流石に作りすぎたな、と思ったにもかかわらず、料理はさほど残らなかった。それでも、手をつけられていないお皿がテーブルの上に残されている。
「……スザクに持っていけば、喜ぶかな」
 これだけあれば、特派の他の人々にもおすそ分けが出来るかもしれない。そんなことを考えてしまう自分は、やはり貧乏性なのだろうか。
「ルルちゃん、どうしたの?」
 その時だ。ミレイが背後から抱きついてくる。
「料理を貰っていってもいいかな、と考えていたところです」
 せっかく作ったのに、手をつけられないまま捨てるのはもったいない。その位であれば、知り合いにおすそ分けに行きたいのだが……とルルーシュはその体勢のまま口にする。
「珍しいわね。ルルちゃんがそんなことを言い出すなんて」
 何かあったの? と彼女はさらに問いかけてきた。
「……幼なじみと再会したんですよ。彼は今、軍人ですから」
 一般兵の食事がどれだけわびしいものか、自分でも知っている。しかも、彼が今いるのは正規の軍とは一線を画している部門だから、余計に大変そうだし……とルルーシュは苦笑と共に付け加えた。
「……それに、あいつは名誉ですから」
 最後のこの一言は本当に囁くように告げる。しかし、周囲が耳をすませていたせいか、予想よりも響く結果になってしまったようだ。
「名誉?」
 カレンが眉間にしわを寄せながら呟いている。イレヴンが苦手なニーナにいたっては表情を強ばらせていた。
「えぇ。多分、記憶を失う前に出逢っていたんだと思いますが……」
 出逢った頃の記憶は自分にはない。しかし、彼を『懐かしい』と思う気持ちは確かに存在しているから、とルルーシュは微笑む。
「でも、間違いなく、あいつと俺は知り合いだったんです」
 だから、あれこれ気を遣っても構わないだろう。もっとも、相手の負担にならないように気をつけるつもりだが、とそう続けた。
 自分が忘れてしまったことを覚えてくれている相手がいる。それだけで、確かに自分は存在していたのだと実感できるから。
 同じような言葉は義父もいってくれていた。しかし、彼の場合、どこか無理をしているような感情が伝わってきていて、素直に信じられなかったのだ。もちろん、それを義父に告げたことはない。そんなことを言えば、彼が悲しむだろう事はわかっていたから。
 でも、スザクは違う。
 彼は心の底から自分の生存を喜んでくれた。そして、ナナリーのことも悲しんでいた。
 そんな正直な感情をぶつけてくれる彼が、自分にとってどれだけ大切な存在なのか。それを表現しきれるとは思えない。
「……俺も、そいつに会ってみたいな」
 リヴァルが笑顔と共にこう言ってくる。
「そうだな。スザクの許可が出たら機会を作るよ」
 あいつもあれこれ忙しいようだから、とルルーシュは言い返す。少なくとも、悪友と言って構わない彼なら名誉ブリタニア人という立場を気にすることはないだろう。ルルーシュはそう判断をして頷いてみせる。
「……でも、イレヴンなんでしょう?」
 言葉を口にするのも怖い、と言うようにニーナが問いかけてきた。
「ニーナ」
 そんな彼女に向かって、ルルーシュはため息混じりに声をかける。
「頼むから、その一言で全てを終わらせようとしないでくれ。それを言うなら、日本人にとって俺たちはみな、ブリタニア人、と言うことになるぞ」
 彼等にとっては恐怖と憎悪の対象になりかねない。静かにそう指摘すれば、ニーナは目を丸くした。
「……だって、私は……」
「何もしていないのは知っている。だが、そう思われる可能性がある、と言うことも事実だろう?」
 彼等は、ニーナのことを知らないのだから。
「実験と同じことだ。実際にあって自分の目で確認しなければ意味がない。そう言うことだよ」
 ふっと表情を和らげると、ルルーシュは言葉を締めくくる。
「……そう、かもしれない」
 たとえがよかったのだろうか。ニーナはそう言って頷いてくれた。
「そうそう。ルルーシュがここまで気にかけている相手なんだからさ。ニーナのこともいじめないって」
 明るい口調でリヴァルが彼女のフォローをしてくれる。
「そうよ。第一、ルルが会いに行っているって事は、あのお兄さん達から合格点が出たって事よ?」
 しかし、シャーリーのこのセリフは何なのだろうか。
「……うちの義兄達が何かしたのか?」
 嫌な予感を覚えながら、ルルーシュは問いかける。
「何って……ルルをよろしくって、言われただけだよ、私は」
 にっこりと微笑みながら彼女は言い返してきた。
「そうそう。少なくとも、生徒会のメンバーは何もされてないって」
 ただ、とリヴァルは苦笑と共に言葉を重ねる。
「ルルにあれこれ難癖をつけているようなバカを見かけたら、遠慮なく教えて欲しいって言われたな、俺は」
「私も」
 その言葉に、ルルーシュは呆然とするしかない。彼等が過保護だというのはわかっていたつもりだが、ここまでだとは予想していなかったのだ。
「あの人達は……」
 普通、そこまでするか……と思う。確かに、十年近くの記憶が抜け落ちていると言うことを考えれば、自分はまだまだ頼りないのかもしれない。それでも、一応、自分は十代後半の男なのだが、とルルーシュはため息をつく。
「愛されているわねぇ、ルルちゃん」
 まぁ、私もルルちゃんのことは愛しているけど、とミレイは爆弾発言をしてくれる。
「会長……」
 その言葉にショックを隠せないのか。リヴァルが微妙に黄昏れている。その反応をミレイが楽しんでいるような気がするのは錯覚だろうか。
「弟のように可愛いもの」
 実際、この一言だけでリヴァルの気持ちは浮上したようだ。
「と言うことで、お姉さんがルルちゃんのご希望は叶えて上げましょう」
 確かに、食べ物を無駄にしてはいけないわよね……とミレイは笑う。
「でも、持っていって大丈夫なの?」
「多分。アルフレッド義兄さんが許可を取ってくれていますし……俺も、開発には興味がありますから何度か足を運んでいます」
 そのたびに、スザクに手料理を持っていくが拒まれたことはない。それどころか、他の者達も味見と称してつまんでいくのだ。
 だから、今回も嫌がられないだろう。
「許可して頂いたので、連絡を入れてみます。そちらがダメでも、義兄さんの方に連絡を入れれば大丈夫でしょうし」
 だから無駄になることはないはずだ。そうも付け加えた。
「ルルちゃんの言葉を疑ってないわよ」
 ミレイが笑う。
「と言うことで、電話するならしちゃいなさいよ」
 聞いていてあげるから。そう言われて、普通出来るだろうか。
「……離れてくださったなら、電話しますよ」
 そもそも、携帯は鞄の中だ。離れて貰わないと取れない、とそう付け加える。
「面白くないわね」
 この一言に、ルルーシュはため息をつく。
「俺は、あなたのおもちゃじゃありませんよ」
 そう言っても無駄だろうな、と思いつつ言葉を口にする。
「何言っているの。生徒会役員はみんな、私の下僕よ!」
 それも違うのではないだろうか。そう思ったときだ。誰かがお皿を落としたらしい。
「大丈夫、カレン?」
 シャーリーが慌てて声をかけている。
「諦めてくれ。生徒会役員になった以上、会長に振り回されるのは運命だ」
 フォローになっているのかどうかわからない言葉をルルーシュも口にした。と言うよりも、それ以外言いようがないだろう。
「……大丈夫、カレンさん?」
「まぁ、ルルーシュが適当なところで防波堤になってくれるから」
 ルルーシュが本気で怒ったならば、いくらミレイでもそれ以上無理を押し通すことは出来ないから、とリヴァルが彼女に説明している。
「……あんた達……よっぽど、書類整理したいようね」
 ミレイが言葉とともにルルーシュから離れた。
「会長、あの……」
「……カレンに嘘を教えられないから……」
 だから、馬鹿正直にそう言うことを口にするのか。思わずあきれたくなる。
「……まったく……もう少しうまいいいわけを考えればいいものを……」
 思わずこう呟けば、
「無理よ。シャーリーとリヴァルだもの」
 ニーナがため息をついてみせた。
「そうだな」
 確かに、彼等であればそうだろうな……と頷いてみせる。
「……ルルーシュ君」
 それに安心をしたのだろうか。彼女はおずおずと声をかけてきた。
「どうかしたのか?」
 微笑みと共にこう聞き返す。
「さっきは……ごめんなさい」
 そうすれば、彼女はさらに小さな声でこう言ってきた。それがスザクをはじめとした人々に対する言葉のことだろう、とルルーシュは即座に判断をする。
「気にしなくていい。ニーナにはニーナの理由があることはわかっている」
 ただ、それでも頭ごなしに否定をしないでくれれば嬉しい、とそう付け加えた。
「もちろん、出来ないときには無理をしなくて構わないから」
 その時には、何も言わないでくれると嬉しい。この言葉とともにさらに笑みを深める。
「……うん。そうするね」
 それが彼女にとっては精一杯の言葉だと言うこともわかっていた。
「ありがとう」
 だから、即座に礼の言葉を口にする。
「……ううん。気にしないで」
 ほっとしたようにニーナも微笑み返してくれた。
「ルルーシュ君って……思っていたより親しみやすいのね」
 こう言って、カレンが話しに加わってくる。
「まさか、料理が得意だなんて考えても見なかったわ」
 確かに、普通ならそうだろう。しかし、自分はしなければいけないから覚えたのだ。そう考えながら苦笑を返す。
「ルルーシュ君は、お裁縫もお掃除も得意よね」
 ニーナが尊敬の念を隠せないという表情でこう言ってくれる。そのこと自体は嬉しいのかもしれないが、だからといって、あまり広めて欲しいことでもない。
「……本当、見かけによらないわ」
 カレンがまたこう呟く。それに言葉を返す代わりに、ルルーシュは苦笑だけを向けた。

「どうして、ですか?」
 ユーフェミアが納得できないというように問いかけてくる。こうなるのではないか、と予想をしていたが、とコーネリアは小さなため息をついた。
 彼女が、まだ自分の手の中にいてくれることを喜ぶべきか。それとも、ここまで自分の世界でしか物事を考えられないことを悲しむべきなのか。それを悩みながらも、彼女は口を開いた。
「今のルルーシュにとって、皇族に戻ることが幸せだとは思えないから、だ」
 あそこに彼を連れ戻せば、間違いなく、その存在は失われる。以前のように、彼を守ってくれるものはもちろん、自分自身でもその身を守れるとは思えない。コーネリアはそう続けた。
「何よりも、皇帝陛下が何もおっしゃらない」
 ルルーシュが生きていることを知っていても、だ。それは、彼にとってその方が幸せだと思っているからではないか。たんに、記憶を失った彼の存在に興味を失ったという可能性も否定できないが。
「……ならば、わたくしたちが……」
「今のままであれば、確実に守れるだろう。しかし、皇族に戻してしまえば不可能だぞ」
 自分たちの母という存在もある。
 マリアンヌの死とルルーシュ達が皇宮から遠ざけられたことで彼女の気持ちは落ち着いている。いや、ルルーシュ達が死んだことによって、と言うべきか。
 だが、そんな彼女の前にルルーシュがまた姿を現したらどうなるか。
「今のまま……ダールトンの息子という地位にあれば、私たちの権限で守りきることもできる。そして、エリア11だけかもしれぬが、昔のように共に過ごせる時間をもてるようになるかもしれないぞ」
 あのころとは違って、ルルーシュを自分たちの補佐役につけることも可能だ。
「……だから、無理を言うな」
 あの子の、今の幸せを壊すな。
 そう続けた自分の言葉は彼女に届いているのだろうか。
 ぎゅっと唇をかみしめている妹を見つめながら、コーネリアはそう心の中で呟いていた。





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08.07.25 up