滅多に見知らぬ客など訪れることがないから、だろうか。予想以上にナナリーがはしゃいでしまった。
まとわりつかれたラインハルトの方は何故か嬉しげに相手をしてくれたから、それに拍車をかけたのではないか。
しかし、そのおかげで彼女は早々に眠りについてくれた。
「あなたも、そろそろお休みなさい。ルルーシュ」
彼を連れてきたことに責任を感じているのだろう。目をこすりながら必死に起きている彼に向かって、マリアンヌがそっと声をかける。
「でも、母さん……」
僕は、とルルーシュは不安そうに口にした。
「大丈夫。明日の朝も明後日の朝も、その方はこの離宮にいらっしゃるわ」
だから、何も心配しなくていい。そう言って彼女は優しく微笑む。
「それとも、母さんの言葉が信じられませんか?」
しかし、締めるべき所はしっかりと締める。そう言うところはいかにも彼女らしい、とV.V.はカーテンの影で唇の端を持ち上げた。
「いいえ。でも、僕は……」
ルルーシュのきまじめなまでの責任感は好ましい。まだ幼いから融通が利かない部分はある。しかし、それはこれからいくらでも修正できるだろう。
「なら、任せておきなさい。大丈夫。V.V.様も同席するわ」
シャルルも、あの方の言葉は無視できないから……とマリアンヌは笑った。
「母さん……」
「子供は眠れるときに眠ることだ」
なおも何かを口にしようとするルルーシュを、ラインハルトが静かに制止する。
「母君を信じて、今日の所は休んだ方がいい」
でないと、明日はもっと大変なことになるのではないか。そう付け加えたのは、ナナリーの性格を正確に把握したからだろう。
「……わかりました……」
彼にまでこう言われては、もう反論のしようもない。そう判断したのだろう。それでも悔しげな表情を隠さないままルルーシュは頷いてみせる。
「いいこね、ルルーシュは」
言葉とともにマリアンヌはそっと息子へと歩み寄っていく。
「だから、母さんに任せておきなさい」
言葉とともにその年齢にしては小さな体を抱きしめる。
「はい」
今度は素直に頷く。
「……失礼します、母さん……」
そして、小さな声でこう呟いた。
「お休み、ルルーシュ。明日もきっといい日よ」
そう言って、マリアンヌは彼の額にそっとキスを落とす。
「で、ルルーシュからの挨拶は?」
さらに付け加えた言葉に、ルルーシュは一瞬、きょとんとした表情を作る。それでも、直ぐに彼女の頬へとキスを返した。
そのまま、母の腕から抜け出すと、彼は部屋を出て行く。
ドアが閉まったのを確認して、V.V.はカーテンの影から姿を現した。
「やはり、聞いていたのね」
あなたのことだから、きっとそうだろうとは思っていたが……とマリアンヌは苦笑を浮かべながら告げる。
「僕がでていくと、ルルーシュがごねると思ってね」
似たような存在だから、どうしても甘やかしてしまうのだ。V.V.は苦笑と共にそう言い返す。
「彼と同じ?」
それにラインハルトが反応を見せた。
「なら、君もギアスを?」
「えぇ。もっとも、僕は《達成者》ですが……」
そう付け加えれば、彼は小さく頷いてみせる。
「ルルーシュは、まだ幼くてわからないのですが……その可能性があると思いますよ」
もっとも、彼にはまだ《ワイヤード》がいない。
だから、ある意味、今回戻ってこられたことは僥倖だと言っていい。そうも付け加える。
「マリアンヌが呼んだから、かな?」
だとするなら、やはり母親という存在は凄いと言うべきなのか。それともマリアンヌだからなのか、と首をかしげる。
自分のワイヤードは弟だし、とも付け加えた。
「ワイヤード、とはいったい?」
その時だ。ラインハルトがこう問いかけてくる。
「古い言葉で『守護者』という意味だと、昔教わりました」
もっとも、その表現も微妙に違うかもしれない。
「あちらに行った者達が、確実に帰ってくるための道しるべ、といった方が正しいのかもしれません」
その絆が強ければ強いほど、早くこちらの世界に戻ってこられる。そうも付け加えた。
「もっとも……僕の場合は別の理由で戻ってくるのが遅れたけどね」
ある意味、自分たち以上に強い絆を持ったものはいなかったかもしれない。だが、その時のブリタニアの事情がそれを許してはくれなかった。
「それ以外の要因もあって、外見だけで言えばこんなに離れてしまったけどね」
そうだろう、シャルル……と微苦笑を浮かべながら視線をドアへと向ける。
「すみません、兄さん」
そうすれば、既に老境にさしかかっているは弟が苦笑を浮かべているのが見えた。
「しかし、ワイヤードでもないあの子が、その方を連れ帰ってきたとは」
そのようなことは可能なのか、と口にしながら彼は歩み寄ってくる。
「……まったく、無関係というわけではありませんもの」
親子のように近い関係ではない。だが、確かに自分たちは血縁関係にある。そうマリアンヌは口にした。
「とても遠いものですが」
その言葉に、少しだけ苦いものが混じる。それはきっと、彼女がおかれてきた立場のせいだろう。
「卑下しちゃダメだよ、マリアンヌ。君の血筋は、誇るべきものだ」
事情を知らないバカどもの言葉など気にしてはいけない。V.V.はそう続けた。
「……どこの誰だ? そのような愚か者は!」
しかし、シャルルのまえで言うべきセリフではなかったかもしれない。彼は即座に怒りで顔を染める。そのままとんでもない命令を控えているビスマルクに命じようとしたときだ。
「……血縁関係、とは、どういうことだ?」
静かな声でラインハルトが問いかけの言葉を投げかけてくる。
「マリアンヌの祖母は、皇の姫ですから」
それに、V.V.はこう言い返す。
「そして……彼女だけではなく、僕たちもあなたの妹姫の血を引いています」
だから、血縁といえるのではないか。そうも付け加える。
「あの子の?」
あの子が母に……とラインハルトは驚いたように呟く。
「そうだな……それだけ、時が経ったと言うことだ」
「そして、その子供の一人がマリアンヌの祖母の祖母だ」
本来なら、血が近すぎる。そう言う理由で結ばれることはなかったはず。だが、二人は出逢って、そして恋に落ちた。
「……その時、嚮団の嚮主であった女性が認めなければ、引き裂かれていただろうな」
そうなっていたら、マリアンヌもその子供達も生まれてこなかっただろう。
だから、彼女には感謝するしかない。
「現在、血筋を保っているのは、我らと皇だけだ」
中華連邦の王家もあるいは、その血脈を守っているのかもしれないが、話は聞こえてこない。そう口にしたのはシャルルだ。どうやら、幾分、頭が冷えたようだ。
「最悪、ブリタニアと皇で世界のバランスを取らねばならぬのかもしれぬが……皇の後継も、ギアスを持っているとは聞いておらぬ」
息子は夭逝し、娘が一人残されているが……と彼は続ける。
「状況によっては、我が子の誰かを、その娘と結婚させねばならぬであろうな」
世界のために、と嫌そうに眉をしかめつつ口にしたのは、実はシャルルが子煩悩だからだ。
「それは今、関係ないね」
今は、ラインハルトをどうするか。それを決めることが先決だろう。V.V.はこう言ってシャルルをたしなめる。
「それは……わかっているつもりです」
兄さん、とため息混じりに口にした。
「ここにいて頂いても構わないのですが」
静かな声音で、マリアンヌはそう告げる。
「マリアンヌ?」
「そうして頂ければ、ナナリーが喜びます。その分、ルルーシュの負担が減るでしょうし」
苦笑と共に彼女はそう付け加えた。
「ナナリーはマリアンヌに似たからね」
ルルーシュはシャルルに似たようだけれど……と笑いながらV.V.は彼女の言葉をフォローする。
「外見は反対なのにね」
まぁ、二人の子供だとわかっていいんじゃないの……とも付け加えた。
「それに……ここが手薄だというのは事実だしね」
マリアンヌがいないときに、何が起きてもおかしくはない。だから、と口にしながらラインハルトを見つめた。
「私に、あの子達を守れと?」
「あなたがすべきことを見つけられるまでの間で構いません」
お願いできませんか? と続ける。
「……そうだね」
少し考え込んだ後、ラインハルトはゆっくりと口を開く。
「それもいいかもしれないね」
そうすれば、少しは自分を必要としてくれている人たちの傍にいられるだろう。今は、それだけで十分だ……と彼は続ける。
「いいね、シャルル」
ここで彼にごねられては厄介だ。そう思ってV.V.は問いかける。
「えぇ、兄さん」
その迫力に押されたのか――それとも子供達の安全という点で妥協を選んだのか――そう言って彼は頷いた。
そうして、アリエス宮にマリアンヌの《従兄弟》であるライ・ランペルージがすむことになった。立場としては、彼女が預かっている騎士見習い、と言ったところか。
しかし、そんなことはただの口実だ。
ただ、彼等が幸せでいてくれればいい。それを見ているだけで、自分も幸せな気持ちになれるから、とそう考えていただけなのだ。
実際、目の前の穏やかな光景を見ていると嬉しくなる。
「V.V.様。お茶にしませんか?」
そして、その中に自分も加わることが出来るのだ。
「……いつまでも、こんな日々が続けばいいな」
永遠などということはあり得ない。それでも、少しでも長く。
V.V.はそう願っていた。
その願いは叶えられなかったが……
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09.10.23 up
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