目の前の道は果てがないように思える。
だが、どのような道でも必ず終点――それとも始点だろうか――があるものらしい。
「……ここ、か?」
ここから声が聞こえてきたのか、とルルーシュは呟く。
「でも、ここは……どこだ?」
建物の様式は、どこかで見たような記憶がある。ということは、ブリタニアのどこかなのだろうか。
だが、ここはまだ、太陽宮の敷地内、しかも、アリエス宮の敷地を少し抜けたところだったはず。そこにこんな建物はなかった。
もっとも、と少しだけ唇の端を持ち上げる。
あの扉をくぐったときから、自分は《異界》と言える場所に潜り込んでしまったのだ。
普段なら、絶対にしなかっただろう。一時の情熱が冷めてきた今なら、そう思える。しかし、あの時はそうしなければいけないと思っていた。同時に、その行動は間違っていないと、今でも信じている。
「この声の主をなんとかしないと、きっと、困ることが起きる」
そう感じるのは、自分がV.V.達と同じようなものを見聞きできるから、だろうか。
ともかく、とルルーシュはその建物のエントランスまで歩み寄る。
「誰かいないか?」
そして、中に向かって出来る限りの大声で呼びかけた。
だが、答えは返ってこない。
それでも、人がいないわけではないと言うことはわかった。
こちらを伺う気配がしっかりと感じられる。しかし、自分の前に姿を出すつもりはないらしい。
それはどうしてなのだろう。
自分が相手に危害を加えると思っているのか。
「……自慢ではないが、僕は誰かを傷つけることは出来ない」
体力も体術も、妹たちの方が上なのだ。
そう心の中で呟いて落ちこみたくなる。
「少し、疲れたかも」
気持ちの変化が体にも表れたのか。立っているのも少し辛い。
「出てくるつもりはないようだし、ゆっくりと考え事もしたいから……どこか、腰を下ろせそうなところを探すか」
装飾過剰とも言える建築物のありがたいところは、適当に腰を下ろせる場所が直ぐに見つけられることかもしれない。
そう言えば、最近、ギネヴィアが設計して建てさせている建築物の多くに、休憩スペースが多くなっているのは、ひょっとして、自分のせいなのだろうか。確かに、ことあるごとに呼び出されて案内されているが。ふっとそんなことを考えてしまう。
「……僕の体力は姉上達を心配させるほどないのか?」
もっとも、こんな風に所構わず腰を下ろしていれば、そう考えられたとしてもおかしくはないのかもしれない。
「僕は、母上や姉上達にまた会えるのかな?」
不意に不安が押し寄せてきたのはどうしてだろうか。だが、心細くなってきたのも事実だ。
「せめて、V.V.様が見つけてくださればいいのだけど」
彼は自分とは違うが似たような存在だ。だから、あるいはあの扉を見つけられるかもしれない。そうすれば、きっと、迎えに来てくれるのではないか。
「でも、ここがブリタニアではないとしたら……無理かな?」
悪い方へ悪い方へと思考が向いてしまうのは、きっと疲れているからだ。
少し休めば、きっと、いい考えが浮かぶに決まっている。
そう心の中で呟いたときだ。
視線の先で扉が開いた。
「お前、生きている人間なのか?」
そう口にしながら、一人の青年が姿を現す。
ルルーシュのそれよりも青みが強い紫の瞳は、どこかシュナイゼルのそれに似ているような気がする。
「……貴方は?」
反射的にルルーシュは聞き返す。
「人に名前を聞く前に、自分から名乗るものだって……そう、母さんが言っていたが?」
それが礼儀だとも、と付け加える。
「確かに、そうだな」
確かに、それが正しい礼儀だ……と相手は頷く。
「ここには、私一人しかいないから、忘れていた」
だから、ルルーシュの存在も生きている人間なのか、自分が見ている幻覚なのか、わからなかったのだ。そう彼は続ける。
「改めて名乗ろう。私はラインハルト・S・ブリタニア。かつて、ブリタニア王の地位にあった者だ」
彼はすらすらとそう告げた。その内容にルルーシュは目を丸くする。
「僕、あなたのことを知っています」
そのまま、言葉を口にした。
「確か、百五十年ぐらい前の皇帝だ」
まだ、ブリタニアが国内で争っていた頃の、とそう続ける。
しかし、ラインハルトはラインハルトで驚いていた。
「百五十年、だと?」
彼はそう言って絶句している。
「はい。僕は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。第九十九代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子です」
異母兄弟はたくさんいるが、とそう付け加えた。
「……九十九代……そうか」
それだけ時間が流れていたにもかかわらず、誰も自分を呼び戻そうとはしてくれなかったのか。ラインハルトはそう呟く。同時に、それまで周囲にあった建物が崩れだした。
「……何……」
何はどうなっているのか、とルルーシュは焦る。
「僕の、せい?」
これは、と周囲を見回しながら口にした。
「……おそらく、私のせいだ」
自分が、ここを維持する気力を失ったから。そう彼は告げる。
「力を与えられ、国のためだと、一人この場に追いやられたのも、必要とさえている、と思ったからだ」
だが、そうではなかった。
その事実がわかってしまった以上、自分は……とラインハルトは呟く。
「なら、僕と一緒に、行きましょう?」
ギアスなら、自分も持っている。そして、父も、だ。伯父は達成者だと聞いているから、きっと、ラインハルトのことも受け入れてくれるのではないか。
「……ギアスを……」
持っているのか、と言われてルルーシュは素直に頷く。
「V.V.様に何かあったときには、きっと、僕がその後を継ぐことになるはずです」
そうなるべく生まれたから、とルルーシュは誇らしげに告げた。
「……それは決して、幸せになれぬということなのに……」
「そんなことはないです。まだであってないけれど、僕にはずっと傍にいて守ってくれる相手もいるって、母さんが。父上とV.V.様がそうだそうです」
そして、二人とも不幸ではない。だから、自分も不幸にはならないのだ。ルルーシュはそう言いきった。
「……まさか」
「嘘だと思われるなら、それこそ、一緒に行きましょう」
そして、自分の目で確かめればいい。
言葉とともに彼へ向かって手を差し出す。
その手を取るべきかどうか、ラインハルトは悩んでいるようだ。
「大丈夫です。少なくとも、ここから出れば、一人ではなくなります」
もっとも、でる方法が今ひとつわからないのだけれど、とルルーシュは首をかしげる。
「……一人では、なくなる……か」
それだけでも、といいながら彼はそっと手を重ねてくれた。
初めて触れる彼の手は予想以上に温かい。
ルルーシュが心の中でそう呟いたときだ。
「母さん?」
マリアンヌが己を呼ぶ声が聞こえる。
「何か聞こえるのか?」
しかし、それは彼の耳には届いていないらしい。
「母さんが、僕を呼んでいるんです」
こう言い返しながらも、彼の声も自分にしか聞こえなかったことをルルーシュは思い出す。
ひょっとしたら、何か理由があるのかもしれないが、そういうものなのだろう。
「こっちです」
だが、この声が聞こえる方向へ歩けば、きっとここから出られるはずだ。そう判断をして、ルルーシュはラインハルトの手を引っ張るようにして歩き出す。
それに、彼は逆らうことなく付いてきてくれた。
木々の間の、明るい場所をくぐり抜けたような記憶はある。
「ルルーシュ!」
次の瞬間、彼の体はしっかりと抱きしめられていた。それが誰の腕なのか、確認しなくてもわかる。
「母さん、ただいま……」
言葉とともに、ルルーシュは彼女の胸に頬をすり寄せた。
だが、直ぐにあることを思い出して顔を上げる。
「お客様を、ご案内してきました」
だから、シャルルかV.V.に連絡を取って欲しい。そう続けた。
「お客様?」
一体どこから、とマリアンヌは視線をルルーシュから彼の背後へと向ける。そこに立っているラインハルトの姿を見た瞬間、驚いたような表情を作った。
「あなたは……」
まさか、と彼女の唇が言葉を綴る。
「母さん?」
どうかしたのか、とルルーシュは言外に問いかけた。
「何でもないわ、ルルーシュ」
その言葉に、彼女はいつもの微笑みを浮かべてみせる。
「この子がお世話になったようですわね」
そのまま背を伸ばすと、彼女は真っ直ぐにラインハルトを見つめた。
「……いや。世話になったのは、私の方だと思うが……」
彼女の態度に何かを感じ取ったのか。ラインハルトは微かに目をすがめながら言い返す。
「どちらにしても、この子が連れてきたお客様ですもの。私たちの宮で歓迎をさせて頂きます」
もっとも、他の離宮に比べれば粗末と言えるものかもしれないが。そう言って彼女はさらに目を細めた。
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09.10.16 up
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