「ルルーシュは大丈夫かしら」
 小さなため息とともにギネヴィアがこう口にする。
「少なくとも、皇の姫とは仲良くやっているそうだよ」
 それと、枢木の息子とも……とオデュッセウスが言葉を返す。
「本当。子供は直ぐに仲良くなっていいね」
 ルルーシュからの手紙を読みながら彼は続けた。
「と言うわけで、君にもこれを渡しておこう」
 言葉とともに、押し花で飾られたしおりを彼女の前へと滑らせる。
「これは?」
「ルルーシュが、あちらの子供達と一緒に作ったものだそうだよ」
 みんなの分を一緒に送ってきたのだ。そう言ってオデュッセウスは笑みを深める。
「もっとも、他の荷物は別便で……と言っていたから、何かまだあるのだろうけどね」
 問題は、それが無事に自分たちの手元に届くかどうかだ。その言葉にギネヴィアは反射的に腰を上げようとする。
「大丈夫だよ。シュナイゼルの耳には既に入れてある」
 明日の会議の打ち合わせのついでに、一枚渡してきたからね……と彼は続けた。
「それならばいいのですが」
 あの子ならば、きちんと手を打ってくれるだろう。そう言ってギネヴィアは頷く。そして、テーブルの上に置かれていたしおりを取り上げた。
「かわいらしい花ですわね」
「そうだね。あの国にも美しいものは多くあると言うことだよ」
 ルルーシュの気持ちを浮上させてくれるような、とオデュッセウスは微笑む。
「行かせてよかったかもしれない」
「えぇ」
 少なくとも、あの子の心の傷を少しでも癒やすことが出来たのであれば、自分たちの手元から放したかいはあったのではないか。ギネヴィアもそう言って頷く。
「問題は、あの子の幸せをどこまで守ってやれるか、だがね」
 シュナイゼルが既に指示を出している。そして、ビスマルクもシャルルの指示で内密に動き出しているらしい。そう囁くオデュッセウスに、ギネヴィアは柳眉を寄せた。
「何が……と聞かなくても想像が付きますが……誰ですの?」
 そんなお馬鹿なことを考えているのは、とそっと聞き返してくる。
「六番目の弟、だったかな?」
 正確には、その背後にいる母后とその実家か。そう言い返した。
「後は……日本の今の内閣だね」
 彼等はブリタニアよりも中華連邦にすり寄りたいと考えている。そのために、ルルーシュを取引材料にしかねない。
「ライ殿にはきちんと話をしてあるし、情報も手渡すように手配はしてあるが……」
 それだけで十分だろうか。考えれば考えるほど不安になってくる。ため息とともに彼はそう告げた。
「……とりあえず、あの方に、あちら側に連絡を取っていただきましょう。そのついでに、あの子の顔を見てきていただければ何より安心ですわ」
 きっと、ルルーシュも微笑むだろう。ギネヴィアはそう言って微笑む。
「確かに。父上にそう進言させて貰おう」
 それと、そろそろシュナイゼルに真実の一端でも教える許可を貰えるかどうかも話をしよう、とオデュッセウスは続ける。
「その方が、きっと、あの子を守れるだろうからね」
 完全に信じなくてもいい。
 ただ、皇族の義務の中にそういうものもあるのだ。その事実を認識してさえくれれば、それでいい。
「……あの子は賢いですからね。自分が手出しできないことがあるとしても、否定はしないと思いますが……」
 特に、ルルーシュが絡んでいることならば、とギネヴィアは続けた。
「それで十分だろう。シュナイゼルには確認する方法がないのだしね」
 大切なのは、ルルーシュをこれ以上傷つけないことだ。オデュッセウスの言葉にギネヴィアは頷き返す。
「と言うわけで、一つ頼まれてくれるかな?」
「何でしょうか」
 オデュッセウスの言葉に、ギネヴィアは首をかしげながら問いかけてくる。
「あの子達の年代の女の子が好きそうなものを探してきてくれないかね。これのお礼に、送って上げようと思ってね」
 だが、決してあちらが気兼ねをするようなものではなく、とオデュッセウスは言い返した。
「わかりましたわ、お兄さま」
 任せておいて欲しい。そう言ってギネヴィアは微笑む。
「ついでに、あの子の顔を見に行ってこようかしら」
「それはもう少し待ちなさい」
 ギネヴィアが行けば、大騒ぎになる。その位なら、まだ。クロヴィスの方がマシだろう。そう言えば、彼女は直ぐに「そうですわね」と言い返してきた。
「ともかく、あの子が楽しく過ごせていればいいのですけど」
 結局、結論はそれなのだ。そう自覚をして、オデュッセウスは静かに微笑んだ。

 スザクと付き合うのは、自分には命がけかもしれない。
 そう思いながら、ルルーシュは石の上に腰を下ろす。
「本当、体力がないな、お前」
 次の瞬間、あきれたような声が頭の上から振ってくる。
「まぁ、皇子さまにはそんなもの、必要なかったのかもしれないけどさ」
「……そんなことは、ない」
 一応、体術も剣も、基本だけは教えられていた。ただ、どうしても自分の体が自分の思い描くように動かないのだ。
「お前の体力が人並み以上なだけだろう」
 思わずそう言い返す。
「まぁ、毎日鍛えているからな」
 それにスザクは笑いながらこう言ってきた。
「それよりも、どうする? お前が見たがっていた花は、もっと上の方にいかないと咲いてないぞ」
 諦めるのか? と彼は続ける。
「行くに決まっているだろう!」
 即座にルルーシュが言い返す。
「まったく、意地っ張りだな、お前は」
 あきれたような口調でスザクが言葉をはき出した。
「お前ほどじゃない」
 即座にルルーシュはそう言い返す。
「最初の頃は、ずいぶんと人のことをにらんでくれたように記憶しているが?」
 しかも、周囲の人間の話に聞く耳を持たなかったではないか。そう付け加える。
「それは……悪かったよ」
 自分にとって、ゲンブは絶対的な存在だった。それに、あのことをしらされていなかったし、と彼は続ける。
「まぁ、偶然かもしれないけど、お前が俺を連れ戻してくれたことは事実だし」
 それに感謝をしなければ日本男児として認められそうにない。そう言って彼は胸を張った。
「何よりも、実物のお前って、ものすごく鈍くさいじゃん」
「悪かったな」
 自分でも、それは自覚している。だが、どうかしようとしてもどうしようもないのだ。
「僕だって、好きでこうなわけじゃない」
 父親であるシャルルがそうだった、と母やV.V.それにビスマルクからも聞いている。だから、きっとそちらの遺伝子のせいだろう。
 それでも、最低限のことが出来ているからいいではないか。
 ルルーシュとしてはそう言い返したい。
「まぁ、この山を休まないで登れるようになったら、藤堂先生が道場に連れてきていいってさ」
 目標はそれかな、と先にスザクが言う。
「勝手に決めるな!」
 それに、ルルーシュは思わず怒鳴り返していた。

「仲がよくなって、何よりだな」
 そんな二人の様子をライは日本軍から派遣された男と共に少し離れたところから見つめていた。
「確かに」
 藤堂直属の部下だという彼は、ライの父親といってもいい年齢だ。だからこそ、彼は自分と共に行動をさせているのだろうか。
「皇子のおかげであの子も変わっていたようだしの」
 いいことだ、と目を細める姿は、まさしく保護者が子供を見つめるときのそれだ。
「しかし、このままでは、また今日も勉強に支障が出そうですが……」
 ルルーシュは確かに神楽耶と結婚はする。しかし、ブリタニアの皇位継承権を放棄したわけではないのだ。万が一のことを考えれば、それなりの勉強は続けなければいけないだろう。
 だが、ここ数日というもの、スザクに連れ回されているせいか、入浴をして夕食をすませると同時にベッドへ行ってしまう。そして、そのまま朝まで起きてこないのだ。
「今は夏休みだからなぁ」
 スザクが羽目を外すのも仕方がない。そう彼は告げる。
「夏休み、ですか?」
 相手に呼びかけようとして、ライは彼の名前を知らないことに気付く。
「そう言えば、名乗っておりませんでしたな。仙波、と申します。お見知りおきを」
 彼の表情から察したのだろう。仙波は苦笑と共にそう言った。
「先日から学校が長期休暇にはいっておりましてな。まぁ、近いうちに宿題で苦しむことになるでしょう。それまで我慢していただくか、ルルーシュ殿下に体力が付くのを待たれるか、でしょうな」
 おそらく、後者の方が確率が高いと思うが……と彼は続ける。
「こういうことが出来るのが子供の特権ですからな。多少は大目に見て差し上げてください」
 いずれは、こんな風な時間を過ごすことが許されなくなるのではないか。その言葉に、ライも静かに頷き返す。
「ただ、時々、ナナリー様のことを思い出されておられるようですから……それだけが気がかりなのですよ」
 彼女も――程度の差はあれ――スザクのようにルルーシュを連れ回してはダウンさせるような人間だった。だから、きっと、そんな日々を思い出しているのだろう。
 幸せな気持ちだけならばいいが、とライは言葉を濁す。
「そうですか……だが、それもまたいい思い出と言える日が来るでしょう」
 ブリタニアの医療は日本のそれよりも進んでいると聞いているから。そう仙波は行ってくる。
「そうですね。私が信じていないと意味はありません」
 スザクを連れ戻したように、彼女を目覚めさせることが出来るかもしれない。そう信じていよう。ライは心の中でそう呟いていた。








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