真剣な表情で、ルルーシュは一つ一つの動作を確認していく。
 おそらく、頭の中では完璧な動作が記憶されているのだろう。しかし、それを実行に移そうとすると、何故か体が思うように動かないらしい。時折悔しそうな表情を作っている。
「……でも、繰り返していけばきっと身に付くだろうな」
 何よりも、剣と違ってまだ弓の方が安全に思えるし。ライがそう呟いたときだ。
「あの子は、すっかりとこちらの生活にとけ込んだようだね」
 背後から満足そうな声音が響いてくる。
 確認しなくても、それが誰のものか。ライにはわかっていた。
「V.V.様?」
 いつ、おいでに? と口にしながら視線を向ける。
「今、かな?」
 あちらを通ってきたから、時間がよくわからない……と彼は苦笑と共に付け加えた。
「確かに。あそこは時間の感覚がおかしくなりますから」
 長いのか短いのかまったくわからなくなる。本当に、よく、自分は狂わなかったものだ、とライは心の中で呟いた。
「ですが、いつ出ていらしたのかを教えて頂ければ、だいたいの時間がわかるかもしれませんよ?」
 とりあえず、と言うようにそう問いかける。
「その必要はないよ。大切なのは、あの子がどうしているかを確認することだから」
 もし、大切にされていなかったら、無条件で連れて帰るつもりだった。V.V.はそうも続ける。
「ここでは大丈夫ですよ」
 少なくとも、とライは言い返した。
「ここでは、ね」
 やっぱり、他の場所にはバカがいるんだ……と即座に言い返される。
「もっとも、向こうも同じ事だけどね」
 本当に、と彼はため息を吐く。
「また、何か?」
「ううん。心配しなくていいよ。あの後、嚮団の者達を側に置くようにしてあるから」
 彼等があちら側に取り込まれることはない。逆に、命を賭けてでも自分の命令に従おうとするだろう。そう言ってV.V.は笑う。
「でも、少し潤いが欲しくなってね」
 それには、ルルーシュを見ているのが一番だから、と彼は付け加えた。
「それならば、今晩は泊まっていかれますか?」
 自分たちが暮らしている離れであれば、他の者達に邪魔されることはない。そして、ここの者達はC.C.の存在を知っている。だから、V.V.がいたとしても気にしないのではないか。
「ルルーシュ様も、その方が喜ばれます」
 彼はV.V.のことも大好きなのだ。何よりも、肉親という存在は彼にとっても必要なのではないか。無条件で甘えられる存在を、心のどこかで求めているように思える。
 もちろん、自分にも甘えてくれているが、人目のあるところではそうするわけにはいかない。だから、彼は自分を律しているようにも思えるのだ。
「もちろん、そのつもりだよ」
 久々にルルーシュとゆっくりと話をしたい。添い寝をするのもいいかもしれない……と彼は口にする。
「シャルルはともかく、オデュッセウス達に言えば思いきり嫌がらせになるだろうし」
 その言葉に、ライは首をかしげた。
「あの方々が、何かされましたか?」
 彼等がルルーシュを害するはずがない。と言うことは、別の理由なのだろうが……と思いながら問いかける。
「ちょっと仲間はずれにされただけ」
 悔しいから、ルルーシュを構い倒してその様子を話して聞かせるだけ……と言う彼の様子は――申し訳ないが――外見も相まって、本当に子供みたいだ。
 しかし、彼がそこまで言うとは向こうが悪いに決まっている。そして、自分がどちらの味方をするかと言えば、目の前の相手の方だろう。
「なら、その様子を写真に撮りましょうか?」
 それがあると、さらに彼等が受ける衝撃が大きいのではないか。ライはそう付け加える。
「いいね、それ」
 見せつけてやろう、と彼は笑う。
「その前に、彼女と話をしてくるから。また後でね」
 ルルーシュには内緒でね? と彼は付け加えた。
「わかっています」
 くすくすと笑いながらライは頷く。
「こういうサプライズは嫌いじゃありませんから」
 昔はともかく、今は……と付け加えた。昔も、あるいは嫌いではなかったのかもしれない。ただそうい事が出来る状況ではなかっただけなのか。
「楽しみにしている」
 そんなことを考えている間に、彼は姿を消す。
「ライ!」
 代わりにルルーシュの声が耳に届いた。
「どうかされましたか?」
 にっこりと微笑むとこう聞き返す。そのまま、彼の方へと歩き出した。

 目の前にいる人物が信じられない。
「やっぱり驚いたね」
 にっこりと微笑みながら、V.V.がこう言ってくる。
「……何で、食事が三人分なのかと思えば……ライは知っていたんだ」
 てっきり、スザクが押しかけてくるとばかり思っていたのに、とルルーシュは彼をにらみつけた。
「僕が彼に頼んだんだよ。後で、オデュッセウス達をうらやましがらせようと思ってね」
 ついでに、ルルーシュの驚く顔が見たかったのだ。そう言ってV.V.はさらに笑みを深めた。
「V.V.様が?」
 そう言うことを? と思わず口にしてしまう。
「僕だって、そう言うことは好きだよ?」
 昔は色々としていたのだ、と彼はその表情のまま付け加えた。
「シャルルもよく泣かせたかも」
 さりげなく付け加えられた言葉にどのような反応を返せばいのか、ルルーシュにはわからない。
「V.V.様。ルルーシュ様が困っておいでですよ」
 しかし、ライはそうではないようだ。こう言いながら、彼はさりげなくルルーシュの前にスープの入った皿を置く。
「ルルーシュ様には、陛下の小さい頃は想像も出来ないようですし」
「……それはそうだね」
 仕方がないか、とV.V.は頷いた。
「僕だって、今のシャルルをなかせるのはいやだし」
 今のシャルルが泣いても、可愛くないし……と彼は付け加える。
「……想像したくない……」
 ルルーシュは小さなため息とともにこう告げた。
「そう言うことだよ」
 やっぱり、無条件で可愛いと思えるのは二十歳までだよね……とV.V.は頷く。
「後は、個人の関係次第かもしれないけど」
 そういうものだろうか、とルルーシュは首をかしげる。 
「あまり難しく考えなくていいですよ、ルルーシュ様。それよりもスープが冷めますが?」
 その思考をライの言葉が断ち切った。
「そうだね。大丈夫。大きくなったら、自然にわかるから」
 シャルルなんて、マリアンヌに出逢うまで意味がわからなかったようだし……とV.V.も頷く。
「だから、本当に大切な人が見つかったときにわかるよ」
 二人がそう言うならそうなのだろう。
「……大切な人が、僕にも見つかるでしょうか」
 ルルーシュはそう問いかける。
「神楽耶様は可愛いし、好きだと思えますが……でも、特別というのとは少し違うような気がします」
 かといって、ナナリーやユーフェミア達もそう言い存在ではない。
 他に、自分を自分として受け入れてくれる人間がいるだろうか……と口にした。
「大丈夫。必ず見つかるよ」
 だから、安心して……とV.V.は笑う。
「第一、特別な相手というのは奥さんとは限らないからね。友達かもしれないし、部下かもしれない。あくまでも、それは君が見つけるものだから」
 そのための時間が自分たちが作ってあげるから、と彼は付け加えた。
「そうだね。そのための尽力は私も惜しまないよ。君には、あんな時間を過ごして欲しくないから」
 口調を変えてライはさらに言葉を重ねる。
「僕も……シャルルがいてくれたから、あそこで待っていられたからね。もっとも、そんなことをさせないようにするつもりだけど」
 しかし、いつ、何が起こるかわからない。だから、用心だけはしておいて欲しい。V.V.はさらに言葉を重ねた。
「わかっています」
 あの誰よりも強かった母ですら命を落としたのだ。だから、絶対などと言うことはない、と知っている。
 神楽耶とスザク。それにC.C.は信じられるかもしれない。しかし、それも絶対とは言い切れないのだ。心の中でそう呟いたときだ。
「何だ? うまそうなものを食っているな」
 そう言いながらC.C.が現れる。
「私の分はないのか?」
 さらに彼女は当然のように空いている椅子に座るとこう問いかけてきた。
「……ライ?」
「普通に食事をされる程度であればありますよ」
 ため息混じりに彼はルルーシュの問いかけに言葉を返してくれる。
「C.C.の食欲は人並み以上だからね」
 さらにV.V.が苦笑と共にこういった。
「お前達。女性に向かって言うセリフか?」
 即座にC.C.が文句を告げる。
「君を女性の範疇に複家ていいものかどうか。常々疑問に思っていたんだが……」
「……と言うよりも、食事の量に関しては女性と思えませんので」
 二人は口々にこういう。
「こういう大人にだけはなるなよ?」
 ため息混じりにC.C.が言葉を投げかけてくる。それに頷くべきかどうか。ルルーシュは悩んでしまった。

「今度は、もっとゆっくりと来るよ」
 朝、V.V.はこういう。
「V.V.様」
 そのまま立ち去ろうとする彼を、ルルーシュは慌てて呼び止める。
「何?」
「……お手間でなかったら、父上やナナリーに持っていって頂きたいものがあるのですが……」
「大きなものでなければ、持っていって上げるよ。何?」
「花を」
 とくに、ナナリーに……とルルーシュは付け加える。
「いいよ。何の花?」
「ちょっと待っていってください」
 そう言うと、ルルーシュは離れの外へと駆け出す。そこに、小さな鉢植えで育てた花がある。スザクに貰った種で育てたそれはものすごくよい香りが花が咲いた。だから、と思ったのだ。
 三つ並んでいるうちの二つをそっと持ち上げる。
 そのまま、慎重にV.V.の元へと戻った。
「これです」
「いい香りだね」
 にっこりと微笑みながらV.V.はそう言う。
「これなら、ナナリーにもわかるかもしれないね。いいよ。持っていって上げる」
 この言葉にルルーシュは嬉しそうに微笑むと頷いた。








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