まただ。
 そう思いながら、ルルーシュは周囲を見回す。
 誰かの声がする。それなのに、声の主は見つけられない。いや、それ以前に、何と言っているのかそれも聞き取れないのだ。
「どうかしたの?」
 そう言いながら小さな――とは言っても、まだ自分よりは一回り大きい――人影がゆっくりと歩み寄ってくる。
「V.V.様」
 そんな彼に、ルルーシュは微笑みを向けた。
「何か気にしているようだけど……」
 こう口にしながら、彼はルルーシュの隣に腰を下ろしてくる。そのまま、顔をのぞき込まれて、ルルーシュは首をかしげた。
 何と表現すればいいのかわからない。第一、実際に声が聞こえているのかどうかも確証がもてないのだ。
「多分、僕の気のせいです」
 だから、心配しなくてもいい。そう付け加える。
「そうは思えないよ」
 少なくとも、君は何かを感じている。しかし、その正体がわからなくて不安に思っているはずだ。V.V.はそう断言をした。
「……どうして?」
「それは、君と僕とがよく似た存在だから、だよ」
 だから、時々、感情が伝わってくるのだ。そういいながら、彼はルルーシュの髪を撫でてくれる。
「それに……僕たちは、ある意味、人の理から少し外れた存在だからね」
 だから、他の人間達にはわからないことを感じ取れることがあるのだ。そう続ける。
「そう、なのですか?」
 だとするなら、あの声もそうなのだろうか。そう思いながらルルーシュは聞き返す。
「そうだよ。だから、何を気にしているのか、教えてくれる?」
 気のせいであれば、それでいい。
 だが、そうでない可能性もある以上、自分には確認する義務もある。
 ここまで言われては、話さないわけにはいかないだろう。
「声が、聞こえるます」
 誰の声か、何と言っているのか、まだわからない。でも、誰かの声が聞こえるのだ。ルルーシュはそう言った。
「先ほども、聞こえていたのですが……」
 V.V.と話をしている家に聞こえなくなってしまった、と申し訳なさそうに付け加える。
「気にしなくていいよ。きっと、意識が僕の方に向いてしまったから聞こえなくなっただけだろうね」
 それは、ルルーシュに向けられた言葉だからではないのではないか。彼はそう呟く。
「でも、ちょっと気になるね」
 考え込むような表情を作りながら、彼はさらに言葉を重ねた。
「今度聞こえたときには、ちょっと探してみてくれる?」
 シャルルには話しておくから、と言いながら、V.V.はルルーシュの顔を見つめる。
「ですが……敷地外だったら、どうすればいいのでしょう」
 自分は敷地の外に出られない、と聞き返す。
「まったく……シャルルも過保護だね」
 気持ちはわかるけど、と彼は苦笑と共に口にする。
「そのあたりはなんとかしよう。ようは、君の身の安全さえ確保できればいいのだしね」
 まぁ、ルルーシュには少し鬱陶しい思いをさせてしまうかもしれないが……と彼は続けた。
「でも、準備が整うまでは大人しくしていてね」
 いいこだから、と言われてルルーシュは素直に首を縦に振ってみせる。
「大丈夫。直ぐに準備するから」
 そうすれば、どこにでも自由に出かけられるよ。この言葉に、ルルーシュは微笑んで見せた。

 しかし、物事は計画通りに進まないものらしい。
 またあの声が聞こえたのは、ルルーシュがユーフェミアとナナリーの三人でお茶をしていたときだ。
「おにいさま?」
「どうしたの、ルルーシュ」
 不意に視線をそらした彼に、二人は口々に問いかけてくる。
「何でも、ないよ」
 そう言葉を返す。しかし、今まで以上にはっきりと聞こえる声が気にかかっていることも否定できない。
 集中していれば、何と言っているのかもわかるのではないか。
 だが、今、自分の目の前にいるのは兄姉たちではなく妹たちだ。彼女たちは気になればいくらでも質問を投げつけてくる。その状況で集中できるほど、自分は器用ではない。
 いったいどうすればいいのだろうか。
「ねぇ、ルルーシュってば」
 案の定というのか。必死に考えをまとめようとしている彼の耳に、ユーフェミアのこんな声が届く。
「……ユフィ……」
 頼むから、少しの間、黙っていてくれないか。ルルーシュはそう言い返す。
「どうして?」
 ちゃんと説明して、とユーフェミアはさらに詰め寄ってくる。どうして彼女はここまで聞き分けがないのだろうか。
「ユーフェミアおねえさま」
 思わず怒鳴り返してやろうか、と思ったときだ。ナナリーがそっと彼女に呼びかけている。
「何?」
 それだけで彼女の意識はルルーシュからそれた。
「おかあさまがおっしゃっておられました。おにいさまはナナリーたちとはちがうものをみたりきいたりできるって。でも、それはせつめいできないことだから、きいてはいけないんだそうです」
 そして、そう言うときは邪魔しては行けないのだとも行っていた。そう言ってナナリーは微笑む。
「……でも……気になることがあるならちゃんと教えてくれないと……協力することも出来ないわ」
 だから、何がどうなっているのか教えてくれないと……とユーフェミアは言い返している。
 協力といわれても、別の意味で困る……とルルーシュは心の中で呟く。
「……声が聞こえるんだ……」
 それでも、何も言わなければさらにあれこれ追及されるだろう。そう思って言葉を口にする。
「その声がどこから聞こえるのか、気になっただけだよ」
 もっとも、自分にだけ聞こえる声かもしれないが。ため息混じりにそう告げたときだ。
「でも、ルルーシュは気になるんでしょう? なら、探しに行きましょうよ」
 三人で、とユーフェミアは微笑む。
「ユフィ?」
「三人なら、大丈夫よ。それに、ルルーシュが疲れても、誰か呼んできて上げられるもの」
 ね、と彼女はナナリーに同意を求めている。
「はい」
 それにナナリーも頷いて見せた。
「だから、行きましょう?」
 言葉とともにユーフェミアは微笑みを向ける。
 しかし、こう言われるとは思わなかった。
「ダメだ」
 それにルルーシュはこう言い返す。
「何故?」
 どうしてダメなのかわからない、とユーフェミアが聞き返してきた。
「何かあったとき、僕では二人を守れないからだ」
 二人に何かあったら、自分が哀しいだけではない。それこそ大事になってしまう。最悪、ユーフェミアがアリエス宮に出入り禁止になるかねない。
「だから、今日は諦めて……」
「大丈夫よ。私、お姉様に剣を教わっているもの」
 自分の身ぐらい自分で守れる、とユーフェミアは微笑む。しかし、彼女の実力がコーネリア並みに優れているとしても、彼女もまだ幼いと言っていい年齢だ。大人にかなうはずがないのはわかっているだろう。
 あるいは、相手をしてくれている誰かが手加減をしてくれているから、それを理解できないでいるだけなのか。
 どちらにしても、自分たちだけで動くのは無謀だ、とルルーシュにはわかっている。
「だから、行きましょう!」
「ナナリーもいきたいです」
 しかし、妹たちの言葉を無視できないのも事実。
 本当にどうすればいいのか。
「……声が聞こえなくなったら、戻るからね」
 それでもいいなら、と口にしながらルルーシュは適当なところで引き返そうと考えていた。そうすれば、彼女たちも散歩を楽しめるだろう。
 声の主を捜すのは、きっと次でも大丈夫だ。
 そう信じていた。

「お姉様!」
 コーネリアとあれこれ近況報告をしていたときのことだ。この叫びとともにユーフェミアが飛び込んでくる。
「ユフィ……今、兄上方が……」
 少し怒ったような表情でコーネリアはこう言い返そうとする。しかし、ユーフェミアの背中をナナリーが泣きそうな表情で追いかけているのを見ては、それ以上何も出来なくなってしまったらしい。
「何があったのかな?」
 またケンカをしたのだろうか。そう思いながらオデュッセウスは立ち上がる。そして、二人の方に歩み寄りながら問いかけた。
「ルルーシュが……」
 そうすれば、彼女は必死に言葉を綴ろうとする。しかし、衝撃が大きすぎたのか、途中で言葉を失ってしまった。
 だが、それで終わらせるわけにはいかない。
「ルルーシュが、どうしたんだい?」
 教えてくれ、と少しきつい口調で続ける。
「オデュッセウスお兄さま?」
 これにはユーフェミアも驚いたのか。きょとんとした表情を向けてきた。
「言葉は悪いが、私の代わりならシュナイゼルがいる。でも、あの子の代わりはいないのだよ」
 だから、何があったのか、きちんと教えなさい。そう続ける。
「声が聞こえるって、言ったの」
 ルルーシュは、とユーフェミアは少ししゃくり上げながら言葉を綴り出す。
「でも、わたくしにもナナリーにも聞こえなくて……でも、ルルーシュには聞こえているのだと思ったの」
 だから、声の主を捜そうと誘ったのだ。
「でも、遠くまで行くつもりはなかったの……」
 こちらにオデュッセウスが来ているとことを知っていた。だから、アリエス宮からここまで一緒に来るだけでよかったのだ。
「そうしたら、お兄さまが、途中でいきなり走り出してしまわれたの……」
 でも、自分たちは直ぐに追いついたのだ。ルルーシュの足よりも自分たちの方が早いのだから。そうナナリーが捕捉をする。
「なのに、お兄さまはドアを開けてしまわれました」
 だが、その瞬間、ドアが消えたのだ。そう彼女は続けた。
「あそこに、ドアなんてなかったはずなのに……」
 ユーフェミアがそう呟くように口にする。
「……とりあえず、そこに案内をしてくれるかな?」
 そうすれば、何かわかるかもしれない。自分がわからなくても、わかりそうな人を呼び出せるだろう。その言葉に、二人は小さく頷いて見せた。








09.10.02 up