ビスマルクの言葉に、シャルルは思い切り、渋面を作っていた。
「その者達を連れてくるがよい」
 自分直々に処分をしてやろう。彼はそう続ける。
「Yes,Your Majesty」
 いつもと変わらずに彼はそう答えを返してきた。
 その変わらない態度に、少しだけ安心をする。彼だけは何があっても自分やルルーシュの味方でいてくれるだろう。そう思えるのだ
 自分はともかく、あの子の味方は一人でも多い方がいい。
 今の状況ではあの子に何があるのか、わからないのだ。
 これ以上、あの子を悲しませるようなことはしたくない。ただでさえ、あの子は悲しみを癒やす時間すら与えられないまま国を離れることになったのだ。
「……今回のことが見せしめになればよいのだがのぉ」
 だが、それが難しいこともわかっている。
 誰もが上を目指す。それは当然のことだ。しかし、自分が上に行くために誰かの足を引っ張り、蹴落とそうとするものもいる。己で努力をせずにそのようなことをして、何の意味があるのだろうか。
「あの子に継承権を与えたのは間違いだったのだろうか……」
 しかし、自分にとってあの子がどれだけ大切な存在なのか。周囲に知らせる方法を、自分は他に知らなかった。
 あの子には、マリアンヌもオデュッセウス達も付いているから、大丈夫だ。そう考えていたことも否定しない。
 しかし、現実は……と考えるとため息がこぼれ落ちる。
「ダメだよ、シャルル」
 その時だ。背後から聞き慣れた声が響いてきた。
「兄さん?」
「君が毅然としていなければ、それこそ、ルルーシュに矛先が向くよ」
 それでは、あの子を守れないだろう? と彼は続ける。
「何よりも、君は皇帝だ。そうである以上、誰かが見ているかわからない場所で悩む姿を見せてはいけない」
 そうだろう? という彼の言葉は正しい。だが、と思う。
「今回のことは、予想もしていませんでしたから」
 ルルーシュは既に国を離れている。皇位継承権にしても、相手に侮られないためのもの、と言ってしまえば納得されるのではないか。
 そして、ナナリーと言えば辛うじて命をつないでいると言える状態ではないか。
 そんな二人を狙うとは、とシャルルは顔をしかめる。
「……とりあえず、犯人は捕まえたのだろう? なら、誰が黒幕か、聞き出せばいい」
 そんなバカの命はいらないしね、とV.V.はうっそりと笑う。
「必要なら、嚮団にいる者達を動かすよ?」
 ルルーシュとナナリーの護衛なら、十分に務まる。そう彼は続けた。
「いえ。できれば、兄さんの部下達には別のことをお願いしたいと思います」
 シャルルはこう言い返す。
「別のこと?」
「我々が管理している以外の場所が、今どうなっているか。それを確認していただきたいと」
 最近、その地に侵入しているらしい者達がいる。それも、ブリタニア人が、とシャルルは言い返す。しかし、自分は表だって動けない。
「それは、確かに僕の役目だね」
 しかし、とV.V.は顔をしかめる。
「あちらのことを知っているものは、皇族の中でもごく一部ではなかった?」
「えぇ。もっとも、近いうちにシュナイゼルには話さなければいけないでしょうが……」
 それ以外は、V.V.も知っている者達だけだ。だからこそ気にかかる。シャルルの言葉に彼は頷き返す。
「わかった。ついでに、あちらにも声をかけておくよ」
 そろそろ落ち着いただろうから、顔を見てくるのもいいかもしれないね。そう言って彼は微笑む。
 誰に会いに行こうとしているのか、確認しなくてもわかった。
「お願いします」
 そうすれば、きっと、あの子も喜ぶだろう……とシャルルは口にする。
「なら、君の方も誰かを行かせるんだね」
 公式的に考えれば、その方が色々といいのではないか。
「そうだね……君の三番目の子――クロヴィスだったかな? あの子はルルーシュと仲がよかっただろう? 彼がいいんじゃないのかな」
 さりげなく、彼はそう付け加える。
 確かに、クロヴィスはオデュッセウスやシュナイゼルほど相手を刺激しないが、だからといって無視できない存在だ。何よりも、ルルーシュが慕っているものの一人でもある。
「考えておきましょう」
 あれこれ詰めなければいけないだろうが。そう続ければ、V.V.は小さく頷く。
「どうやら、冷静さがもどってきたようだね」
 そのまま、彼はそう告げる。
「兄さん?」
 ひょっとして、今までの会話は自分の怒りを静めるためだったのだろうか。そう思いながらシャルルは呼びかける。
 だが、彼は直接それに言葉を返そうとはしない。
「ルルーシュとラインハルト殿にあってくるよ」
 後で報告をするね、と代わりに付け加えると、そのまま歩き去る。彼の姿が見えなくなると同時にビスマルクがもどってきた気配がした。

 目の前で、スザクが弓を引いている。ブリタニアのそれと弓の形もかまえ方も違うが、その所作は綺麗だと思う。
「スザクじゃないみたいだ」
 いつものあのがさつさがなりを潜めている、と思わず呟いてしまった。
「藤堂さんに、こういう時の礼儀作法だけはしっかりとしつけられているからじゃねぇかな?」
 こう教えてくれたのは卜部だ。
「藤堂か。確かに、そう言うことには厳しそうだ」
 だが、逆にそれだからこそ好感が持てる……とルルーシュは微笑む。
「彼はビスマルクに似ているし」
 そう告げれば、卜部は一瞬、何かを考え込むような表情を作る。だが、直ぐに納得をしたというように頷いて見せた。
「ヴァルトシュタイン卿のことですか。ナイト・オブ・ワンの」
「あぁ。強いが、とても優しい人だ」
 藤堂もそうだろう? と言えば、卜部は自分のことのように嬉しそうな表情を作る。
「確かに」
 そして頷いて見せた。
「殿下も、弓を引いてみられますか?」
 そのまま、こう問いかけてくる。
「僕に出来るかな?」
 自分の運動神経のなさと非力さは自覚していた。だから、とルルーシュは問いかける。
「大丈夫ですよ。弓の種類もたくさんありますし、殿下に丁度いい強さの弓を見つければいいだけです」
 非力かどうかよりも集中力の方が重要だ。その言葉に、ルルーシュの好奇心がうずき出す。
「教えて貰っても、構わないなら、やってみたい」
「なら、こちらへどうぞ」
 まずは弓を選びましょう、と言って卜部はルルーシュの肩に手を置いた。
「そう言えば、殿下の騎士殿は?」
 いつも傍にいるはずのライがこの状況でも顔を見せないのに気が付いたのだろう。彼はこう問いかけてくる。
「大使館だ」
 別に隠すことではないだろう。そう思ってルルーシュは言い返す。
「何か?」
「いや。そんなことではなくて……親しくしていた兄が来られるとか」
 きっと、ここにも顔を出すつもりだろう。その調整役に呼び出されたのではないか、とルルーシュは言い返す。
「そうですか。となると、桐原公が張り切られますな」
 皇族がもう一人――たとえ、弟の顔を見に来るのだとしても――訪問してくる。そうなれば、皇がどれだけルルーシュを大切にしているかを見せつけなければいけないだろう。
 別にそこまで気合いを入れなくてもいいのではないかとルルーシュは呟く。
「僕は今のままで十分だけど」
 ブリタニアにいた頃と変わらない生活を送らせてもらっている。それだけで十分ではないか。
「まぁ、そのあたりは大人の事情というものもありますからね」
 桐原とライに任せておけばいい。その言葉に、ルルーシュはとりあえず頷いておく。
「では、弓の練習に行きましょう」
 初心者用の施設はあちらにあったはずだから、といいながら歩き出す彼にルルーシュはずなおについていく。
「ルルーシュ! どこに行くんだよ」
 二人の行動に気が付いたのだろう。スザクが叫んだ。
「殿下に弓を教える約束をしただけだ」
 だから、道場の方に行く……と言い返したのは卜部である。
「なら、俺も行く!」
 今日はずっと一緒にいるとライと約束をした、と彼はさらに言葉を重ねた。
「……いつの間に……」
 と言うよりも、卜部が傍にいるのにどうして朱雀が追いかけてこなければいけないのか。
「仲がよくて何よりだな」
 卜部はそう言って笑う。
「まぁ、枢木の坊主にももう一度基本をやり直させるいい機会か」
 最近、たまに基本を無視しているからな……と彼は続ける。
「ダメ、なのか?」
「実際の戦闘ならばともかく、こう言うときはな。正しい型を意識してやるべきなんだよ」
 卜部の言葉は直ぐに納得できたわけではない。だが、ライもよく剣の型をさらっている。つまり、それと同じ事なのだろうか。
「なるほど。その型を身につけるのが大切なんだな」
 そして、定期的にそれを確認しなければいけないのか。ルルーシュはこういう。
「その通りです。殿下はご理解が早い」
 笑いながら言われる。そのまま頭を撫でられて、ちょっと複雑な気持ちになったのは、また別の話だろう。








10.03.19 up