時々、藤堂に軌道修正をされるスザクの説明と、後から追いかけてきたライの話を総合して、ようやく状況が見えてきた。
「つまり、そのC.C.様という方が、あいつの精神を向こうに連れて行ったと言うことなのか?」
 確認をするようにルルーシュは問いかける。
「おそらく、ですが。少なくとも、あの方と彼は我々の前にずっといましたからね」
 ライはそれにこう答えてくれた。
「でも、僕はV.V.様にそんなところに連れて行って貰ったことはないぞ」
 自分が言ったことがあるのは《黄昏の間》と呼ばれるあそこだけだ。
 しかし、あそこはスザクが説明していた光景とは違う。それとも、見る人間によって違うのだろうか。
「あるいは、あの方々も個人個人で使える力が違うのかもしれません」
 ルルーシュとシャルルの力が違うように。そして、自分とルルーシュの発動条件が違うように、と声を潜めて付け加える。
「その可能性はあるか」
 納得したように頷いたときだ。
「なら、全部俺の気のせいだって言うのかよ!」
 スザクが怒ったようにこう叫ぶ。
「……スザク……」
 神楽耶のように敬称を付けるべきだろうか。そう思いながらもルルーシュは彼に呼びかける。
「何だよ!」
 何か文句があるのか、と彼は怒鳴り返してきた。
「スザク君。彼はそんなことは言っていないだろう?」
 ともかく、話を聞きなさい……と藤堂に言われて、彼は渋々口をつぐんだ。
「ただ、君の話に出てきた《鏡》になら思いあたるものがある」
 ブリタニアで、それらしい場所へ迷い込んだときに、鏡を見た記憶があるのだ……とルルーシュは言葉を重ねた。
「鏡の中に、僕ではない誰かの姿を見掛けたように思う」
 それが誰だったのか、未だにわからないが……とも続ける。
「……それって、いつだよ!」
 今じゃないんだろう、とスザクは相変わらずの口調で問いかけてきた。
「……七歳に、なったか?」
 それとも、もっと前か……とルルーシュは首をかしげる。
「多分、その位だと」
 思うよ、と言ってくれたのはライだ。当然、彼はそれがいつのことなのかを知っている。
「……そんな、前?」
 なら、今回のことは関係ないのか……とスザクは呟く。
「いや。あの中は、時間や空間がこちらとは違うのだろう。ブリタニアででは、以前、あそこに迷い込んだ人間が百年近く経ってからもどってきたことがある。迷い込んだときと同じ姿で、だ」
 だから、あのころのルルーシュが今のスザクの姿を見掛けたとしてもおかしくはないかもしれない。ライはそう言った。
 もちろん、その迷い込んだ――正確には違う――人間というのは彼だ。
 その時のことを思い出して大丈夫なのか、とルルーシュは不安に思う。
「……何か、浦島子の話に似ていますわね」
 神楽耶がそっと口を挟んでくる。
「あれはてっきりただの昔話だとばかり思っていましたが……考えてみれば、皇の末裔などどこに転がっているかわからない時代のことですもの。迷い込んでしまった可能性は否定できませんわ」
 その時の経験を誰かに語ったものが記録に残ったとしてもおかしくはないだろう。彼女はそう続けた。
「あなたも、危なくそうなるところでしたのね、お従兄さま」
 にっこりと微笑みながら口にされた言葉はイヤミなのだろうか。
「何が言いたい?」
「ご自分でお考えになったらいかがですか?」
 本当に、ルルーシュに対して失礼な言動ばかりして……と彼女はわざとらしいため息を吐く。
 その言葉に反射的にスザクは腰を浮かす。もちろん、彼が立ち上がる前に藤堂にしっかりと止められていたが。
「あるいは、それを知っていてスザクを置いてきたのかもしれないな、その人は」
 二人の間に割ってはいるかのようにルルーシュは口を開く。
 それに、スザクも神楽耶も意味がわからないという表情を作っている。
「彼女が時空間を見通せるなら、ルルーシュ様があの時、あの場所を通るとわかっていた、と言うことですね」
 だが、ライにはルルーシュが何を言いたいのかわかったようだ。
「あぁ。だから、あそこにスザクとつながる鏡を置いた」
 そして、それを彼が帰ってくるための鍵にしたのではないか。そう仮説を口にする。
「おそらく、それが正解なのだろうな」
 後で本人に確かめられればいいのだが、とルルーシュは頷く。
「ところで、神楽耶様」
 ふっと思い出したというように彼女に視線を向ける。
「何でしょう」
「その、浦島子というのはどのようなお話なのでしょうか。よろしければ、本をお貸しいただけますか?」
 面白そうだ、と微笑みながら付け加えた。
「えぇ。明日にでもお届けしますわ」
 即座に神楽耶が頷いてみせる。
「あんなの、お子様向けじゃないか」
 スザクがぼそっと口にした。その後頭部を無言で藤堂が殴りつける。
「なんでだよ!」
「君にとってはお子様向けに思えることでも、殿下には初めて触れるものだろう?」
 それに、おそらくルルーシュは《日本語》で書かれた本を希望しているのではないか。
「何なら、スザク君。ブリタニア語で書かれた昔話を読んでみるかね?」
 それでも同じようなことを言えるのか、と彼はさらに問いかけている。
「無理! 難しいじゃん」
 そこまで叫んだときだ。スザクはあることに気付いたという表情のまま視線を向けてくる。
「読めるわけ、お前」
 それに関して、自分は説明をしていなかっただろうか。それとも、彼の脳裏に残っていないだけなのか。どちらが正しいのだろう、と思いつつルルーシュは口を開く。
「ひらがなとカタカナ、それに簡単な漢字は読める」
 言葉と一緒に学習してきたから、と付け加えた。
「……変な奴」
 それに対して、スザクは一言、こう言い返してくる。
「お従兄さま!」
 神楽耶が即座に彼をにらみつけた。
「だって、うちの学校に来ている連中なんて、未だにひらがなを読めないんだぞ。何の役に立つって言って」
 そっちの方が普通じゃないのか? と彼は言い返してくる。
「……僕は、この国でずっと過ごすことになるからな。日本語が読み書きできなければ意味がないだろう」
 学校に通っている連中はいずれブリタニアに帰ることが決まっている連中だろう。その差は大きいだろう、とも付け加える。
「……お前は……」
「僕は、この国にいるつもりだ。そうしなければ、いけないからな」
 そのために、自分という存在が生まれたのだろう。だから、と続ける。
「やっぱ、変な奴だよな、お前」
 でも、とスザクは言葉を重ねた。
「学校にいる連中より、お前の方がイイ」
 だから、と笑みを浮かべる。
「俺が使ってた教科書、貸してやる」
 そうすれば、少しは手助けになると思うぞ……と彼は付け加えた。
「それは……ありがたいな」
 ルルーシュは素直に笑みを浮かべながら言葉を返す。
「もっとも、お従兄さまの教科書が綺麗でしたら、ですが」
 丁寧に扱っていたのだろうか。神楽耶はそう問いかける。
「持って歩かなかったから、綺麗だぞ」
 スザクはそう言って胸を張った。
「……それは自慢するところではないと思うのだが」
 ため息とともに藤堂が言葉をはき出す。
「いいじゃん。それでそいつの役に立つんだから」
 それは違うのではないか。そう思うが、どうつっこんでいいのかわからない。
「……ついでに、ルルーシュ様にお勉強を習われることですわね、お従兄さま」
 そうすれば、少しは成績が上がると思う……と神楽耶は付け加える。
「……そんなの……」
 気にする方が、といいかけようとしてスザクはやめた。それは間違いなく藤堂の視線が厳しくなったからだろう。
「まぁ、今日の所はこの程度で終わらせておきましょう。ルルーシュ様もまだ本調子ではありませんし」
 さりげなくライが事態を収拾しようと口を開く。
「確かに。しばらくはゆっくりとされるのがいいでしょう」
 藤堂もそう言って頷いて見せた。
「……だけど、藤堂先生」
「まだ時間はある。君の都合で殿下を振り回してはいけないよ」
「わかりました」
 どこか不承不承と言った様子で、彼は頷く。
「では、夕食の時に」
 神楽耶のこの言葉を合図に、彼等は立ち上がる。そんな彼等をルルーシュは微笑みで送り出した。

 ある意味、これが二人が歩み寄る契機になったのかもしれない。
 もっとも、この時はまだ、その事実は認識されていなかったが。








10.02.19 up