既に、こちらにも情報が届いていたのだろう。先ほどまでの和やかな空気は完全に消え失せていた。
「……何故、あの方が……」
 コーネリアが、言葉とと共に深いため息をつく。
 確かに、マリアンヌの存在を疎んじているものがいることは知っていた。しかし、それ以上に、彼女を慕っているものの方が多かったではないか。さらにそう付け加える。
「あの方だけではない。何故、ナナリーまで狙われなければいけない」
 あの子はまだまだ幼い。そんな彼女までも、何故……とコーネリアは拳を握りしめていた。
「……どうして、今日だったのでしょうか」
 不意にシュナイゼルがこんな言葉を口にする。
「何が引っかかるのかな?」
 すぐ下の弟が政治的には自分よりも優秀だと言うことを否定するつもりはない。だが、何故彼がこんなことを言い出したのか、オデュッセウスには理解できないのだ。
「テロリストは、マリアンヌ様とナナリーを襲いましたが……何故、そこにルルーシュが含まれないのでしょうか」
 皇族――あるいは、マリアンヌ個人――を憎んでいるものならば《ルルーシュ》を見逃すはずがない。
 なのに、彼が一人でアリエス宮を離れる今日を選んだ。
 そこに、何か思惑があるのではないか。そう彼は言った。
「偶然ではないのですか?」
 目を赤くしたまま、クロヴィスが聞き返す。
「いや……もし、犯人の背後に皇族か貴族が関わっているのであれば、あり得ない話ではないかもしれないね」
 シュナイゼルの言葉をオデュッセウスは支持する。
「ルルーシュに何かあれば、皇帝陛下や私たちだけではなく、嚮団も動く」
 嚮団を敵に回せばどうなるか。それを知らぬものはいないだろう。
「それに……あの子に何かあった場合、皇帝陛下がどれだけお怒りになられるか」
 もちろん、自分もだ。
 たとえ、自分の母に懇願されようとも、決して取りなしの言葉を口にすることはないだろう。それ以前に、母がそのような者達の言葉に耳を貸すはずがないが。
「とりあえず、情報が少なすぎますね」
 集めるように指示を出したが、問題は、どこまで正確な情報が集まってくるかかもしれない。言葉とともにシュナイゼルは顔をしかめる。
「私たち以外の皇族が関わっているのであれば、途中で情報が消える可能性もありますからね」
 それに、と彼は続けた。
「私とコゥは、もうじき、本国を離れなければいけませんし」
 だからこそ、今日、お茶会を開いたのだ。
「……君のようにうまくは出来ないかもしれないが……私がなんとかしてみるよ」
 いざとなれば、嚮団に協力を依頼することも可能だろう。彼等にとってもマリアンヌは大切な存在だったのだ。
「私も、及ばずながら手助けをさせて頂きます」
 クロヴィスのその意気込みは嬉しい。だが、と思ってはいけないのだろうか。
「あまり無理はするな」
 というよりも、オデュッセウスの邪魔はするな……とコーネリアが口にする。
「そんな!」
 私はそこまで、とクロヴィスが反論をしようとした、その時だ。
「あら。あなたがどれだけドジなことをしているのか。全部、並べて欲しいの?」
 うふふ、と笑いながらギネヴィアが戻ってくる。しかし、その隣にルルーシュの姿はない。
「お帰り。陛下にはお目通りがかなわなかったのかな?」
 だから、一人で戻ってきたのか。言外にそう問いかける。
「あの子は、今日からしばらく、陛下の元で過ごすことになりましたわ」
 シャルルの元が一番安全だから、と彼女は言い返してきた。
「確かに。陛下のお膝元ほど安全な場所はないだろうね」
 あるいは、黄昏の間で過ごすのかもしれない。自分たちとは違って、ルルーシュにはあそこは心地よい場所らしいのだ。それも、あの子が、持って生まれた資質なのかもしれない。
「それと……今回のことは、とりあえずわたくしたちの自由にしてよいそうです」
 相手が誰であろうと気にすることはない。だが、節度は忘れるな。そして、もし、必要ならばラウンズを動かすことも認める。そうシャルルが言っていた、とギネヴィアは続けた。
「もっとも、そんなことをしてもルルーシュの悲しみを癒せるとは思えませんが」
 マリアンヌを失い、ナナリーも未だに意識を取り戻さない。間近にいた家族をいきなり失った彼の気持ちを考えれば、と彼女は眉根を寄せる。
「もっとも、陛下のお怒りを和らげて差し上げられるでしょうが」
 ルルーシュのことは、とりあえずシャルルに任せるしかないのだろう。そして、自分たちに余裕が戻ったところで、少しずつ慰めてやるしかないのか。
「……まぁ、半分以上、自分の怒りを向ける相手が欲しいだけなのですけどね」
「確かに」
 だが、何かをしていなければ耐えられない。たとえ、それが復讐だっらとしても、だ。
「ただ、ルルーシュがこれ以上、悲しい思いをしないように気をつけないといけないだろうね」
 これ以上、あの子が大切な存在を失わずにすむようにしないといけない。
「みなも、それだけは忘れないようにね」
 オデュッセウスの言葉に、その場にいた者達は静かに頷いて見せた。

 だが、彼等も知らないところで、別の問題が持ち上がっていた。
「……それは、本当なの?」
 V.V.は顔をしかめながらこう問いかける。
『お前相手に冗談を言ってどうする』
 ある意味、現在、この世でただ二人きりの同胞といえる存在だろう? と相手は言い返してきた。
『もっとも、多少、増えそうだがな』
 お前の話を聞いていると、と笑い声と共に相手は付け加える。
「どうだろうね」
 即座にV.V.は言い返す。
「一人はともかく、もう一人にはそうなって欲しくないよ」
 できれば、普通の《人間》としての一生を送って欲しい。そう願っているが、それが難しいこともわかっていた。
「それに……あの子は、家族を失ったばかりだからね」
 せめて、もう少し落ち着くまでは……と口にする。
『まぁ、こちらもまだしばらくごたごたしているようだからな』
 今しばらく、時間的な余裕はあるだろう……と相手は言い返す。
『それに……こういうことがあると、わかっていたはずだぞ?』
 あの子が生まれる以前から、と付け加えられた。
「わかっていたけどね」
 しかし、こんなに早いとは思っていなかったのだ。V.V.はそう言い返す。
「こんなに一時にあれこれあると、考えてみたこともなかったしね」
『確かに、な』
 こちらの方はある程度覚悟していたが……と相手も顔をしかめる。
『何か、嫌な符号を感じるな』
 それに関しては、とその表情のまま付け加えた。
「何かが、変わろうとしているのかもしれないね」
 世界が。しかし、それがよいことんばのかどうか、自分にはわかりかねる。そう言ってV.V.は視線を落とした。
『だが、私たちが解放されるのはまだまだ先だぞ』
 おそらくな、という言葉の根拠は何なのだろうか。
「それでも、あの子達が幸せになってくれるのなら、それでいいよ」
 自分の望みはそれだけだ。そう告げれば、秘やかな笑いが返された。

 ここは静かだ、とルルーシュは思う。
 でも、一人で過ごすのは寂しい。
 自分の安全のためだ、ということはわかっている。それでも、誰かの傍にいて欲しい。でなければ、余計なことを考えてしまいそうで怖いのだ。
「……それを言っては、いけないのかな?」
 皇族である以上、と呟く。
「別に、言ってもかまわないと思うよ、その位なら」
「V.V.様!」
 耳に届いた声に、ルルーシュは反射的に振り向いた。
「すぐに来られなくて、ごめんね」
 彼はそう言いながら歩み寄ってくる。
「いえ……お忙しいのは、知っていますから……」
 シャルルですら、ルルーシュの安全を確保した後は出かけていってしまった。  彼は皇帝だ。だから、しなければならない仕事が目白押しだとわかっている。それでも、もう少し傍にいて欲しかったのだ。
 しかし、それを口に出せない程度に、ルルーシュは大人だった。
 だから、と無理矢理微笑みを浮かべる。
「ルルーシュ」
 そんな彼の体を、V.V.はそっと抱きしめてきた。
「ここの中でだけは、無理をしなくてもいいのだよ」
 泣きたいときにはないてもいいのだ……とそう囁いてくれる。
「……でも、僕が泣いても、母さんは戻ってきません」
 それに、ナナリーやライ達のケガが治るわけでもない。だから、とルルーシュは言い返した。
「……違うよ。君のために、だ」
 母親を亡くして嘆くのは、子供として当然の権利だ。そして、ここには自分しかいない。
「君が皇族としての仮面を外しても、誰も何も言わないよ」
 だから、遠慮なく、泣くといい。
「……V.V.様……」
「僕たちも、そうしたからね」
 そうやって、悲しみを乗り越えたのだ。だから、と囁きながら、彼はそっと背中を叩いてくれる。
 そんな彼の存在に、ルルーシュの涙腺は決壊してしまった。

 ルルーシュが、自分にとってそれが必要だったのだとわかったのは、マリアンヌの葬儀の時だった。








09.11.06 up