ブリタニアに宗教はない。
なぜなら、皇帝自身が《神》に等しい存在だから、だ。
それは、皇帝が持つ強大な権力故、と多くの者達――その中には皇族も含まれる――が信じていた。
「本当は、違うのよ?」
真実を知っているのは、皇族や騎士達の中でもほんの一握りなのだ、と微笑みながら告げる。
「……るるがきいてもかまわないのですか?」
ギネヴィア姉上、と隣の座ったルルーシュが聞き返してきた。
「しゅなあにうえも、こぅあねうえも、くろう゛ぃすにいさんもしらないのでしょう?」
指を折りながら、幼子はさらに言葉を重ねてくる。
「そうね。今のところわたくしとオデュッセウス兄上しかきょうだいたちの中では知らないでしょうね」
シュナイゼルは察しているかもしれない。だが、あの子は賢いから、自分の手に余ることは問いかけてこないだろう。
「るるだけ?」
どうして、とルルーシュが問いかけてきた。
「あなたにその資格があるから、よ」
自分やオデュッセウスと同じように。そして、ルルーシュのそれは自分たちよりも強いだろう。しかし、それはまだ教えない方がいいのではないか。
「だから、安心してヴァルトシュタイン卿と行ってきなさい」
その先ではシャルルが待っている。
「戻ってきたときには、一緒にお茶をしましょう」
こう告げれば、ルルーシュは小さな頭を縦に振って見せた。
そのタイミングを待っていたのだろうか。白いマントを翻しながらビスマルクが歩み寄ってくる。
そして側まで来たところで彼は膝を着く。
「失礼いたします、ギネヴィア殿下。ルルーシュ殿下をお迎えに参りました」
ルルーシュに目線をあわせながら彼はこう告げる。
「ご苦労様。全てが終わったなら、わたくしの所に連れてきてちょうだい」
そのころにはオデュッセウスも執務を終えているだろう。だから、三人でお茶をするのだ。体調さえよければ、自分の母も加わるかもしれないが。
「Yes.Your Highness」
それに彼は即座に言葉を返してくる。
「ルルーシュ様」
「うん」
促すようにビスマルクが声をかければ、ルルーシュは素直に立ち上がった。
「あねうえ。いってきます」
言葉とともに頭を下げる。勢いがよすぎたのか。それで少しバランスを崩してしまったようだ。慌ててビスマルクが小さな体を支えている。
「あらあら」
本当に可愛らしいこと。
そう呟くと、ギネヴィアは小さな笑いを漏らす。それはルルーシュの己の身長よりも高い矜持を傷つけてしまったのか。足取りが少し乱暴になる。
そう言うところも可愛いのだといえば、あの子供の機嫌はさらに悪化するのだろうか。
それを確認してみたい気持ちはある。
だが、これからのことを考えれば、あまり余計な刺激はしない方がいいだろう。
「慌てなくても、ちゃんと待っていて上げるわ」
だから、安心しなさい……と、本心の代わりに口にする。それで納得したわけではないだろう。しかし、先ほどよりも足取りが慎重になったのは事実だった。
「本当にルルーシュは可愛いわ」
まだ顔を合わせてないが、ナナリーもあの子に性格が似ているなら、きっと可愛いだろう。そう呟いたときだ。
「おや。間に合わなかったようだね」
急いできたのだが、と付け加える声が近づいてくる。
「本当にすれ違いですわ」
オデュッセウスお義兄さま、と付け加えながら視線を向けた。
「たった今、扉をくぐったところです」
戻ってきたら、一緒にお茶をする約束だから待っているのだ。そう付け加える。ここにいれば、うるさい者達から逃げられるという理由も否定はしないが。
「そうか……だとするなら、邪魔さえ入らなければ間に合ったのだね」
本当に忌々しい、と彼にしては珍しく吐き捨てるような口調で告げた。
「今日は誰の関係者でいらっしゃいましたの?」
本当に、暇な人たち……とギネヴィアは吐き捨てる。自分で自分の才能を磨く代わりに誰かにすり寄ることで地位を上げようとするとは……とあきれたくなる。
これがシュナイゼルやコーネリア、そしてクロヴィス――彼の場合、才能の方向が違っているような気もするが――のように自分の才覚を伸ばした上で助言を求めてくるなら、耳を貸さないこともないのに。そうも続ける。
「確か……六番目の義弟の後見、だったかな? 八番目だったかもしれない」
そのあたりになると、顔と名前が一致しない。同じように、後見している貴族の名前もだ。オデュッセウスはそう言って苦笑を浮かべる。
「流石に、異母弟妹が多すぎると思うよ」
「それは否定しませんわ」
だが、それはしかたがないことだろう、と直ぐに付け加えた。
「誰も、お父様やあの方が望むような力を持っておりませんでしたもの」
だから、ルルーシュが生まれることになったのだ。
「確かに、ね。あの子にとっては不幸なことかもしれないが」
今回も、母親の出自が低いのにもかかわらず、あの扉をくぐることを許されたのが気に入らないと言っていたよ。ため息とともにオデュッセウスは告げる。
「本当に何も知らないというのは幸せだこと」
ルルーシュの母であるマリアンヌは、訳あって平民と言うことになっている。だが、その血統は自分の母に勝るとも劣らない。だから、母は彼女がシャルルの妻の一人になることを黙認したのだ。
「でも、わたくし、マリアンヌはお兄さまの妻になるのだとばかり思っていましたわ」
実は、自分たちは幼なじみでもある。
そのころからこのおっとりとした長兄が彼女に恋をしていることはわかっていた。そして、彼の母もその感情を認めていたのに、と呟く。
「それこそしかたがないね……私に、陛下が望むレベルの力がなかったのだから」
そして、あの一件で、ブリタニアも最悪と言っていい状況にまでなってしまった。だからこそ、より強い力を持った存在が必要になったのだ。
「私に、陛下方が望むような力があれば、マリアンヌを妻と出来たのかもしれないけれども、ね」
今更言ってもしかたがないことだ。そう言って、オデュッセウスは寂しげな笑みを浮かべる。
「代わりに、ルルーシュとナナリーという可愛いきょうだいを手に入れられたのだから、よいことにしておくよ」
二人の存在を守るために、あまり頻繁に足を運ぶことは出来ない。それでも、二人が自分を慕っていてくれていることはわかっている。
「それに……あぁ、やめておこう。どこで誰が聞いているかわかったものではない」
ルルーシュの耳にはいるのが一番まずい。そう言って彼は苦笑を浮かべた。
「それにしても、あの子が男の子なのか女の子なのか……そろそろ教えて欲しいものだね」
誰も自分にそれを教えてくれない。そう付け加える彼にギネヴィアも同じような笑みを浮かべる。
「しかたがありませんわ。でも、今回のことが終われば、教えて頂けるのではないかしら」
ルルーシュが認められなければ――もちろん、その可能性は限りなく低いが――シャルルは興味をナナリーへと移すのではないか。そうなった場合、他の者達もあの子供のことを忘れるだろう。
逆にルルーシュが認められれば、シャルルが直接保護をする口実が出来る。もちろん、自分たちもだ。
「あぁ。そうだね。そうなってくれれば、雑音も一緒にシャットアウトできるかな」
ついでに他の連中に対してはいい見せしめになってくれるだろう。
「そうですわね」
知らなくていいことと知っておかなければいけないこと。それすらもわからないバカはブリタニアにいらない。
「本当。貴族だからといって偉いわけでも、平民だからといって劣っているわけでもないのに」
たとえ《平民》言う立場に甘んじていようと、その父祖がそうだとは限らない。必要だからこそ隠していると言うこともあるのだ。
「そのあたりは、これからだね」
「えぇ。ルルーシュが戻ってきてからですわ」
もっとも、あれこれ考えるのは自由だろう。そう言えばオデュッセウスは楽しげな笑い声を立てた。
「確かに、考えるだけは自由だね」
色々と楽しめるだろう。彼はそうも付け加える。
「では、アイディアを出し合おうか」
「そうですわね」
その二人の会話を遮るものは、誰もいなかった。
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09.09.11 up
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