ルルーシュが目覚めたのは、V.V.よりも少しだけ早かった。
「……おはよう、ルルーシュ」
まだぼうっとしている彼に、スザクがこう囁いてくる。
「スザク?」
その言葉に、ルルーシュは首をかしげた。そのまま、彼はそっと手を持ち上げる。そして、おそるおそるスザクの頬へ触れてきた。
次の瞬間、彼の顔に安堵の色が浮かぶ。
「どうしたの?」
悪い夢でも見ていたのか? と問いかける。
「……夢、ではないな」
あれは全て現実にあったことだ。そう言って、ルルーシュはため息をつく。
「ルルーシュ……」
と言うことはあのころのことを思い出していたのか。そう考えた瞬間、スザクの中にあのルルーシュの慟哭がよみがえってきた。
今は冷静に見える、
しかし、内面がどうなっているのか。他人にはわからないのだ。
「大丈夫だ、スザク」
だが、ルルーシュは静かな口調でこう言ってくる。
「ルルーシュ……」
そうなのか、と言外に付け加えながら、スザクは彼の名を呼んだ。
「……少なくとも、お前がいてくれるから……」
だから、大丈夫だ……とルルーシュは自分に言い聞かせるように告げる。
「ルルーシュ……」
「それに……あれは母さんじゃない」
別の存在だ。だから、とルルーシュはさらに付け加えた。
「……そうだね。あれはルルーシュ自慢のお母さんじゃない」
その体を奪った悪者だ、とスザクは言い返す。
「だから、早々に解放して上げないと」
ライの話だと、まだマリアンヌの意識はその体の奥に押しとどめられているはず。だから、と付け加えた。
「そう、だな」
ルルーシュは小さな声でそう呟く。
「……ルルーシュが出来ないなら僕がしてあげるよ」
ルルーシュが望むのなら、何でも叶えてあげるから……と微笑みながら口にした。
「だが……」
「大丈夫。僕たちが君で出来なかったことはないでしょう?」
そのために、自分は努力を重ねてきたのだから。そう言ってスザクは笑った。
「それに……多少のことは見逃してもらえる立場も手に入れているし」
シャルルとV.V.に認められたことも、ラウンズになったことも、全てはルルーシュのためだ。
だから、ルルーシュのために力を使うことは当然のことだ……と付け加える。
「スザク……」
お前は、とルルーシュは何かを言いかけた。だが、流石の彼も、直ぐにはうまい表現を見つけられないらしい。
体力がない代わりに言葉で相手をたたきのめす彼にしては珍しいことだ。それとも、と思いながらスザクはさらに言葉を重ねる。
「でも、全部僕が勝手にしたことだから。君はそれについて責任も何も感じなくていいよ」
そう言う目標があったから、自暴自棄にならないですんだんだし……といいながら、笑みを深めた。
「それもこれも、結局は自分のため、なのかな?」
結果的には、と首をひねる。
「……バカだな、お前は」
ようやく絞り出した。そんな口調で、ルルーシュが言葉を綴る。
「そりゃ、ルルーシュに比べれば、ね」
と言うより、ルルーシュより頭のいい人間なんてそういないだろう。そう言い返す。
「そう言う問題じゃないだろうが」
そんなことで、自分の一生を決めるな! と彼は怒鳴るように口にした。
「そんなことじゃないよ。僕にとっては一番重要なことだ」
ルルーシュを守ること。それ以上に重要な問題は自分の中に存在していない。
「これは、僕が決めた僕だけのルールだから」
他の誰にも強要する気はない。ただ、認めてくれるならそれはそれで嬉しいけれど、と付け加えた。
「皇帝陛下方がそうしてくださっているようにね」
だから、ルルーシュも受け入れなくてもいい。ただ、今まで通り、傍にいてくれることを許してくれれば、それだけでいいのだ。スザクはそう言って言葉を締めくくった。
「ところで、お腹減ってない?」
わざとらしい話題転換だとは思うが、他に言いようがないのだからしかたがない。そう心で呟きながらルルーシュを見つめた。
「別に……」
減ってない、とルルーシュは言おうとしたのだろう。しかし、それよりも先に胃袋が小さな音を立てた。
「ロイドさんからプリンを貰ってきたんだ。食べる?」
それを指摘する代わりに、こう問いかける。
「……プリン?」
「そう。ロイドさんが持ち込んでたおやつ」
だから、間違いなくおいしい世思うよ……とスザクは付け加えた。
「よく、彼が素直に渡したな」
ロイドのプリンに対する執着は忘れていないのだろう。感心したようにルルーシュがこういった。
「渡してくれたのはセシルさんだけどね」
こう言い返せば、とりあえず彼は納得したらしい。
「セシルさんなら、彼も勝てないな」
なら、大丈夫か。そう呟くとルルーシュはそっと手を差し出してくる。
「今、持ってくるよ」
それを確認して、スザクは立ち上がった。
「ブリタニア史の本?」
スザクが聞き返せば、ルルーシュはスプーンを口にくわえたまま頷いてみせる。時々、彼はこんな風にものすごく幼い仕草を見せる。それにそそられないとは言わないが、今は自重しないと。そんなこと考えながら、スザクは彼の次の言葉を待った。
「確認したいことがある……それと、あの二人にも」
問題は、自分が知りたいことが載っている本があるのは、それなりに専門的な所かもしれないが。ルルーシュのこの言葉に、スザクは首をかしげる。
「何を調べたいの?」
そのあたりのことは、ルルーシュは完璧に覚えているのではないか。そう思ったのだ。
「系図と、紋章……だな、とりあえず」
その他のことは、それを解決してからだ……と彼は続ける。
「何か思いついたの?」
「……そんなところだ」
だが、まだ可能性の一つでしかない。だから、それが確実なのかどうかを確かめなければいけないのだ……とルルーシュは口にした。
「失敗したら……おそらく、後がない」
それでは意味がないから、とも彼は続ける。
「……そうだね」
確かに、このままではいずれ世界はさらなる混乱の渦にたたき込まれてしまうだろう。その前に、エリア11で止めてしまわないといけないのではないか。何よりも、ルルーシュが安心して暮らせないだろう。
「とりあえず……学園に戻る?」
あそこであれば、たいがいの本は揃っているのではないか。
「ライもいてくれるから、多分、安全だと思うけど」
この言葉に、ルルーシュは首をかしげる。
「そうだな」
確かに、他の場所に行くよりもどこに何があるのかわかっている場所の方が対策が取りやすいだろう。
それに、大学部の図書室であれば読みたい本もあるに決まっている。
「義父さん達とも話をしないと」
きっと、ダールトンには伝わっていると思うが……とルルーシュは顔をしかめた。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
そちらのことも、とスザクは言い返す。
「選択権は君にある。だから、君がどうしたいか。それを一番に考えるべきだ」
スザクの言葉にルルーシュは一瞬目を丸くする。だが、直ぐに小さく頷いて見せた。
アッシュフォード学園内に不穏な空気が漂っている。
「軍人がこんなに多いんじゃね」
それも無理はないか、とミレイはため息をつく。
「いつ、また同じようなことがあるか、わからないですからねぇ」
ここにはブリタニア軍の高官の子女も多い。あるいは、本国で有力者に繋がる家系の者達も、だ。
「ここは私のモラトリアムの王国なのに、ねぇ」
いずれは卒業しないわけにはいかない。だからこそ、今を楽しみたいのに、と彼女はまたため息をついた。
「でも、安全のためにはしかたがないっしょ……ルルーシュのこともあるし」
無事に帰ってきてくれるといいんだけど、とリヴァルは眉を寄せながら付け加える。
「俺、ルルーシュの親友のはずだったのに、何も出来なかったんですよ」
それが悔しい、と彼は付け加える。
「とりあえず、無事に帰ってくると信じて、何か気晴らしになりそうなことをやらないとね」
一番簡単なのは、生徒会限定の男女逆転祭りだろうか。
「ルルーシュが嫌がりますよ?」
「だからいいんでしょ」
ここでは自分がルール! と言いきれる彼女にリヴァルが惜しみない拍手をおくってくれた。
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09.07.17 up
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