「……まったく……目を離すと、すぐにこれだ」
 一足先にエリア11に付いているユーフェミアがホテルを抜け出した、と言う報告を耳にして、コーネリアがため息をつく。
「やはり、少し自由にさせすぎたか?」
 さらに彼女がこう呟いたときだ。ダールトンが歩み寄ってくる。
「どうかしたのか?」
 彼の渋面に、コーネリアはこう問いかけた。
「どうやら、愚息の一人がユーフェミアさまと行動を共にしているようです」
 その表情からして、ダールトンが言っているのは《グラストンナイツ》の誰かではないのだろう。
 他に、彼の息子と言えば……と考えれば、すぐに答えが見つかる。
「……ルルーシュか?」
 この言葉に、ダールトンは頷いてみせた。
「その他に特派のクルルギ准尉が同行しているそうです」
 ルルーシュから連絡もあったので、他の息子達もフォローに走っている。彼はそうも付け加えた。
「……特派、というとシュナイゼル兄上直属か。だが、クルルギ……」
 どこかで聞いた名前だが、とコーネリアは呟く。
「日本の元首相、枢木ゲンブの息子です。あの子には、幼なじみ、になるのでしょうか」
 どうやら、既に調べてあったらしい。ダールトンは平然とこう言い返してくる。
「今のところ、あの子に不利になるようなことは口にしていないようです。キョウトとも完全に袂を分かっているようですので、あえて邪魔はしておりません」
 もっとも、ルルーシュによからぬことをしようとしているのであれば、すぐに排除させて貰うつもりだが。そう考えていることは言われなくてもわかる。
「それに関してはお前に任せる」
 今のルルーシュは自分の異母弟ではなくダールトンの養子なのだ。自分がそのことを忘れてはいけない、とそう言い聞かせる。
「……姫様……それに、ダールトン将軍」
 今まで黙って聞いていたギルフォードが口を開いた。
「ユーフェミア様が抜け出された、というのはわかりましたが……その《ルルーシュ》と言う方は、いったいどのような立場だと判断すればよろしいのでしょうか」
 言外に、自分は何も聞かされていないが……と彼は告げてくる。そのような態度が可愛らしいと言ってはいけないのだろう。
「……姫様、どういたしましょうか」
 彼に話してもいいものかどうか、とダールトンは判断を仰いでくる。
「我が騎士ギルフォード。話を聞いてしまえば、お前も逃げられなくなるぞ?」
 知らなければ知らないままの方が平穏を保てるかもしれない。そう問いかけた。
「それでも、です。私は姫様お一人の騎士です」
 知っていれば、万が一の時にフォローも出来るのではないか。そうも彼は言ってくる。
「……ダールトン」
 そこまで忠誠を誓われていると言うことは誇るべき事だろう。
 しかし、どこか気恥ずかしく思えるのはどうしてなのか。コーネリアは小さな笑いを漏らしていた。

 しかし、どうしてこのようなことになったのだろうか。
 リビングから聞こえてくる声に小さなため息をつきつつ、ルルーシュは手早く料理を仕上げていく。
「まぁ、ここならば安全だろうから、な」
 問題は、自分の料理が彼女の口に合うかどうか、だ。
「……妥協して頂くしかないだろうな」
 自分に、皇宮で供されるような食事を望まれても困る。何よりも、今日のメニューはスザクの希望通り、和食なのだ。これはブリタニア人には好き嫌いが別れる。
 それでも、とルルーシュは心の中で呟く。
 口に合わないなら合わないなりに彼女は楽しむのかもしれない。
 そんなことを考えていれば、リビングの方から二人の楽しげな声が届く。
「人が苦労しているときに……」
 反射的にこう呟く。しかし、自分が面白くないのはそれだけが理由ではないはずだ。
 では、どうしてなのだろう。
 自分が疎外されていると感じてしまうからだろうか。それとも、と考える。
 だが、料理をしている以上、しかたがないだろう。義兄達に食事を作っているときだって、同じような状況に置かれるではないか。
 しかし、今回だけはどうしても納得できない。それは、きっと、別の理由があるからではないか。そう考えたときだ。
「ルルーシュ」
 不意に入り口の方からスザクが呼びかけてくる。
「何だ?」
 それだけで先ほどまでの苛立ちが消えてしまうことに、我ながらあきれてしまう。そう思いながらルルーシュは視線を向ける。
「手伝うことない? お皿を運ぶとか、料理を持っていくとか……」
 別に、手伝うことがなくてもいいから、ここに置いて? と彼は小声で付け加えた。
「……どうかしたのか?」
 何か様子がおかしいようだが。そう思いながらルルーシュは問いかけた。
「ブリタニアのお姫様って、みんなあんななの?」
 ここに着いてから、彼にはユーフェミアの身分を教えてある。本人はそれを嫌がったが、後々のことを考えればそうしておいた方がいい。増して、スザクの立場であればなおさらだ。この言葉に、ユーフェミアも納得をしたのか、渋々頷いてみせた。
 しかし、それはスザクにとって緊張をする原因になったのか。
「さぁ。俺は義父さんの話でしか知らないから」
 彼の問いかけに、ルルーシュはこう言い返す。
「……身分は忘れてくれ、といわれても……そう簡単には出来ないよ」
 それに、相手は女の子だし……と彼は付け加える。
「女性の相手は得意そうに思えたんだがな」
 からかうようにこう言い返す。その間にも、手は動いていた。
「ルルーシュ……」
「冗談だ」
 お吸い物の味を確認して、火を止める。そのままお椀へとよそっていく。
 他の料理は既にワゴンの上だ。
「というわけで、手伝ってくれるなら、これを向こうに運んでくれ。俺はおひつを持っていくから」
 食べ終わったら、彼女も帰るだろう。適当なところで義兄達の誰かに迎えに来てもらえばいいから。そう付け加える。
「そうだね」
 僕も帰らないといけないのかな、とスザクはぼそりと呟く。それが捨て犬がすがっているようで何故か不憫に感じられる。
「お前は、そのまま家に泊まっていっても構わないぞ」
 だからだろう。ついついこう言ってしまったのは。
「うん! 泊めて」
 即座にスザクはこう言い返してくる。その表情は本当に嬉しそうだ。
「わかったから、とりあえず運べ」
 そんな彼に微苦笑を返しながらルルーシュはこう告げる。
「了解」
 くすくすと笑いを漏らしながら、スザクは頷く。そんな彼の態度に、先ほどまで自分の中にくすぶっていた感情が完全に消えていたことに、ルルーシュは気付いていた。

「……ルルーシュは、とてもお料理が上手になっていました」
 コーネリアの顔を見た瞬間、真っ先に口から出たのはこんな言葉だった。
 本来であれば、謝らなければいけないと思っていたのに、どうして……と思う。
「料理?」
 しかし、彼女はユーフェミアのこのセリフに毒気を抜かれたようだ。少し目を丸くしながらこう問いかけてくる。
「はい。夕食を、ごちそうになってきました」
 和食という、今までに食べたことがない料理だった。それでも、ルルーシュが作ったからか、とてもおいしく食べることが出来た。
 しかし、本来日常的にそれを食べていたスザクも、同じように「おいしい」と言っていたところから判断をすれば、本当においしいのだろう。
「本当は、もっと色々な場所に行きたかったのですが……ルルーシュの作ったご飯を食べたかったので、お買い物だけで諦めました」
 それでも、先日のテロの爪痕だけは確認できた。そして、人々がどのように暮らしているのかもかいま見ることが出来た。それだけで、今は十分だろう。ユーフェミアはそう考えて自分を納得させる。
「……そうか……」
 その言葉に、コーネリアから怒気が薄れていく。
「だからといって、抜け出したことは帳消しにはならんぞ」
 ルルーシュが気を利かせて連絡を入れてくれなければ、租界内に検問を設ける可能性もあった。コーネリアはこうも言ってくる。
「わかっています」
 確かに、自分の立場を考えれば、してはいけないことだっただろう。でも、とユーフェミアは呟く。
「しかし、今回のことは必要だった、とわたくしは思います。特に、ルルーシュに対する事に関して」
 この言葉に、コーネリアは視線だけで次の言葉を促してくる。
「ルルーシュは、記憶を失ってもルルーシュなのですね。でも、今の方がずっと幸せそうです」
 あんなに穏やかな笑みを他人に向けるルルーシュなんて、自分は知らない。
 でも、とても幸せそうに見えた。だから、とユーフェミアはため息をつく。
「ルルーシュがわたくしたちのことを忘れてしまったのはとても哀しいことです。でも、それならば、今の《ユーフェミア》と《ルルーシュ》としての絆を結び治せばいいのではないか。そう考えたのですわ」
 そうすれば、ルルーシュはあの優しい微笑みを自分にも向けてくれるだろう。ナナリーには悪いが、彼女が独り占めしていたあの微笑みが自分は欲しかったのだ。心の中でそう呟く。
「今のルルーシュはダールトン将軍の息子なのでしょう? なら、たまにわたくしの話し相手になって貰っても構わないのではないでしょうか」
 その程度のワガママは言っても許されるのではないか。そう思って問いかける。
「……その位は……そうだな。お前が大人しく政務に取り組むと言うのであれば考えておこう」
 しかし、とコーネリアは先ほどまでとは違う表情でため息をつく。
「あの子が料理、か。マリアンヌ様もよく手料理を作っておいでだったから、体が覚えていたのかもしれないな」
 機会があれば、自分も食べてみたいものだ。そう彼女は付け加える。
「もっとも、その前にこの地の混乱を収め、あれの安全を確実にしなければいけないが」
 そのために、ユーフェミアにもあれこれ覚えて貰うぞ……とコーネリアは視線を向けてきた。
「わかっています、お姉様」
「総督、だ。少なくとも、執務室ではそう呼べ」
 小さな事かもしれないが、けじめは必要だろう。そういう彼女にユーフェミアは頷いてみせる。
「ともかく……ルルーシュのことは考えておく」
 今は、それだけで十分だ。また会いたくなったら、こっそりと彼に連絡を取ればいいのだし。そう考えながら、ユーフェミアはふわりと微笑んでみせた。





INDEXNEXT




08.08.08 up