何故、こんな面倒なことを。そう思いながらゲンブはスーツに手を通す。
「まったく……桐原公も余計な手間だけを増やしてくれる」
 そうは思うが、無視は出来ない。それがまた腹立たしいのだ。
「ブリタニアなど……」
 その力を借りずとも日本には何の支障もない。むしろ、あちらの存在は他国との繋がりを深めるためには障害になっているのではないか。
 確かに、ブリタニアは他国へと侵略をし、そこを植民地にしている。その矛先が日本に向けられないと言うことは+なのかもしれない。だが、それもいつまで続くものかわからないだろう。
 その前にすっぱりと縁を切ってしまえばいいのではないか。
 もちろん、民間にそれを求めることは政府としては出来ない。だが、京都六家内のことであれば、と思う。
「なのに、何故……」
 神楽耶とあの皇子の婚約に反対をしているのは、六家内部では自分一人だ。
 そして、その理由はと言えば、自分にはわからない馬鹿馬鹿しい慣習のためだという。
「そんなものに縛り付けられているから、いつまで経っても変わらないのだ」
 古い慣習など必要がない。世界は日々変化していっているのだから、とゲンブは顔をしかめる。
「いっそ、六家の実権を奪い去ってやろうか」
 不可能と言えることかもしれない。それでも、現状よりも、マシなのではないか。
「そのためには、協力者が必要だな」
 それも六家の内部に。
「誰がいいだろうか」
 不満を持っているものは自分以外にもいるはず。だから、と呟く。
「だが、悟られないようにしなければいけないな」
 悟られれば、絶対に途中で邪魔が入る。だから、とゲンブは忌々しそうに髪をなでつける。
「ともかく、今は不本意だが、丁寧に相手をしなければなるまい」
 準備が整わないうちにことが露呈してはいけない。だから、今は気に入らない相手でも歓迎しなければいけないのだ。
「まぁ、これがシュナイゼルでないだけマシか」
 ブリタニアの中で一番厄介なのは、第一皇子ではなく第二皇子の彼だろう。第三皇子など、シュナイゼルに比べれば血筋がいいだけの存在だ。だから、簡単にあしらえるだろう。
 だが、とあることを思いだして顔をしかめる。
 神楽耶の婚約者であるルルーシュは、ある意味、シュナイゼルに似ているような気がするのだ。もちろん、幼いせいか、あれほどのすごみはないが。これから成長したらどうなるかわからない。
 もし、彼がそのまま神楽耶の婿になれば、枢木の家は決して六家のトップに立てないことは目に見えている。
「だからといって、殺すのは気が引けるからな」
 ルルーシュが成人していれば話は別だが、相手はまだまだ子供だ。だから、と思う。
「枢木首相。お時間です」
 その時だ。ノックの音と共に秘書の声が耳に届いた。
「今、行く」
 そう言い返す。ネクタイを締め直すと、彼はドアへ向かって歩き出した。

 目の前に広がる大地は、ブリタニアとは比べものにならないほど狭苦しい。しかし、それだからこそ起伏に富んで本国にはない景観を作り出している。
「これはこれは……是非とも一日ぐらい、ゆっくりとスケッチをしたいね」
 ルルーシュも連れて出かけるのもいいかもしれない。
 もっとも、それが許されるのであれば、だ。
「まぁ、あの子の話であれば今すんでいる場所も美しいところだそうだからね」
 そこで満足するしかないのだろうが、と呟きながら、隣にいる女性へと視線を向けた。
「それがよろしいかと」
 こう言って微笑んだのはノネットだ。ラウンズである彼女を同行させたのは、もちろん、シャルルである。
「もっとも、キリハラはルルーシュ様に好意的のようですから、多少の融通はしてもらえるかと思います」
 その時には、現在、ブリタニア大使館にいる武官達を何人か連れて行く必要があるか……と彼女は続けた。
「その時は、私が指示を出しますが……」
「あぁ。頼む。とりあえず、ルルーシュの傍にはライがいるから、大丈夫だとは思うがね」
 それでも、彼とノネットだけでは何か起きたときに困るだろう。おそらく、その時にはルルーシュの婚約者の少女も一緒に来るのではないか。色々と話が聞けるかな、とクロヴィスは付け加える。
「その前に、公式行事だけは滞りなくすませてください」
 オデュッセウス達の指示で、最低限しか入れていないのだから……とノネットは苦笑を浮かべた。
「わかっているよ」
 それにクロヴィスはため息とともに言い返す。
「逃げ出したりしたら、ルルーシュの立場が悪くなるかもしれないからね」
 それだけは避けなければいけないだろう。
「大丈夫だよ。ご褒美ルルーシュが待っていると思えば我慢できる」
 だから、逃げ出したりはしない。彼の前では少しでも立派なところを見せたいから、と微笑む。
「兄上方みたいなことはできないかもしれないけれど、それでも、私はあの子の兄だからね」
 少しは自慢に思ってもらえるようにしないと。そう告げる彼に、ノネットは頷いてみせる。
「確かに。そうでないと、嫌われそうですしね」
 誰にと言われなくてもわかってしまう。その瞬間、クロヴィスの頬が強ばった。その可能性は否定できない。同時に、絶対に避けたいと思うことなのだ。
 その状況を考えただけで泣きたくなってしまう。
「しかし、同行者の中にアスプルンド伯爵がおいでなのはどうしてなのでしょうか」
 話題を変えるかのようにノネットはこう問いかけてくる。
「あぁ。シュナイゼル兄上が、何か考えておいでのようだが……ひょっとして、ナイトメアフレームのことかな?」
 ライの身体能力なら乗りこなせるかもしれない機体を設計したとか。そんなは端を耳に挟んだ、とクロヴィスは口にした。
「ラウンズにもそれぞれ専用機を、と言う話が出ているのだろう?」
「えぇ。ですが、ランペルージ、にですか」
 確かに、彼が自由に動かせる機体があれば、何かあったときにもいいかもしれない。しかし、また誰かが騒ぐのではないか。それはそれで厄介ではないか、とノネットはため息を吐く。
「マリアンヌ様がいらっしゃれば、話は別だったのだろうがね」
 だが、万が一のことを考えれば必要だろう。
「陛下と兄上達が認められたのだ。他の誰も何も言えないだろう」
 もっとも、だからこそ厄介かもしれないが。言葉とともにクロヴィスは眉根を寄せる。
「それに関しては、嚮団の方も動いてくれるそうだから、任せるしかないのだがね」
 自分に出来ることは、ルルーシュの顔を見て彼が幸せかどうかを確認するだけだ。少しだけ自嘲の色を滲ませながらそう呟く。
「それが一番重要なことではありませんか?」
 そして、クロヴィス以外に出来ないことだろう。ノネットは即座にそう言ってくる。
「だといいけれど……あぁ、それにしても、スケッチブックが足りるかな?」
 ルルーシュの様子をスケッチするとなると、一冊ぐらいは直ぐに埋まってしまう。そして、それを本国に戻ったところでシャルル達に取り上げられるのではないか。
「いざとなれば、誰かに買いに走らせるしかないかな?」
 しかし、どこで大使館にいるものであれば知っているのだろうか、とクロヴィスは続ける。
「大丈夫ですよ」
 くすくすと笑いながら、ノネットが言ってきた。
「殿下がおいでとわかった時点で、そのあたりのことは調べているはずですよ」
 日本の大使館には有能な者達が集められているから、と彼女は付け加える。
「本当に、陛下も殿下方も、ルルーシュ殿下を大切にしておられる」
 その事実が日本政府に伝わればいいのだが。彼女はそう言って眉根を寄せた。
「エニアグラム卿?」
「何でもありません、クロヴィス殿下。私の考え過ぎかと」
 即座に彼女は笑みを作る。
「そう言うことにしておくよ」
 だが、何か手助けできることがあるなら、遠慮しないで教えて欲しい。クロヴィスの過去の言葉に彼女は頷く。それを待っていたかのように、着陸のサインが表示された。

 周囲に漂う空気に、ルルーシュは間違いなく気付いているはずだ。しかし、それを表に出すことはない。それは、彼が《ブリタニアの皇子》だからだろう。
 その義務感は本当に一人前以上だ。
 こう考えながら、ライは周囲を見回す。
「ランペルージ卿」
 その時だ。ジェレミアがそっと歩み寄ってくる。
「どうかされましたか、ジェレミア卿」
 ルルーシュの耳にできるだけ入らないように問いかけの言葉を口にした。
「ご心配なく。間もなく着陸だと連絡がありましたので」
 お知らせに、と彼は微笑む。その瞬間、ルルーシュが視線をこちらに向けたのがわかった。
「クロヴィス殿下はとてもお元気だと、エニアグラム卿が」
 おそらく、ルルーシュに聞こえるように……と考えてのことだろう。ジェレミアは少し声を大きくしてそう告げた。
「それはよかった。そうなると、絵をたくさんお描きになるだろうな」
 それだけスケッチブックを用意されているのだろうか。呟くようにそう告げる。
「ジェレミア」
 ルルーシュが静かに口を開く。
「悪いが、兄さんがお好きなメーカーのスケッチブックを取り扱っている店舗を探しておいてくれ」
 きっと、足りないと言い出すに決まっているんだ……と彼はそっと付け加えた。
「Yes.Your Highness」
 即座にジェレミアが言葉を返す。その口元に微笑みが浮かんでいるのは、ルルーシュとクロヴィスの仲の良さを思い出したからだろう。
「では、ルルーシュ様。そろそろ外の方にいかれますか?」
 降りて直ぐにルルーシュの顔を見れば、クロヴィスは喜ぶだろう。ライはそう言って微笑む。
「ついでに、逃亡阻止にもなるだろうな」
 誰もが考えてあえて口に出さなかった一言をルルーシュはさらりと口にする。
「大使もそれがわかっているから、僕を呼び出したのだろうし」
 流石にそこまで酷くはないのではないか。
 そう言いきれないのは、クロヴィスの過去の所行を知っているからだろうか。
「……いや、兄上方のご指示かもしれないな」
 まぁ、人目があるところでクロヴィスが失態をするとは思えないが。そう言いながら、ルルーシュは歩き出す。
「本当に、ルルーシュ様は素直ではないから」
 彼の足取りが軽かった理由は、あえて問いかけないようにしよう。ライ達は視線だけでそれを確認すると、彼の後を追いかけて歩き出した。








10.04.23 up