馬を見に行く、と言うルルーシュ達にの言葉に、ライは驚いた。
「……馬、ですか?」
 その表情のまま、こう聞き返してしまう。
「あぁ。何でも、敷地内に厩があるんだそうだ」
 そこにゴシンバとかいう馬をはじめに何頭関われているらしい。そのうち、相性がいいのがいたら、乗ってもいいと言われた。ルルーシュは嬉しそうな表情でこう告げる。
「そうですか」
 そう言えば、彼は剣の訓練はともかく、乗馬は好んで行っていた。
 自分だけの馬を贈られたときには、暇があれば見に行っていたように記憶している。
「それはよかったですね」
 こちらでも馬に乗れるのであれば、スザクに引きずり回されて疲労困憊するよりも、ルルーシュには楽しめるだろう。
「……だが、スザクは馬に嫌われるんだそうだ」
 何でだろうな、とルルーシュは首をかしげている。
「それは……きっと、落ちつきがないからでしょう」
 即座にこう言えば、彼は小さな笑いを漏らした。
「ルルーシュ様?」
 どうかしたのか、と言外に問いかける。
「同じ結論に行くんだな、と思っただけだ」
 自分も同じ事を口にしたから、と彼は続けた。だから、おかしかったのだ、とも。
「それは、ずっと一緒にいるから、でしょうね」
 ルルーシュの考え方に自分のそれが映ったとしても不思議ではない。そうライは告げた。
「でも、他の動物にも嫌われるというのは、何なんだろうな」
 どんな人間でも、一つぐらいは好かれる動物があるものではないか。それでなくても、犬は訓練すれば飼い主を主だと認識するものだ、と聞いたこともあるのに……と彼は首をかしげている。
「そういうわけではありませんよ。たまに、どんな動物にも嫌われる人間がいます」
 昔、そう言う人間を知っていた。そう続ければルルーシュは少しだけ申し訳なさそうな表情を作る。
「気にしないでください。それよりも厩には私も付いていきますからね」
 いいですね、と付け加えれば、彼は小さく頷いて見せた。
「あの子は元気かな」
 そのまま、小さな声でこう付け加える。
「ご心配でしたら、後でオデュッセウス殿下にご報告するときにでも、確認させていただきますよ」
 あるいは、とライは続けた。
「こちらの大使館にも立派な馬場がありましたから、そちらに連れてきてもよいかと」
 そうすれば、ルルーシュが会いたいときに、いつでも会いに行けるだろう。そう続ける。
「だが……」
 一瞬、嬉しそうな表情を作った。そう思ったのだが、彼は直ぐに何かを考え込むような表情になる。
「それで、あの子は幸せになるのか?」
 ブリタニアにいた方が幸せなのではないか、と彼は口にした。
「大丈夫ですよ。少なくとも、きちんと世話をしてくれるものはいますから」
 だからといって、勝手に進めるわけにはいかない。とりあえず確認してからにしよう、とライは微笑んだ。
「あるいは、こちらの厩の一角を借りられれば、それでもいいですしね」
 それよりも、と言いながら壁から帽子を取り上げる。
「ひょっとして、神楽耶様達が待っているのではありませんか?」
 こう言いながら、そっと彼の頭の上にそれを載せてやった。
「そうだった!」
 慌てたようにルルーシュは体の向きを変える。あまりに勢いをつけすぎたのか。そのまま一回転をしてしまった。そんな彼の体を、ライは笑い声をと共に正しい方向に向けてやる。
「そんなに、馬に会えるのが嬉しいのですか?」
「あぁ。動物は何でも好きだけど……馬は特別だ」
 乗馬だけはマリアンヌにほめてもらえたから、と彼は続けた。他のことは彼女を失望させてしまうことが多かったが、と彼は続ける。
「マリアンヌ様のお側におられたかたがたのレベルが高すぎたのですよ」
 彼女自身はもちろん、ビスマルクやコーネリア達も、だ。
「ルルーシュさまは陛下に似られたのですから」
 そう言えば、ルルーシュが親しくしているきょうだい達の内、男性陣は今ひとつ運動神経がよろしくなかったような気がする。
 それは、シャルルの遺伝子のせいだろうか。
「V.V.様もそうおっしゃっておられたでしょう?」
 どうやら、双子でも運動神経は彼の方により多く与えられてしまったらしい。その代わり、シャルルのほうが別の面では優れているのだとか。
 その才能をもっとも受け継いでいるのがシュナイゼルらしい。だが、ルルーシュにも十分受け継がれているのではないか。彼はそうも言っていたことをライは覚えている。
「陛下も乗馬はお得意だそうですよ」
 これはビスマルクからの情報だ。
「オデュッセウス殿下もシュナイゼル殿下もそうだとお聞きしていますし」
「あぁ。兄上達は本当にお上手だ」
 シャルルの乗馬姿は記憶にはない。だが、小さな頃、鞍の前に乗せてもらったように思う。ルルーシュは少し目を細めながらそう言い返してきた。
「だから、なのか?」
 ひょっとして、すり込みなのか……と彼は首をかしげる。その瞬間、躓いたのはご愛敬というものだろう。

 自分が置かれている状況に、スザクは目を丸くしている。
「……馬が逃げない……」
 歯も向かれないし、つばも飛ばされない……と呟きながら、目の前にいる馬と見つめ合ってしまった。
「そうなのか?」
 そんな彼の隣では、ルルーシュが神馬に懐かれまくっている。その様子もまた、信じられないものだった。
「そうだよ。いつもなら、蹴飛ばされそうになる」
 なのに、何故か傍にいる……とスザクは言い返す。
「本当ですわ」
 彼の言葉をフォローするかのように神楽耶が頷いて見せた。
「お従兄さまが来て、こんなに静かな厩は初めてです」
 だから、ここで馬の世話をしている者達も驚いている……と彼女は続ける。
「あぁ。それで先ほどから視線が向けられているわけですね」
 自分もルルーシュも他人から見られることに慣れているが、少し鬱陶しいかもしれない。さりげなくそう付け加えると、途端に視線がそらされた。
「それはきっと、ルルーシュ様がその子に嫌がられていないからでしょう」
 神馬に選ばれるだけあって、純白の体躯は美しい。だが、妙に神経質で、初対面の相手には警戒を隠さない。それなのに、ルルーシュには甘えるようなそぶりすら見せているではないか。
 実際、自分も信じられないのに……と神楽耶はさらに言葉を重ねた。
 それ以上に信じられないのは自分だ、とスザクは心の中で呟く。
「ルルーシュ様は動物に好かれますから」
 確か、嫌がらせでけしかけられた虎をそのまま懐かせたのではなかったか。ライは苦笑と共にそう言う。
「そんなこともあったな、そう言えば」
 あの虎はどうなっただろうか、とルルーシュは首をかしげつつ聞き返している。
「確か、ギネヴィア殿下が連れ帰られたかと」
 彼女が気に入っているから、元気でいるはずだ……とライは言い返す。
「なら、いい」
 ふわりとルルーシュは微笑んだ。その瞬間、白馬が自分をかまえと言うかのように彼の頬をなめる。
「くすぐったいぞ、お前」
 くすくすと彼は笑いながらその頭を撫でた。
「そう言えば、スザク」
 ふっと思い出したというようにルルーシュが視線を向けてくる。
「君がその祭りで乗る予定の馬は、どの子なんだ?」
 この子ではないのだろう? と彼はさらに付け加えた。
「あぁ。その葦毛だ」
 そう言いながら、スザクは直ぐ傍にいた一頭を指さす。
「こいつか」
 なかなか賢そうな馬だな、とルルーシュは微笑む。そして、白馬からはなれてそちらに歩み寄った。白馬がそんな彼を引き留めようとしていたことは目の錯覚ではないだろう。
「お前。頼むからスザクを乗せてやってくれないか?」
 悪いやつじゃないから、と付け加えられたのは何なのか。しかし、それ以上に驚いたのはその言葉を理解したかのように葦毛が頷いて見せたことだ。
 実際、その後、スザクが近づいていってもその馬は逃げるそぶりを見せない。背中にまたがっても、だ。もちろん、条件はあった。ルルーシュが見ていないときには、以前と変わらない。
 それでも、初めて馬が言うことを聞いてくれたということがスザクにとっては一番だった。
 スザク以上にその事実に喜んだのは、神社の神職達だったかもしれない。
 これで、今回の祭りに穴を開けずにすむ。
 そう言って早速馬場へと彼等を引っ張っていった。
「見ているだけというのはつまらない」
 そう言ったルルーシュのためにも、一頭、連れてこられていた。そして、彼が行っていたとおり、お手本通りの乗馬姿を見せてくれる。
「……あいつも、得意なことがあるんだな」
 それにしても、綺麗だよな……と呟く。次の瞬間、心臓が大きく脈打ったのはどうしてなのか。まだ、わからなかった。








10.03.12 up