「それがこの場所なんだね?」
こう言いながら、V.V.はオデュッセウスを見上げてくる。
「はい」
二人はそう言っていた。この言葉とともに彼は頷いてみせる。その隣で、マリアンヌが意識を集中するように目を閉じていた。
「マリアンヌ?」
どうかしたのか、と小声で問いかける。もし、彼女の耳に入らないのであれば、それはそれでいい。それは彼女が何か手がかりを見つけたと言うことだから、とそう思う。
「何か、聞こえるような気がしたのですが……」
しかし、マリアンヌはこう言い返してきた。そして、今度は周囲を見回す。
「ここに、昔、離宮でも建っていたのかしら」
さらにこう呟く。
「どうだったでしょうか」
それに言葉を返してきたのはビスマルクだ。
「……あったような気がするね」
確認してみなければはっきりとしたことは言えないが。こう言ったのはV.V.だ。
「でも、どうして?」
いきなり、何を言い出したのか……彼はマリアンヌに問いかけている。
「はっきりとは見えませんが、何か、影のようなものがありますの」
おそらく、ルルーシュはもっとはっきりと見えていたのではないか。しかし、他のものに見えないのであれば、それは今はここに存在していないものなのだろう。
「みらいはわかりません。でも、過去のものであれば、何かのタイミングで見えるかもしれないと聞いたことがあるわ」
おそらく、その前兆が《声》だったのではないか。
「……僕に見えなくて、君に見えると言うことは……君達の《血》が関係しているのかもしれないね?」
君達の中に流れているもう一つの血脈が、とV.V.は続けた。
「そう、でしょうか」
「あくまでも、可能性の一つだけど、ね」
しかし、手がかりがない以上、その可能性を捨てるわけにはいかない。自分たちは、何があっても《ルルーシュ》を取り戻さなければいけないのだ。
「困ったことに、あの子のワイヤードは、まだ見つかっていない」
ワイヤードがいれば、どのようなところにいようとも必ず、連れ戻してくれるのだけどね。そう彼は続ける。
「それでは、あの子は戻ってこないと?」
不安を隠せないまま、オデュッセウスはV.V.に問いかけた。
「いや、大丈夫だろう。ここにはマリアンヌもいる」
ワイヤードほどではないとはいえ、母と子の絆は深いものだ。だから、マリアンヌがいれば、ルルーシュを連れ戻すことは可能だろう。
「問題は、そのためのヒントを探さなければいけない、ということだけどね」
しかし、それに関しては、マリアンヌが見つけてくれた。後はそれを裏付けるだけだろう。
「というわけで、図書館で資料探しだね」
もっとも、何を調べればいいのかはわかっている。そして、それに関しての資料はそう多くはないはず。
「そう考えると、多少は気持ちが楽、かな?」
もっとも、多くはないとはいえそれなりの量がある資料の、どれを当たればいいのか。
「……シュナイゼルなら、知っているかな?」
直ぐ下の異母弟はそう言った資料を調べるのが好きだったはず。その理由が、ルルーシュに教えるためだった、ということも知っていた。
だから、決して親密とは言えない自分でも、あるいは協力を得られるかもしれない。
「なら、声をかけてみてくれる?」
必要であれば、シャルルからも指示を出させる。その言葉にオデュッセウスは頷いて見せた。
しかし、そこまでしなくてもシュナイゼルはあっさりと教えてくれた。
「あそこには、確か、百五十年ほど前に本宮があったと記憶しています」
それが何か、と彼は聞き返してくる。
「なら、狂王の時代の、と言うことかしら?」
さて、何と答えようか。オデュッセウスがそれを悩んでいる間に、マリアンヌが微笑みながら逆に聞き返した。
「そう言うことになりますね」
「よかったわ」
シュナイゼルの言葉に、マリアンヌはさらに笑みを深める。
「これで、あの子の疑問に答えて上げられます」
そして、彼女はそう口にした。
「ルルーシュの、ですか?」
「いいえ。ナナリーですわ」
ルルーシュであれば、自分で調べさせる。しかし、ナナリーではまだ無理だ。マリアンヌは母親の顔でそう付け加える。
「そうですね」
ナナリーではまだ、本宮にある図書室に足を踏み入れる許可は得られないだろう。そう言ってシュナイゼルは頷いてみせる。
「ところで、ルルーシュは?」
ふっと思いついたというようにシュナイゼルは付け加えた。
「嚮団の方に行っておりますわ」
だから、余計にナナリーが甘えてきて……とマリアンヌは切り返す。
「普段、ルルーシュが甘やかしているから、でしょうね」
もっとも、こう言うときでなければ彼女が自分に甘えてくることは少ないが……とため息をつく。
「本当に、ルルーシュがナナリーの母親のようですわ」
最近、自分もあれこれ忙しいせいかもしれないが。
「私もコーネリアも、最近はなかなかアリエス宮に足を運べませんからね」
余計に、ではないか。そう言ってシュナイゼルも頷いている。
「でも、近いうちに時間が取れそうなのですよ。ルルーシュと久々にチェスをしたいのですが……」
「あの子に伝えておきますわ。きっと喜ぶと思います」
探るようなシュナイゼルの言葉にも、マリアンヌは如才なく返していた。
こう言うところは見習った方がいいのだろうか。
しかし、自分には無理そうだ、と思うあたり、やはりやめておいた方がいいのかもしれない。
「お時間を割いて頂き、ありがとうございます。オデュッセウスも付き合ってくれて、嬉しかったわ」
自分一人では何を言われるかわかったものではないから。そう言って、マリアンヌはため息をついてみせる。
「私が何をするわけでもないのに」
「あぁ。馬鹿なことを言うものは何をしても言うものだからね。放っておいた方がいい」
誰よりも、シャルルがそのような事実はないと知っている。オデュッセウスはそう言って微笑む。
「そうね」
それに、あなたとギネヴィアも自分の味方でしょう? とマリアンヌは微笑みを返してきた。それに当然のように頷き返す。
「それでは、失礼をしますわ」
マリアンには、そのまま歩き出した。
ここはどこなのだろうか。
そう考えながら、ルルーシュは周囲を見回す。
「黄昏の間に、似ている」
光景が、ではない。周囲に漂っている空気が、だ。
「なら、関係があるのか?」
それとも、ただの偶然か。そう呟きながら、ルルーシュはさらに周囲を確認していく。
その時だ。
「声……」
それも、今までとは雲泥の差と言えるくらいはっきりと声が聞こえる。
「あちらから、か」
そちらの方は霧で何があるのかは見えない。だが、そちらに向かっている道は存在している。ここから戻る道が見つからない以上、そちらに進むしかないのではないか。
そう判断をすると、ルルーシュは真っ直ぐに歩き出す。
やがて、霧が少しずつ晴れていく。
同時に、道に沿って壁のように立っているものが確認できる。
「鏡?」
しかし、何故こんな所に……と思う。その気持ちのまま、ルルーシュは真っ直ぐに歩み寄る。
「間違いなく鏡だ」
そこには自分の姿がはっきりと映し出されていた。しかし、そんな自分の姿に被さるように、別の姿も見える。
反射的に振り向くが、そこには誰も姿もない。
気のせいだろうか。
そう思ってまた鏡をのぞき込めば、やはり、そこには茶色の髪の少年の姿が確認できる。しかし、その顔までははっきりとはわからない。
「……何なんだ?」
自分が知らない何かなのか。それとも、まだ出逢っていないだけなのか。
「V.V.様なら、わかるのだろうが……」
しかし、ここに彼はいない。
「ともかく、声の主を捜す方が先だな」
そうすれば、少なくともここがどこなのか、わかるだろう。
ルルーシュはそう考えると歩き出す。だが、何故かまた鏡の方へと視線を向けた。
その瞬間、鏡の中から翡翠の双眸が自分の姿を映し出していたように思えたのは錯覚か。その答えをルルーシュは持っていなかった。
少なくとも、この時は……
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09.10.09 up
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