公式な訪問だから、だろうか。ルルーシュがこの地に降り立ったときよりも人が多い。その中で、ルルーシュはブリタニア大使と共にクロヴィスが姿を現すのを今か今かと待っていた。
「お暑くありませんか?」
 そんな彼に、大使がそっと問いかけてくる。
「大丈夫だ。だが、心配してくれるのは嬉しい」
 この言葉に、大使が光栄だというような表情を作った。
「しかし、兄さんには辛いかもしれないな、この暑さは」
 自分はここの気候にあわせた服装をしている。だから、かなり楽だと言っていい。しかし、クロヴィスのことだ。見栄えを優先して皇族服の中でも一番派手なものを身につけているのではないか。
「……日本の女性にファンを増やすおつもりか?」
 クロヴィスならやりかねない。
 スザクの言葉を信じるならば、クロヴィスは日本の女性がイメージする《王子様》に一番近いらしいのだ。
「クロヴィス殿下なら、ご本人にそのおつもりなくても、そうなるのではないかと」
 オデュッセウスの母の縁者だという大使が即座に言葉を返してくる。
「あの方は、美しいと思えばどの国の女性であろうと賛辞の言葉を惜しまれませんから」
 それは、オデュッセウスやシュナイゼルには真似できないクロヴィスの長所だ。大使の言葉に、ルルーシュも頷く。
「兄さんには頑張って女性陣の支持を集めて貰おう」
 日本の首相は国民の投票で選ばれると聞いた。だから、とルルーシュは心の中で呟く。
 その時だ。
 準備が整ったのだろう。専用機のドアが開く。そして、そこからゆっくりとまばゆい金髪の青年が姿を現した。
「お元気そうだ」
 それが誰かなどと確認しなくてもわかる。ルルーシュはそう呟くと目を細めた。
 彼の方もルルーシュの存在に気が付いたのだろうか、手を大きく振っている。
「……兄さんは、ここがブリタニアではないとわかっていての行動だろうな」
 思わず、こう呟いてしまう。
「クロヴィス殿下らしい行動だと思いますが」
 こう言ってきたのはライだ。
「それよりも、ルルーシュ様が手を振り替えして差し上げないと、いつまでもあのままだと思いますよ」
 さらに付け加えられた言葉に、渋々手を振り返す。それに満足したのか。クロヴィスは軽い足取りでタラップを降り始めた。
「先が思いやられる」
 彼が滞在している間、ひょっとしてフォローをするのは自分の役目なのだろうか。ルルーシュは思わずそう呟いてしまう。
 それでも、こちらではなく真っ直ぐに日本の首相陣のほうへ向かっていっただけマシなのだろうか。だが、彼は一言二言交わしただけで、直ぐにこちらに向かってくる。長ったらしい挨拶を用意していたらしい者達が、呆然としているのがわかった。
「ルルーシュ!」
 それに気付いているのかいないのか。満面の笑みと共にクロヴィスが駆け寄ってくる。しかも、大きく手を広げてだ。
 小さな笑いと共にライがルルーシュの背中を軽く押す。
「お久しぶりです、クロヴィス兄さん」
 仕方がないというように前に進み出ると、ルルーシュは彼にこう呼びかける。次の瞬間、しっかりと彼に抱きしめられていた。
「挨拶なんていいよ」
 そのまま、クロヴィスはこう言ってくる。
「少し、大きくなったかな? 元気そうで何よりだ」
 色々と心配していたんだよ、と付け加える彼の声が微妙に涙ぐんでいるのは、ルルーシュの錯覚ではないはずだ。
「こちらではよくして頂いていますから」
 後で、神楽耶とスザクを紹介しますね……と付け加える。
「ですから、まずはここがまだ公式の場だと思い出してください」
 あちらでクロヴィスの挨拶を待っている者達がいるだろう。だから、適当にいいわけをしながら戻れ。そう告げる。
「ルルーシュぅ」
 そう邪険にしなくても……と彼は言い返してきた。
「僕を失望させないでくださいね、兄さん」
 さすがはクロヴィスだ。そう言うような言動を見せてください、と微笑みながら言い返す。
「挨拶の仕方のお手本、見せてくださいますよね?」
 こう言われて『否』というクロヴィスではない。
「わかったよ、ルルーシュ。任せておきなさい」
 にっこり微笑むと彼の頬にキスを落とす。そして、直ぐに腕をほどくと立ち上がった。
「申し訳ありません。末の弟に久々に会えた喜びで、我を忘れてしまいました」
 お見苦しいところを見せてしまいましたね、とロイヤルスマイルと共に告げる。
「ですが、貴国の人々のおかげでこの子も元気でやっているようで、安心しました」
 その言葉に、枢木首相をはじめとする者達は複雑な表情を作っていた。しかし、クロヴィスの隣でルルーシュが微笑んでいるのを見ては、納得しないわけにはいかないらしい。
「いえ。お小さい弟君がお一人でこの国においでならば、心配するのが当然と言うものでしょう」
 そう言いながらも枢木首相の視線は険しさを増している。それはどうしてなのか。後で、ライに聞いてみよう……とルルーシュは心の中で呟いていた。

 クロヴィスの存在は、女性達の間でものすごく話題になっていた。
 そのせいだろうか。彼が出席をする行事があれば、その周囲に女性達が集まってきて経緯がしにくいとぼやいているらしい。
 そこにルルーシュまで加わっては大使館のものが大変だ、と言うことで、皇邸で大人しくしているわけだ。
「まぁ、あの方の物腰は凄く柔らかいですから、納得できますわ」
 そんな彼に、神楽耶が微笑みながらこう言った。
「まさしく、白馬の王子様ですもの」
 しかも、日本人に対しても礼儀正しい態度を崩さない。だから、余計に人気が出るのではないか。
「その代わり男には今ひとつ人気がないけどな」
 お茶菓子に手を伸ばしながら、スザクがこう言ってくる。
「……ブリタニアでもそうだったが……だが、兄さんの絵を見ればまた変わってくるのかもしれないな」
 彼の絵は身内のひいき目を差し引いても素晴らしい。ルルーシュは微笑みながらそう言った。
「そのお話はわたくしも聞いておりますわ」
 ルルーシュの所にあるスケッチでも、十分にそれはわかるが……と彼女は付け加える。
「スケッチって、机の上に飾ってある花の絵か?」
 彼女の言葉でその存在を思い出したのだろうか。スザクが問いかけてきた。
「あぁ」
 間違いないから、ルルーシュは頷いてみせる。
「なら、うまいんだろうな、って思うぞ、俺も」
 よくわからないけど、と付け加えるあたり、正直なのだろう。
「クロヴィス殿下の絵で一番素晴らしいと言われているのは、ごきょうだい方を描かれたものですよ」
 お茶のお代わりを持ってきたライが、小さな笑いと共にそう告げる。
「とくに、ルルーシュ殿下の絵を好んでお描きになっていらしたはずですが?」
 さらに言葉を重ねた瞬間、二人の表情が変化した。
「それ、凄く欲しい!」
「わたくしも、ですわ!」
 そのまま、叫ぶように口にする。
「……きっと、本国にある分は既に兄さんの手元にはないと思うぞ」
 残っていても、彼が手放さないだろう……とルルーシュはため息混じりで告げた。
「その可能性は大きいですね」
 ライもまた、それに頷いてみせる。
「何で?」
 理由を教えろよ、とスザクが言った。
「陛下や他のごきょうだいがたが欲しがられるから、ですよ」
 でも、とライは続ける。
「この来日中にあの方が描かれた分であれば、一枚ぐらいは何とかなるのではないか、と思いますよ」
 確か、数日、皇邸に滞在される予定だったはず。その間に頼んでみればいい、と彼は笑みを深めた。
「もっとも、ルルーシュ様が大人しくモデルをされれば、の話ですが」
 さりげなく付け加えられた言葉に、ルルーシュの頬がひきつる。
「ライ!」
 そんなことを言えば、この二人がどのような行動を取るか。目に見えているだろう。そう言いたい。
 しかし、それは少し遅かったようだ。
「なるほど」
 モデルを与えれば描いてくれるのか、とスザクは頷く。
「それに関しては、協力して頂けますわよね、お従兄さま?」
 神楽耶も神楽耶で妙に意気込んでいる。
「……恨むぞ、ライ……」
 これで二人も、自分にモデルをさせようとあれこれ画策してくれるだろう。その結果、喜ぶのはクロヴィスだけではないか。
「諦めてくださいね」
 にっこりと微笑みながら言い返してくるライに、ルルーシュはため息を吐くしかできなかった。

 テレビの画面の中には、微笑みと共に手を振っているクロヴィスの姿が大きく映し出されている。そして、その背後からは彼の名を連呼している少女達の声も、だ。
「まったく……あのような軽薄そうな相手のどこがいいのか」
 あれも一皮剥けば、冷酷なブリタニアの皇族だというのに……と吐き捨てるように付け加える。
「まぁ、いい」
 いずれ、化けの皮をはがしてやる……と呟くと、立ち上がった。
 そのための下準備は進んでいるのだ。
「お前達は、近いうちに排除される存在だ」
 そう続けると、足音も荒く、その場を後にする。テレビに映し出されるクロヴィスの微笑みだけが、その場に残されていた。








10.04.30 up