「ルルーシュ、ごめん」
二人が帰った後で、スザクがこう言って頭を下げる。
「さっきのことなら気にしていないぞ」
別に、と付け加えれば、どこかほっとしたような表情を作った。
「しかし、男の腰が抱き心地いいという意見には賛同出来ないが」
女性のそれの方が柔らかくていいのではないか。そう付け加える。
「別に、僕も《男》の腰なら誰のものでもいいわけじゃないんだけどね」
そう言いながら、スザクはさりげない仕草でルルーシュの傍に歩み寄って来た。そのまま、そっと耳元に口を寄せてくる。
「ルルーシュだから抱き心地がいいんだって」
他の人間では、そんな風に感じない。そうも彼は付け加えた。その声が妙にエロく感じられたのはルルーシュの錯覚ではないはずだ。
「馬鹿者!」
反射的に彼の頭を殴りつけてしまう。
「ルルーシュ?」
何で、とスザクが問いかけてくる。
「うるさい! お前が悪い!!」
自分でもうまく説明できない。それもこれも、スザクが変な声音で変なことを囁いてきたからだ、とルルーシュは思いきり責任転嫁をした。
「……ひょっとして、今ので感じちゃった?」
そんなルルーシュの言動に何かを感じ取ったのか。スザクがこう問いかけてくる。
「うるさい!」
自分でも何故怒鳴りつけているのかはわからない。それだけではなく、何故か耳のあたりが熱いと感じてしまう。
「全部、お前が悪いんだ!」
人を混乱させるから、と叫びながらルルーシュは体の向きを変える。そして、めちゃくちゃに手を振り回した。そうすれば、当然、スザクを殴ることになってしまう。
「ごめん、ごめんってば!」
彼であればそれを避けることぐらい何度もないことのはずだ。しかし、スザクはあえて避けようとはしない。その事実がさらにルルーシュの怒りをさらに煽っていると気がついていないのだろうか、彼は。
「だから、もうやめないと……手首いためるよ?」
一応気付いていたらしい。こういうと共にルルーシュの両手首をしっかりと掴んだ。
「大好きだよ、ルルーシュ」
そのままルルーシュの顔をのぞき込むと真顔でこう言ってくる。
「……な、にを、いきなり……」
こう言うときにそんなセリフを口にするのは卑怯ではないのか。そんなことも考えてしまう。しかし、脳内で駆けめぐっている言葉を声に出すことが出来ない。
「好きだよ、ルルーシュ。だから、これからも君を守らせて」
その好きに、というべきなのか。スザクはさらにこう言ってくる。
「お、お前は……」
「何度でも繰り返すよ。僕には君以上に大切なものなんてないんだよ」
そう言ってスザクは幸せそうな微笑みを浮かべた。それに何と言い返せばいいのかわからない。それ以前に、ルルーシュの脳は完全にフリーズしてしまっていた。
「それって、惚気?」
ルルーシュの話を聞き終わったミレイがこう言って笑う。
「……会長……」
何を言うのか、とルルーシュは呆然としてしまった。
「そうとしか聞こえないわよね?」
しかし、ミレイはそんなルルーシュの様子を見事に黙殺してくれる。
「ねぇ、みんな」
その隙にミレイはみなに同意を求めた。
「……まぁ、確かに」
「そうとしか思えないわね」
「ルルーシュにもやっと春が来たって所かな」
それに、リヴァル達はそれぞれこんなセリフを口にしてくれる。
「なっ!」
「まぁ、スザク君なら大丈夫よね」
何があってもルルーシュを一人にしないだろう。ミレイはそう言って微笑む。
「私たちは、いつか離れなければならない日が来るから」
でも、と彼女は続ける。
「だからといって縁が切れるわけじゃないけどね」
友達はどんなときでも友達だろう。ミレイのこの言葉に他の三人も頷いて見せた。
「でも、ルルってば寂しがり屋だもの」
その上、シャーリーがこんなセリフを口にしてくれる。だけならばまだしも、他のメンバーに思い切り頷かれては、いったいどのような反応を返せばいいのか。
「そう言うところが可愛いんだけどね、ルルちゃんは」
ミレイはさっさとこう結論づける。そのまま、ルルーシュの前に手にしていた書類を置いた。
「会長?」
「今日中によろしく」
にこやかな表情で、こう宣言してくれる。
「会長……」
これだけの量を今日中にやれと言うのか、と言外に付け加えた。しかし、その程度でひるんでくれるような相手ではないことも事実。
「ルルちゃんなら出来るでしょう?」
出来るか出来ないか、といわれたら間違いなくできる。しかし、そのためにはどれだけの時間が必要になるか。考えたくもない。
「……本当に、俺が休んでいる間、何もしていなかったんですね」
せめてもの嫌がらせにこう告げる。
「だって、帰ってきて仕事がなかったらルルちゃん、寂しいでしょ?」
それは理由になっていない。そう思うのは自分だけだろうか。
「聞いた俺がバカでした」
本当に。そう呟くと、諦めて書類に目を通し始めた。
しかし、どうしてここでも同じようなことをしなければいけないのか。そんなことを考えながら最後の一枚に目を通し、必要なメモを作ってからペンを置く。
「終わったかな?」
まるでそれを待っていたかのように低い声が投げかけられる。
「義父上?」
いったい、いつから彼はここにいたのだろうか。そう思いながら視線をあげる。
「気にするな。さっき来たばかりだ」
真面目に仕事をしているようだから声をかけなかっただけだ、と彼は苦笑と共に付け加えた。
「そう思うなら、もう少しあの方をなんとかしてください」
言いたくはないが、本当に真面目に仕事をする気があるのか。ルルーシュはため息とともにこう口にする。
「……姫様に直接申し上げろ」
それに対し、ダールトンはこう言い返してきた。
「……コーネリア殿下に?」
彼女は彼女で忙しいのではないか。そう付け加えれば、ダールトンは少し困ったような表情を作る。
「ここにいるのは、今は俺とお前だけなんだぞ?」
言外に、コーネリアを『姉』と呼んでも構わないのだ、と彼は告げた。
「……どこで誰が聞いているかわかりませんし……」
何よりも、その事実を知られた場合のことを考えれば迂闊な言動は慎むべきだろう。自分はこのまま、一市民として生きていく覚悟だから。そうルルーシュは言い返す。
「それでも、だな」
そう言いかけて、ダールトンはやめる。代わりに深いため息をついてみせた。
「ともかく、姫様がお茶に付き合って欲しいとの仰せだ」
スザクもまだ来ていないようだし、構わないだろう? と言うセリフにルルーシュは頷き返す。
「もちろんです」
そのくらいであれば誰にも不審を抱かれないであろう。
「では、行くか」
ダールトンの言葉にルルーシュは腰を浮かせた。
そのころ、スザクはビスマルク達と共にアヴァロンのブリッジにいた。
『そうか……全ては終わった、と見ていいのだな?』
ビスマルクの報告を聞いたシャルルが確認の言葉を口にする。
「今しばらく、雑魚どもが騒ぐでしょうが……ゼロほどのものはおりますまい」
コーネリアであれば十分に対処が可能なはずだ。そうビスマルクが言葉を返す。
「もっとも、この地にはこのままクルルギが残る予定です故」
だから、何かあっても直ぐに対処が取れるだろう。そう彼は続けた。
もちろん、それは最初から決まっていたことだ。ルルーシュがここにいる以上、自分は彼から離れるつもりはない。
『わかっておる』
シャルルは一言、こう言い返す。
「では、我らは近いうちに撤収いたします」
ビスマルクの言葉に頷くとシャルルの姿はモニターから消えた。
「……やっぱり、先輩のあの《力》は野放しに出来ないのか」
もっとも、ルルーシュが自ら進んでブリタニアに反旗を翻すはずがないが。ジノが呟くようにそう告げる。
「って、その前からお前は先輩の傍にいたよな?」
何で、と彼が問いかけてきた。
「幼なじみだから、かな?」
こちらに来たのは、キョウトについて一番知っていたのが自分だからだろうし……とスザクは笑いながら言い返す。
「そう言うことだ」
さらにビスマルクまでもがこういう。
「もっとも、私とダールトンは古くからの知己だ。その縁で、彼の息子のことを気にかけてくれるように頼んだがな」
公私混同といいたいのであれば言うがいい。そう言って彼は笑った。
「言いませんよ、別に」
気持ちはわかるから、というセリフはルルーシュには聞かせられないな、とスザクは心の中で呟く。
「そうそう。戻る前にルルーシュには声をかけておいた方がいいと思うよ」
いきなりいなくなると彼は寂しがるから、とスザクはジノに向かって告げる。
「それに……うまくいけば、ルルーシュの手料理を食べられるかもしれないよ?」
笑いながらそう続けた。
「先輩の手料理!」
確かに、それは魅力的だ。そう言って頬をほころばせる彼に笑みに苦いものが含まれる。それでも、それは些細なことだ。
これでルルーシュを脅かすものはない。
穏やかな日々の中、彼と共にいられる。
それが自分の唯一の願いだから。そう思いながらスザクは視線を外へと向けた。
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09.08.31 up
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