ゼロというカリスマとカレンという戦士を失った黒の騎士団がコーネリアとビスマルクが指揮を執るブリタニア軍にかなうはずがない。
奇跡の藤堂が比較的持ちこたえてはいた。しかし、彼は戦術家であって戦略家ではない。局面局面での対処は取れても体勢を見据えることが出来ないのだ。
結果的に、今度こそ《日本人》達は完膚無きまでに叩きつぶされた。
「……よかったの、か?」
これで、とルルーシュは呟く。
「どうしたの、ルルーシュ」
そんな彼の耳にスザクの声が届いた。それに含まれている響きは、再会したときから微塵も変わっていない。いや、あのころから変わっていないのかもしれない。
「……本当に、あれでよかったのか。そう思っただけだ」
確かに、魔女を止めることは出来た。だが、その結果、日本人達からは完全に彼等の矜持を奪うことにもなってしまった。
それでよかったのか、と思う。
「別に、構わないんじゃないかな?」
それに、スザクはあっさりとこう言い返してくる。
「スザク?」
自分の故郷のことだろう、とルルーシュは思わず言い返してしまう。
「だって、僕には君以上に大切なものなんてないんだよ?」
それが故郷だって同じ事だ。そう言って彼は笑った。
「それに、別に懲罰エリアにおとされたわけじゃない。少なくとも、普通の人々にとっては何も変わってないよ」
魔女の甘言に乗せられた人間が馬鹿なだけだ。そう彼は言い切る。
「……そういうもの、なのか?」
「そうだよ」
だから、シャルルも寛大とも言える措置をこのエリアに施しているではないか。スザクはそうも付け加えた。
「……あの二人の体は、どうなったんだ?」
自分のかけた《ギアス》で、幸せな夢を見続けているだろう《魔女》達の……とルルーシュは言外に問いかける。
「ごめん。それは僕にもわからない」
申し訳なさそうにスザクは言い返してきた。
「ヴァルトシュタイン卿が連れて行ったから、本国にはいると思うんだけど……」
「あの二人なら、絶対に他人が手を出せないところに封印したよ」
スザクの言葉をフォローするかのようにV.V.の声が周囲に響く。そのこと自体にはもう、驚きも感じない。いや。こうして彼が姿を現すことに、もう慣れてしまった言った方が正しいのか。
「……もうじき夕食ですが……食べていかれますか?」
代わりに、ルルーシュはこう問いかける。
「ごちそうしてくれると嬉しいな」
微笑みながら、彼は言葉を重ねた。
「ライも来ると思うし」
この言葉に、ルルーシュは鍋をかき混ぜる手を止める。
「ライも、ですか?」
この言葉に、ルルーシュは首をかしげた。
「どうしたの、ルルーシュ」
ライが来るとまずいのか? とスザクが問いかけてくる。
「料理が足りるかな、と心配になっただけだ」
サイドメニューを一品増やせばごまかせるか? とルルーシュは呟く。
「そんな無理をしなくても……」
「気にするな。義兄さん達が顔を出すときはいつもそうだ」
誰が来られるかわからないから、事前に用意しておいても足りなくなることがある。だから、直ぐに作れるレシピもそれなりの数持っている、と言い返す。
「……本当にルルーシュは、妙なところで才能を発揮しなくてもいいのに」
ため息とともにスザクはこう言う。
「まぁ、それもルルーシュだけどね」
昔からそうだったし、と彼は直ぐに付け加えた。
「そうだね」
確かに、ブリタニアにいた頃から、ルルーシュは妙なところで才能を発揮していた。そう言ってV.V.は笑う。
「そう言うところが微笑ましかったんだけどね」
だから、シャルルもよくアリエス宮に足を運んでいたのかもしれない。そう彼は付け加える。
「そう言うことだから……たまには顔を見せてやってくれるかな? 通信でいいから」
スザクがいるから、ルルーシュのことがばれる心配はないよ。そうも彼は付け加えた。
「……そう言えば、お前はラウンズの一員だったな」
相変わらず特派の軍服を身に纏っているから忘れていたな、と口にする。
「ルルーシュ、それは……」
酷い、とスザクが泣きついてきた。
「まだジノの方がそれらしく見えるからな」
もっとも、彼の場合、ビスマルクに押しつけられた後始末で走り回っている。そのためか、アッシュフォード学園の制服ではなくラウンズのそれを身につけている方が多い。そのせいもあるのではないか、とルルーシュは冷静に分析していた。
「……確かに、ジノの方がラウンズとしては先輩だけど……」
だからって、とスザクはわざとらしいくらいにすがりついてくる。
「そう言う意味ではない」
本当に、とルルーシュはため息をつく。
「お前はお前だからな。ラウンズだろうとただのデヴァイサーだろうと気にならない。そう言うことだ」
自分にとってシャルルは父ではなく皇帝であると同じように。そう彼は続ける。
「第一、お前のラウンズ姿なんて、俺は見たことがないからな」
ここまで言葉を綴ったときだ。V.V.が小さな笑いを漏らす。
「ルルーシュに口で勝とうと思う方が間違いだよ、クルルギ」
頭の早さはきょうだいたちの中でも一二を争うんだから、と彼はそのまま続けた。
「本当は、君が元の立場に戻ってくれればいいんだろうけどね」
そうすれば、ブリタニアのためにはプラスになるだろうに……と彼はそのまま言葉を重ねる。
「……それは無理でしょうね」
スザクを引きはがしながらルルーシュは言い返す。
「死んだはずの人間が生きていたとなれば、ブリタニアの皇室は大混乱でしょう?」
しかも、死ぬことを望まれていた人間であれば……とさらに言葉を重ねる。
「ルルーシュ!」
そんなことはない、とスザクは即座に反論してきた。
「そう言ってくれる人間がいることも知っている。でも、そうではない者達の方が多いんだよ」
だから、自分はこのまま、市井にまぎれていた方がいいのではないか。
「少なくとも、今の状況であれば一人になることはないからな」
ダールトンや義兄達がいてくれる。それに、とスザクへと顔を向けた。
「今はお前もいてくれるだろう?」
もっとも、ラウンズの一員であるのなら、彼も自分の側を離れてどこかの戦場に行く可能性は否定できない。だが、それはダールトン達だって同じ事だ。自分に言い聞かせるようにルルーシュは心の中で付け加える。
「もちろんだよ!」
次の瞬間、スザクが抱きついて来た。
予想していなかったその行動に、ルルーシュは相手の体を支えきれない。そのまましっかりと倒れてしまった。もっとも、体が床にぶつかる前にスザクが器用に二人の体の位置を入れ替えたおかげで、痛みも何も感じなかったが。
だからといって、許せるものでもない。
「このバカ! 俺が包丁を持っていたらどうする気だったんだ!」
反射的にこう怒鳴りつける。
「大丈夫。絶対にルルーシュにはケガさせないから」
へらりとした口調でスザクはこう言い返してきた。
「お前がケガをしてもダメだろうが!」
それにルルーシュはさらに怒鳴る。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。クルルギは銃弾ですら避けられるから」
それに、殺しても死ぬような人間ではない……と言うのはほめ言葉なのだろうか。V.V.の言葉に思わず首をひねりたくなる。
「それに、普通の人間にラウンズなんて務まるはずがないからね」
だが、こう言われては納得しないわけにはいかない。
「……なるほど」
やはり人外だったか、とルルーシュは呟く。
「酷い、ルルーシュ!」
言葉とともにスザクがルルーシュの腰に抱きついてくる。
その時だ。不意にV.V.が壁際に移動した。そのまま、端末を操作している。どうやら、エントランスのロックを外しているらしい。
「ライがついたからね」
いったい何故、と思いながら見つめていれば、彼は説明の言葉を口にし始める。
「僕の中にいる魔女はかつて彼と共にいた存在だからね。回線みたいなものがあるんだよ」
ある程度近づけば、お互いの存在がわかるのだ。
「……そうなんですか」
便利かもしれないな、と口の中だけで付け加える。
「ともかく、料理の続きをしないと」
そう言って立ち上がろうとした。しかし、スザクが抱きついているせいで出来ない。
「スザク、放せ!」
「やだ」
ルルーシュの言葉に、スザクが逆に抱きつく腕に力をこめる。
「僕はただの人間だって」
どうやら先ほどのセリフが気に入らなかったらしい。しかし、それでこれとは……とため息をつきたくなる。
「わかったから、放せ。でないと、夕食抜きになるぞ」
それでもいいのか、と逆に聞き返してしまう。
「いやだけど、ダメ!」
何なんだ、それは。というよりも、どうしてここまでだだをこねてくれるのか。頭痛すら覚えてしまう。
「何じゃれ合っているんだい?」
そうしている間に、ライが到着したらしい。どこかあきれたような、それでいて微笑ましそうな声音で問いかけてくる。
「俺に聞くな、俺に」
というよりも、自分が一番知りたい。そう付け加えれば、ライはあきれたような視線をスザクに向けた。
「大丈夫。誰も君からルルーシュを取らないから」
だから、とりあえず離れなよ……と言葉を投げつける。
「……だって、ルルーシュの腰って抱き心地いいんだもん」
次の瞬間呟かれた言葉に、ルルーシュは遠慮なく拳を振り落とした。もっとも、それがスザクに聞いたかどうかは全くの別問題だろう。
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09.08.28 up
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