まさか、そんなことが起きるとは思っても見なかった。それがルルーシュの本音だ。
「……会長とリヴァルが?」
拉致された? と呆然と呟く。
「どうして……」
彼等が、と思う。
同時に、世界が大きく揺れた。
「ルルーシュ」
そのまま倒れそうになった彼の体を、スザクが抱き留めてくれる。
「大丈夫?」
ルルーシュの顔をのぞき込みながらさらに問いかけの言葉を口にした。それに、とりあえず頷いてみせる。
もっとも、内心はまだ混乱していた。
何故、彼等が拉致されなければいけないのか。ミレイは確かにアッシュフォードの令嬢だが、マリアンヌが死んでからかの家は没落したと聞いている。今、かの家を支えているのが、学園の運営だ……とミレイが苦笑と共に教えてくれたことも覚えていた。
リヴァルにいたっては、普通の家の出身だったはず。
そんな彼等を拉致して、いったい、何の得があるのだろうか。
「落ち着け、ルルーシュ」
グルグルと定まらない思考でそんなことを考えていたときだ。ライの静かな声が耳に届く。
「それこそ、あちらの思うつぼだぞ」
さらに彼はこう告げる。
「ライ?」
「ニーナとシャーリーは無事だそうだ。とりあえず、彼女たちから事情を聞くしかないだろう」
だが、と彼は言葉を重ねた。
「ロロが学園にいた。それ以前にもルルーシュにC.C.が接触をしたのだろう?」
この言葉に、ルルーシュは頷いてみせる。
しかし、その脳裏では、彼が何を言おうとしているのか何パターンも推測していた。しかし、どれも決め手に欠けるような気がする。いや。あるいは自分がその可能性を否定したいだけなのかもしれない。
だが、長年、魔女達と戦い続けてきた彼にはそんなことは関係ないのだろうか。
「おそらく、他にも学園内に魔女の手先がいる」
いや、と彼は直ぐに言い直す。
「黒の騎士団関係者だろうな。あそこにも、日本人といえる人間がいる」
自分たちの身近なところにも一人いた……と彼は続けた。
「僕?」
「君は除外だよ。ルルーシュ以外、何もいらないと言い切れる人間には魔女もつけ込めないだろうし」
だから、最初から疑っていない……とライは言い切る。
「なら、誰?」
自分もそれなりに調べたつもりだったんだけど、とスザクが聞き返している。どうやら、そんな人物を事前に把握できなかったことが気に入らないらしい。
「……カレン・シュタットフェルト」
ぼそっとライが言う。
「カレンさん?」
彼女が? とスザクが言い返す。
「だって、シュタットフェルトって、僕でも知っているくらい名門でしょう?」
貴族ではないようだけど、と彼は続けた。
「家は、ね」
問題は彼女の母親の方だ、とライは言い返す。
「彼女は正妻の子ではない。当主と日本人の女性の間に生まれたハーフだよ」
そして、日本が敗戦国となるまで、彼女は母親や兄と共にこの地で暮らしていたらしい。
「……彼女の中で父の国と母の国とはどちらが重いか。そう言うことじゃないかな?」
ライのこの言葉にスザクは頷いてみせる。
「確かに。名誉ブリタニア人の中にもハーフは何人かいたけど、基本的な考え方はそれぞれだったから」
それでも、ブリタニアの血が入っているだけましだった。少なくとも、普通のイレヴンよりはいい扱いをされていたから……と彼は付け加える。
「もっとも、それを受け入れられるかどうかは別問題だけど、ね」
おそらく、カレンは受け入れられない方の人間だったのだろう。スザクはそう締めくくる。
「そうだろうね」
友人よりも自分の主義主張を選んだのではないか。ライも頷いてみせる。
「なら……やっぱり、ねらいは俺か?」
だとするなら、どうやってあの二人に謝ればいいのか……とルルーシュは唇を噛んだ。
「それはまだわからない。何の連絡もないそうだから」
十中八九、そうだとしても……とライは言い返してくる。
「だから、まだ勝手に動かないように」
いいな、と彼は真っ直ぐにルルーシュの顔を見て言う。
「……ブリタニア側が、二人を見捨てないという確約は、あるのか?」
ルルーシュはそう問いかける。
「それがないなら……約束は出来ない」
自分にとって、二人も大切な存在だ。だから、とルルーシュはライをにらみつけるように告げる。
「コーネリアがどうするかはわからないけど、嚮団は彼等を見捨てないよ」
ルルーシュにとって大切な存在だと言うことは、自分もわかっているから。そう言って彼は笑う。
「僕個人としても、彼等は気に入っているしね」
だから、それに関しては信じて欲しい。ライはそう続けた。
「……それに」
「それに?」
「彼等もシャルルが選んで君の側に置いた人材だよ?」
見かけだけで判断してはいけない。意味ありげな笑みをライは浮かべる。
「ライ?」
まさか、とルルーシュは心の中で呟いた。二人が自分に親切にしてくれたのも、シャルルの命令があったから、なのか。
「言っておくけど、君達の関係は、君達自身が築き上げてきたものだよ。シャルルでもそこまで強要は出来ない」
それを言うなら、あの学校の生徒の半分は彼等と同じ条件に当てはまる。そうもライは言ってくる。
いや学園自体がシャルルの肝いりで作られたものだ。だから、あれだけ厳しいセキュリティが施されている。その言葉に頭が痛くなってきたのはルルーシュだけではないはずだ。
「……言っちゃなんだけど……陛下って、ものすごい過保護?」
スザクが真顔でこう問いかけてくる。
「ルルーシュだから、だろう」
それに先に言葉を返したのはライの方だ。
「離れていたせいで失敗をした。だから今度は……と考えているのかもしれない」
離れていても、ルルーシュの周囲が安全であるように……と考えたのだろうな。そう彼は続ける。
「まぁ、過保護なのは否定できないが……ある意味、V.V.もそうだしね」
血筋じゃないのか。そう言われた瞬間、ルルーシュは心の中で『いやだ』と呟いてしまう。
「……君も陛下達のことは言えないみたいだしね」
苦笑と共にスザクが言い返している。
「否定はしないよ」
そう言いながら、ライは立ち上がった。
「ライ?」
どこに行くのか、とスザクが問いかける。
「状況を確認してくる。僕が帰ってくるまで、絶対にルルーシュをここから出さないように」
頼んだよ、とライは言い返す。そして、止める間もなく出て行った。
「……だって、ルルーシュ」
苦笑と共にスザクがこう言ってくる。
「……確かに、それが正しいのだろうな」
自分が敵の手に渡れば、ブリタニア側の不利益になることはわかっていた。でも、とルルーシュは思う。
「だからといって、二人を見捨てるわけにはいかない」
そうしたことで自分が助かったとしても意味はないのだ。もう二度と、大切な人間を失いたくない。そうも付け加える。
「わかっているよ、ルルーシュ」
安心して、とスザクは微笑む。
「でも、状況がわからなければ、対策も取れないでしょ?」
だから、せめて状況がわかるまでは大人しくしていて。そう彼は口にした。
確かにそうかもしれない。
「……わかった……」
それでも、抑えきれない気持ちがわき上がってくるのはどうしてなのだろうか。それはルルーシュ本人にもわからなかった。
そのころ、リヴァルとミレイは倉庫とおぼしき一室に閉じ込められていた。
「カレンは無事かなぁ」
どこか抜け出せる所がないかどうか確認をしながらリヴァルはこう呟く。
「大丈夫だと思うわ」
というよりも、彼女は向こう側かもしれない。ミレイが告げる。
「会長?」
どういうことなんだ? とリヴァルは問いかける。
「みんなには内緒にしていたけど、あの子、ブリタニアと日本のハーフなのよ」
そして、彼女の死んだ兄はテロリストの一員だったらしい。
「本人はシュタットフェルトに引き取られていたし、あちらの当主が『その点は心配いらない』といっていたから入学させたんだけどね」
どうやら、それは口から出任せだったらしい……とミレイはため息をつく。
「マジ?」
「えぇ……まったく、家のバカ両親は余計なことをしてくれるわ」
アッシュフォードが、シャルルからたくされた本当の宝の存在も知らないくせに……と呟く彼女に、リヴァルが頷いて見せる。
「ともかく、ここから逃げ出さないと、ですね」
でないと、ルルーシュが不利になる。
「俺たちもあいつを守る盾なのに」
その盾が逆に障害になっては意味がない。
「そうね。何とか出来る?」
「何とかしましょ」
ともかく、ニーナとシャーリーが一緒じゃなくてよかった。こう言いながら、リヴァルは靴を脱ぐ。そして、そのかかとをいじりだした。
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09.07.31 up
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