コーネリアの着任が近いからか。義兄達もみな、エリア11へと集まってきていた。
 そのこと自体は嬉しい。
「……でも、せめて自分で使うものぐらいは自分で用意してくれないかな」
 小さなため息とともにルルーシュはこう呟く。
「しかたがないよ。正規軍の方々はてんやわんやみたいだから」
 一人で大変だ、とたまたまぼやいてみれば、スザクが休暇を潰して付き合ってくれた。彼が荷物を持ってくれているから自分は楽だ。しかし、彼はどうなのだろうか。
「……本当によかったのか?」
 せっかくの休暇を、とルルーシュは問いかける。
「休暇と言っても、どうせ宿舎でごろごろしているか、でなかったらロイドさんに呼び出されて終わり、だからね。誘って貰った方がいいんだよ」
 その代わり、とスザクは少しだけ上目遣いでルルーシュを見つめてくる。
「夕食、作ってくれる?」
 自分の好きなものをリクエストするから、と彼は口にした。
「あぁ。構わないぞ」
 ただし、自分が作れるものにしておいてくれ……とルルーシュは言い返す。数日中にコーネリアとその側近達がこのエリアに到着する。それを迎える準備で義兄達は政庁に詰めているのだ。いい加減、一人で食事をするのもあきていたから、スザクの申し出は嬉しい。
「うん、わかってる」
 でも、嬉しいな……とスザクはさらに笑みを深めた。
「……そんなに期待されるほどのできではないと思うが?」
 まずくはないだろうが、とルルーシュは首をかしげる。
「でも、ルルーシュが作ってくれるんだよ?」
 自分のために、とスザクは口にした。それが一番重要なのだ、とも。
「誰かが僕のために料理をしてくれるなんてなかったから」
 今も昔も、作ってくれる人はいるがあくまでも義務だし……と付け加えたところでスザクはさりげなく周囲を見回す。
「でなければ……とんでも料理だから」
 気持ちはありがたいんだけどね、と続けたスザクの様子から、どのようなものすごい料理なのかと逆に興味がわいてくる。
「……ひょっとして、この前差し入れをしたときに、皆さんが泣いていたのは……」
「ものすごくおいしい料理を久々に食べられたから、じゃないかなぁ」
 本当においしかった、とみんな喜んでいたから……とスザクは笑みに少しだけ苦いものを混ぜた。
「……そうか……」
 だとするならば、次からは少し多めに作っていかなければスザクの分がなくなる可能性があるな。ルルーシュはそう判断をする。
「と言うわけだから、晩ご飯よろしく」
 ご飯とみそ汁は絶対に欲しいな、とスザクは言う。
「あぁ、わかっている。何なら、炊き込みご飯とやらにしてやろうか?」
 作り方を覚えたから、とルルーシュは言い返す。そうすれば味見もしてもらえるだろうし、とこっそり心の中だけで付け加えた。
「本当? 凄く嬉しい!」
 炊き込みご飯なんて作ってもらえるの、何年ぶりだろう。スザクは感激を隠せないという口調で言葉を返してくる。それだけではなく、思い切り抱きついてきた。
「こら、バカ!」
 予想外のその反応に、ルルーシュは思わずバランスを崩してしまう。
 それだけならばまだましだったかもしれない。
「そこにいる方! どいてください!!」
 さらに、頭の上からこんなセリフが振ってくる。
「ルルーシュ!」
 反射的に、スザクがルルーシュの体を引き寄せた。しかし、それは一瞬遅かったらしい。
「ほわぁっ!」
 何かがルルーシュの背中に落ちてくる。そのまま、彼は地面に倒れ込んでしまった。それでも大きなケガをしなかったのは、反射的にスザクがそれの威力を殺してくれたからだろうか。
 それでも、完全に衝撃が抜けきれたわけではない。
「あの……大丈夫ですか?」
 しかも、忌々しいことに頭の上からこんなセリフが降ってくる。
「……できれば、それを聞く前に降りてくださればありがたいのですが」
 それでも、その声で相手が女性だとわかったので、怒鳴りつけるのはやめた。それでも、いつまでも下敷きになっていたいわけではない。だから、とこう告げる。
「あぁ、すみません!」
 この言葉に、慌てて立ち上がったのか。背中の上にかかっていた重みが消えた。その事実にほっとしながらもルルーシュは起きあがる。
「大丈夫?」
 そんな彼にスザクが手を貸してくれた。それは嬉しいのだが、この場合、女性に手を貸すのが男としては当然なのではないだろうか。
「あぁ。お前がかばってくれたおかげだ」
 だから心配はいらない。そう言ってルルーシュは淡く微笑む。
「……ルルーシュ?」
 その横顔を見ていたのだろうか。その女性が彼の名を呼んだ。
「……確かに、俺は『ルルーシュ』ですが……」
 どうして、彼女が自分の名前を知っているのだろうか。そう思いながら、ルルーシュはそちらに視線を向ける。
 次の瞬間、視界の中に飛び込んできた彼女の姿に、彼の頬が引きつった。
「……貴方は……」
 何故、彼女がここにいるのだろうか。
 いや、確か彼女は本国にいたはず。だから、任地にいたコーネリアと別行動をとっていたとしてもおかしくはない。
 しかし、それとこれとは別問題ではないのか。
「知っているの?」
 そんなことを考えていれば、スザクがこう問いかけてくる。
「あぁ……と言っても、実際にお会いするのは初めてだが……」
 こう告げた瞬間、彼女が何故か哀しげな表情をした。しかし、自分が彼女と出会っていたはずはない。だから、別の理由なのだろう……とルルーシュは判断をする。
「そうなんだ」
 スザクはスザクで、どこかほっとしたような様子で頷いてみせた。
「スザク?」
 どうかしたのか? と言葉を重ねようとしたときである。こちらに近づいてくる足音が耳に届いた。
「……もう、ばれてしまったのでしょうか……」
 困りましたわ、と彼女は呟く。だが、すぐに何かに気が付いたかのようにルルーシュ達を見つめた。
「申し訳ありません。わたくしはどうしても行かなければならない場所があります。よければ、案内して頂けませんか?」
 迷惑をかけているとはわかっているが、と彼女は続ける。
「……どうやら彼等はあなたを捜しているようですが?」
 どうやら、スザクはあちらの会話を聞き取ることが出来たらしい。こう言ってくる。
「それでも、です。おそらく、今日でなければ二度とは機会を得ることが出来ませんから」
 その場に足を運ぶことは出来るだろう。しかし、その時にはもう、自分が知りたいことの痕跡は消されているはずだ。彼女はこうも付け加える。
「あなた方にご迷惑はおかけしません。ですから、お願いします」
 この言葉にどうするべきか、とルルーシュは悩む。
 しかし、ここで断っても、彼女は自分一人でそこに行こうとするだろう。
「……ルルーシュ……」
「わかりました。ですが、危険と判断をしたら、制止させて頂きます」
 それで構わないのか、と問いかける。もちろん、隙を見て義兄達の誰かに連絡を取っておこうと考えていた。
「もちろんですわ」
 それで構いません。彼女はそう言って頷いてみせる。
「……ルルーシュ……」
 大丈夫なのか、とスザクが問いかけてきた。
「女性を一人で出歩かせるよりはマシだろう」
 それに、ルルーシュはこう言い返す。
「そうだね」
 ルルーシュがそれでいいなら自分は構わないよ。そう言って彼はすぐに頷く。
「そう言うことで、構いませんね?」
「もちろんですわ」
 その言葉に、彼女は微笑み返す。
「それでは、とりあえず移動しましょうか」
 立ち上がりながらルルーシュは彼女に呼びかけようとした。しかし、その名前を口にしていいものかどうか悩む。それだけでスザクにも彼女の正体がわかってしまう。そうすれば、きまじめな彼のことだ。絶対にぎくしゃくするに決まっている。 「ユフィですわ。少なくとも、今はそう呼んでください」
 ルルーシュの内心に気が付いたのか。ユフィはこう言って微笑む。
「わかりました、ユフィ」
 ルルーシュのこの呼びかけに、彼女はとても嬉しそうに頷いてみせた。

 今までにも、何度も報告をしたことはある。しかし、どうしてゼロの前に出ると言うだけでこれほど緊張してしまうのだろうか。
 カレンには、その理由がわからない。
「何だ? いつもの威勢の良さはどこに行ったんだ?」
 そんな彼女をからかうようにC.C.が口を挟んでくる。
「うるさいわね!」
 即座にカレンの口からはこんなセリフが飛び出した。その様子に、ゼロが小さな笑いを漏らす。
「緊張はしなくていい。私が君に頼んだことだからね」
 君が見たままの事を君の言葉で報告してくれればいい。ゼロはそうも付け加える。
「……ですが、ゼロ……」
 何と言って報告をすればいいのだろうか。カレンは悩む。
「確かに、ルルーシュは頭がいいですけど……体力は皆無ですよ?」
 運動神経はそれなりだが、体力がないせいで他の者達にからかわれている。
「彼は間違いなく日本人には親近感を持っているとは思います。しかし、養子とはいえ、所詮はブリタニアの将軍の息子です」
 自分たちの味方になるはずがない。カレンはそう思う。
「それは……彼がいてくれるといいかもしれない、とは思いますが」
 リヴァルとの会話から判断をして、彼がそれなりに戦略面でも優れた才能を持っていることは否定できないだろう。もっとも、それはあくまでも机上の空論ではあるが。
 だが、彼が実際に経験を積んだらどうなるだろうか。
「……それでも、君も彼の存在は無視できないわけだね、カレン」
 ゼロは笑いと共にこう問いかけてくる。
「はい」
 目の前の存在に嘘を付いても意味はない。それがわかっているから、彼女も素直に頷いてみせた。
「……とりあえず、今しばらく、彼の監視を。タイミングを見て、私が接触をしてみよう」
 それから判断をしても遅くはないのではないか。
「そうだな。それがいいだろう」
 C.C.もそんなゼロの言葉を支持している。
「カレン。そう言うことだから、無理をしない程度に続けてくれ」
「はい」
 ゼロの言うことならば、どのようなことでも自分は引き受けるだろう。そう思いながら、カレンは頷いてみせた。





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08.08.01 up