外が騒がしい。
 どうやら、ブリタニアから皇子が到着したようだ。
 どうせ、やたらと偉そうな奴なんだろうな……とスザクは心の中で呟く。
 その時だ。
「どうせなら、私も出迎えさせてくださればよかったのに」
 神楽耶がこんな呟きを漏らした。
「何を言っているんだよ」
 即座にスザクはこう言い返す。
「ブリキの皇子なんて、放っておけばいいだろう?」
 どうせ、日本人のことなんて考えていないんだから……と付け加える。もちろん、それはゲンブが言っていたことの受け売りだ。
「本当に、礼儀を知りませんわね」
 そんな彼に向かって、神楽耶はあきれたような視線を向けてきた。
「わたくしがあちらに嫁いだのであれば、それも当然のことです。しかし、あの方は、こちらが無理を言っておいでいただいたのですよ?」
 それこそ、三つ指をついて挨拶しなければいけないのではないか。彼女はさらにこう付け加えた。
「そんなの関係ないだろう」
 あいつはブリキで、自分たちは日本人なのだから。スザクはまた、そう繰り返す。
「……貴方という方は……」
 最初からそれでは、どのような相手だろうと仲良くできないだろう。だから、いつまで経ってもお互いに歩み寄れないのではないか。神楽耶はそう言い返す。
「別に、ブリタニアと仲良くしなくてもいいんじゃないのか?」
 父にとって見れば、あちらよりも中華連邦の方が重要らしい。
 それはきっと、日本にとってその方がいいからなのではないか。
「……貴方は、本当に自分の目で何も見ようとしないのですね」
 そんな彼の言葉に、神楽耶は侮蔑を隠そうとしない。
「あなたのお父様が中華連邦に肩入れをされるのは、その方があの方にとって都合がいいことだからですわ」
 それは日本の利益とは関係がない。
「全員が全員、ゲンブ様と同じ意見を持っているとは思わないことです」
 皇の――いや、京都六家の中には、それが忌々しいと思っているものすらいる。そのことは忘れるな。。彼女はそう言いきった。
「なんでだよ!」
 枢木だって六家の一員だろう、とスザクは言い返す。
「あの方はお方さまを『認めない』と宣言してくださいましたわ」
 六家の一員であれば、決して口にしてはいけない言葉だ……と神楽耶は反論をする。
「それは……」
 ゲンブならば、確かにその位は言うかもしれない。しかし、今はいない母がそれを許しただろうか。自分にあれだけ《お方さま》の存在がどれだけ大切なのかをたたき込んでくれたのに。スザクはそう思う。
「そもそも、あの方は《枢木》を継ぐはずではなかった、とも聞いています」
 さらに神楽耶はスザクを追いつめるようなセリフを口にしてくれた。
「神楽耶?」
「そこまでにしておきなさい、二人とも」
 静かな声が二人の間に割り込んでくる。
「おじいさま」
「桐原のじいちゃん……」
 視線を向ければ、背筋をきちんと伸ばした彼の姿が確認できた。
「ルルーシュ殿下をご案内したいのだが、きちんと出来るな?」
 最後の言葉は、おそらくスザクに向けられたものなのだろう。
「……あっちが変なことをしないならな」
 即座に彼はこう言い返す。
「……殿下は、とても礼儀正しいお方じゃ」
 それに、と彼は続ける。
「綺麗な日本語をお話になられる」
 予想していなかったのだろう。ゲンブ達は目を白黒させて負ったな、と彼は楽しげに続けた。
「まぁ、日本語を?」
 そこまでしてくれたのか、と驚いたように神楽耶は呟く。
「そうおっしゃっておられたぞ。もっとも、読み書きは、まだ苦手なご様子じゃ」
 勉強のお手伝いをして差し上げるがいい……と桐原は口にした。
「そうさせて頂きますわ」
 にっこりと微笑みながら、神楽耶は言い返す。
「その場に、スザクは立ち入り禁止ですわね」
 さらに彼女はこう付け加えた。
「なんでだよ」
「決まっているでしょう。あなたの粗野な言動があの方にとってよい影響を与えるとは思えませんもの」
 だから、勉強の時間は近寄るな……と彼女は宣言をする。
「そんなこと言ったって、お前とあいつを二人きりになんてできるわけないだろう!」
 ブリキ野郎が何をするかわからない! とスザクは言い返した。
 その瞬間だ。
 周囲に破裂音が響く。同時に、頬が熱くなった。
 そこがじんじんと痛み出して、ようやく自分が殴られたのだとわかる。
「相手の方を知りもせずによくもそのようなことを言えますわね。それは、あなたがいつもそう言われたくないと口にしていることと同じ言葉ではありませんか!」
 枢木の息子だから、スザクだから何をしでかすかわからない。
 そういわれたと言って、あちらこちらに怒りをぶつけていただろう。
 その言葉をスザクは否定できない。しかし、自分には自分の言い分がある。
「そこまでじゃ」
 しかし、スザクが口を開く前に桐原がそれを制止した。
「皇子がおいでじゃ。それ以上見苦しい態度をみせるでない」
 その態度を改められないのであれば、今すぐここから出ていくように……と彼は続ける。
「そんなこと、出来るわけないでしょう!」
 自分はここにいる義務があるのだ、とスザクは言い返す。
「なら、黙っておれ! 何があってもの」
 そして、礼儀正しい行動を取れ、と桐原は口にする。それに、スザクは渋々ながら頷き返した。
 それを待っていたかのように、一人の黒服の男が桐原の元に歩み寄ってくる。
「お待たせしてしまったか?」
「いえ。今丁度、玄関をくぐられたところです」
 その言葉に桐原が厳しい表情を作った。
「……予定よりも遅いの」
 いったい、何があった? と彼は呟く。
「ゲンブ殿がちょっとした失態を」
 スザクに気兼ねをしたのだろうか。その言葉を告げる声は潜められている。しかし、スザクの聴力はしっかりと聞き取ってしまう。
「……まったく……あれはこのような場にまで己の感情を見せるとは」
 政治家としても失格だな、と彼はため息を吐く。
「ともかく、それに関しては後であれと話しておこう」
 今はブリタニアの皇子と神楽耶の対面を成功させる方が重要だ。そう言う桐原の言葉が自分に言い聞かせているように思えるのは錯覚だろうか。逆に言えば、それだけ彼はゲンブの行動に怒りを覚えていると言うことらしい。
 しかし、どうしてみんな、そんなに父のことを悪し様に言うのだろうか。
「殿下をご案内いたしました」
 それを問いかけようとするスザクを邪魔するように、外から声がかけられた。
「お待ちしておりました」
 即座に桐原がドアへと向かっていく。その後を神楽耶も追いかけていった。
「……気に入らない……」
 自分の邪魔ばかりしてくれて、と口の中だけでスザクは呟く。しかし、それを今、相手にぶつけることは出来ない。
 でも、と直ぐに思い直す。
 同じ場所で暮らすようになれば、いくらでも機会があるのではないか。
 その時にあれこれすればいい。そのまま、自分の視界から消えてくれればもっといいが。そう考えれば、少しだけ気分がよくなる。これならば、今は我慢できるかもしれない。
 こう考えると、スザクもまた二人の後を追いかけた。そして、とりあえず居場所を確保すると同時にドアが開く。
 真っ先に足を踏み入れてきたのはゲンブだ。
 その後に、黒い衣装を身に纏った少年と、同じような服装の十歳ぐらい年上の青年の姿が続く。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下をご案内しました」
 そう言いながら、ゲンブが少年の姿をはっきりと見えるように、脇に移動した。
 次の瞬間、神楽耶が一歩前に進み出る。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしたちはあなたを歓迎させていただきます」
 微笑みと共に彼女は完璧とも言えるブリタニア語で言葉を口にした。そのまま、頭を下げる。その仕草に、ゲンブが忌々しそうな表情を作ったのがスザクからもわかった。
「ありがとうございます。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。これから、よろしくお願いします」
 しかし、それに対しルルーシュの口から出たのは、綺麗な日本語だ。
 そう言えば彼は日本語を話せるのだと桐原が言っていたではないか。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。わたくしは皇神楽耶と申します」
 顔を上げると、神楽耶はそう言った。
「では……僕の婚約者は……」
「わたくしですわ」
「そうですか。よろしくお願いします、姫」
「神楽耶とお呼びください、殿下」
「なら、僕のことはルルーシュと」
 二人の間の雰囲気が、どんどんよいものになっていっている。その事実に、ゲンブの渋面がさらに深まった。
「そうそう。あれはそこにおられるゲンブ様のお子様でわたくしの従兄のスザクですわ。とりあえず、我が家で一緒に暮らしておりますから、顔を見る機会もあるかと」
 気に入らなければ無視してくれていい。神楽耶はそうも付け加える。
「……スザクです。とりあえず、よろしく」
 仲良くなる気はないけれど、と心の中だけで呟いた。
「よろしく」
 それに気付いていないのか。ルルーシュは手を差し出してくる。それを無視してやろうか。そうも考えたが、神楽耶と桐原の視線が許してくれそうにない。仕方がなく、その細い手を握りしめる。
 その瞬間だ。
「えっ?」
「……あっ……」
 何かがスザクの体を走り抜ける。それが何なのか、認識する前に消えてしまった。しかし、とても大切なものだ、と言うことはわかる。
「……今のは……」
 同じ感覚を持ったのか。ルルーシュが小さく呟いた。その言葉も日本語だというのは感心していいのだろうか。
 それよりも、彼に対する父の言葉が正しいのか。それもわからなくなってきた。
 その現実が、スザクを不安にする。だから、逃れるように彼の手をふりほどいた。








09.12.25 up