ライがもどってきたのは夕食の少し前だった。
「ずいぶん、時間がかかったんだな」
 珍しい、と言外に付け加えながらルルーシュは問いかける。
「ちょっと、日本政府との調整に手間取っただけです」
 警備のことに関して、とライは続けた。しかし、それだけではないのではないか。ルルーシュは心の中でそう呟く。
「それでも、兄さんはおいでになるのだろう?」
 予定が潰されることはないはずだ。それでも不安を隠せずにこう問いかける。
「もちろんですよ。どうやら、皇帝陛下をはじめとした皆様がご希望のようですので」
 ルルーシュがこちらでどのように暮らしているのか。それを確認したい、と思っているようだ。ライはそう教えてくれる。
「何よりも、クロヴィス殿下がそれを一番楽しみにされているようですので」
 どのような手段を使ったとしても押しかけてくるだろう。そうライは断言をした。
「なら、大丈夫か?」
 ここでの暮らしに文句があるわけではない。
 それでも、たまには無条件に甘えられる誰かと会いたいと思ってしまうのだ。
 オデュッセウスやギネヴィアであればもっとよかったが、彼等では、日本政府の拒否反応はもっと激しくなるだろう。シュナイゼルやコーネリアでも同様だ。そう考えれば、クロヴィスでいいのかもしれない。
 そして、彼であればここで色々と楽しんでくれるだろう。
 しかし、とルルーシュは心の中で呟く。何故、日本政府はクロヴィスの訪問を望まなかったのだろうか。
「……ルルーシュ様?」
 どうかしましたか、とライが声をかけてくる。
「日本政府で、中華連邦かEUと繋がりがあるものは、誰だ?」
 そんな彼に、こう問いかける。
「ルルーシュ様?」
「だから、兄さんの訪問に難癖をつけようとしていたのではないか?」
 さらに言葉を重ねた。
「……本当に、聡いですね、ルルーシュ様は」
 スザクのように何も知らないというのは困る。だが、もう少し疎くてもよかったのだが……とライはため息とともに口にした。
「ライ」
 どういう意味だ、と彼を見上げる。
「君を守るために、僕たちはいる。その中に、そう言うことも含まれているんだよ?」
 口調を《騎士》としてのそれから変えながら、彼は言葉を綴り始めた。
「君が気付かなくても、僕たちが動く。それよりも、もっと元気に走り回ってくれる方が嬉しいんだけど」
 子供でいられるのは今だけなのだから。そう彼は続ける。
「だが、僕の言動次第でブリタニアと日本の関係が壊れるのではないか?」
 それを防ぐのも自分の役目なのではないか、とルルーシュは問いかけた。
「大丈夫ですよ。少なくとも、ここにいる者達は君が多少羽目を外したとしても気にしない」
 そう言われても、今までこうしてきたのだから……と思う。
「弓道を習ったって?」
 話題を変えるかのように彼はこう問いかけてきた。
「あぁ。まだ、矢はつがえさせて貰っていないけど……それは当然だろうから」
 そのうち、出来るだろうし……とルルーシュは言い返す。
「よかったね」
 そんな風に、色々なことに挑戦してみればいい。この言葉とともに、彼はルルーシュの髪を撫でてくれる。
「きっと、もっといろんなことが見えてくるから」
 その言葉に、小さく頷いて見せた。

 朝食と夕食は、母屋で神楽耶とスザクと一緒に取る。それが慣例になっていた。
 もっとも、ここしばらく神楽耶はあれこれ忙しかったらしい。顔を見たのは一週間ぶりだろうか。ルルーシュがそんなことを考えていたときだ。
「最近、スザクと一緒のことが多いですわね」
 不意に神楽耶がこう言ってきた。その声音に、少しすねたような色が見え隠れしているのは錯覚ではないだろう。
「仕方がないじゃん。お前はお前で忙しいんだから」
 それに何と言葉を返せば彼女の機嫌を損ねないだろう。そう考えたせいで、口を開くのが一瞬遅れた。その間に、スザクがこう言い返している。
「こいつを一人にしない方がいいって、藤堂さんも言っていたし。だから、俺が一緒にいるんじゃないか」
 さらに彼はこう付け加えた。
「確かに、そうかもしれませんが……でも、面白くないのですわ」
 自分一人がつまはじきにされているようで、と彼女は続ける。
「そのようなつもりはなかったのですが……」
 ご機嫌を損ねてしまわれたのであれば、申し訳ない……とルルーシュは口にした。
「ルルーシュ様がお悪いわけではありません。ただ、わたくしが一人でふてくされているだけです」
 そして、それを知っていながら余計なことを言ってくれるスザクが気に入らないだけだ。彼女はそう言いきる。
「神楽耶様?」
 いったい、彼女は何を言いたいのだろうか。ルルーシュにはわからない。
「大丈夫ですよ、神楽耶様」
 不意にライが口を挟んでくる。
「ライ?」
 いったい、何が大丈夫なのか。そう思ったのはルルーシュだけではなかったようだ。
「何を言いたいんだよ、お前は」
 スザクがそう言ってくってかかっている。
「クロヴィス殿下がおいでになりますから」
 それに彼はこの一言だけを言い返す。だが、ルルーシュにはそれで十分だった。
「……あぁ。兄さんのことだ。日本の芸術作品を見たいとおっしゃるだろうな」
 しかし、自分はその手のことにまだまだ疎い。そして、芸術方面となれば、とスザクはあてにならない。
「神楽耶様にお手伝いをお願いしなければいけませんね」
 にっこりと微笑めば、神楽耶もまた微笑みを浮かべる。
「確かに、そちらの方面ではお従兄さまはあてになりませんわね」
 わかりました、と彼女は頷いて見せた。
「ご満足していただけるよう、微力を尽くさせていただきます」
 後で、クロヴィスが訪日中の日程を教えて欲しい……と彼女はライへと視線を向ける。
「えぇ。正式に決まり次第、お届けさせていただきます」
 即座に彼は頷いて見せた。
「ですが、この屋敷におかれている調度でも十分、ご満足いただけるかと」
 さらにこうも付け加える。
「むしろ『絵に描きたい』と言いそうだ」
 自分が見るのも好きだが、同じくらい手を動かすのも好きなのだ、彼は。
「神楽耶様をモデルに、と言うと思いますから、覚悟しておいてください」
 いやなら断ってくれて構わない。そう続ける。
「そうなのですか?」
「えぇ。昔から、気が付くとスケッチをしてくれていましたから」
 いやだと言っても勝手にしてくれるから……とため息とともに付け加えた。
「ルルーシュ様のスケッチだけで埋まっているスケッチブックが何冊あったのか。数える気にもなれませんでしたよ」
 苦笑と共にライも続ける。
「ですが、あの方が描かれる絵が、一番ルルーシュ様らしく感じられましたが」
 あくまでも自分の感想だが、と彼は言葉を重ねた。
「それは、是非は意見させていただきたいですわ。お許しいただければ、一枚譲っていただきたいほどです」
 そうしたら、自分の部屋に飾るのだ……と神楽耶は口にする。
「……言っておきますよ」
 そんなことを連絡すれば、彼のことだ。喜々として大作を仕上げて持ってきそうだ。
 それ自体は問題はない。
 問題があるとすれば、彼がどれを元に描いてくれるか、だ。
 頼むから、ドレスを着ているときとうたた寝をしているときのスケッチを元に描かないで欲しい。ルルーシュは心の中で呟く。
「……ブリタニアの皇族って、そんなことも出来るのか?」
 スザクが驚いたようにこう言ってくる。
「絵が得意なのはクロヴィス兄さんだけだ。オデュッセウス兄上は、ご自分でもバラの新品種を作り出させるほどそちら方面に造詣がおありだし、ギネヴィア姉上は建築関係にお詳しい」
 シュナイゼルは何でも得意だが、しいてあげればチェスだろうか。コーネリアは意外なことに裁縫が得意だったりする。
 親しくしている他のきょうだいたちも、それぞれに得意な分野を持っている。それを伸ばそうと努力しているのだ。そして、シャルルもそれを影から手助けしてくれている。
「日本人だって、同じだろう?」
 ルルーシュは逆に問いかけた。
「まぁ、そうだけど」
「別に、皇族だからって、変わらない」
 自分とスザク、それに神楽耶が変わらないように……とルルーシュは微笑んだ。
「……納得していいのかどうかわからないけど、納得しておく」
 スザクはそう言うと、また料理に箸をのばす。
「本当に適当ですわね、お従兄さまは」
 しかも、食欲が一番か……と神楽耶はため息を吐く。
「そうは言うけどさ。今日は馬に乗っての稽古なんだぞ」
 張り切らなければいけない。そして、ルルーシュにも付いてきて貰わないと……とスザクは言い返す。
「そう言えば、そうだったな」
 昨日、帰り際に土下座されそうな勢いで頼まれたのだった……とルルーシュも頷く。
「ライは? 今日も大使館に行くのか?」
 そのまま隣にいる相手へと問いかけた。
「言え。今日はこちらにおります」
 だから、ルルーシュと一緒に弓を習ってみようかと……と彼は微笑む。
「ライなら直ぐ身につけるだろうな」
 こればかりは仕方がないのかもしれないが、少しうらやましい。そんなことを考えながら、ルルーシュもまた食事へともどった。








10.03.26 up