その報告を耳にした瞬間、コーネリアは怒りのあまり目の前の机を殴りつけていた。
「どこのバカだ、犯人は……」
 今すぐ、自分の目の前に連れてこい。そのまま、傍にいた者達に命じる。
「姫様……落ち着いてください」
 そんな彼女を、ダールトンが戒めるように声をかけてきた。
「今回は未遂で終わりました。あの方はご無事なのです」
 だから、コーネリアがそんなに激昂してはいけない。そんなことをすれば、部下達が萎縮してしまう。
「ですから、まずは未然に防いだ者達をほめてやってください」
 他のことはその後でも構わないのではないか。彼はそう続ける。
「……あの子の容態は?」
 気持ちを落ち着かせようと、コーネリアは問いかけの言葉を口にした。
「髪の毛、一筋たりとも損なわれておられません」
 意識の方は、相変わらずもどる気配はない。そう告げたのはギルフォードだ。
「ただ……」
 ふっと何かを思い出したというように彼は言葉を続けようとした。しかし、直ぐに続く言葉を飲み込む。
 あるいは、報告するに値しないことなのではないか。そう考えているらしいことが彼の表情からわかった。だが、どのような些細なことであろうと『知らなかった』ですませたくないのだ。
 このようなことが怒ったばかりであれば、なおさらだろう。
「構わない。続けろ」
 そう考えて、彼に次の言葉を促す。
「先日、本の一瞬ですがナナリー様の脳波に変化が見られたとのことです。見間違いでなければ、微笑んでいたようにも思えたと」
 もちろん、どちらも錯覚という可能性がある。だから、報告があがってこなかったのだ。彼はそう続けた。
「ただ、今回、警備に就いていたものが、そんなことがあったと教えてくれましたので……」
 コーネリアにぬか喜びをさせるわけにはいかない。だから、これからもそのようなことがないか、お側で確認してくれるよう、頼んでおいたのだ。その言葉に彼女は頷いた。
「わかった。後でそのものの名前を教えてくれ」
 自分からも頼んでおこう。そう続ける。
「あるいは……ユフィの言うとおり、あの子の心は帰り道を忘れてしまったのかもしれぬな」
 ただ時々、肉体と心が何かの拍子につながるのかもしれない。
 その言葉を聞いたときにはばかげたこととしか思えなかった。だが、今の話を聞けば、その可能性も否定できない。
「ブリタニアの皇族には、時折、他人とは違う感覚を持ったものが生まれるという」
 ユーフェミアにもその片鱗は現れている。そして、オデュッセウスやギネヴィアもそうだろう。
 だが、その傾向が一番強く感じられたのはルルーシュだ。
 彼と同じ母を持つナナリーにも同じような感覚が備わっていたのだろう。コーネリアはそう結論づける。
「そうかもしれません」
 リ家に付き従って長いダールトンは自分たち以外の皇族と接する機会が多い。だから、あれも何かを察していたのか。こう言って頷いてみせる。
「だが、それと今回の事件は違う。相手が誰であろうと、正当な処分を受けさせる」
 必ず、事件の黒幕を捜し出せ……と彼女は命じた。
「Yes.Your Highness」
 即座に彼等は言葉を返してくる。
「あの子は……必ず目覚める。それまで、私が守ると約束をしたのだ」
 だから、彼女を害しようとするものは許さない。自分の名にかけて、とコーネリアは口にする。
「護衛の者達に会いに行く」
 そのまま彼女は歩き出した。

 本国で起こった事件をルルーシュは知らない。ナナリーが無事であるのなら、知らせる必要はないだろう。ライがそう判断をしたのだ。
 しかし、だ。
 だからといって何もしないわけにはいかない。
 もっとも、迂闊な相手に相談できることではないことも事実。そう考えて、ライが白羽の矢を立てたのはやはり藤堂だった。
「何か、話があると聞いたのだが」
 そう言いながら、彼が室内に足を踏み入れてくる。ルルーシュは今、スザクや神楽耶と共に勉強をしているから、彼も時間が空いていたのだろう。
「えぇ。できれば、ルルーシュ様には内密にしていただきたいことなのですが……」
「……だが、桐原公には伝えさせて頂くぞ」
 即座に彼はそう言い返してくる。
「それは構いません。ルルーシュ様にさえ知られなければいいことです」
 その点さえ気をつけてもらえるなら、と告げれば藤堂は頷いて見せた。
「それで、何が?」
 彼は静かな声で問いかけてくる。
「本国に残っておられる、ルルーシュ様の妹君が、襲われたそうです」
 この言葉に、藤堂の表情が強ばった。
「確か、殿下の妹君は……」
「今でも、変わらない状態、だそうです」
 まだ、意識が戻らないまま彼女は昏々と眠りについている。そんな彼女がどうして狙われなければいけないのか。コーネリアはそう言って拳を握りしめていた。
 あまりに力をこめすぎていたせいか。指先が白くなっていたことも覚えている。
「ブリタニアの皇族には、よくあること……と言ってしまえば、語弊があるかもしれません。ですが、お互いに足を引っ張り合うことは日常茶飯事なのですよ」
 もっとも、そんなことをしようにも出来ない者達がいることも事実。
 だから、あるいはそんな彼等へのせめてもの嫌がらせ、としてナナリーを狙ったのかもしれない。
 だが、それは逆鱗だ。
 本国では、シャルルを筆頭に高位の皇族達が犯人捜しをしているという。
「ですから、ナナリー様のことは心配がいらないかと。既に警備を強化しているそうです」
 ただ、問題なのは……とライは言葉を濁す。
「ルルーシュ殿下も、狙われている可能性があると?」
 それを藤堂はズバリと聞いてくる。
「えぇ」
 本国に残った者達が心配していることはそれなのだ。
「もちろん、あなた方の警備に不備がある、と申し上げているわけではありません。ただ、相手も送り込んでくるとすればかなりの実力者ではないかと」
 そして、と心の中で付け加える。そんな者達と、ルルーシュと神楽耶の婚姻を快く思っていない者達が手を組めば、どうなるか。
「わかっております。こちらとしても、教えていただいていれば、心構えが変わってきますからな」
 話してもらえてありがたかった、と彼は頷く。
「そう言っていただければ、幸いです」
 少なくとも、これで少しは自分に余裕が出来る。後は、本国でシャルル達が黒幕を突き止めてくれればいい。それで、少なくとも二人を排除しようとする動きは収まるのではないか。
「ルルーシュ殿下は、我々にとっても大切なお方ですからな。力の及ぶ限り、お守りする所存」
 だから安心してくれ。そう言う藤堂に、ライは頷く。
 しかし、何故か、不安を消すことが出来なかった。

「乗馬? 一応、たしなみ程度には出来るが?」
 それがどうかしたのか? とルルーシュは聞き返す。
「マジ?」
 しかし、スザクは信じられないというように目を丸くしている。
「信用しないのか?」
 少しだけむっとしたような表情でルルーシュは聞き返す。
「じゃなくて……うらやましいなって思ったんだよ」
 自分は馬に乗るどころか、触ることも出来ないんだ……とスザクは言い返してきた。
「触れられない?」
 馬は大人しくて従順な――と言っても、それは調教次第なのだろうが――生き物だとルルーシュは認識している。とんでもない扱いをするものでも、乗馬は出来たのに、と心の中で呟く。
「馬だけではありませんわ。お従兄さまが触れられないのは」
 苦笑と共に神楽耶が口を開いた。
「犬も猫も、お池の鯉にも逃げられておりますの」
 ここまで動物たちに嫌われると、それはそれで見事だとしかいいようがない。そう言う彼女に、スザクは忌々しそうな視線を向けた。
「でも、今回はそれだと困るんだよ!」
 馬に乗らないと話にならないんだから、とスザクは言い返す。
「……そうなのですが、ですが、どうなさいますの?」
「どうするもこうするも……俺でも乗せてくれる馬を探すか、諦めるしかないんじゃないのか?」
 馬に乗れないんじゃ、どうしようもない。
 そして、少なくとも皇か枢木の縁者でなければ、その役目ができないだろう。だから、スザクにおはちは回ってきたのだ。
「……皇の血縁?」
「そう。今度の、神社の祭り関係だからさ」
 だから、他の家のものではダメなのだ。そうスザクは告げた。
「……落ちつきがない人間は嫌われる、と聞いたことがあるが……」
 しかし、犬にまで嫌われると言うことは別の理由なのだろうか、とルルーシュは首をかしげる。
「どうなのでしょう。落ちつきがなのは、まさしくその通りだと思いますけど」
 でも、ちょっと異常かもしれない、と神楽耶も頷いてみせた。
「……馬か……」
 ブリタニアの宮殿ならばともかく、日本の民家――と言っていいのかどうかはわからないが――に馬が飼われているとは思わなかった。しかしこの家の規模を考えれば、十分にあり得る話かもしれない。
「何? ルルーシュってば、馬、好きなのか?」
 スザクが即座にこう問いかけてくる。
「あぁ。去年の誕生日に、自分用の馬を貰ったばかりだったし……」
 流石に連れてこられないので置いてきたが、と付け加えた。
「なら、見に行くか?」
 馬を、とスザクは問いかけてくる。
「凄く、綺麗なんだぞ」
 触れられないけど、見ているだけでも満足だ。そう言って彼は笑う。
「その前に宿題を終わらせてしまわなければいけませんわ」
 神楽耶がきっぱりと宣言をする。
「ちぇっ」
「ほら。手伝ってやるから」
 頬をふくらませるスザクに、ルルーシュはこう声をかけた。








10.03.05 up