそうも付け加える。
 その時だ。
 何故か、心の中にルルーシュの面影が浮かぶ。
 カレンは、かなり強引にそれを打ち消した。
 きっと、自分は彼の境遇に同情をしているのだ。でなければ、ゼロからの命令のせいだろう。
「大丈夫よ、お兄ちゃん」
 同情なんて、自分たちの願いに比べれば些細なものだ。だから、とカレンは呟く。
「必ず、日本を取り戻してみせる」
 だから、安心をして。
 祈るように言葉を重ねた。
 次の瞬間、彼女は顔を上げる。そのまま、真っ直ぐ前をにらみつけると、歩き出した。

 とりあえず、寝息は穏やかだ。
「悪い夢を見ていないならいいけど……」
 少なくとも、その表情からはそんな気配は感じられない。しかし、彼がどんな夢を見ているのかなんて、彼以外にはわからないのだ。
 スザクはそう考えると小さくため息をついた。
 そのまま、さりげなく周囲の様子を確認する。スザクの感覚には、何の気配も感じられない。
 ふっと口元をほころばせると、スザクはそっと身をかがめた。
 そのまま、ルルーシュの唇に自分のそれを重ねる。
「こうやって、バクみたいに嫌な夢を吸い取って上げられたらいいのにね」
 少しだけ唇を離して、スザクはそう囁く。
「ごめんね、ルルーシュ」
 まったく、そう思っていない口調で言葉を綴ると、またルルーシュの唇に自分のそれを重ねた。
 だが、流石にそれ以上の行為は無理だろう。
 何よりも、これ以上のことはルルーシュからの同意を得てからでなければするわけにはいかない。
 だから、と自分に言い聞かせながらスザクは身を離す。
「……ルルーシュって、確か今でもプリンが好きだったよな」
 ここでは、彼が自分で作ったものほど美味なものは入手できない。それでも、好物なら喜んでもらえるのではないか。
「とりあえず、厨房に頼んでおこう」
 ついでに、少しルルーシュから離れて頭を冷やしてこよう、とスザクは付け加える。
「だから、僕が戻ってくるまで、眠っていてね」
 それでも、とルルーシュに向かってこう話しかけた。そして、そのまま、静かに部屋を出て行く。
 閉まるドアのすきまから見たルルーシュは、まだ、深い眠りの中にいた。





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09.07.13 up