「何故、ですか!」
神楽耶はスザクと婚約をしていたのではないか。そう言いながら、ゲンブはテーブルを叩く。
「……お主の息子と神楽耶の婚約は、あくまでもお主が言い出したことであろう」
それに桐原は静かな口調で言い返す。
「我らは、誰も認めておらぬ」
神楽耶自身も、だ。そう彼は続けた。
「ですが!」
六家の中に、神楽耶にふさわしい男児はスザクしかいない。ならば、と考えて、何故いけないのか。
何よりも、日本人ですらない相手を皇の婿と認められない。
そう彼は主張をする。
「お主が知らぬだけだ。ブリタニアの皇族との婚姻は、今までも繰り返されてきたことじゃ」
それが必要だから、と桐原は言い返す。
「お主の息子に《印》があれば、また話は別だったのだろうがな」
だが、スザクは身体能力には優れていても、それ以外は普通の子供だ。
「お方さまがまだご存命であれば、それでも構わなかったのだがな」
あの方は、先日、鬼籍には入られてしまった。そうである以上、早急に《ブリタニアの皇子》をこの地に迎えなければいけない。
むしろ、神楽耶が彼と釣り合う年齢だったことの方が幸いだ。そうも言い切る。
「そのせいで、あちらには少々無体を強いることになってしまったがの」
母君を亡くされたばかりの子供を他の家族達から引き離すことになってしまった。だが、彼は自分の《義務》を理解しているらしい。そして、自分たちは彼を丁重に扱うつもりだ。
「既に決まったことだ。今更、お主が何を言おうと変わらぬよ」
この国のために、彼の存在は必要なのだ……と桐原は言い切る。
「桐原殿!」
「お主は、目に見えるものしか信じぬ。それはそれでよいことだろう。もっとも、お主が六家の主でなく、一般の家のものであれば、だ」
何よりも、ゲンブは枢木神社の宮司でもある。
そのゲンブが、それでは他の者達も主に習うだろう。
「スザクまでそうなっては、将来が思いやられるの」
これ以上、話をするつもりはない。言外にそう告げる。
それを感じ取ったのだろう。ゲンブは荒々しい仕草で立ち上がった。
「そうそう」
そのまま立ち去ろうとする彼の背中に向かって桐原は声をかける。
「皇子に何かあった場合、ただではすまぬからの。現在の日本では、ブリタニアには勝てぬ」
たとえ、中華連邦の援助があったとしても、だ。その言葉に、彼は忌々しそうに顔をしかめる。だが、それ以上は何も言わずにその場を立ち去っていく。
彼の姿が視界から消えたところで、桐原は深いため息を吐いた。
「困ったものだの」
ゲンブが、どうしてスザクと神楽耶を結婚させたいのかはわかっている。
いずれ、二人の間に子供が生まれれば、その子が次代の《皇》だ。その祖父となれば、六家の当主の一人ではなく、皇の祖父となる。
その立場が欲しいのだろう。
しかし、そのためにこの世界の理を歪めるわけにはいかない。
「いっそのこと、あれに見せたらどうだ?」
不意に背後から声がかけられる。
「そうすれば、あれでも己の手の及ばないものがあると理解できるのではないか?」
そう言いながら、鮮やかな若葉色の髪をした女性が姿を現す。
「無理でしょうな」
ため息とともに桐原は言葉を返した。
「あの男のことです。理解できぬものは壊してしまえ、と言い出しかねぬ」
万が一、そんなことになればどうなるか。考えたくもない。第一、そのような状況になれば、六家が存続してきた意味がなくなる。
「では、何故あれが枢木の当主になれたんだ?」
そんな人間は、最初から排除しておくべきだろう。そう言い返される。
「仕方がありません。あれしか残っておりませんでしたので」
本当は、ゲンブではなくその兄が当主になるはずだった。しかし、事故で鬼籍に入ってしまったのだ。
「なるほど……だから、か? あれの息子をあれから早々に引き離して神楽耶と共に育てているのは」
もっとも、そのせいであれは馬鹿なことを考えたのかもしれないが。そう続けられて、苦笑を浮かべるしかできない。
「まぁ、息子の方はかなりマシだ。そう考えれば、お前の判断は正しかったのだろう」
もっとも、これからどうなるかはわからない。どのような親であれ、子供にとっては唯一の存在だからな。そう告げると、彼女はきびすを返す。
「それと……」
「わかっておるよ。既に、信頼できる者を皇子の護衛につけるよう、手配してある」
そして、彼の住居になるのは、皇の館だ。自分の目も届く。
「後は、神楽耶と仲良うしてくれれば、それでよい」
恋情でなくてもいい。
お互いがお互いを大切だと思えるようになってくれれば十分だ。
「その位は、手助けをしてやろう」
この言葉とともに、彼女は奥へと姿を消す。
「それで十分じゃよ」
その背中に向かって桐原は頭を下げた。
今までは自由に使うことが出来た離れ。
しかし、何故かそこにはいることが出来なくなった。
「何でだろうな」
母屋には和室しかない。そんな皇邸で、唯一、この離れは洋風――と言うよりはブリタニア風と言うべきか――の建物だ。それだけに、現代っ子であるスザクに取ってみれば過ごしやすい。
そして、今まで自分たちはどこに行くにも自由だったのだ。なのに、と思う。
「神楽耶の婿殿が使われるそうです」
不意に神楽耶の声が耳に届く。
「神楽耶の、婿?」
彼女と結婚をするのは自分だったのではないか。少なくとも、ゲンブからそう言われていたが……と思いながらスザクは声がした方向へと視線を向ける。
「桐原のおじいさまがそうおっしゃっておられましたわ」
ブリタニアの皇子さま、だそうだ。そう彼女は続けた。
「ブリキ?」
「スザク! そのようにいうでない」
ブリタニアの皇族と皇の一族は、今までに何度も婚姻を重ねてきた。だから、そう言うのであれば自分も同じように言われなければならない。そう彼女は言い返す。
「それに……その皇子さまは皇の血を一番濃くひいておいでの方だ、とも聞いたゆえ」
他のブリタニア人とは違うのではないか。
「だといいがな」
ブリタニアの皇族なんて、お高くとまっている連中ばかりだ。そして、隙あらば日本を乗っ取ろうとしているのではないか。ゲンブがそう言っていたし、と心の中で呟く。
「何よりも、スザクと同じ年齢の方だそうですわ」
その年齢でこの国に来てくれる。それは、自分たちを信頼してくれているからではないか。
神楽耶はそう告げる。
「そいつは、ブリタニアでいらない奴だったんじゃないの?」
何故、そんな風に喜べるのか。それがわからずに、スザクはこういった。
「それはあり得ぬ」
即座に神楽耶がこう言い返してくる。
「何で、そう言いきれるんだよ!」
「あの方は、お方さまと同じ存在だから」
その言葉に、スザクは別の意味で目を丸くした。
「お方さまの?」
先日亡くなられたその方は、その時で百を超えていられたはず。神楽耶の父も自分の母も、その方と直接血のつながりがあったわけではない。しかし、実の祖父母に対するよりも真摯に世話をしていた。
それはどうしてなのか。
そう聞いたこともある。そうすれば母は『日本の政治を担うのはお父様達のお役目。ですが、本当の意味で世界を守っておられるのはお方様達なのです』と教えてくれた。
しかし、そのための《力》を彼女以外の誰も持ってはいない。自分か神楽耶にその《力》があれば、あの方も安心していられただろうに。そう付け加えたときの彼女の表情も今でも覚えている。
それだけで、お方さまがどれだけ大切な人なのか。スザクですら理解することが出来た。
「……マジ?」
「本当だ、と桐原のおじいさまはおっしゃっておられましたわ」
そして、その《力》を持つものはブリタニアにとっても大切な存在だとも。
「ですから、その方がブリタニアにとって必要のない方であるはずがありません」
むしろ、一番手放したくない存在だったのではないか。
そんな大切な存在を自分の婿にと言ってくれたのは、間違いなく、ブリタニアが日本を重要な相手だと考えているからだろう。
「そのような方です。出来るだけこの国を好きになって頂けるよう、努力するのは当然のことでしょう」
それに、と神楽耶は付け加える。
「この離れは、そもそも、ブリタニアの皇女様がこちらに嫁いでこられたときに建てられたもの。その方は、わたくしの先祖であると同時に、その皇子さまの先祖でもいらっしゃるそうです」
だから、彼に使ってもらえれば、この離れを建てた方も使っておられた方も喜ぶだろう。そう彼女は締めくくる。
「……だといいけど、な」
それでも、スザクは納得できない。
いや、父の言葉を信じたいと思っているといった方が正しいのか。
ブリタニアの皇子なんて、きっと悪い奴に決まっている。スザクは心の中でそう呟いていた。
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09.12.11 up
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