一取り家の中を案内されて、最後に自分たちが暮らすことになる離れに案内された。
「……これは……」
足を踏み入れた瞬間、ルルーシュを出迎えたのは見覚えがある家具だった。もちろん、これらはブリタニアで自分が使っていたものではない。新しくあつらえられたものだ、と言うことがわかった。
「ブリタニアから、ルルーシュ様のために送られてきたもの、と聞いております」
神楽耶がそっとこう囁いてくる。
「兄上達か……」
それともシャルルだろうか。どちらにしても、使い慣れた家具があるのは嬉しいと思う。
だが、とルルーシュは小さくため息を吐く。
ここにかつておかれてあった家具はどうなったのだろうか。
「どうかなさいまして?」
ため息を聞きつけたのだろう。神楽耶が問いかけてくる。
「事前にここを拝見させて頂いたものの話では、その時におかれていた家具も素晴らしいものだったと」
実は、それを目にするのを楽しみにしていたのだ。そう言ってルルーシュは微笑みを彼女へ向けた。
「まぁ、そうですの?」
「えぇ。確か、以前、こちらに皇女が降嫁されたときのものだと聞いております」
母からそう聞いていた、と付け加える。そして、その皇女がライの妹だと言うことを心の中だけで呟く。
「えぇ。そうですわ」
そう言えば、その方もルルーシュの先祖になるのか。神楽耶は今気が付いたというように口にする。
「そうですね。ですから、ちょっと楽しみにしていたのですよ」
自分に繋がる存在の痕跡――と言ってはいけないのかもしれないが――を目にするのを、と告げれば彼女は頷き返す。
「どれも大切なものですもの。きちんとしまってありますわ」
そのまま彼女は言葉を口にする。
「今すぐは無理ですが、近いうちにごらんになって頂けるよう、手配をさせて頂きますわ」
「ありがとう」
笑みと共にこう言い返す。
「それでは、中でお茶でもいかがですか?」
あの兄姉達のことだ。そのあたりのこともぬかりないはずだ。
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
色々と話をしたい。それは本音だ。何よりも、彼女たちとはこれから一緒に暮らすのだし、お互いのことを知っておくのは大切なことだろう。
ブリタニアを出るときに、心配したビスマルク達がそう教えてくれた。そして、ライも同じようなことを言っていたのだ。
「よければ、君も一緒に」
少し離れたところにいるスザクにも声をかける。
「……俺は……」
別に、と彼は続けようとしたらしい。
「そうしてください、スザク」
しかし、神楽耶のこの言葉にいやそうな表情のまま頷いてみせる。それだけ、自分のことが嫌いなのだろう。
だが、ルルーシュには彼れに嫌われる理由がわからない。後でライに聞けばわかるだろうか。
「やはり、あれは気のせいだったのか」
それとも、あれは彼の拒否の感情が伝わってきたのだろうか。
「ルルーシュ様?」
どうかなさいまして? と神楽耶が問いかけてくる。
「……彼に嫌われるようなことをしただろうか、と悩んでいたところです」
自分が彼と顔を合わせたのは二度目のはず。一度目はともかく、今回もずっとにらまれているから……とルルーシュは言い返す。
「それとも、嫌われているのはブリタニアでしょうか」
だが、ブリタニアは少なくとも日本に対しては強硬な態度に出たことはなかったのではないか。
その理由も、今はわかっている。
それは公言できるような内容ではないが、おそらく神楽耶も知っているだろう。
ならば、彼女に近しい彼が知っていてもおかしくはないのではないか。
「……スザクは……お父様の言葉を鵜呑みにしているのですわ」
あの方は、目に見えぬことを信じていらっしゃらないそうなので……と神楽耶は眉をひそめながら告げた。
「困ったことですわ」
京都六家に連なる者としては、と付け加えたくなる気持ちもわかる。
「……ブリタニアの皇族にも知らないものはおりますから」
だが、オデュッセウスとギネヴィアは違う。だから、誰が――と言っても、おそらくオデュッセウスでないのであればシュナイゼルではないか――皇帝になったとしても、大丈夫だろうと思っていた。
だが、行為を望むものは多い。彼等が何をしでかすかわからないとV.V.がぼやいていたことも気にかかる。
もっとも、今はそれよりもスザクの方を気にしなければならないだろう。
これから一緒に過ごすのに、こんな風に嫌悪感を顕わにされてはたまらない。ブリタニアでも、自分を嫌っている人間はいた。それでも、それぞれの宮が違うから滅多に顔を合わせずにすんだ。だから我慢できたと思う。
しかし、ここでは難しい。
「大丈夫ですわ。しっかりと教育し直す予定ですから」
自分たちがしっかりと受け継がなければいけない。もちろん、その中にはスザクも入っている。
「ですから、今しばらく、お時間をくださいませ」
性根をたたき直す、と告げる神楽耶は、どこか異母姉達と似た表情を浮かべていた。
「もちろんですよ、神楽耶様」
自分が下手に口を出すよりも彼女に任せた方がいいだろう。
「お任せください。きっちりとしつけますわ」
ルルーシュの言葉に神楽耶は満面の笑みと共にこう言い返す。その表情がやはりギネヴィア達に似ているな、と思ってしまうルルーシュだった。
やはり、前の方がよかったな。新しくなった室内を見回しながらスザクは心の中で呟く。
「おくつろぎください」
そんな彼の前で、ルルーシュが神楽耶の手を取って席へと導いている。慣れたその仕草すら気に入らない。
ともかく、さっさとあの椅子に腰を下ろせばいいのに。そうすれば、きっと胸が空くはずだ。
それだけが楽しみだよな、とスザクは心の中で付け加える。
「お気遣い、ありがとうございます」
自分には見せたことがない表情を浮かべて神楽耶はルルーシュに礼を言った。そんな些細なことも気に入らないと思えるのはどうしてなのだろうか。いくら兄妹同然に育ったからと言って、自分は彼女を特別だと思っていないのに。
そんなことを考えていれば、ルルーシュもゆっくりと椅子へと腰を下ろしていく。それは、スザクが例のものをしかけた椅子だ。やはり、あれが彼の席だったのか。
自分の目も確かじゃん、と自画自賛をすると同時に、周囲に破裂音が鳴り響く。
「ルルーシュ!」
部屋の隅でお茶の準備をしていたライが慌てたように駆け寄ってくる。そして、そのままルルーシュの小さな体を抱きしめた。
「あははは! 引っかかった!!」
その様子にスザクは笑い声を上げる。
しかし、それは直ぐに止まった。いつの間にかライが手にしていた剣の切っ先が、スザクののど元に押し当てられていたのだ。
「ライ……いいから」
彼の腕の中からルルーシュが声をかける。
「そう言うわけにはいかない。君を守るのは僕の義務だ」
たとえ、それがどんな些細なものでも……とライは優しい声音で言葉を返していた。だが、その優しさとは裏腹に、剣呑な光をたたえた瞳がスザクをにらみつけている。
「ただのイタズラじゃんか」
その視線から逃れようと、スザクはそう言い返す。
「……ここがブリタニアであれば、そんないいわけは通用しないな」
自分も寸止めなどしなかった。ライは静かな口調で言葉を綴る。
「第一、君にとってはイタズラでも、そう思えない人間がいる」
たわいのないイタズラで傷つく人間がいるのだ、と彼は続けた。
「……何だよ、それは……」
ばっかじゃないの、とスザクがあきれたように言った瞬間だ。破裂音と共に頬に熱さを感じる。それは直ぐに鈍い痛みへと変化していった。
「いい加減になさいませ!」
そんな彼の耳を神楽耶の叱咤が叩く。
「あなたがどれだけルルーシュ様に失礼なことをなさったのか。自覚しなさい!」
たちの悪いイタズラを、と彼女は続けた。
「どこが、だよ!」
この程度、いつものことだったではないか。スザクはこう怒鳴り返す。
「それはあなたの基準ででしょう!」
本当にたわいのないイタズラであれば、どうしてルルーシュの顔色がそんなに悪いのか。神楽耶はさらにこう詰め寄ってくる。
「……そんなの、そいつの事情じゃないか!」
自分が悪いわけじゃない、とそう叫ぶ。
その時だ。
「だが、お主のせいでルルーシュ殿下が傷ついたのは事実じゃ」
いったい、いつの間に来ていたのだろうか。桐原の声が耳に届く。
「ライ殿。殿下にはお休み頂いてよろしかろうか」
その後で、もし時間があるようであれば、母屋の方に来て欲しい。スザクの襟首を掴みながら彼はそう続ける。
「殿下をお一人にするのが心配であれば、この藤堂を使って頂いて構わない」
この言葉に首をひねれば、桐原の背後に藤堂の姿が確認できた。
「そう、させて頂きましょう」
静かな声でライは言葉を綴る。
「お側を離れますが、よろしいでしょうか」
そのまま、腕の中のルルーシュに問いかけた。それに、ルルーシュは静かに頷いてみせる。
「わたくしも、ライ様がお戻りになるまでお側におりますわ」
神楽耶が即座にこういう。
「ありがとうございます、神楽耶様」
それにルルーシュは微笑み返す。しかし、それは無理に作ったとわかるものだ。それを見た瞬間、胸が痛んだのはどうしてか。ただ、自分が何か重大な失敗をしたことだけはおぼろげながらわかった。
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10.01.29 up
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