その日、ルルーシュは親しいきょうだい達と共にオデュッセウスのお茶会へと招かれていた。
 そんな彼に付き添ってくれていたのは、ライではなく、最近マリアンヌが見いだしてアリエス宮の護衛へと抜擢した青年だった。
 その彼が頬を引きつらせながら歩み寄ってくる。
「どうかしたのかな? ジェレミア卿」
 不審そうにオデュッセウスが問いかけた。
「申し訳ありません、オデュッセウス殿下……陛下がルルーシュ殿下をお呼びですので……」
 緊急の用事がおありだとか、と彼は続ける。しかし、彼はその内容を知っているのではないか。
「父上が?」
 だが、シャルルが『黙っているように』と命じたのであれば、ジェレミアは何も言えないはずだ。
 しかし、今日のことは彼も知っているはずだ。そして、普段ならば、遠慮なく踏み込んでくるはずなのに。それをしないのはどうしてなのだろう。
「わかった」
 それは、きっと、本人に問いかければわかるのではないか。
「謁見の間にいらっしゃるのか?」
 そう考えてジェレミアに問いかける。
「いえ……私室の方に、とのことでございます」
 この言葉に、ルルーシュは首をかしげた。
「何があったのか……」
 おそらく、臣下達の前では言えないことなのだろうが……とシュナイゼルが眉根を寄せる。
「父上にお会いすれば、わかると思います」
 だから、と口にしながら、ルルーシュはオデュッセウスを見つめた。
「せっかくご招待頂きましたのに、途中で退席するご無礼をお許しください」
 そして、こう告げる。
「陛下のお呼びでは仕方がないよ。本音を言えば、私も一緒について行ってやりたいのだが……」
 しかし、流石に他のきょうだい達を放り出していくわけにはいかない。そう言ってオデュッセウスは苦笑を浮かべた。
「大丈夫よ、お兄さま。わたくしが付いていきますから」
 構わないわよね? とギネヴィアがそのまま視線をジェレミアへと向ける。
「ご同行頂くのは問題がないかと」
 ただ、と彼は言葉を重ねた。
「陛下の御居室までご一緒頂けるかは、私めにはわかりかねます」
 自分としては、できれば最後までご同行して頂きたいのだが……と彼は続ける。
「……兄上」
 シュナイゼルが口を開いた。
「何かな?」
「しばし、席を外しても構いませんか?」
 ちょっと情報を集めてきますよ、と彼は軽い口調で告げる。
「その方が、二度手間にならなくていいでしょう」
 ルルーシュが戻ってくるのを待つよりも、その方が早い。彼はそう続けた。
「……シュナイゼル兄上……」
 そんな彼に、ルルーシュは不安そうに問いかける。
「大丈夫だよ。私は君の味方だからね」
 ルルーシュにとって不利な行動を取るはずがないだろう? とシュナイゼルは微笑む。
「そうですね。シュナイゼル兄上はルルーシュがお気に入りだ」
 他のきょうだい達の中に嫉妬するものがいるくらい、とクロヴィスが口にする。
「それはいけないことなのかな?」
 ルルーシュだから可愛いのであって、他の誰彼もが可愛いわけではない。そうシュナイゼルは言い返す。
「妹は、無条件で可愛いと思うがね。弟はそうはいかないのが普通ではないかな?」
「否定は出来ません」
 妹は多少生意気でも、それが可愛いと思えるが弟では……とクロヴィスはシュナイゼルの言葉に同意するように頷いてみせる。
「そう言うことだから、安心しなさい。君が戻ってきたときに、一番いい方法を提示して上げられるようにしておくよ」
 だから、安心していっておいで……とシュナイゼルはルルーシュの頬を撫でた。
「そうだな。シュナイゼル兄上ならば心配はいらないが……」
 黙って話を聞いていたコーネリアが口を挟んでくる。
「だが、お前も気をつけるのだぞ?」
 何かあったら、直ぐにこの姉に言え。こう言ってコーネリアは笑った。
「はい、コゥ姉上」
 彼女に微笑みかけてから、ルルーシュは視線をジェレミアへと戻す。
「では、案内を」
「はい、殿下」
 ルルーシュの言葉に、ジェレミアは直ぐに姿勢を正す。
「姉上。ご足労をおかけしますが……」
「気にすることはないわ」
 付いていかなければ気になって仕方がないだろう。ならば、側まで行けばいいだけのことだ。そう言ってギネヴィアは笑いを漏らす。
「それでは、兄上。行ってきますわ」
 ほほえみを浮かべたままギネヴィアはオデュッセウスへと声をかける。
「何かわかったら、直ぐに連絡をしてくれるね?」
「もちろんですわ」
 うふふと笑いながら、彼女はルルーシュの肩にそっと手を置く。そして、それを合図に、二人は歩き出した。

 しかし、待っていたのは信じたくない事実だった。
「……母上、が?」
 嘘だ、とルルーシュは呟く。
「本当だ、ルルーシュ」
 マリアンヌは身罷った、とシャルルは無表情に告げる。しかし、それは決して平気だったからではない。その証拠に、彼の握りしめられた拳からは、既に血の気が失せている。
 だが、その事実をルルーシュが気付いていたとは思えない。ギネヴィアは心の中でそう呟く。
「だって、母さんは誰よりも強いのに……」
 それなのに、どうして……とルルーシュはシャルルを見上げた。
「ナナリーだって……」
 マリアンヌは誰よりも強いと言っていたのに、と彼は何気なく付け加える。
「そうだ! ナナリーは? 今日は母さんと一緒にいたはずなのに……」
 まさか、ナナリーも? と焦ったように彼は口にした。そして、そのままシャルルのマントを握りしめる。
「ナナリーは、生きておる」
 マリアンヌをはじめとした者達がその命をかけて守った。もっとも、無傷というわけにはいかなかったから、現在は病院だ。こう言いながら、シャルルはそっとルルーシュの肩に手を置く。
「命を失ったのは、マリアンヌだけよ」
 他の者達は、ケガの程度の差はあれ、みな無事だ……とそう付け加えたのは、ルルーシュを安心させるためだろう。
 だが、現実はどうだろうか。
 命を落としたのがマリアンヌだけ、ということは逆に言えば、犯人のねらいは最初から彼女だったということになる。
 しかし、彼女がそこまで恨まれていたなどという情報は自分の耳には届いていないのだ。
 シュナイゼルであれば、噂だけでも耳にしていただろうか。
 あるいは、自分かオデュッセウスの母だろうか……と考えてギネヴィアは即座にその考えを否定した。
 彼女たちであれば、マリアンヌに対しこのようなことを企んでいるバカがいる。そう耳にした時点でマリアンヌだけではなく自分たちにも教えてくれたはず。
 そして、その事実を聞かされた時点で自分たちは――マリアンヌが拒んだとしても――それなりの手配をしたはずだ。
 だが、どこからもそのようなことを耳にしたことがない。
 それはつまり、相手の行動がそれだけ秘密裏に進められていたと言うことだ。
 それが出来る人物といえば、誰だろう。
「……なら、直ぐにでもナナリーの所へ行ってやらなければ……」
 そう考えていたギネヴィアの耳に、ルルーシュのこんな言葉が届く。どうやら、少しだけだが彼に理性が戻ってきたようだ。
「……今は、いかぬ方がよい」
 だが、シャルルはルルーシュの願いを直ぐには聞き入れない。
「父上!」
「お前が行っても、何の役にも立たぬ」
 むしろ、ルルーシュのために人を割かなければならない以上、病院側の負担になってしまう。それでナナリーの治療に支障が出ることはない。だが、他の者達はそういうわけにはいかないだろう、とシャルルは続けた。
「だから、ここからみなの無事を祈っておれ」
 父も同じようにここで祈るから。そう言われては、ルルーシュは逆らえない。
「……わ、かりました……」
 こう告げると同時に、シャルルのマントから手を離す。変わりに、彼の腰に抱きつく。
 それをシャルルも拒まない。
「ギネヴィア」
 逆にその小さな体を抱きしめながら彼は視線を向けてきた。
「わかっております。ご心配なく」
 シャルルは立場上、直ぐには動けない。動きたいと思っても、だ。
 しかし、自分は違う。そして、自分のために動いてくれる者達もいる。
「ルルーシュ。少しでもいいから眠っておくのよ? でなければ、病院でナナリーのお見舞いに行ったときに失敗するかもしれないわ」
 ね、と付け加えれば、彼はシャルルにすがりついたまま頷いてみせた。
「では、皇帝陛下。明日、また参りますわ」
 その間に、少しでも多くの情報を集めよう。そう心の中で呟きながら、ギネヴィアは口にする。それに、シャルルはただ静かに首を縦に振って見せた。








09.10.30 up